第41話:トラブル相談……即解決
「マルコ君」
「あっ、チャックにチェイサー」
廊下をベントレーと歩いていたら、チャックが声を掛けてきた。
ビルドラーン子爵家の次男で、クルリに嫌がらせをしていたパドラが所属していたグループのまとめ役の男の子。
ヘンリーと並ぶ総合上級家の顔の一人だな。
一緒にいるのは、チェイサー。
こっちはアガサ子爵家の次男。
ちなみに、彼も総合上級家の顔だ。
いつも一緒にいるな。
上級生からも一目置かれた存在。
セリシオのせいで。
僕の友達だと紹介したら、じゃあ俺にとっても友達だと大声で言ってしまった。
そう、殿下の覚えめでたい優良物件に、鶴の一声で入居してまった。
しかも貴族科と比べて、親の爵位も低く比較的まだ話しかけやすい立場の子たち。
僕も本来ならそっち側なんだけどなー。
「2人そろって、どうしたの?」
「あっ、えっと……」
僕に声を掛けてから、ベントレーの存在に気付いたらしい。
前回もだったけど、チャックは意外と軽率なところがある。
チェイサーが少し呆れた様子だ。
「ベントレー様におかれましては「あー、いい、いい。俺のことはベントレーと呼んでくれ。マルコと仲良いんだろ? マルコには世話になってるし、マルコが友人と認めてるなら優秀なんだろう。それより、何か込み入った話か? だったら、先に行ってるぞ」
それからきっちりと挨拶をしようとしたチェイサーを手で制して、首を振りながら気さくに応える。
いや、もうあの黒歴史を克服した今のベントレー以上に優秀な貴族の子供に、あったことないんだけど。
それはもはや、学園内の共通認識。
アンタッチャブル世代において、セリシオ、クリス、ディーン、エマ、ソフィアを抑えての、貴族の鑑、歩くノブレスオブリージュと呼ばれている。
困っている人には手を差し伸べ、どんな相手とも壁を作ることなく接し、義にも厚い。
愚者からも賢者からも失敗からも……そして歴史からも学べる、どう考えてもセリシオの側仕え筆頭候補のスペック持ち。
2大侯爵家の子息のクリスとディーンがいるからあれだけど、間違いなく2人よりも優秀だ。
特に人間性。
「あっ、えっと……「チャック! はぁ…… いえ、ベントレーさ……んなら構わないです。むしろ、もし宜しければ一緒に相談に乗っていただけたらと」
ベントレーの言葉に固まったチャックを見て、チェイサーが溜息をついて代わりに答える。
チャックは自分の家より立場が上の貴族に対して、何かトラウマでもあるのかな?
僕は同じ子爵家だから、だいぶ打ち解けてきたけど。
「トラウマを植え付けたのは、お前だマルコ……同期の総合上級家の貴族連中は、序列に関してはかなり厳しく躾けられているからな。誰かさんのせいで」
ベントレーがそう言って、こっちを呆れた様子で見てきた。
最初に思いっきり名指しで言っておいて、いまさら誰かさんのせいとか言い出しても。
本当に、ダレノセイダロウナー。
「俺が聞いても良い話なら、とりあえず聞かせてもらってから判断しよう。あまり力になれるとも思えないが」
そう言って、ベントレーがチャックの後ろにチラッと視線を送る。
あっ。
廊下の角から、小柄な少女がこっちを覗いていた。
ああ、うちの領地の近くのポートガス男爵領の子。
ポートガス男爵のお孫さんの、ケーファちゃん。
ヘンリー同様、数少ない幼馴染だ。
「あー、ケーファちゃんのことで、何か問題あったの?」
「いや、彼女もだけど……僕たち3人全員かな?」
***
「うわあ、凄い」
「本当に凄いよね。僕も、ベントレーもあまり利用しないんだけど」
ベントレーの提案で、貴族科高等科のサロンにチャック達を招待して、そこで話を聞くことに。
流石に貴族科の先輩方はこの面子を見て一瞬視線を送ってきただけで、お互いに目礼してそれぞれの会話に戻っていた。
わけありそうな後輩の話を盗み聞きするような、そんな卑しい人たちはいないか。
『うわぁ……やっぱり、あの3人剣鬼子関連か』
『どうしても、取り込みたい3人だったが……思ったより、マルコ君との関係は深そうだぞ』
『ちっ、クーデルのところの子も一緒か。じゃあ、強引な手を取らなくてよかった』
僕の耳にそんな会話が聞こえてきた。
声まねの得意な蜂達からの報告。
褒めてほしそうだけど、いらないからその情報。
あっちで、マサキが喜んでるのが伝わってくる。
そういうとこ、意地が悪いと思う。
こっちはなんとなくまだ、ほんちょっと……本当に、ほんのちょっとだけわだかまりっぽい何かというか、にきびのようなしこりのようなものが残っているというのに。
平常運転のマサキに、思わずため息が出てしまった。
『また、可哀そうな被害者が出るのかな?』
『あー、ウェーグ子爵のオーラが結構強引に、ケーファを派閥と部活に誘っていたろ? でも、ほら……オントマ伯爵派閥に引っ張られていったから、そのあとネチネチと小さな嫌がらせを』
『うわぁ……ご愁傷様』
いや、だからいらないよ。
他のテーブルの会話を、別の蜂が運んできてくれた。
念話でのやりとりだから、別に見られたりというのはないけど。
思わず、固まってしまうような内容。
「もう良いか? 3人が固まってるけど」
「えっ? ああ、ごめんごめん」
僕も固まってたけど、3人も固まってる。
そうだ、僕たちが座らないと彼らも座れないか。
「で、相談っていうのは……派閥とか、部活動のこと?」
「えっ?」
「なんで!」
僕の言葉に、チャックとケーファが驚いた表情を浮かべ、チェイサーが首を振っていた。
「俺とチャックだけならともかく、ケーファが一緒なら誰だって大体想像がつくだろう。マルコ君への相談というのは、ちょっと派閥争いに巻き込まれそうになってて。何かいい方法はないかと相談させてもらいにきたんだ。相手が伯爵家や子爵家でも上の方の方たち、しかも先輩方だから」
「だったら、俺も多少は力になれるかもしれないな」
いや蜂からの報告で予想がついただけで、3人を見て僕だけならその結論にはたどり着いてなかった……けど、このことは内緒にしておこう。
ベントレーも、特に気にした様子もないし。
少しベントレーの声が大きいのが、気になる。
「マルコ、お前は何か心当たりとか、情報とかないのか?」
「僕? 彼らから、直接聞いたらいいじゃん。あー、でもとある情報筋からオーラ嬢の話は入ってきてるかな?」
僕の言葉に、3人の表情が固まる。
そして、なぜか周囲の会話が一瞬ピタリとやんだ気がした。
もしかして、ベントレーの声につられて僕の声も少し大きくなってた?
『うーわ、やっぱやばいって』
『本当にご愁傷様』
『ディーン様と、マルコ君の情報網ってこの国の特殊諜報機関のエリートに匹敵するって噂だったけど……本当っぽいな』
また蜂達が、会話を。
『てことは、イミーニャ達のことも? ちょっと、うちの親からも彼女達の親に注意してもらわないと。うちの寄子の子たちが殿下達と縁を結ぼうと勝手なことをしてるみたいで……私とは関係ないし、私もあわよくばなんて安易に考えすぎてたわ』
『いや、そこ放置するとか……今世代の貴族科には慎重に対応するっていう結論になったろう』
蜂達から追加の報告が。
あの女性は?
『ビスケ・フォン・エヴァンドール。エヴァンドール伯爵の姪です』
姪?
『両親を早くに亡くされ、叔父である伯爵が引き取りました。かなりその……シスコンでして、その大好きな姉の生き写しのような彼女を実子と区別することなく、愛情をこめて』
あー……そこまでは、良いから。
「他には、エヴァンドール伯爵の寄子の子爵家、男爵家の子たちかな? イミーニャ嬢だっけ?」
また、周囲の会話がピタリと……あっ、誰かが慌てた様子で立ち上がる音が聞こえる。
それから駆ける音が。
ヒールっぽいから、女性かな?
「マルコ……君?」
「マルコ、凄いじゃないか。 よくそれだけの情報を集められたな」
蜂達のことを知っているのに、ベントレーが白々しいことを言ってくる。
『他にこの3人にちょっかいを掛けようとしているのは……』
ここの貴族科の先輩方の会話以外にも、蜂や蟻たちが共有している僕と関わりのあった貴族に関する情報から、3人に何かしらの影響を与えようとする人物の名前を言ってきた。
なぜか蜂達の声も大きくなったので、僕も無意識に少し大きめの声でその名前を復唱してしまった。
室内のあちらこちらから、先輩方の立ち上がる音が。
あっという間に、数人を残して室内から人が消えてしまった。
「まあ、これでしばらくは大丈夫じゃないか? それと、今残ってる先輩たちの顔は覚えておくといいよ。きっと、困った時には助けになってくれるから。あー……一応ここ貴族科のサロンだから、帰るときに先輩方にお邪魔しましたと、挨拶するのはおかしなことではないと思うよ?」
そういって、ベントレーが3人に向かってウィンクをしていた。
あっ、だめだベントレー。
あー……案の定、ケーファちゃんの顔が真っ赤に。
いや、チャックまで頬を染めてるのはどうかと思うけど。
「なんか、解決したっぽい?」
「3人とも、もう安心していいぞ。あと1時間もすれば、校内をだいぶ歩きやすくなると思うから」
僕の質問に、いたずらっぽい笑みでベントレーが答えて3人に視線を送ってたけど。
あー……駄目押しの一撃に、ケーファちゃんが頭から湯気を出して顔を手で覆っていた。
「流石ですねベントレーさん」
「流石なのはマルコだ。俺は、横で話を聞いてただけだ」
「はは、そうですね。ベントレーさんとは、この縁をきっかけにぜひ仲良くさせてもらえたら」
「うん、そうだな。チェイサーとなら、面白い話ができるかもしれない。今度、うちに招待するよ。手料理も振舞おう」
「手料理?」
「手料理?」
「手料理?」
ベントレーの言葉に、チェイサーとチャックは首を傾げていたが、ケーファが何やら羨望の眼差しを。
「はは、こう見えて腕には自信があるんだ。3人とも招待するよ。もちろん、その時はマルコも一緒だ」
それは楽しそうだ。





