第28話:アザーズ・フォン・アイサナック
「前期が始まってからというタイミングですが、海を渡った大陸から特別交換留学生として来てくださったアザーズ・フォン・アイサナック君です」
「アザーズです。宜しくお願いいたします」
エルザ先生が教壇に立って一人の少年を紹介してくれる。
真っ白な髪と、妙に色白な肌が特徴的な男の子。
髪はサラサラのロングヘアで、透き通るような透明感のある白い肌とよくマッチしている。
そして珍しいことに、碧と翡翠色のオッドアイ。
女子生徒達から、はぁ……というため息が漏れているのが分かる。
「父は南の大陸にあるリフエ帝国で宰相を務めております」
「はあい、アザーズ君はリフエ帝国のアイサナック侯爵家の子息で、本人の希望でこの学園に通うことになったようですよ。シビリアディア王国に興味を持ってくれたのは、とても嬉しいことですね」
エルザ先生の説明を受けて、セリシオの方に目を向ける。
セリシオも驚いた表情を浮かべている。
聞いていなかったようだ。
国どころか、大陸を越えての留学生。
わざわざ南の大陸から、西の大陸までご苦労なことだと思うけど。
普通の留学生なら。
虫たちの報告で、詳細が不明の少年。
南の大陸なら、モンロード関連で虫たちも色々と情報は得ているはずなのに。
リフエ帝国に関しては、目下情報を収集中と。
虫たちが後手に回っている時点で、この少年に対する警戒心を大きく上げる。
リバーサイドの国に関しては、それなりに詳しいみたいだけど。
マサキが。
ここリフエ帝国に関しては、完全にノーマークだったと。
情報規制もかなりのものと。
そして、何よりも怪しいのが……南の大陸出身でこの肌の白さ。
うん、リューシスティックかアルビノかという可能性もあるが。
髪の色からしてアルビノの可能性が高いか。
リューシスティックだと、髪の毛が金髪だったりする可能性が高いし。
瞳の色がちょっと怪しい……
普通に考察すればそうなんだろうけど、色々な要素が混ざり合った結果……
「先生! リフエ帝国とはどのようなところなのですか?」
ド直球で質問してみた。
いや、マサキが質問してみろって言ってきたから、仕方なし。
あんまり目立つようなことや、アザーズの目に留まるような行動は控えた方がいい気がしたんだけど。
セリシオがよく聞いてくれたといった顔を浮かべているけど、王族なら他の国のことにもっと興味を持とうか。
そしてエルザ先生が説明しようとしたところで、横にいたアザーズが手をあげてそれを制すると一歩前に出てくる。
「私の国のことに興味を持ってもらえたことは素直に嬉しく感じるけど、やはりそこまでの知名度はないみたいですね。まあ、リフエ帝国が成り立ってからの歴史は凄く長いのですが、そのせいで集合国家というか連邦国的な色合いの強い王国のような掴みどころのない国というのが実情です」
いや、そういうことが聞きたいんじゃなくて。
いや? そういうことかな?
「皇族による統治国家ですが、その長い歴史の中で植民地化した国や吸収合併した国の元国主や、地方貴族にも皇族の血を引く者が嫁いだりしたせいというか……皇族が嫁いだ貴族の子供が、他の領地に婿として迎えられたり、嫁として嫁いでいったためそれぞれの領地で、ある程度の自治が認められておりますし……それぞれの領地が独自に交易等を行っておりますからね」
えっと……
「いまとなっては帝都は盟主国のような扱いですし、そこに属する貴族はまあ中央省庁のエリートというところでしょう」
……
「ふふ……」
今の説明で腑に落ちたというか、スッと入ってきたのはこの教室で僕だけのようだ。
他の生徒たちが、首を傾げている。
「中央省庁?」
そのまま素直に口に出したのは、エマか。
そして、アザーズは正体を隠すつもりがないようだ。
あからさまだし、露骨すぎるとおもったが。
バレても問題ないと思っているんだろう。
「ええ、各役場を取りまとめる部署のようなものです。この国の各領地の領主管轄の職種のトップといえば分かりますかね? 全領地の領軍の監督権を持つ部門や、税関連の監督権を持つ部署、さらにはインフラや開拓関連の監督権を持つ部署、そういったのが我がリフエ帝国にはあるのですよ」
「へえ、そういうところは帝国っぽい」
エマ……それは、帝国に対する悪いイメージがありますよって公言してるようなものだけど。
いいのかな?
子供の発言だから、見逃してもらえるかもしれないけど。
当のアザーズも気にした様子は無さそうだし。
というか、貴族の子息としての役割をこなすつもりもなさそうだし。
「まあ、気の遠くなるような長い年月を掛けて植民地が領地というか直轄領のようになったあとで、自治区になったような感じです。その自治区が勝手なことをしたりしないか見張ったり、自治が崩壊しそうになったときに手助けする役所が帝都にあるわけですよ」
「耳当りの良い言葉ばかり聞こえてくるが、それは帝国としての在り様として問題ないのか? むしろ皇帝の権威が落ちているとも捉えられるが」
ベントレーがこれまた際どい指摘を入れている。
なんだろう、朝のホームルームの時間内に終わるのかな?
この話。
余計なことを聞いたような気がしてきた。
「ある意味では、帝国としての最終到達地点としては、サクセスケースの一つだと思いますよ? 各自治区には皇帝の血が薄いとはいえ混ざってますし。無論、そのことで調子に乗る領主もいましたが……まあ、そこは帝国らしく……ね?」
そう言ってベントレーに向かってウィンクしていたが、ベントレーは不快そうな表情を浮かべて腕を組んで黙り込んでしまった。
「結果として、平和的に周辺の自治区がまとまっていますし、小競り合いもなくなりましたからね」
「そうか」
まあ、こっちはそのリフエ帝国のことは、分からないからね。
アザーズの言葉以外には、判断材料がないわけだ。
「あらぁ……みんな、アザーズ君に色々と興味を持ってくれたみたいで、先生嬉しいですよ」
エルザ先生は少しマイペース過ぎるところがある気がするけど。
それにしても、こんな怪しい素性の人間が、この学校に簡単に編入できたということは。
……マサキからも、確信めいた感情が伝わってきた。
しかし、いまここでアザーズとやりあったところで、問題が多すぎる。
なんだろう……こんなことはしないと油断していたが。
いや、やるならもっと直接的な行動を……今まで、取られたことがないか。
そうだな、回りくどいことが大好きな人だったな。
人かどうかも怪しいけど。
ある意味で、喉元に刃を突き付けられた状況だ。
「皆さんと仲良くできることを楽しみにしてます」
こっちをジッと見据えてそう言い放ったアザーズを、睨みつけてみるが。
柳に風とばかりに受け流されてしまった。
どうもマサキと違って、僕は舐められている気がする。
いや、直接対決をしたことはないというか……主に、マサキが担当していたからだろうし。
僕がマサキじゃないことは、バレているだろうし。
***
「完全にノーフェイスか、奴の関係者だろう」
「僕もそう思う」
「思うじゃないだろう……間違いないだろう」
マルコの言葉に対して、思わず八つ当たりともいえるような突っ込みをしてしまった。
キョウ、マルコのクラスに来た子供。
どう考えても普通の子供じゃない。
そもそもがリフエ帝国というのが、なんとも謎めいた国だ。
帝国という割には、大人しいというか。
現にリバーサイドの国とも、友好関係にあるらしい。
しかしモン領を観光した際も、香辛料を調達しに行った時もリフエ帝国の情報は全くといっていいほどに入ってきてない。
まるで、意図的にこっちが避けていたような状況だ。
こんなことができるのは、奴しかいないという確信はある。
「どうするのさ?」
「どうするって言われても、様子を見るしかないだろう。いずれにせよ、向こうから接触してくるだろうし」
「うーん……でも、なんというか……」
マルコが不安そうにこっちを見ているが、十分に理由は分かる。
いまここでノーフェイスに、身近な場所をかき乱されたら色々と拙いというか。
いや、拙いのはマルコにとってだけで、俺からすれば別にそこまで痛いわけじゃないんだけどな。
マルコには死活問題だろう。
そのことだけが、俺にとっての問題点だ。
「相変わらず何を考えているか分からんやつだ。しばらく息を潜めていたかと思ったら、こんな大胆なことをしでかすとは」
「感心してる場合じゃないでしょ! 対策を練らないと」
「練りようがないだろう……奴がなりふり構わず動いたら、お前の友達全員……たぶん殺されるぞ?」
「まさか……」
「いや、人の命なんて、なんとも思ってないだろう……奴は」
そう、現状はマルコの関係者全員を人質に取られたような状況だ。
確かに、一番手っ取り早く効果的な方法だと思うが、奴の狙いが分からない。
俺を懐柔するつもりなのか……だとすれば、こんな回りくどいことせずにシビリアディアに直接的に全戦力を投入すればいいだけだし。
目的が特定できないことが、何よりも恐ろしい状況だ。
「とりあえず、奴が動くまではこっちからは迂闊な行動はとれないだろう」
「動いてからじゃ、遅くない?」
「下手に刺激して、藪蛇をつつく結果になる可能性もあるぞ?」
「……」
いやマルコの気持ちも分かるけど、俺に丸投げしといてなんでそんな不満そうな顔をするんだよ。
うーん……本当に困ったら、俺に頼るのは良いんだけど。
俺がなんでもできると思ってる節があるな。
いやいや……俺、元は普通のサラリーマンだぞ?
お前も知ってるだろう……
なんで、そんな過度な期待を。
「マサキでも無理なの?」
「余裕がないのは分かるが、少し時間をくれ。いくらなんでも、相手が持ってる情報に対して、こっちの持ってる情報が少なすぎる。むしろ、向こうが動き出すまでにマルコにも手伝ってもらいたいくらいなんだが」
「えっ?」
俺の言葉に、マルコが少し驚いた後で目を輝かせてこちらを見上げてきた。
「アザーズと名乗ったノーフェイスがお前に接触してくるかもしれないし、それ以外にも普段の奴の行動を見て情報を集めてもらいたい。直接的に集められるのはお前の方がいいと思う。俺が出たら、たぶんあっちも色々と警戒するだろうし」
「うーん、出来るかな?」
「むしろ、これは俺よりもマルコの方が適任だと思うぞ」
「……うん、ちょっと頑張ってみる」
頼りないが、頼りないとは言わない。
やる気もあるようだし、少し様子を見てみないことにはなんとも……
頭が痛くなってきた。





