第34話:いつものメンバー+1
「ねえねえ、なんで普通にいるの?」
「いいじゃないですか。まだ他に友達もいないようですし」
僕たちの後ろで、エマがソフィアに小声で話しかけている。
と言っても、僕もアザーズもかなり耳がいいから丸聞こえだ。
エマが不満そうだが、ソフィアは気にした様子はあまり見られないかな?
貴族科のいつものメンバーに、今日はアザーズが加わっている。
最近はいつも一緒というわけじゃなかったけど、こうして一緒に放課後を楽しむ日も少なくはない。
なんせ、ほぼ全員帰宅部だ。
流石にそろそろ、部活の先輩方の攻勢が厳しくなってきたが。
エマはソフィアと一緒じゃないと、どこにも入らないと言っているし。
そのソフィアも決めかねている。
ベントレーはあちこち見学した結果、特に入りたい部がないというか。
部に所属することなく、呼ばれたり興味があるときに顔を出す自由な感じだ。
それでもそこそこの実力を各部内で見せつけているから、誰も何も言えないらしい。
きっと僕と親しいからとか、僕と同じ匂いがするからとかってわけじゃないと思う。
ジョシュアは経営研に入ったようだけど、なんというか跡取りのボンボン商家とそうじゃない子達の温度差、そして板挟みの状況に時々逃げ出している。
最近では商圏調査だの、市場調査だの言って部活をサボっているとか。
「サボっているわけじゃないよ? こっちの方が実があるから自主的にやってるだけだよ」
とはジョシュアの言だ。
物は言いようだ。
そしてディーンはセリシオのお目付け役からの、婚約者との食事会コンボらしく満面の笑みを浮かべながらげんなりとした雰囲気を出すという器用な技を使いながらドナドナされていった。
ジョシュアも彼女とはうまいことやっているようだけど、それでも僕たちと一緒にいる時間の方が多い。
「で、今日は何をするつもりだ?」
ベントレーの言葉に、全員が首を傾げる。
誰からともなく集まって、誰からともなく歩き始め、そして商業区にたどり着き今に至る。
まるでペンギンの群れみたいだ。
「いや、ほらマルコが歩き出したから」
「えっ?」
エマの言葉に思いっきり顔を向けたら、当の本人には顔を逸らされた。
周りを見渡せば全員からも……
「どこに連れてってくれるんだい?」
アザーズ、うるさい。
というか、ほんとになんでいるんだこいつ?
***
「おいしいね、これ」
串に刺したじゃがバターをほおばりながら、アザーズがご満悦な様子。
南の大陸じゃ、あまりお目に掛かれないのかな?
ということも無いと思うが。
香辛料の使い方を独自に研究して、カレーのようなものまで作り上げたお国柄。
料理に関する造詣は深いと思ったのだが。
「私も、これ好きなんですよ。ただ、食べ過ぎると」
「うん、炭水化物は糖分だからね。でも、パンほどじゃないよ」
ソフィアが体形を気にしているみたいだけど、どっちかというと彼女は細い方だから。
問題ないと思うんだけどね。
「最近は、ベルモント料理のお陰か少し……」
そう言って、お腹に視線を落としている。
うん、お年頃だからね。
ちょっとした体形の変化も気になるのかな?
とはいえ、まだまだ成長期。
気にすることじゃない。
「成長の過程で、体形なんてコロコロ変わるもんだから気にしなくてもいいと思うよ」
「もう」
なんでか、不満そうな返事が返ってきた。
ちょっとデリカシーの無い発言だったかな?
でも、本心でもあるんだけどね。
「何?」
チラッとエマの方を見たら、睨み返された。
さっきは視線を逸らしたくせに。
都合が良い。
「いや、別に」
と答えるしかない。
わざわざ大きいのを指定して、たっぷりバターをつけて幸せそうに頬張る彼女を見てるとこっちもなんだか嬉しくなるし。
うん、子供はああじゃないと。
僕の言えたことじゃないけど。
横を見たら、アザーズも優しい目でエマの方を見ていた。
同級生というより、どちらかというと年配の男性が食べっぷりの良い子供を見ている視線だな。
「なんなのあんたたち? 失礼じゃない?」
「いや、美味しそうに食べるね」
アザーズが柳に風とばかりに、不満げなエマの言葉を聞き流して素直な感想を述べている。
うん、大人の余裕。
僕も。
「本当に幸せそうだなって」
「悪かったわね」
……余計に機嫌を損ねてしまったようだ。
なんでだろう。
アザーズにはこれ以上突っかからなかったのに。
「あっちで、大道芸やってるみたいだ。盛り上がってるな」
「行ってみる?」
ベントレーが完食した後の串を僕に手渡して、遠くを指さす。
ジョシュアがベントレーの言葉を受けて、提案してきたが。
……ベントレー、皆いるんだから。
2人の時は、買い食いで出たゴミは僕が管理者の空間のゴミ箱に飛ばしているから、いつもの癖かな?
幸い誰にも見られていないので、さっさと吸収するけど。
「へえ」
アザーズには見られてたけど。
多少は事情を知っている彼なら、気にすることもないだろう。
……気にすることもないだろう。
だから、堂々と串をこっちに差し出さないでくれるかな?
「見られちゃうよ?」
「自分でなんとかしたら? 魔法で消しクズにでもできるんじゃない?」
「まあね」
そう言って、木の串を燃やして灰にしたあとで手をパンパンと払っている。
相当に高温の炎だったのだろう。
それを気にすることもなく手元で燃やして、灰を払うって。
十分に規格外だな。
見た目の年齢にしたら。
火の色も白というより青っぽかったし。
熱くないのかな?
「自分の魔法で火傷って間抜けだよね?」
そうだね。
まあ、いいか。
気にしたら負けだ。
なんせ、マサキやノーフェイスと同類だからね。
多少おかしなことがあってもおかしくないという、日本語的に怪しい人たちだからね。
「なんだか、失礼な視線だなー」
そんなことを言いながらベントレーたちのほうに向かうアザーズを見て、なんとも言えない気になる。
彼は本当に子供なのか、子供のフリをしている大人なのか。
今の人格が大人になる前に亡くなったと言っていたが、果たしてそれが本当かどうかを確かめる術もない。
変な動きさえしなければ、気にしくてもいいかもしれないけど。
「面白いね」
「うん……うん」
大道芸の人がやっているのはパントマイムというか、アニメーションダンスというか。
どこかで見たような動きというか。
「あんな不思議な動きができるなんて、スキルか何かかな?」
エマが不思議そうな表情を浮かべている。
ところどころ剣舞っぽい動きも混ざっているが、奇怪な動きだから分かりにくいというか。
ただ、やたらと回転系の動きが多いし、何をやってるんだと呆れてしまう。
仮面をつけて、ダボッとした服を着ているけど丸わかりだ。
一通りのショーが終わったのか、帽子を取ってクルクルと身体の前で2回転ほどさせて頭を下げる。
それから観衆に向けて、帽子の上を向けてそこに自らお金を入れておひねりを催促をしている。
「途中からだけど、少しは援助してもいいかな?」
「その必要はないと思うよ。彼、普通に家がそこそこ稼いでるだろうし」
僕の言葉に、ベントレーが首を傾げている。
ジョシュアも不思議そうだ。
「良い見世物には、それなりの対価を支払っても良いと思うんだけどね」
ジョシュアの言葉を聞いて、少しだけ気分がよくなってしまった。
とはいえ、彼もおひねりをあげる必要はないと思うんだ。
一通り芸人さんの前から人が去ったあとで、ゆっくりと近づく。
「何をやってるんだい、こんなところで」
「おっ、マルコか。見ててくれたのか?」
マスクを取った芸人さんの顔は、満面の笑みを浮かべたヘンリー。
最近放課後の付き合いが悪いなと思ったら、こんなところで変なことをまた。
「ってことは、エマも?」
「うん」
ヘンリーの質問に素直に返すと、あちゃーといった表情を浮かべる。
ベントレーたちも近づいてきて、少し驚いていた。
「やけに洗練された動きだと思ったら、ヘンリーだったのか」
「いつの間に、そんな特技を?」
ベントレーとジョシュアの言葉に、ヘンリーが少し困った表情を浮かべている。
アザーズが興味深そうにこっちを見ている。
そして、エマとソフィアも遅れて近づいてきた。
「なんだ、ヘンリーだったの? じゃあ、おひねりは良いか」
「なんでですか? 友達でも素晴らしい芸を披露してくれてそれで収入を得ているなら、素直にお支払いしてもいいじゃない」
エマが財布を鞄にしまうのを横目に、ソフィアはちゃんとおひねりを渡そうとしていたけど。
ヘンリーがサッと帽子を避けて、それを拒む。
「いやあ、皆からはいただけねぇな。皆が喜んでくれたなら、それだけで俺は満足だぜ」
相変わらず貴族らしくない言葉遣いだが、まあ気にしたら負けだ。
いつになったら、僕の友達だったヘンリーは戻ってくるのだろう。
いまじゃ、こっちの方がいい気がしてきたから不思議だ。
「じゃあ、ちょっくら次の場所でショーがあるから、またな」
そう言って、ヘンリーが慌ててその場から逃げ去るように走っていったけど。
思わず全員が首を傾げてしまった。
てっきり羨ましがるとかすると思っていたのだけど。
アザーズが興味深そうに彼の後姿を見ていたのが、なんとも言えない。
『ヘンリーはエマ様とソフィア様の誕生日のプレゼントのために、自分でお金を稼いでいらっしゃるのですよ。ただ、本命はエマ様のプレゼント代ですが、お二方がとても仲が宜しいので差は付けても両方ご自身の稼いだお金で何か送りたいとのことでした』
耳元で報告してくれた蜂の言葉に驚き過ぎて、ゆっくりとそっちに振り返ってしまった。
そこにいたベントレーと目が合う。
「どうした? そんなに驚いた顔で俺の方を見て」
「いや、なんでもない。うん……」
そうだ、来週はエマの、来月はソフィアの誕生日だった……
『大丈夫です。こちらで、色々と用意しておりますので』
足元から聞こえてきた蟻の声に、思わず首を振る。
いや、それじゃダメだろう。
アシュリーの誕生日のことはしっかりと覚えて準備していたけど、彼女たちも大事な友達だから。
うん……
とりあえず、マサキにも相談に乗ってもらおう。
なんか、マサキの声で「そういうとこだぞ」という空耳が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。
最近アシュリーが大人びてきたというか、妙に距離感を測ってる感じがあったから彼女の御機嫌取りにばかり意識が向いていた。
うん、女の子の友達の誕生日をスルーするのは、拙すぎるもんね。
危なかったー。





