第15話:オーガ発見
「しかし、食べすぎたな」
ジェームスさんが、苦しそうにお腹をさすっている。
「いま、魔物が出てきても対処できないかも」
これは、クロエさんだ。
「情けない、そんなんで見習いの坊主どもに、良いところがみせられるのか?」
ソーマさんが、ジトっとした目をジェームスさんに向けている。
本当に、そう思う。
いくら、猪カツが美味しかったからって。
キーンさんは何も言わずに、ただただ周囲を警戒している。
というか、喋りたくないって感じだな。
かなり、干し芋を食べてたし。
「とりあえず、この周辺にはもう魔物はいなさそうだ」
キルクさんが、森の奥から戻ってきた。
かなり軽快な足取りで。
キルクさんは、きっちりと腹八分でとどめてたらしい。
「とりあえず、少しでも歩こう。そしたら、腹も落ち着くかもしれん」
その理由はどうなのだろう。
ジェームスさんが、ゆっくりと歩き始める。
キルクさんが戻ってきたのと違う方向に。
「マルコ、この辺りにオーガは本当にいないのか?」
ベントレーが、僕にそっと耳打ちをしてくる。
うーん……
取り合えず、小型の蟻と蜂を呼び出して手伝ってもらおうかな?
5匹ずつでいいかな。
「僕の気配探知にも引っかからないから、虫達に手伝ってもらおう」
一応、魔力や気配は分かるけど、確かに周囲にはそれらしい魔物どころか普通の魔物もいない。
『オーガならいますよ。さっきから、ずっと見張られてます』
蜂を呼び出した瞬間に、すぐに報告があった。
えっと……
『見事な隠形ですね。気配も魔力も完全に消してますが、臭いだけは隠せないみたいで……それで、魔物達がこの辺りに近づいてこないだけです』
そっか……
それで、強いのかな?
『ちょっと行って、殺してきましょうか?』
あー……分かった。
目の前の、普通より気持ちデカイサイズの蜂よりは弱いってことね。
そう思ったら、足をトントンと叩かれる。
下に目を向けると、蟻がつぶらな瞳でこっちを見ている。
顎をカチカチと鳴らして。
君でも勝てると。
良いことだと思おう。
「それなんだけど、オーガならいるよ」
「本当か?」
ちょっ、ヘンリー声がでかい。
「どうした?」
「あー、いやえっと……さっきまで狼や猪、熊まで襲い掛かってきてたのに急に何もいなくなるものなのかなと思って」
「いや、まあこれだけ広い森ならそういうこともあるだろう」
ジェームスさんが何事かと近づいてきたので、簡単に説明。
「視線を感じる?」
「うん、殺気はないから完全に様子見かな」
「殺気とか……一流の剣士みたいなこと言いやがって」
たしかに一流ではないけど、その辺りはおじいさまとの訓練で嫌というほど身についている。
これが分からないと、本当に何もできずどころか気付かないうちに、倒れていることになるし。
ヘンリーも出来るし。
「生き残るためには、必要なことだ。俺もようやく、肌で感じられるレベルになってるんだ。マルコならできて当然だろ?」
「たはー。本当に、お前ら出鱈目だな」
笑顔で肩を叩いて来たけど、半信半疑って感じかな?
キルクさんとキーンさんは、完全に僕たちの実力を上方修正して戦力として数えてるみたいだけど。
ソーマさんは……なんだかんだで、子供には甘いのだろう。
一目置いてるけど、戦力には含んでいない。
守る対象として見ている。
クロエさんは……ベントレーがお気に入りと。
どうでもいい。
「で、視線はどっちの方からだ?」
「木の上かな? ほら、あそこだよ」
蜂が教えてくれた場所を指さす。
見えないけど。
「なんだ? 何もいな……」
ジェームスさんがそう漏らした瞬間に、葉っぱが揺れたかと思うと鬼の姿が露に。
そして、そのまま下に飛び降りてくる。
何かを嫌がるように、手を振りながら。
あっ、蜂が数匹周りを飛んでる。
「木の上で蜂に襲われたのかな? 巣の近くにでもいっちゃったのかな?」
「あー、完全に隠れてた割には、間抜けだな」
一応呆れたように言ってみると、ベントレーも鼻で笑っていた。
落ちてきたのは、頭に角を二本生やしたやせぎすの男性。
男性で良いのかな?
ちょっと、人に近い感じの見た目だし。
ただ、顔はちょっといかつい。
肌の色は赤みがかっている。
そして驚いたのは服を着ていることだ。
うーん、腰蓑だけだと思った。
そして、キルクさんがこっちに走り寄ってきてるのが分かる。
かなり、慌てた様子で。
「チッ、ミツカッタカ」
オーガ喋ったよ。
喋ったよオーガ。
「リーダー、あいつはまずい!」
すぐそばにきたキルクさんが片手で僕たちを下がらせると、大声で叫んでジェームスさんに注意を促す。
それから僕たちを完全に隠す形で前に出て。庇うようにナイフを構える。
「よし、一番槍は俺が貰うぜ!」
そして空気も読まずにその脇をすり抜けるようにヘンリーが、飛び出して。
「ちょっと待て、お前が持ってるのは槍じゃなくて剣だろう!」
タイミングよくキルクさんの前に移動してきたソーマさんに、首根っこを掴まれて、止められる。
「最初の手柄の一撃って意味だぜ!」
ところがヘンリーは掴まれたのが上着の襟だったので、そのまま剣を投げてするりと上着を脱ぐと、落ちてきた剣を掴んで走り出していった。
本当に、なんというか。
「大丈夫なのか?」
「うーん、負けないとは思うけど……怪しいとこかも」
「それはまずくないか?」
キルクさんの後ろで、ベントレーが心配したように声を掛けてきたので率直な感想を。
少し、手に余るかもなとは思うけど。
10回やったら、8回は追い払えそうかな?
ヘンリーじゃ、勝つのは厳しい気がする。
「厄介ナ。ココハ、一度ヒカセテモラオウ」
「かってーな、その手甲」
ヘンリーが一瞬で近づいて斬りつけるが、オーガはそれを腕で防いで後ろに跳び退る。
うん、手甲やら脛当て、胸当てがそれなりの業物。
それでいて中身も硬いから、ヘンリーじゃ傷を入れるのが難しいかなと。
突き主体で、柔らかいところに攻撃を繰り返せばなんとか。
ただ、大事なところはしっかりと防具をつけているので、消耗を狙って追い払うのが精いっぱいってとこか。
「待て、こらっ!」
ぼやっと考えていたら、ヘンリーの怒声で引き戻される。
鬼が向きを変えて、全力で走って逃げだしたのが見える。
さらに途中で、木を蹴って上まで上って、木の上を飛ぶように移動。
「くそっ!」
「深追いするな!」
ヘンリーがすぐに追いかけようとして、キルクさんとソーマさん2人掛かりで止められている。
流石に逃れられないらしい。
『主、オーガは逃げたふりをして戻ってきてます。それと、何やらメッセージのようなものを飛ばしてました』
「なんで? さっき見つかったのに」
『たまたま、私達に襲われて失敗しただけで、見つかったとは思ってないようです』
そっか……そういえば、見つけたわけじゃないもんね。
向こうからすれば、そういう考えになるか。
『もう一度、落としましょうか?』
「いや、いいよ。僕がやろう」
「どうした、マルコ?」
僕と蜂のやり取りが聞こえないベントレーが、不思議そうに声を掛けてくる。
「うん、かくれんぼに自信があるみたいだから、ちょっと相手してあげようと思って」
「ほう?」
ベントレーに軽く説明をして、木の上の蟻が教えてくれた場所に向かって石を投げつける。
何かに当たったように弾かれたけど、相変わらず葉っぱにしかみえない。
痛くないのかな?
気にするほどでもないということかな?
それにしても、石の弾かれ方で違和感を覚えたけど。
完璧な隠形だ。
「あいつは、オーガスカウターだ。職持ちの中ではかなり弱い部類に入るが……」
「オーガスカウター? 弱いんなら追いかけて、どうにかした方がよさそうだな」
「仕方ないわね」
「待て待て、あいつは弱いが、かなり厄介な状況だ」
キルクさんが銀の槍のメンバーに、さっきの鬼のことを説明している。
ヘンリーもしっかりと輪に加わっているが。
ジェームスさんが、討伐する意欲を見せている。
そして、キーンさんも珍しくやる気だ。
「いやいや、ただの職持ちじゃなくてユニークモンスターなんだよ! いや、それでも強さはさほどじゃないんだが……あれ、斥候特化型のオーガなんだぞ?」
「斥候特化型? 斥候オーガとは違うのか? 群れじゃなくて軍レベルのオーガの集団にしか現れない」
「……それって、かなり大規模な巣があるってことか?」
「違うって、オーガジェネラル、もしくはオーガキングがいる可能性がある」
「ま……マジか?」
ここまでの説明を受けて、ようやくジェームスさんがことの重大さに気付いたような表情を浮かべているが。
『オーガジェネラルはいますが、キングはいないようですよ』
遠くの方まで偵察に行った蜂が報告してくれた。
そっか……
「てことは、オーガナイトやオーガメイジなんかも……下手したら、ゴブリン共の群れも傘下に加えてそうだな」
「逃げません?」
「うん、私も帰りたくなったわ」
ジェームスさんの言葉に、クロエさんとキーンさが一気にやる気を失っている。
『オーガソルジャーが数体と、あとは普通のオーガばかりの30頭の群れですね。配下の種族進化に手間取っているみたいで……それで、オーガスカウターが産まれたみたいです。この状況にかなりの危機感をもって怯えてたみたいで、まあそれで強い種類じゃなく、安全面重視の種類が産まれるあたり……』
「あたり?」
『このジェネラル、かなり臆病なようです』
そっか……
臆病でも、将軍になれるのかな?
何か、将軍にならないといけない理由でも……
ジェームスさんたちの会話を聞きながら石を投げ続けてるけど、本当に見事なまでに反応がない。
蜂達に、騙されているんじゃ。
いや、そんなことはありえないんだけど。
一応、たまに全然違う木を狙って投げたりもしてる。
「投擲の練習か?」
「ベントレーもどう?」
ベントレーが空気を読んだ質問をしてくれたので、適当な石を拾って渡しておく。
「木の枝とか幹を狙って投げてるんだ」
「そうか……」
ベントレーも、適当な木をめがけて石を投げている。
うんうん、これであの鬼も自分を狙ってるとは思わないだろうな。
「おい、お前ら話はまとまった。一度戻ってギルドに報告だ」
うーん、そうなるよね?
「俺達じゃ、ちょっと手におえん。ただでさえ、向こうの方が数が多そうだし、巣がどこにあるかもわからんからな」
「俺一人で行っても良いんだけどな、流石にマルコがいないと帰れる気がしないからさ」
ヘンリーが残念そうにのたまっている。
周囲の大人たちの視線も、やや生暖かいものだ。
微笑ましいものを見てるようにも感じるけど。
言い訳だと思ってるかもしれないけど、普通に一人で突っ込んでいくから。
だからクロエさん、ニヤニヤと近づかない。
煽ったら、本当に突っ込んでっちゃうよ、その子?
「じゃあ、あれはどうする?」
ジェームスさんの説明を聞き終わったあとで、オーガスカウターが隠れてる場所めがけてナイフを投げる。
筋力強化を使い、さらに投げる瞬間に空気の塊を爆発させて加速。
しかも回転も加えてあるうえに、風魔法で正面の空気抵抗をなくしつつ上下に追い風の道を作って確実に当たるように。
「ナッ!」
途中でも加速したナイフは流石によけきれなかったのか、肩に食い込ませた鬼が降ってきた。
「クソッ、ヤッパリ気付イテ……」
「オーガスカウター!」
「おい、キルク、ソーマ囲め! キーン、土魔法で足止めでする準備をしろ! クロエ、風の魔法であいつの動きを阻害しろ!」
おお、ジェームスさんが指示をテキパキと飛ばして、対応に入ろうとしている。
けど、それじゃあ遅い。
「っと」
「クッ」
オーガが体勢を整えるより早く、側頭部に左足で浴びせ気味に飛び蹴りを放つ。
「マルコ!」
「坊主!」
やせ型のオーガだけに対応も速度も速い。
その足をすぐに掴もうとしてきたので、それより早く引き戻して右ひざを顎に叩きこんでみる。
なるほど、全体的に痩せてはいてもなかなか立派な首をお持ちのようだ。
ちょっと顎をそらしただけで、しかも睨まれた。
「怖い……よっ」
「クソガキガッ!」
腕を掴まれる。
瞬間、管理者の空間経由で一瞬で転移。
戻った場所は元の場所。
ただし、掴まれた右手の位置を変えて。
「なに?」
しかも剣までもって。
「クソッ!」
「くそくそ、うるさいなー」
思いっきり剣をなぐ。
左手の手甲で片手で防ごうとしていたが、ブーストと筋力強化も使ってる。
当然、かなりの勢いがあるわけで。
判断が早い。
すぐに右掌を、左手の腕に添えて両手でのガード。
気にせず思いっきり剣を振りぬいたら、手の角度を変えて捌かれる。
向こうも少し地面を滑って、体勢を崩しているので反撃は無い。
「マルコ、下がれ!」
「俺達がやる!」
ソーマさんと、キルクさん、ジェームスさんがこっちに向かってくる。
「分かった、皆が来るまで足止めしとくね」
「いや、下がれよ!」
ジェームスさんが本気で突っ込んきたのをスルーして、オーガに飛びかかって斬りつける。
上段からの振り下ろし。
今度は両手を交差して、しっかりと受け止める気と……
良いのかな?
脇ががら空きだよ。
「グアッ! 何ガ?」
両腕に触れる瞬間まで、打ち下ろした剣が見えていたのかな?
「ただの、フェイントだよ」
実際は、両脇を斬りつけたんだけどね。
下から上にえぐるように。
これは、お父様の得意技。
ゆっくりと……ではないか。
視認できるレベルの打ち下ろしを放って、敵を誘う。
けど実際には、その剣を対処しようとした相手の隙のある部分を、的確に斬りつける技術。
コツは、確実に真っすぐブレることのない、打ち下ろしの軌道を覚えることと。
手、肩、脇から、指にいたるまで。
必ず同じ型で、打てることが前提。
そう言われて、ひたすら剣を振り続けたっけ。
ようは振り下ろす途中で、剣を目に見えない速さで振って隙のある場所を斬りつける。
そして、元の場所に戻すことで相手は振り下ろしただけにしか見えないとのこと。
僕は剣を振り降ろすまでに平均で2.5回くらいは斬れるかな?
2.5回というのは、狙う位置によって違うからだ。
腰から下狙いだと、2回が限界。
胸から上狙いだと、3回はいける。
お父様は12回、おじいさまは8回と、この技に関してだけはお父様の方が上らしい。
うーん、ベルモント。
「何ヲシタ?」
「ええ? 普通に斬っただけだよ。こうやって」
素早く剣を振る。
オーガが腕で防ぐが、さきほど斬った脇腹にすでに突きを放っている。
「グゥ」
脇腹を押さえるオーガに、思わずため息。
「ダメだよ、傷庇ってたら他が怪我しちゃうよ?」
右腕の脇の内側柔らかいところを狙って、掠めながら通すように剣を突き刺す。
「ギャッ」
急に激痛が走ったためか、脇をしめて肘をよせて右手がちょっと開いた状態に。
肘と手首が丸見えなので、そこも掠めるように突いて斬っておく。
「クソッ!」
「また、その言葉。下品だから、やめてって!」
慌てて後ろに跳び退ろうとするオーガを、同じ速度で追いかけ……追い抜きざまに膝の裏を斬りつける。
さらに、足に向かって集中的に斬りつけておく。
これで、逃げられる心配は。
「だから、待てって!」
「おい、早く……」
「うん、足止めちゃんとしといたよ?」
ジェームスさん達が追い付いてきたときには、すでにオーガは地面に倒れて動けない状態。
疲労と怪我の両方かな?
ちなみについてきたのはジェームスさんと、キルクさんだけ。
ソーマさんは皆の護衛で、戻っていったらしい。
だいぶ、森の中を移動しながら戦ったからか、皆とは離れている。
ギリギリ見える範囲だけど。
「これは、足止めって言って良いのか?」
「……もう、虫の息じゃないか」
「あー、息遣いが荒いのは疲れてるからで、怪我のせいじゃないよ? だから、体力回復したら逃げちゃうかも」
「いや、そういう意味では……」





