第25話:キャンプ【スレイズブートキャンプではない】
日常回ですね……
「空気が美味しいわね」
エマが目いっぱい両手を広げて、息を吸ってそんなことを言っている。
日本に比べたら、どこも空気は奇麗なんだけどね。
「ほら、早く準備しないと」
その横でソフィアが荷物をほどいている。
「アシュリーは、そっちを引っ張って」
「うん」
そして、アシュリーとクルリがテントを張っている。
その一方で。
「マルコ、手が止まってますよ」
「あっ、ごめんごめん」
ディーンと僕とで、こっちは男子用のテントの準備。
他にヘンリーとベントレー、ジョシュアも来ている。
セリシオとクリスは例に漏れず不参加。
最近は、ほとんど一緒に休日や放課後を楽しめないので、少し可哀想になってきた。
まあ、クリスは公務のあるセリシオを手伝っているのだが。
じゃあ、こいつはと目の前で杭を打っているディーンに、ジトッとした目を向けてしまった。
「ははは、私が参加すると、殿下が霞んでしまうので」
言ってる意味が分からない。
「私と、先方とで話が進んでいきますので。私の言葉は、殿下の言葉でもありますし」
そうなのだ。
公的な話し合いの場合、ディーンがいると何故か周りがディーンに話をすることが多いらしい。
いやいや、それってどうなのと思わなくもないが。
確かに、直接殿下に声を掛けるのは、不敬なのかもしれない。
それに、結局のところセリシオもディーンに相談しての回答ばかりなので、まあディーンと直接やり取りした方が早いのだろう。
だったら、猶更ここにいたらだめじゃないかな?
「私が常に傍にいられるわけでもないので、多少は鍛えてもらわないと……おじいさまとお父様に」
そうか……今日は、マクベス家との交渉事か。
内容が何かまでは聞かないが、それで逃げてきたのだろう。
重要な内容っぽいし……
というか、僕は別に何かしゃべってるわけじゃないのに、疑問に的確な答えが返ってくるって気持ち悪いよね。
「マルコの目は、口ほどにものを語ってますよ? 魔法師団の中で、ちょっとした問題が発生しましてね。リンセントス伯爵家の次男がですね、邪神「いや、聞いてないし。聞く気もないから」」
聞きたくないって思ってるのは伝わらなかったのかな?
伝わったよね?
「で活動資金の調達に、軍需物資を「おいっ!」」
それでも話を続けようとするディーンに、つい語気を強める。
「興味津々って顔してましたよ?」
「興味はあるけど、知りたくないのは事実だから」
邪神まで聞こえたから、余計に気になる。
まあ、虫たちにお願いして、独自に情報を集めよう。
ディーン経由だと、確実に巻き込まれる。
「謎のマルコ専属諜報機関を動かそうとしてますね? 流石に、その情報だけは私でも掴むことができません。本当に、どことコネがあるのやら……闇ギルド関連ですかね?」
「いや、知らないから? そんな知り合いいないし……うん、僕は別にそんな情報通でもないし」
「ふふふ……いつか、秘密を教えてもらいたいですね? 親友といっても過言じゃないですし……ベントレーとヘンリーも口が堅い」
こいつ……
こいつは、こいつで異常な子供……いやもう、大人に片足を突っ込んでいるか。
恐ろしい。
年々、歳と実力が乖離していってる。
「そっちに行ったぞ!」
「なんで、僕の方に追い込むんだよ!」
「いけっ! そこだ」
狩猟組がワチャワチャしてるな。
ヘンリーとベントレーが大きな猪を追い込んでいるが、その向かう先にいるのはジョシュア。
いや、ジョシュアなら大丈夫かもしれないけど、あのへっぴり腰じゃちょっと危険かな?
ため息をついて、蜂と蟻に手伝うように指示する。
そもそも、ヘンリーとベントレーは自分たちで猪を発見して追い込んでると思っているけど、それすら虫たちが誘導してきた。
本当は、2人に止めを刺させるつもりだったはずなんだけど。
でだ、なぜいつものメンバーに、アシュリーとクルリがいるかという話だが。
まずアシュリーを誘ったらと言ってきたのは、意外にもエマだ。
ソフィア推しのエマが、わざわざアシュリーを呼ぶことに疑問と不安が生じたが。
受け入れてもらえるならと、アシュリーを誘いに行った。
返事に時間をくれと言われて、二日後。
快諾してくれたけど、当日クルリを連れてきたのを見て少し驚いた。
今回のキャンプの発案者のエマには伝えて許可を得ていたらしい。
しかし、それをクルリには伝えてなかったようだ。
キャンプをするということは伝えたのだろうことは、荷物を見て分かった。
ただ、メンバーを見て絶望の表情を浮かべていた。
そして、アシュリーに騙したなと恨めしそうな視線を。
本人は、素直に謝っていたけど。
メンバーを見て、クルリも納得したのか諦めた様子だ。
むしろ、ここで帰る選択肢もあったのだが、アシュリーのために残ってくれたのだろう。
ちなみに、護衛の騎士はソフィアの家のエメリア伯爵家、それとエマの家のトリスタ辺境伯家からも。
さらには、ディーンの家のマクベス侯爵家からもこっそり。
それなりの騎士が、この森に入り込んでいる。
それこそ、蟻の入り込む隙間もないくらいに。
その状況で、猪を追い込むことはかなり至難の業だった。
蟻と蜂が本気を出していた。
人間どもの挑戦状、受けて立つといわんばかりに。
蜂たちが騎士を追いやり、道を用意し。
そこに大きな蟻たちが、猪を攻撃して追い込んできた。
その蟻を見た騎士たちが、小さく悲鳴をあげていた。
鍛えこまれた騎士が。
「あの蟻、魔力まで纏っている」
「お嬢様方の方に行かせるわけには、待て! そっちに行くな!」
「猪が、お坊ちゃま方に」
表立って出られない状況で、頑張っていたが。
ヘンリーとベントレーが、斬っては逃げる、斬っては逃げるを繰り返してジョシュアの方に追い込むのを見て、立ち止まって黙り込んでいたな。
「あれ、もう4回くらいは止め刺せてないか?」
「ていうか、明らかに加減してるよな? 本気で走っているようにも見えないし」
困惑しているな。
リアルタイム物まね報告で、蜂が教えてくれてるが。
2人の余裕の表情を見て、少し様子を見ることにしたようだ。
***
「よしっ、血抜きは問題ないな」
「血の匂いで魔物が寄ってこない?」
「大丈夫だよ、ここにたどり着くことは無いさ」
ヘンリーが猪の足をロープで括って、大きな木の枝に引っ掛けて持ち上げている。
そして、ベントレーが首をナイフで一閃。
地面に掘った穴に、血を落としている。
ジョシュアが、少し不安そうに周囲を見渡しているが。
「仮にここまで来たとしても、この辺りの魔物なら遅れをとるものはいないだろう」
「ふっ、その時は俺が小遣い稼ぎに、全部いただくけどな」
ヘンリーが調子のいいことを言っているが、フラグにすらならない。
最近のヘンリーは、本当に実力をメキメキと伸ばしている。
ちなみに、ジョシュアもだけど。
ただ2人とも、護衛の騎士の存在には気付いているようで、そこまで心配はしていないようだ。
「ちなみにマルコなら、この森一人で制圧できるんじゃないかな?」
「流石にそれは……」
「なんで、そこで悩むの? マルコってそんなに強いの? いや、強いのは知ってるけど」
僕の話なら、聞こえない場所でしてくれないかな?
「で、ディーンのその椅子はどこから出てきたのかな?」
ディーンが森の奥に少し入ったかと思うと、立派な寝椅子を持ってきていた。
枠は木製だけど、寝ころぶ部分は布製だからそこまで重くはないのだろう。
「ちょっとそこの奥に知り合いがいてね。お願いしたら、快く貸してくれましたよ?」
この子は、こうやってすぐにズルをする。
どうせ、必要な荷物も騎士たちに持たせてきてるのだろう。
「すごーい! 魔法も使わないで簡単に」
「簡単じゃないけど、慣れるとすぐにできますよ」
「敬語はなしで! マルコの友達は、私たちの友達でもあるんだから」
ふとにぎやかな方に目を向けると、アシュリーとクルリが手際よく火を起こしていた。
クルリは野営の授業を取っていたから分かるけど、アシュリーもそういえばベルモントの学校のキャンプには欠かさず参加していたもんね。
負けてられないな。
「お肉は問題なさそうですね。それに野草も」
「ディーンも手伝ってくれないかな?」
で僕は何をしてるかというと、虫たちに聞いて食べられる野草を集めている。
行者ニンニクっぽいものや、タラの芽、ノビルやセリっぽいものなんかも。
あと山芋っぽいのも採れたし、割と食べられるものが豊富にある。
家からの持ち出しも、結構あるけど。
「でマルコは、何を作るつもりかな?」
うん、野草を結構採ったけど……こんなものを持ってきてたり。
「それは、カレー粉ですか?」
「よく知ってたね。モンロードから、仕入れてきたんだ」
「まったく、だからどうしてそういうルートを、貴方はもっているんですか」
モンロードは香辛料が有名な、観光都市。
南の大陸にある、南国の町だ。
そこの香辛料屋さんのケバブと、マサキが懇意にしている。
たまにトトを伴って訪れては、何かしら買っているらしい。
「で、調理は……」
そう言ってディーンが、料理組の方に目をやる。
「きゃあ、ちょっとこれどうしたらいいのよ」
「普通に捌いたらいいんだぜ? 難しかったら、俺がやってやろうか?」
ヘンリーが持って行った猪のもも肉をみて、エマが悲鳴をあげていた。
ソフィアの顔も少し引きつっている。
「いいわよ! 私だって、このくらい! きゃー、あったかい! どうしよう!」
「えっと、私はこっちのマルコが採ってきた野草を切りますね」
「あっ、ソフィアズルい! ちょっと、アシュリー! クルリー!」
「いや、俺がやってやるって!」
「ヘンリーあんたは良いから! 2人とも助けて―」
……
「楽しそうですね」
「うん、仲良くやってるみたいでよかった」
エマに呼ばれた2人が何事かと慌てた様子で、彼女たちのほうに向かって行ってた。
まあアシュリーとクルリなら、大丈夫だと思うけど。
「で、こっちは、何をやっているのかな?」
「おお、マルコとディーンか。せっかくだから、燻製を作ろうかと思ってな」
ベントレーが手際よく、猪肉を捌いていた。
それから塩とハーブを振っているけど。
寝かさなくて大丈夫なのかな?
仕込みで1日から3日くらい掛かると聞いたんだけど。
まあ、それなりのものはできるかもしれないけど。
チップを持ってきてるってことは、最初から楽しみにしてたんだろうけど。
「心配するな、薫りづけをしたあとはフライパンでしっかり焼き目を付けるからな。コツは匂いが付き過ぎないように完全には覆わないことかな」
どこで、そんな情報を。
「ふっ、土蜘蛛直伝だ」
そうですか。
なるほど、じゃあ、安心だな。
「野草と肉、切り分けたよー」
アシュリーに呼ばれて、そっちに。
うーん、エマもどうやらソフィアと一緒に、野草を切ったらしい。
手が緑色だ。
あまり、料理は得意じゃないんだろう。
まあ、なんでもできそうだから、こういった欠点がある方が……
護衛の人達が、羨ましそうにこっちを見ている雰囲気が伝わってくる。
お嬢様の料理を、どこの馬の骨とも分からんやつがって気持ちかな?
馬の骨じゃなくて、そこそこの貴族の子息集団なんだけどね。
「じゃあ、鍋に水を入れて……うん、水から煮込もうか」
「嫌味?」
ジャガイモやニンジンの皮をスルスルと剥いて、空中に放り投げて手ごろなサイズに切り分けて鍋に落としたらエマに睨まれた。
いや、そういうわけじゃないんだけど。
「ごめん、つい癖で」
「どんな癖よ! これだから、ベルモントに刃物は……」
うん、おじいさまとのキャンプで料理とかっていったら、こんな感じだもんな。
お父様もだし、なんならうちの騎士の人もみんな、素材を切ることに関してはかなり特化してるもんな。
しかし、ベルモントに刃物はって言葉……この国では、割と耳にすることがある言葉なんだよな。
うーん……モヤッとする。
ベテラン勢は獲物を吊るして血抜きしたあとで、そのままの状態で一瞬で枝肉にまで捌くし。
固定されていない素材を切るって、練習としては最適らしいけど。
さらにそこから素材別に切り取ばして、皿の上に落とすとこまでいけばベルモント流野営術の初段くらいかな?
そんなのは、ないけど。
それが出来る人と、出来ない人で明確な実力差があるのは確かだし。
ベルモントとしての、何かがそこに隠されている気が。
「ほら、マルコ」
「えっ? うん」
ヘンリーがいたずらに投げてきた猪のバラ肉も、奇麗にスライスして……
「これも」
直後に皿が飛んできたのでキャッチして、一回転して皿の上に……
「はあ……」
エマが思いっきりため息を吐いていた。
条件反射でつい。
「だから、ベルモントはおかしいって言われるのよ」
エマに怒鳴られて、思わずヘンリーを睨んでしまった。
ヘンリーがカモンって感じで待ち構えていたから、すぐに目を逸らしてあえて無視をする。
というか、投げるものもないし。
「いいから、早く作ろう?」
「マルコ君……やっぱり、普通じゃないんですね」
しびれを切らしたアシュリーは通常運行っぽいけど、クルリも目を丸くしていた。
うん、これは普通じゃない自覚はあるけど……
はあ……





