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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第3章:高等科編

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第37話:マルコの葛藤

「マルコ様……」

「もう自室に戻っていいよ、あっ、おばあさまには夕食はいらないと伝えておいて」


 アザーズと別れたあと、家に戻ると門のところでローズを振り切って自室に駆け込む。

 幾分か気持ちが落ち着いたとはいえ、モヤモヤが晴れない。

 ドアを閉めて、そこにもたれかかる自然と身体がズルズルと滑り落ちていく。

 体育座りの形に落ち着くと、膝に顔をうずもれる。

 そんなつもりは無いのに、目からは涙が零れてくる。

 

 自分がマサキじゃなくなっていっていることには、気付いていた。

 目を逸らしていただけで。

 それは、僕がマサキである、いやマサキであろうとする意地があったからだ。

 僕の魂や精神は、マサキがこの世界に順応するために善神様や邪神様から用意されたものだ。

 もし僕がマサキじゃないのなら、僕の存在する価値は……

 魔王を御して、この世界を救うという意義すら見失うことになる。

 ただただ、この世界にあるだけの存在。

 だったら、僕がマサキである必要はないのではなく、僕である必要がないのではないか。

 そんなことを考えて、必死にしがみついてきたものを当の本人に奪われた。

 切り捨てられた気分だ。

 じゃあ、僕は一体なんなんだ……

 マルコとしてこの世界で生きるために存在するだけの精神……マルコですらない。

 全てが空虚で無意味なことのように思えてくる。 

 いや、実際に無意味なんじゃないか。

 僕が消えて、こっちでもマサキが過ごした方が良いんじゃないか。

 

 そんな悪い方向にばかり、考えが向かってしまう。

 でも止めることは出来ない。

 勿論、この世界で生きていくことは楽しいし、意味のある人生を送っているとも感じている。

 でもその当の本人が、いてもいなくてもいい存在なんじゃないか……そんな考えばかりが、頭に浮かんでくる。

 何が正しいのかが、分からない。

 僕がマルコとして生きていくことに、果たして何の意味があるのだろうか……

 でも、だからといって消えてしまいたいかというと、それは嫌だという思いが強く湧き上がってくる。

 友人や、家族のことを思い浮かべ手放したくないという、強い気持ちも。

 

「もう、分からないよ……」


 バドスの前ではどうにか気丈に振舞ってみせたが、正直その時から後ろ向きな気持ちに襲われていた。

 自分の存在価値を失った喪失感と、それでもこの世界での生活を手放したくない執着心。

 でもそれは僕の我儘だということも分かる。

 マサキにこの身体を返して、僕が消えるのが一番正しい形なんじゃないかと。

 マサキなら上手にやるはずだからきっと誰も気付かず、そして傷つかないようになるんじゃないかと。

 自分の未熟さゆえに周りの人間を巻き込んだり、人間関係で失敗したりもした。

 マサキだったらと、その度に打ちひしがれていた。

 それでも自分もマサキだからと言い聞かせて、子供だからと言い訳してきた。

 そのくせ同級生に対して、確かに年下の子供に接するように振舞ったりしたことを指摘されて言い返せなかった。

 腹が立ったのも、図星だったからだ。


「最低だな僕……」


 涙がさらに溢れてくる。

 泣いている場合じゃないのは分かっていても、どうにもできない。

 マサキだったら、気にすることなく開き直るだろう。

 今までなら僕もそうしたかもしれない。

 でも、本人に僕は否定された。

 マサキじゃないと……

 だったら、どう振舞ったらいいんだよ。

 僕が僕であるために、根底にマサキという核が必要だったのに。

 僕がマサキじゃなかったら……


「ただの、痛い奴だね」


 必要以上に大人ぶって、それを当たり前に思って……

 本当の中身はただの子供だったなんて……


「まあ、子供だからな」


 すぐ傍でマサキの声が聞こえて、慌てて顔を上げる。

 目の前でマサキが困ったように頬を掻いている。

 周囲を見渡すと、さっきまでいた自分の部屋じゃなく管理者の空間だった。


「子供が難しいことを考えるな、好きに生きろってずっと言ってきたのにな」

「子ども扱いするなって言いたいけど……本当に、ただのガキなんだね僕は」


 マサキの言葉を聞いても、あまり腹は立たなかった。

 感情があまり揺さぶられることもない。


「そう諦念するなって。お前が俺じゃなかったからなんだっていうんだ? いや、難しんだけどな。事実マルコが俺だというのは間違いない。ただお前は俺じゃないってだけだ」

「言ってる意味が分からないよ……」

「はは、だからお前が俺の意識を全く持ってないからって、そんなに重く受け止めることは無いってことだよ。お前は俺じゃないが、俺にとってお前は俺なんだから」

「なにそれ? とんち?」


 マサキが言っていることはなんとなく分かるけど、正直今は慰めにしか聞こえない。

 今更優しい言葉を掛けられたところで、僕の気持ちがすぐに立ち直るとは思えないし。

 というか、家に帰りたいし。

 バレたら面倒だし、そもそもいまは一人になりたいのに。


「自分の存在意義がとかって思ってるかもしれないというか、思ってるんだろうけど」


 マサキの方を睨みつける。

 こうやって人の心を勝手に共有して、ずかずかと踏み込んでくるのは本当にズルいと思う。


「ばーか、そんなのわざわざ共有しなくても、顔を見て呟いている言葉を聞いたら丸わかりだ」

「酷いよ。本気で悩んでるのに、馬鹿にして」

「まあ悩むのも良いと思うんだけど、少しは責任を感じているだよな」


 責任って……そりゃそうか、僕を生み出したのもマサキだもんね。

 僕を分けたのも。


「いや、それは善神に上手くやられたというか、まあよくも悪くもあの人たちの特性まで受け継いだというか」

「どういうこと?」

「ああ、両手以外にも余計な贈り物があったってことだ」


 一人だけ分かったつもりなのも、腹が立つ。

 いつものことだけど。


「そしてそれは、今後必要なことなんだと思う。結局さ、俺をずっと手伝ってくれる存在ってのは……まあ、いなくもないが」


 そう言ってマサキが周囲を見渡している。

 マハトールをチラリと見た後に、土蜘蛛やカブト達を見ていたが。

 マハトールは……悪魔だし、死にそうにもないか。


「しかし物理的に何かあればな……その点、お前は俺と本当の意味でずっと一緒にいる存在だからな」

「それは分からないよ」

「怖いこと言うなよ。洒落にならんぞ?」


 マサキの笑みが引きつっている。

 何か変なことでも言ったかな?


「僕の精神が消えるということも」

「ああ、その点はあまり心配してない。どうせ、お前は捨てられないだろう?」

「捨てられない?」

「ベントレーや、ジョシュア、ヘンリーにエマ、ソフィアやアシュリー……まあじじいや、エリーゼ、マイケルやマリア、テトラだっているし。他にも大勢の知り合いがいる世界を、手放せるのか?」

「それが出来たら……」


 苦労はしない。

 僕をこの世界に繋ぎ止めているのは、そういった周囲との絆だからだ。

 

「そもそもお前は何か勘違いしてるが、お前の一番の存在意義はマルコという人間がマルコとして、マルコらしくこの世界を楽しむことだろう」

「そんなのマサキでも「できると思うか?」」


 食い気味にこっちを覗き込んでくるマサキに、言葉が詰まる。

 泣き顔を見られるのは嫌だが、それよりもマサキの表情の方に惹きつけられた。

 苦虫を噛み潰したような、渋い顔だ。


「何が面白可笑しくだ、あの人たちにはそんなつもりはさらさら無かった……むしろ最近じゃ、俺が善神に事故という形で殺されて、魂の残滓があいつに引っ付いていたという話すら怪しく思えるようになってきた」

「どういうこと?」

「善神の特徴と、ノーフェイスの能力を鑑みて嫌な想像しちまっただけだ」


 マサキの言っている意味が、よく分からない。

 彼は何かに気付いたような表情だったが、彼がそんなに思い悩むようなことでもあったのだろうか?

 神様絡みで。


「下手したら俺は本気で、善神を敬う必要はないって可能性もあるからな」

「なんだよ、1人だけ知った風な顔して」

「俺もお前と同じ可能性があるって話だ」


 マサキが僕と同じ?


「もっと、性質が悪いかもしれないし……もっと、恵まれているかもしれないが」

「全然分からないよ」

「いまは分からなくていい。お前は自分のことを考えたらいい。でもな? お前が俺である必要はないが、お前がお前である必要はあるってのは覚えておいてくれ」

「そういう小難しい言い回しで、言いくるめようとしないでくれない? 正直、うざいよ?」

「お前の理解が悪いのかひねくれているのかは分からないが、本当に俺の言うように素直に子供らしく考えられないのかね」

「たぶん、これはマサキのせいだと思うんだけどね」


 なんだろう、マサキと会話しているうちに、少し楽しいと思える自分がいる。

 さっきまでのモヤモヤが晴れたわけじゃないけど、嘘みたいに気持ちが軽くなっていってる。


「お前を必要としている人間は多くいる。俺じゃマリアに上手に甘えられないし、子供たちと同じ目線で遊ぶこともできんな。お前以上に嫌な子供になると思うぞ?」

「想像ができないよ。セリシオもヘンリーもクリスも、みんなマサキに手玉に取られそうな予想しかできない」

「あー、上手くやれても友達は一人も出来ないし、そうなると将来は孤独街道まっしぐらだな。結婚すら怪しい」

「ソフィアと結婚するんじゃないの?」

「色々と美味しいけどな……彼女が大人になるまで見守って、果たしてそういう関係になれるかどうか……」


 なぜかトトが呆れた表情で、首を横に振っているのが見えた気がした。


『絶対にありえません。いいとこ、妹ポジションが関の山です』


 幻聴まで聞こえてきた気がする。

 土蜘蛛まで呆れているような気がしてきた。


「あとはもう少し、自覚を持ってくれたらなぁ」

「自覚?」

「お前は俺には持ちえない武器を、いくつも持ってることだよ」


 マサキの持たない武器?

 

「人脈もそうだし、何よりじじいと毎日稽古をしているのは俺じゃなくてお前だからな? 純粋にベルモントの剣として、いや剣術だけならお前の方が上だと思うぞ?」

「そんなこと……」

「あー、言い過ぎた。1対1の対人剣術ならお前の方が上だと思う。こと、純粋な剣同士の戦いでの防御に関してはな。魔法スキル込みなら、そりゃ俺の足元にも及ばないが」

「ムカッ」


 思わず頬を膨らませると、マサキに指で頬を押されて空気が全部口から洩れてしまった。

 そういう子ども扱い……するってことは、本当に僕はマサキじゃないんだろうな。


「お前は自分の存在意義を見失いかけているかもしれないが、俺がお前を必要としている限りお前は何も悩まなくていい」

「必要じゃなくなったら」

「そうだな……全てが終わったら必要じゃなくなるかもな。そしたら、もう完全に別人として俺の友人としてでも家族としてでも一緒に過ごしたらいいだろう」

「消えるんじゃないの?」

「ばか、お前を消すってのは、俺にとっては実の子を殺すようなもんだぞ? それが簡単に出来るなら、こんな状態にはなってないだろう」


 そう言って、マサキが空を睨みつけている。

 どうも僕や自分自身にではなく、他の誰かに向けて言っているように見える。

 それにしても子ども扱いどころか、本当の子供扱いだ。

 マサキの言葉に、僕が求めている何かがあるような気がしてならない。

 少しだけ前向きに、考えられそうな気がしてきた。

 

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