第18話:柔 対 理不尽
「尋常にねぇ……」
「黙って!」
「リーダー……」
僕とジェネラルが向かい合っている横で、ジェームスさんが何気なく……そしてやる気なくつぶやいた言葉にソーマさんと、キーンさんが同時に突っ込む。
「流石にオーガの我でも、お主の発言があまりにも場に相応しくないことは分かるぞ?」
何故か少し距離を置いて、僕たちの決闘を見守っているオーガスカウターが呟いていた。
そして、真剣なまなざしでこっちをジッと見る。
「僕の癖とか動きを見て、オーガレッドさんに念話を送っても無駄だからね」
「そんなこと、するかっ!」
怒られた。
もしかしたらと思って釘を刺しただけなのに。
「スカウト……お主」
「いやいや、やりません。そんな、水を差すようなことを」
「だよな? うむ、そうだよな」
2度目のそうだよなは、自分に言い聞かせるかのように呟いていたけど。
本当に正々堂々と戦ってくれるなら、こっちも虫は使えないか……
『蟲使いってことにすればいいんじゃないか?』
マサキが何か言ってるけど、あまり真剣な感じが伝わってこない。
何か、片手間に見てるかのような。
『いいぞ、マハトール! 似てる似てる』
マハトールと何かしてるらしい。
もう少し、興味持ってくれても……
『そいつ、ゴブリンキングより遥かに弱いからな?』
そうか……その程度なのか。
吸収できちゃいそう。
ジッと相手を見る。
武器は戦斧……長い柄のついた斧のようだ。
ハルバードと呼ばれてるあれか。
まともに受けたら、飛ばされてしまいそうだ。
「ジェームスさん、邪魔しないでね」
「おいっ! 助太刀しようとしただけだろ?」
腰の剣に手を掛けたのがチラリと見えたので、こっちも釘を刺しておく。
魔物相手にとか思ってそうだけど、それやっちゃったら立場が完全に逆転しちゃうから。
普通は手段を択ばないのが魔物だからね?
理性が低く、本能に従いやすい分。
いけると思ったら、躊躇なく行動に移すイメージ。
でもわざわざ決闘の形までとって、1対1での決着を望んだ戦士との勝負に水を差されたら流石に僕でも怒る。
「注意力が散漫だな」
「集中してやりたいからね。あらかじめ、邪魔が入らないようにしてるだけだよ」
「そうか……準備はよいか?」
こっちの準備が整うのを待っててくれたのか。
うーん、紳士。
相手の身長は2mを優に超えて、3m近い。
対するこっちは、160cmにも届いていない。
……150より。
ほぼ、150cm。
ちょっと足りないかも。
150cmに。
相手の方が倍近くでかいわけだ。
的が大きくていい。
『俺に訓練つけてくれる、エドガーよりは小さいし力も遥かに弱いぞ?』
マサキがうるさい。
僕がオーガを吸収することを期待して、ワクワクして落ち着きがなくなってるのが伝わってくる。
あまりに外野が気になるから、管理者の空間に連れ帰って決闘したくなってきた。
「大丈夫か? まだ、集中できておらぬようだが?」
そんなことを考えていたら、決闘相手のオーガジェネラルに心配された。
情けない。
よしっ、無心だ。
「大丈夫、ごめんね集中できなくて、失礼だったよね」
「構わん。子供なら致し方あるまい。我はオーガレッド……その方の名を聞かせてもらっても?」
すっごく紳士だ。
やばい、この鬼ならおじいさまだって気に入ってしまいそうだ。
「なんだ、変な顔をして」
あまりにも、人よりも理想の人に近い振る舞いに、思わず変な顔になってしまったらしい。
駄目だ、駄目だ、真剣に!
「僕は……いや、私はマイケル・フォン・ベルモントが子、マルコ・フォン・ベルモント。ベルモント子爵家の次期当主、そして、剣鬼スレイズ・フォン・ベルモントの孫だ」
「うわっ、マジもんのお坊ちゃんだった」
「というか、ベルモントって……」
流石に、ここまで真剣に挑まれて素性を明かさない無礼はできない。
例え、他の人にバレたとしても。
バレても大陸が違うし……たぶん、大丈夫。
実家には、連絡いかないはず。
ジェームスさんが心配だけど。
口軽そうだし。
「どうりで……」
ソーマさんが、納得したような表情を浮かべているけど。
ベルモントならってのは、他の大陸でも通用するのか。
おじいさま、本当に何したんだろう。
「剣鬼スレイズっていったら、各地で最強を名乗る奴らを片っ端から木刀で倒していったあの?」
「魔法使いも、武闘家も関係なく、最強を名乗る人が多すぎて、腹いせに格付けしていった伝説の」
「スレイズ様に勝てた人は……この大陸にはいなかったな。剣聖も、神槍も全て木刀の前にひれ伏していたらしい。全大陸合わせても5本の指に入ると噂されている」
おじいさま……
こんなところまで来たことあったのか。
てか、おじいさまと肩を並べられるか、もっと強いかもしれない人が5人もいるのか。
世界って広い。
「な……何やら、凄い血筋のようだな。我の最後を飾るにふさわしい相手ということか」
「まだ、やってみないと分からないよ」
「いや、お主に勝てたとしても、その方の祖父……人として5本の指に入る強者が仕返しにくるではないか」
あー、まー……来るかな?
来るだろうね。
仇討ちというよりも、興味津々で。
「もういいや、行くよ」
「うむ、来いっ!」
ジェネラルが戦斧の石突で地面をついたのを合図に、一気に飛び出す。
そして、横なぎに一閃。
「うそっ!」
普通に柄で受けられただけと思ったら、微妙に腕をひねって力をそらされジェネラルの肩越しに飛び越える形で大きく飛ばされてしまった。
取り合えず空中で一回転してうまく着地すると、そのまま地面を蹴って背中に向かって突きを……
「凄い」
剣先を回転させた柄で絡めとられ、僕も錐揉み状態で吹き飛ばされる。
地面にぶつかる瞬間に思いっきり仰向けに右手、左手の順について下半身をひねって足を着地。
その勢いのまま上半身も捻って、すぐに起き上がって正面を向いて構える。
「面白いね。技を使う魔物か……」
「これでも腕に、多少は憶えがある。それよりも、お主の力を見る限り、わずかながら希望が見えてきた」
どうやら、いけると思ってるらしい。
うん、油断したつもりはない。
ただ、想定外すぎた。
まさか、ガンバトールさん顔負けの受けが使えるとは。
そうなると、戦い方も変わってくる。
「そう、でもその希望はかなわないかな?」
低姿勢での突進からの、足首への薙ぎ払い。
「見えておるよ」
当然のように地面に斧を突き立てて受けようとしてきたので、その柄を掴んで膝裏にかかとを叩き込むとそこを始点に、一気にオーガジェネラルの身体を駆けあがる。
「ぬっ、小癪な」
上半身を回転させて振り払おうとしてくるのが予知できたので、直前で腰を蹴って上に跳ぶ。
良い位置に、首がある。
上半身をひねったことで、顎の下ががら空きだ。
「ていっ!」
そこに向かって斬撃を放つ瞬間に、オーガレッドと目が合う。
「かかったな」
どうやら誘われたらしい。
いや、誘われてないけど。
「ぐあっ」
肩を思いっきりあげて、顎で剣を挟もうとしたのが分かる動作だった。
でも、残念。
そこに剣はありません。
「なぜ、太腿と脇腹に傷が」
隙じゃなくて、意識の外を狙うのが剣鬼流の基本だからね。
自分で分かるような隙だろうが、隙を作って誘おうが関係ない。
言ってみれば、完全に意識外の隙間を狙って攻撃する。
「驚いてる場合じゃないんじゃない?」
「くっ」
驚いている隙に間合いを詰めて、下から真っすぐ顎先めがけて真上に剣を突き上げる。
両手を交差させて受けようとしているが、その隙間を縫うように突く。
「馬鹿な」
そう見えたかもしれないけど、実際は両脇に軽くそれぞれ突きを放ったあと。
うーん、確かに動きも威圧感もゴブリンキングのそれよりもはるかに劣る。
マサキが戦いに興味を持たないのが、よく分かる。
「ふぅ……ふぅ……」
「うーん、やっぱりおじいさまだったら、一瞬で終わってるかも」
目の前で全身から血を流し、満身創痍のオーガレッドを見ながら思わずため息。
手首を回転させて、剣を回しながら首を鳴らす。
「おかしいだろう! なぜ斬られたところと、違う場所が傷を負う」
「いや、斬ったから怪我してるんじゃん。軌道が見えてない時点で相手になってないよ」
見せる剣に反応してくれるから、面白いように攻撃が当たる。
ガンバトールさんの、かなり劣化版だったようだ。
あの人の場合は、見せる剣も実の剣も全て防いでくるから、どうしようもない。
「化け物め」
「うーん、それはお父様やおじいさまに向かって言って欲しいな」
「……化け物か」
そんな、しみじみ言われても。
「ベルモントの剣って、フェイントすら斬れるって言われてなかったっけ?」
「あー、肩を斬られた瞬間に同時に4ヶ所から血が出てたってあれね」
「確か、時の大剣豪が……斬撃全てどころか、フェイントにまで当たるとはって呆れられてたって伝説の」
まさに、目の前のオーガレッドがその状態だな。
しかし、このまま倒してもしょうがないし。
「オーガレッド様……」
スカウターが祈るように見てるけど、勝負はもうついてるし。
ジェームスさん達も、完全に鑑賞ムードだ。
取り合えず、決着だけでもつけておいた方がいいかな?
「おしまいだよね?」
「我の負けだ……殺すがよい」
そっと背後に近づいて、首に剣を当てたことでようやくオーガレッドも諦めたようだ。
目をそっと閉じて、首が落とされるのを待っている。
「殺すには惜しいかな?」
「嬲るか! いや、情けか? そんなものは、いらん! 惨めなだけだ」
「殺せよ! そしたら、全部終わるだろう?」
ジェームスさんが横から茶々を入れてくるので、軽く睨む。
「おわっ、怒るなよ」
なんか、本当に残念な冒険者だ。
僕の中で、先輩冒険者の評価がダダ下がり……いや、普通の反応かもしれない。
オーガジェネラルといったら、それなりに脅威だろうし。
でも、殺すわけにもいかないし。
『手伝いましょうか?』
そんなことを考えていたら、蜂から念話が。
いや、手伝うつったって、もう終わってるし。
『いえ、あっちですよ。少し時間を稼ぐので、大顎様を』
うーん、言ってる意味が分かりかねるけど。
なんとなく、かなり優秀な彼等なら悪いことにならないかな?
『じゃあ、ちょっとお願い』
『はいっ!』
どうも、ジェネラルとの戦いに手を出させなかったことで、少しフラストレーションが溜まっていた様子。
どこからともなく蜂達が集まってくると、ジェームスさん達の方に。
「うわっ、なんだ! 蜂?」
「ただの蜂じゃないわよ! 大きい!」
「蜜蜂の一種のようだが、あの針に刺されたらまずそうだな」
蜂達がジェームスさん達の顔の周りを飛び交う。
手で振り払おうとしてるが、難なく躱しわざと針を見せつけてゆっくりと迫っているのが見える。
ソーマさんも危険を感じたのか、ヘルムのフェイスガードを下げて後ずさっている。
「ソーマだけずるい」
キーンさんがなにやらのたまっているが、ソーマさんは気にした様子もなくすぐに彼女を背に隠す。
「肌の露出の少ない俺が受け持つ、リーダーたちは下がれ」
「でも、マルコ君が!」
「小僧を置いていけるか!」
ソーマさんが彼らに逃げるように伝えると、2人がこっちを気にして騒ぎ出す。
こういうときだけ、お人よしの先輩になるのはどうかと。
「大丈夫だろ? 何故かあっちには向かって行ってないし」
「……本当だ」
「でも、私たちが逃げたら……」
ジェームスさんは一瞬驚いた後で、すぐにジトっとした目を向けてきたが、
キーンさんは、逃げたあとのことを心配してくれている。
優しい。
「俺が残るから、大丈夫だ」
ソーマさんかっこいい。
てか、早く逃げないと本当に刺されちゃうよ?
「いてっ、咬まれた」
刺されたんじゃなくて、顎で咬まれたらしい。
ジェームスさんが。
ジェームスさんには、蜂達も少しイライラしてたのかな?
「早く、行け!」
かっこいいけど、蜂に襲われた程度でやるようなことかな。
三文芝居にも劣る気がするけど、まあ規格外の蜂ならしょうがないか。
少し大きいだけだけど。
ガチの、進化蜂と比べると全然。
普通の密蜂より、一回り大きい程度……それでも、恐怖か。
「すぐにマルコも連れていく」
「ソーマ、頼んだ」
「時間が惜しい! 早く行け!」
ソーマさんが2人の背を押して逃がす。
ちなみにその間に、蜂達の合図で少し離れた場所に転移して大顎を呼んでおいた。
かなり張り切ってやってきたから、びっくり。
あまり、こういった場面で呼ばれることがないから?
嬉しそうで、僕も嬉しい。
『また、美味しい紅茶をご用意させていただきますよ。クッキーもありますから』
『うん、楽しみにしてるね』
念話で、こんなやり取り。
世話を焼くのが大好きな彼は、マサキよりも僕の方が楽しいらしい。
それって、手がかかるって思われてるのかな?
まあ、子供だから当然だけど。
そして一瞬で戻る。
全員が蜂とジェームスさんたちに注目してたから、一瞬消えたことに誰も気付いていない。
そして、地面をこする音と木をへし折る音が徐々に近づいてくる。
巨大化バージョンの大顎だ。
実際に、こんなのが森に居たら絶望しかないって言う凶悪な風貌。
昔から知ってる僕は、慣れてるけど。
初見なら死を覚悟するだろうね。
「な……」
「ば……化け物」
うん、スカウターとオーガレッドが絶望してた。
「……無理だ。マルコ……逃げろ」
ソーマさんも。
大きく顎を開いて、オーガレッド達を威圧してたけど。
チラリとこちらを見て、器用にウィンクしてきた大顎の顎を撫でたい衝動を抑えるのが大変だった。
瞼あったんだ……
ああ、水の膜を使って瞼を閉じたように見せたと。
密かに練習してたのかな?
そっか……他の虫達や魚たちと違って芸を披露することがないから、普段使いできる小ネタをたくさん練習して覚えていると。
帰ったら、抱きしめたくなった。





