第19話:真の災厄
「キシャアアアア!」
大顎が、大きな声で威嚇してくる。
オーガレッドとスカウターに向かって。
でも知ってる? 百足って鳴かないんだよ?
はりきりすぎじゃないかな?
「マルコ、あいつの狙いはオーガらしい! いまのうちに逃げろ!」
ソーマさんがこっちに、駆け寄ってきて僕の腕をつかむ。
確かに、この状況なら最善策かも。
「オーガジェネラルどころじゃない! すぐに、ギルドに報告して森へ入るのを止めないとまずい! あれは……A級冒険者が束で挑んで犠牲を伴ってやっとってやつだぞ!」
かなり逼迫した状況だというのが、ソーマさんのヘルム越しの表情から読み取れる。
普通なら、そうだろう。
うん、知り合いじゃ無ければ僕だって逃げたい。
「いけ、小さな戦士よ! 最後に、我の矜持を守ってくれたことに感謝する」
そして何故か僕たちを庇うかのように背を向けて、前に立って戦斧を構えるオーガレッド。
「我が主の誇りを守ってくれてありがとう、最後にその勇姿をこの眼に焼き付けることができた……お前たちが逃げるくらいの時間は稼いでみせるさ」
その横に立ったスカウターが、一気に増える。
幻術による、分身の術のようだ。
本当に器用だな、この子。
というか、オーガ達がもうなんていうか、もうだよ!
「お前ら……」
そして、何故か感動しているソーマさん。
「ゆけ、小さな強敵よ! あの世で、また相まみえようぞ!」
「長くはもたん! 走れ!」
とはいったものの、このやり取りの間ジッと待っててくれる大顎に誰も疑問を抱かないのだろうか?
見たら、一番顔よりの足で目元を拭うようなそぶりまで見せているし。
うん、この決死の覚悟を決めさせているのは、キミだからね?
「ソーマさん、先に行ってて。僕も時間を稼ぐから……あれが、森から出たら「馬鹿言うな! いくらお前でも、あんなの相手にどうにかできるわけないだろう!」
確かに、本気の大顎相手に勝てる気は……正直しないかな?
いや、スキルをありったけ使えば、勝てるかも……勝てるか。
土蜘蛛の粘鉄糸やら、カブトの【王の盾】を使えば。
たいていの攻撃は防げる。
「ごめん、まだ奥の手があるんだ」
「嘘を吐くな! あんな化け物百足を相手に通用するようなスキルを、子供が持っててたまるか!」
ちょっと、ムッとした。
可愛い大顎に対して、化け物とは酷いことをいう。
大顎も、ちょっとショックを受けたような表情。
「くそっ!」
ソーマさんが掴んでいた腕を振りほどき、オーガ達の方に。
「何をしておる! 何故、横に並ぶ!」
横に立った僕を見て、オーガジェネラルが怒鳴りつけてくる。
そんな、怒らなくても。
そして、それは僕も思ってる。
なんで、ソーマさんまで横に並ぶの?
覚悟を決めた表情で、剣を構えられても。
そもそも、主武器の槍じゃないのに、役に立つのかな? なんて失礼なことを思ったのは秘密だ。
「正規の冒険者の俺が、子供を置いて逃げられるわけないだろう! 死んだら、一生恨むからな!」
「それは無理かな? ソーマさんが死んだら、僕も死んでるだろうし」
「じゃあ、あの世でしこたま怒鳴りつけてやるから、覚悟しろ!」
うわぁ……この人が、リーダーでも良いんじゃないかな?
正直、ジェームスさんとの対比がひどすぎて……よくよく考えると、残念だったのはジェームスさんだけかも。
キーンさんが怪しいところかな?
「4人なら、もしかしたらどうにかならないかなって」
「……お主」
オーガスカウターが、ちょっと感動したような表情で見てくる。
「そうか……お主も、生粋の戦士ということだな。ふふふ、ふははははは! 会ったことも無いお主の祖父が、いかに優れた武人であったか分かるぞ!」
これは嬉しい。
おじいさまを褒めてもらえて、素直に感謝。
でも、後回しにすると言いにくくなるから、2人こっそりと本当のことを念話で伝えておかないと。
「シャアアア!」
そう思った矢先に、大顎の口から緑色の球体が飛び散る。
「なっ、一瞬で!」
「くっ!」
あまりの速さに反応する間もなく、スカウターの分身が全て消え去る。
本体を残して。
「オーガスカウターが一発だと!」
ソーマさんが驚いている。
それもそうか。
見えているオーガスカウターは、全部消えたからね。
でも、本体は分身だけを残して、木の上で隙を伺っていたんだよね。
少し遅れて、木の上から降りて来たけど。
「枝だけを飛ばされました……小細工するなといっているようです」
真っ青な表情で、オーガレッドさんの横に戻るスカウター。
すでに諦観している様子がうかがえる。
「無事だったか」
そして、何故かオーガスカウターの無事を喜ぶソーマさん。
「いや、あれだ! 戦力が減ったら厳しくなると思っただけだ」
僕の視線に気付いたのか、頭を掻いてそっぽを向いてるけど。
だめだよ、魔物相手によそ見したら。
「つっ、助かった」
大顎が触手を伸ばして鞭のようにソーマさんに向けて放ってきたので、蹴り飛ばして回避させる。
いま、当てるつもりじゃなかった?
『麻痺毒を付与してただけですよ』
あー、あー……当たってもらえば良かったか。
しかし……
オーガレッドが突っ込んでいく。
事情を説明する暇がない。
「くっ、硬い」
そして、その厚い装甲に簡単に弾かれて、顔をゆがめている。
立て続けに斬撃を放っているが、有効打になるものが一つもない。
オーガレッドさんが、離れてしまったので声を掛けにくい。
代わりに横にいる、スカウターに話しかける。
ソーマさんに聞こえないように、耳元に口を寄せて。
「絶対に声出さないでね。ごめん、あれ知り合い」
「はあっ?」
声を出すなってお願いしたのに。
ソーマさんがこっちを訝し気に見る。
なんでもないというふうに、首を素早く横に振って誤魔化す。
「秘密の作戦伝えてるとこだから」
取り合えず、言葉でも誤魔化しておこう。
「キミたちを逃がすために、蜂達に囮になって意識をそらしてるうちに、呼んだの」
「ちょっ、蜂「しーっ!」
いちいち、声が大きい。
そのくらい驚くべきことなのかもしれないけど。
うーん、本当にソーマさんが邪魔になってきた。
「ぐあっ!」
僕の苛立ちを感じ取ったのか、大顎がソーマさんに向かって突進する。
現在進行形で攻撃をしている、オーガレッドを無視して。
「っつー! ガードしてこの衝撃……てか、なんで俺に向かって」
執拗に毒液やら、触手も織り交ぜながらソーマさんをこの場から遠ざけてくれる。
「くっ、やらせはせんぞ!」
あっ、オーガレッドさんまで追いかけていっちゃった。
もういいや、スカウターだけで。
「とりあえず、蜂とそこらへんにいる大きな蟻、あとあの百足は僕の友達だから」
「……言ってる意味がまるで分からないのだが?」
「おいで」
心底疑わしいものを見るような視線を向けてきたスカウターに証明するために、蟻と蜂を呼ぶ。
あっちで、ジョウオウがわめいている。
なぜ、蜂を使っているのに、妾じゃなく大顎を?
いや、ここにいる蜂は蜜蜂系の強化蜂じゃん。
きみ、スズメバチ系の強化女王蜂だからね?
この群れに混ざってたら、蜜蜂の群れに襲い掛かってるようにしか見えないよ?
マサキ、爆笑してないで、ジョウオウを黙らせてよ!
「本当か……なら、最初から我の存在に気付いていたのだ」
「ごめん」
そういえば、木の上にいたオーガスカウターに蜂をけしかけたりもしたっけ。
反省はしてないけど、とりあえず謝っておいた。
「で、君たちを逃がして確保するために、とりあえず大顎に攪乱……ああ、あの大百足は大顎って名前なんだけど、場を掻きまわしてもらおうかと」
「よく分からんが」
「まあ、殺すには惜しいと思ったのは本音だよ。もう一人の僕も……これは、また説明するけど、で君たちも逃げるかと思ったら、まさか庇ってくれるなんて」
「ああ、せっかくの気遣いだったのに、不意にしてしまいすまんかったな」
僕の言葉に、素直に頭を下げてくれるオーガスカウター。
いや、責められてもおかしくない立場ではあるけど、こういう素直なところを見習って欲しい人が周りに多すぎて。
「いやいや、そういう人たちだからこそ、死なせるには惜しいって思っちゃったんだから。良いことだよ」
「ふふ、せっかく我が主を救う手立てを用意してくれたというのにな」
ちょっと、困った様子のオーガスカウターに対して、とある方向を指さす。
その指の先では、ソーマさんとオーガレッドさんが互いの死角を庇うような立ち回りで、大顎に……かなり手加減をしている大顎相手に抵抗している。
「ふむ、お主も人間のくせになかなかやるではないか」
「そっちこそ、話の分かるオーガで驚いた。お前さんも、なかなかの武人だな」
お互いを認め合ったような言葉を交わしながら、時に背中を預けあったりしている。
うーん、麗しき男の友情が芽生えつつあるな。
「大旋風!」
おお大顎のベノムショットをオーガレッドさんが戦斧を回して弾いた。
「いまだ! いけ!」
「おうっ!」
そして、オーガレッドさんの肩を踏み台にして、ソーマさんが大きく飛び上がると剣を真上に構える。
「パワースマッシュ!」
何やら一瞬腕と剣が光ったからスキルだろう。
しかし、大顎容赦ない。
その剣をなんなく顎で挟んで受け止めると、剣を砕いた。
「あっ……」
手元の剣の刃が粉々になるのを見て、悲壮な表情のソーマさん。
「【種族武器創造】|! これを使え!」
即座にオーガジェネラルが、槍を作り出してソーマさんに投げる。
そんなことも出来るんだ。
「オーガレッド様」
何やら、オーガスカウターがちょっと戸惑っている。
「いや、ジェネラル以上の支配種は、自分専用の武器と防具が作り出せるのだが……魔力の消費が激しいうえに、また作り出せる数に制限がある」
「でも、作り出せあっ!」
見たら、オーガジェネラルの鎧が消えている。
「自分の鎧を消してまで、武器を渡したくなるほどあの男を信用したということか」
ちょっと、オーガスカウターが感動しているし。
もう少し、この戦いを見ていたくなったけど。
駄目かな?
「すまん!」
空中で槍を受け取ったソーマさんが、横なぎに放って頬に穂先をあてその反動で、その場から距離を取る。
「良い槍だ」
「ふっ、我の鎧と引き換えに出した槍だ。悪いものであってたまるか」
「なっ……ありがたく借りて置く」
「構わん、生き延びたらそのまま使うがよい」
おお、熱い男の友情。
鎧を着ていないオーガジェネラルに、ソーマさんが少し面食らった顔をしたが。
良い笑顔で応えている。
「じゃあ、俺が死んであんたが生き延びたら、この槍は消さずに使って欲しい」
「お主の墓標代わりにしてやろう……まあ、死なす気はないがな!」
鎧がなくなってさらに身軽になったのか、残像が見えるほどの動きをするオーガレッド。
もともと敏捷特化だけだったことはある。
ソーマさんも鎧を脱ぎ始める。
「たしかに、こんなもの邪魔だな。攻撃が当たれば、鎧ごと砕かれるのは目に見えてるもんな。それなら、身軽になって回避に集中すべきだな」
ソーマさんの動きも、なかなか。
人としては、かなり速い。
さすがに、フルアーマーともなれば相当の重量だったはずだし。
目が離せなくなってきた。
「くらえ! 【百鬼突き】」
「【五月雨突き】!」
おお、攻撃の速度も見違えるほど早くなった。
あまりの突きの猛打に、大顎の身体が少しずつ押し返されている。
気付けば、甲殻の表面にうっすらと傷がつき始めている。
「あの、あれに念話を送って真実を伝えろと、お前は言うのか?」
「う……うん」
オーガスカウターが、オーガレッドに話をするのを躊躇っている。
「ぐっ!」
「下がれ、大旋風!」
突きの隙間を縫って放たれた、触覚による一撃でソーマさんが吹き飛ばされる。
すぐにソーマさんと大顎の間に入って、追撃を防ごうとするオーガレッドさん。
戦斧を回すことで、触覚を巻き込み柄に絡みつけたオーガレッドさんが、力比べとばかりに戦斧を引っ張るが大顎はびくともしない。
「すまん、まさかあの隙間を縫ってくるとは」
「大丈夫か?」
「ああ、槍でしっかりと受けたお陰で問題ない」
オーガレッドから借り受けた大身槍の穂先を大きく振って、反対の軌道を描いて上がってきた柄を左の脇に挟んでピタリと止めると再度突撃の構えを見せるソーマさん。
「しっかりと、手に馴染んできたようだな」
「ああ、この槍なら命を預けるには十分だ」
そんなやり取りをしたあとで、お互いに見合ってヘッ、フッと笑みを見せてまたも攻撃を再開。
……なんだろう、最終回か何かかな?
何度やられても立ち上がり向かって行き。
時にお互いを庇い、時に協力して攻撃し。
徐々に、大顎がダメージを受けているかのようなフリをし始める。
空気を読んでいるらしい。
ただ、そろそろなんとかしてほしいという想いが、はっきりとこちらに伝わってくる。
うん、なんとかしたいよね?
できるかな?
できると良いな。
できるよね?
チラリと、オーガスカウターの方に視線を向ける。
泣きそうな表情で、こっちを見返すオーガスカウター。
「だって、僕はオーガレッドさんに念話を送れないから」
「いや、できるでしょ? できるんじゃないですか?」
できるかな?
できるような気がしないでもないけど。
配下になってないけど、出来るのかな?
「いやいや、直接思念を送るだけで、相手に受け入れてもらえたら大丈夫ですよ」
「うーん」
「私が、伝えますから。その、あなたから話があると」
「うーん?」
「なぜ、悩むのですか?」
いや、このうーんはあれだ。
なんで、急に丁寧な口調になったのかが……
「なんで、急に口調変わったの?」
そう言ったら、チラリと視線を後ろにやったのが目に付く。
クルリと背後に回ったら、蜜蜂が数匹ほどお尻の針をオーガスカウターの背中に当てていた。
「あまりなことをいうと、こう後ろからチクチクと……」
「あー、まだなにもお話してないんだから、脅しちゃだめだよ」
僕の言葉に、蜂達がブーンと飛び去って行く。
一際大きな一匹が、少しの間オーガスカウターの目の前でホバリングして飛び去っていったけど。
そういうところ。
そういうのを、やめてってお願いしたのに。
ほらー、オーガスカウターさんの顔色が悪くなっちゃったじゃん。
「あの百足クラスが、他にもたくさん配下にいるのか?」
「配下っていうか、家族っていうか……友達っていうか」
「そ……そうか」
真っ青だ。
赤鬼ってわけじゃなかったけど、いまは完全に青鬼だな。
「オーガ!」
「わしにかまうな! そのまま片目を貫け!」
「くそっ、よくも! おらぁっ!」
そして、こっちも佳境に。
オーガレッドの捨て身の一撃に、大顎が頭を突っ込ませて顎で挟んで応対。
丁度いい高さにまで目標が下がったことで、ソーマさんの槍が真っすぐつくだけで左目を捉える状況。
そして放たれる、きょういちの最速の突き。
音を置き去りにして走る、一筋の光。
大顎もその攻撃が見えていたのか前半分の足を全て同時に弾いて、それこそ残像を残しての瞬間的な回避。
「届け!」
しかしそこから捻りをさらに加速させて手元を滑らせるように突かれた槍は、最終的にその手を離れ大顎の目に向かって一直線に放たれる。
まさか、槍を飛ばすとは。
これに面食らったのは大顎。
何故なら、普通なら回避できるけど、下手によけると顎で挟んだままのオーガレッドに槍が当たる可能性も。
触覚の一本はいまだにオーガレッドの戦斧の柄に絡まったままの状況。
反対側の槍の軌道を邪魔している。
まさかの、大顎絶対絶命?
のはずはない。
「そんな」
「まさか……」
一瞬で、土魔法で地面を盛り上げて槍を上に弾き飛ばしていた。
しかも丁寧に槍の軌道上に、氷の盾まで作り出して。
「連続魔法……いや、【二重詠唱】」
「虫系の魔物が……」
途端に、あたりにひろがる絶望の色。
悲壮感漂う声で呟いた2人の心の折れる音が……そして膝を折る姿が視界に入ってきた。
大顎が無事でよかった。