第39話:アザーズの中の人達に事情聴取
「どうも」
「クソッ!」
「暴れるなペレアス」
「マーリン、こいつは異常だ! いまどうにかしないと」
「どうにかする? いや、やはりこの方の助力なしでは、あやつはどうしようもできまい」
俺が管理者の空間に戻ると、土蜘蛛の糸にしばられた若い男性がもがいていた。
その横に寝かされた老人が、目を閉じて首を振りながらたしなめているが。
「ああん、糸が変なところに絡まって、おかしくなりそう」
……あの女は放置でいいだろう。
クネクネと体をよじらせて、こっちを湿っぽい感じの表情で見てきたが。
最近までノーフェイスの中にいたやつだ。
一番、油断できないやつだな。
そしてジョウオウにまた針をチクチクと刺されていた。
「ジョウオウ、あっちへ行ってろ」
俺の言葉にでかい蜂がしなを作って、ショックを受けたような仕草をしているが。
そういうのは、いまいらない。
とりあえず……
「土蜘蛛、その老人の糸を消してやってくれ」
俺の言葉を素直に聞いて、マーリンの糸を消す土蜘蛛に頷いて答える。
土蜘蛛も、この人と話をするのが良いと思ったんだろう。
「いやあ、老骨にあの仕打ちは無いんじゃないか? 身体中が痛くて仕方ないわ」
「お前らがくだらんことをするからだ。マルコに余計なことを吹き込みやがって」
「ふむ……老婆心ってやつだな。お主も、随分と甘やかす……まるで、あの人のようじゃな」
あの人がどの人か分からないし、今は分かりたくもないが。
「過度の干渉は、成長を妨げることになるぞ?」
「そうならんように、時折突き放してはいるんだがな」
俺の言葉に、マーリンが驚いたような表情を浮かべる。
「あれでか?」
「……そうだが?」
本当にそう思っているのが伝わってきたので、思わず不機嫌になってしまったが。
いや、そんなに甘やかしている自覚はないんだけどな。
多少は手を出しすぎているかもしれないが。
「随分と甘い世代を生きてきたんじゃな」
「世代というか……世界かもな。平和ボケという言葉が、よく似合う国の出身だからな」
「あのー、お姉さんも解いてほしいなあ」
マーリンと会話をしていたら、女が口をはさんでくる。
いや、一番ありえないから。
まだ、ペレアスの方が信用できるし。
「パイドラ……少し、黙れ」
マーリンが注意すると、唇を尖らせてそっぽを向いたが。
こういうお姉さんキャラからの、子供っぽさのギャップが……萌えるわけないだろう!
大人の女性の子供っぽい仕草とか、個人的にはイタいとしか思えないからな。
というか、名前的にもあまり良い女性ではなさそう。
いや、勝手な思い込みはだめだろうけど。
「俺は? 俺このままだったら、なんで連れてこられたか分かんねーんだけど」
ペレアスもうるさいな。
やっぱり3人、同じとこに飛ばしたのは失敗だったな。
さっさと土蜘蛛か、カブトに他の部屋に運ばせればよかった。
とりあえず、パイドラがイスカリオテのユダではないことを、祈るだけだが。
「どっちにしろ、このままだとちょいちょい邪魔されそうだな」
「まあ、2人も思うところはあるかもしれん。確かに会話においては邪魔かもしれんが」
同居人からも、酷い言われようだな。
やっぱり、信用無いのか。
まあ、いい。
「土蜘蛛、離してやれ」
土蜘蛛が嫌そうな顔をしている。
いやいや、マーリンの時はあっさりだったのに。
マーリンが噴出している。
「やはり、性根がろくでもないのは、すぐに見抜かれるんじゃのう」
「くそ、じじい!」
「ちょっと、酷くない?」
……いや、煽るな煽るな。
お前ら、仲間だろう。
「土蜘蛛」
「はいはい」
2度目でようやく、土蜘蛛が2人を解放した。
そして……
「馬鹿が!」
「馬鹿はお前だ!」
ペレアスが俺に素手で斬りかかってきたので、思いっきり顎に膝蹴りを突き刺す
「ぐはっ!」
「お前、剣が無いことくらい重みで分かるだろう」
あろうことか、腰に手を持っていてそこではじめて気づいたのだろう。
剣が無いことに……でもって、勢いそのままに飛び掛かってきてたわけだが。
そして、土蜘蛛にまたグルグル巻きにされていた。
「本当に馬鹿ね」
「パイドラお前!」
普通に起き上がったパイドラが、ペレアスを見下して……あっ、足で踏んづけた。
やっぱり、性格悪いなこいつも。
「不意打ちってのはこうや……」
パイドラが魔法を使おうとしたのだろう、魔力が集まらないことを不思議に思っているが。
この空間内なら、別に特に制約なしで吸収出来るからな。
好きな場所に放出も。
というか、この空間でこの能力を使うと、空間内転移みたいな感じか。
なので、パイドラの魔力を全て吸収して魔法を使わせない。
「はあ……おぬしら、なんでそんなに馬鹿なんじゃ」
「何よ、じいさんのくせに」
「お前だって、本当は婆じゃないか」
「今は、若い姿だからいいんです! 大体、精神体のくせになんでわざわざ、年寄りの姿なんか」
「姿かたちなんぞ、どうでもよかろう」
「おい、そろそろ続きを再開していいか?」
マーリンとパイドラが軽く言い争いを始めたのを諫めて、席につかせる。
面倒だけど、ペレアスももう一度糸を解いて、椅子に座らせる。
「大体、お前ら俺より弱いから、ここに居るんだからな? 何を基準にしてるのか分からんが、俺より強いものは吸収できないから」
「それは、聞き捨てならねーな」
「二回も転がされたお前が、一番理解しろ!」
ペレアス、もういらない気がしてきた。
邪魔だ。
邪魔で仕方ない。
「あのー……この子、どうにかならない?」
「お前が変なことしなければ良かっただけだ」
いつの間にか戻ってきたジョウオウが、パイドラの首を後ろから顎で挟んでいた。
たぶん、次変なことしたら思いっきり噛みつくつもりだろう。
面倒なので、もう放置しとこう。
「で……マーリンだっけ? あんたら、元善神の中の人なんだろう?」
「少しも敬意を払わんのだな……」
俺の言葉に、マーリンが呆れたように首を横に振っていた。
まあ、今更取り繕っても仕方ない。
善神に対して敬意を抱くような、そんな立派な姿を見せてもらったこともないし。
邪神様ならともかく。
いまもグヌヌって声が聞こえてくるけど、心当たりがあるのか後ろめたいことがあるのかこっちには来ないし。
来辛いってのもあるんだろうけど。
「そうじゃな……作り出された人格、とでも言っておこうか」
「なるほど……そして、俺もか?」
俺にとってのマルコのように、また俺も善神の作り出した精神体ってことか。
嫌になる。
最初から、駒だったってわけだ。
「そこは難しいところじゃな。お主が特別扱いされていることは、間違いない。あの方が、どの辺りまで自己の分身を作り出していたのかは知らぬが……」
「じいさんも最初から、自分がそうだと知っていたのか?」
「ふむ……神徒として産まれた時からのう。この世界の神徒と呼ばれるものはすべからず、あの方の分身体じゃな。自称するものを除いて」
俺も神徒といえなくはないか。
はは、マルコのことを笑えんな。
自分の存在が、こんなにも儚いものとはな。
と普通なら思うかもしれないが。
「随分と雑な揺さぶりを掛けてくるんだな」
「ほう?」
「悪いが、俺は本当に特別扱いでね……一切の干渉を受けずに、この世界にくるまであっちの世界に存在していたからな」
「作られた記憶かもしれんぞ?」
「それで?」
正直、どうでもよかったりする。
だから、マーリンが何を言っても、俺は気にすることはない。
なぜなら、俺にはしっかりと自分がマサキだったころの記憶がある。
仮に作られたものだろうがなんだろうが経験と記憶と知識がしっかりとあって、心もあって自分で考えることもできる。
だったら、自分がどうやって生まれたかなんて正直どうでもいい。
むしろ、こいつらがノーフェイスの手の者で、実はノーフェイスの敵のフリをして俺に近づいてきて揺さぶりを掛けてきてるんじゃないかと思えるほどに、頭の中は冷静だったりする。
全然関係ないことを考えられるくらいには、余裕だったり。
「今現在、干渉されておるのではないか?」
「無駄よじいさん、諦めましょう」
「パイドラ?」
「こいつは強い……精神的にも能力的にも、私たちよりずっと。それはあの方と共にいる、一部の者とも同じ」
俺の態度に観念したのか、女性が首を横に振ってなにやら語りだした。
これは、聞いた方がいいのだろうか?
もはや、俺の予測との答え合わせに近いのだが。
「ノーフェイスの中にいる連中も私たちも、神徒でありながらあの方の一部でしかないことに疑問をもった……そして、神の在り方に疑念も」
長くなりそうだな。
「神がいるにも関わらず、この世界は不幸で満ち溢れている……私たちの存在だってそう。死んだ後も永劫の時を神の一部として過ごす。救いなんかないし、自分の意志なんてあってないようなものだった……って聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる」
ついつい話の途中で、紅茶を飲んだら睨まれた。
気が短すぎだろう。
「とにかく、この世で色々と人のために頑張って……死んだあとは、漫然と神の一部でありながら現世にはもう影響が及ぼせない。人を救えるのに、救うこともできない……そういうのに、うんざりしたのよ」
「それは立派な志で」
「茶化さないで!」
俺の興味なさげな返しに、パイドラが怒鳴ってきたが。
本当に、もう少し大らかな心を持ってほしい。
いや、そういう心がないからいま、ここに居るのか。
我慢が足りないから、善神の中から飛び出して他の身体を借りていると。
「じゃあ、ノーフェイスは?」
「あいつは、人や世界の不条理に絶望したくちね」
「?」
「世界を救う役割……勇者として生み出され、その時はきちんと役目を果たしたけどね……それからも人助けを続け、死んだ後で善神様と邪神様がグルだと知って自分の行動が無意味だと絶望した」
「早かったのう……善神を斬りつけて、似たような思いを持つ者たちを引き抜いてこの世界に逃げ込んだ」
なるほど、そりゃ辛い。
世界を救うものとして、善なる神から使わされたのに。
その災害や災厄の一端を担う神と、実は仲良しだと知れば。
神の悪戯か。
自分のやったことが無駄骨だったあげくに、彼らの娯楽や暇つぶし程度の扱いだと思ったか?
思ったんだろうな。
善神のマッチポンプともいえるわけだし……なるほど、ノーフェイスが拗らせてるわけだ。
「私たちみたいにフワッと善い人として生きてきたわけじゃなくて、明確に英雄として、世界を救う存在として産まれて頑張ってきたやつだからね……最近じゃ、ちょっと暴走が酷くてついていけなかったけど」
「というと?」
「他の人格を抑え込み始めたのよ……能力は便利に使うくせに」
「バルドの存在は、渡りに船じゃったのう……まさか善神様から離れた精神の一つが、転生憑依した状態じゃったでのう。わしらはその体を借りて、休眠していたバルドの目覚めを手伝ったわけじゃ」
その話を聞いて、思わず天を睨みつけてしまった。
どう考えても、バルドもその依り代も善神が用意したのだろう。
敢えて目を背けているのか、本当に気付いてないのか知らないが……目の前のこいつらも、お人よしというか間抜けというか。
ここにきても、良いようにあしらわれているのが情けなく見える。
いやここまで含めて、俺に善神に悪感情を抱かせるための揺さぶりなら、大したもんだが。
残念ながらこんなことで印象が変わるほどの好印象を、元々善神様には抱いていない。
何やってんだ、あの人はくらいの感覚でしかない。
とりあえず、頭の中を整理する時間が欲しいのは確かだが。
善神にも、目の前のこいつらにも失笑するしかないな。
いいねボタンがいつの間にか……
設定しないと、押せるようにならないんですね。
とりあえず、設定してみました。
 





