第8話:週末突撃隣の魔王訪問 後編
「飲めや、歌えや!」
「ヤンヤ! ヤンヤ!」
収穫祭といっても儀礼的なものはほとんどなく、祭壇に並べられた野菜を各々が野外に設置された竈に持っていって思い思いの調理をしている。
流石に、魔王城城内には一般市民の参加は認められていないようだが。
その代わり、城下町でも祭りは行われている。
そこでは、屋台が整然と並んで料理を振舞っているらしい。
祭壇の上にはタケノコ、ニンジン、キャベツ、玉ねぎ、セロリ、アスパラガス、そらまめ、などなど。
話題にあがった春菊や、スナップエンドウなんかも。
タケノコ……黒光りしてるけど、大丈夫かな?
あっ、普通の色味のもあった。
少し安心。
キャベツや、ニンジンはそこまで変な色じゃない。
アスパラガスが黒いのは……
白くなるもんだと思ってた。
確か、新芽に光を当てなければ葉緑素ができなくて、白くなるって聞いたけど。
これ、黒いんだけど?
そしてグリーンピースは、もはやブラックピースだな。
さやが緑だから、油断してた。
それを言ったら、ゆでた枝豆もか……
みんな、美味しそうに食べてるからあえて突っ込まないけど。
「どうだ、楽しんでおるか?」
茶色と黒が多めの野菜の料理を前に、目を白黒させていたら魔王が横に来て話しかけてくる。
「うーん、まだこれからどうやって楽しもうか考えていたところ」
「そうか……わしも、おぬしにもらった図鑑と採れた野菜が、かけ離れていたので不安になったが……味は問題ないと思うぞ?」
魔王が食べているのは、アスベー……アスパラバカスをベーコンでくるんで串を刺して焼いたあれ。
アスパラが黒いのが気になる。
城の中庭と訓練場を開放して、城で働く者達が宴会を楽しんでいる。
牛の魔族や、人型の魔族、悪魔っぽい魔族に、サキュバス、インキュバス、インプっぽいのやら。
本当に多種多様な種族が多い。
山羊の魔族も……山羊って悪魔のイメージだったけど。
あっちにいる山羊の魔族は、四足歩行なのか。
「あれは、普通の山羊じゃぞ?」
普通?
足が6本あるけど?
角も邪悪な形をしてるし。
なにより、黒い。
「で、農業参謀役にしては、いかほどのできですかね?」
バルログが、ワインっぽいものが入ったグラスを持って話しかけてきたけど。
悪魔タイプの魔族がそれもってると、血に見えなくもない。
なんらかの生き血じゃないよね?
ワインの匂いがするから、大丈夫……だと思いたい。
「それなんの血?」
「ワインです!」
気になったから、とりあえず聞いてみたら怒られた。
本当に、バルログは短気だなぁ……
「うーん、ごめん……環境が特殊過ぎて全然予測してなかったから。いかほどかどうかもわかんない」
「なんですか、それは! そんな無責任な!」
正直に答えたら、また怒られた。
大丈夫かな?
酔ったら、怒りやすくなるとか? ってことはないよね?
「まあ、結果が出てますので、細かいことはいいませんが」
怒鳴っておいて、この言いざま。
まあ、本人は僅かに笑みを浮かべているから、本当に喜んでいるのだろう。
「空飛ぶ葉野菜を追いかけたり、子供達を追いかける根野菜を捕まえたりとかなりのハードワークを追加されましたが、皆の者の笑顔を見ると、それに耐え忍んだ甲斐がありますね」
「ほっほ、お主も運動不足が解消できると少し楽しそうであったではないか」
「まあ、デスクワークが多いですから……」
「それに、いくつか捕まえた野菜を育てているのも知っておるぞ!」
「魔王様!」
そうか……
なんだかんだ言っても、バルログも野菜たちを気に入っているのか。
それは、是非増産計画を。
「なにやら、ろくでもないことを考えていそうですね?」
「ほぉー……へぇー、はぁー」
「ふっふっふ、やっぱりあなたは私を怒らせるのが得意みたいですね?」
ニヤニヤとバルログを見ながら頷いていたら、首根っこを掴まれた。
「っ! だから、なんでガッチリ掴まえているのに、逃げられるのですか!」
管理者の空間経由の転移で、その手から逃れる。
神殿に戻った際に、一瞬床に盛大な落書きがされているのが見えたが……
まあ、気にしてもしかたないか。
クコだけならともかく、マルコとベントレーまで一緒になって何をやっているのやら。
やっぱり、12歳とはいえまだ精神的には子供か。
「とりあえず、僕も料理を……」
皿をもって竈番の人達のところを回ろうと思ったら、首根っこを掴まれる。
地面が遠いからバルログじゃない……
「マサキ、食べてるか? 全然、皿が汚れていないが?」
おっと、最近俺の相手をよくしてくれる、モータさん。
牛の魔族の一人で、この城の第二騎士団長だ。
「これから食べるところ!」
「そうか、だったら一緒に回ろう!」
「ほっほっほ」
そう言って、俺を肩に乗せて歩き始めるモータ。
そして、それを微笑ましいものでも見るような、柔らかな笑みを浮かべて見送る魔王。
その横で、バルログもちょっと呆れたような感じではあるが、笑顔で送り出してくれた。
「しかし、あの子は何者なのでしょうね?」
「分からんが……こうしてみると、普通の子じゃな」
俺を肩に乗せたモータの背中に向かって、魔王とバルログがそんなことを話しているのが聞こえた。
聞こえたが、歩幅の広いモータがズンズンと進んでいくからあっという間に距離が広がって、内容まで聞き取れなくなった。
「あそこ! あそこがいい!」
「あそこは……」
サキュバスの女性が、何やら調理している竈を指さす。
モータが、少し思案顔だ。
どうせなら、綺麗な女性の作った料理が食べたい。
「野菜じゃなくて肉料理をしてる竈だが、農業担当なのにいいのか?」
「えっ?」
「牛やら豚の肉も扱ってる」
焼肉かな?
バーベキューかな?
牛の肉と聞いて、モータを見てちょっと微妙な感じに。
「じゃあ、他のところでいい」
「ん? いや、俺達も肉は食うぞ? 気を遣わんでいいが、農業担当が最初に野菜じゃなくて肉を食べていいのかと疑問に思っただけだ」
「そうなの?」
「うむ、野菜の方が好きだが……野菜だけじゃ、この身体は作り出せんだろう?」
「……出来るよ?」
「なんと!」
モータは筋肉は、肉を食べたらつくと思っていたらしい。
大豆なんかの植物性たんぱく質でも、筋肉は作れることを説明する。
肩に座って、焼肉を食べながら。
セクシーで露出高めの女性が手ずから焼いてくれた肉は、やっぱり一味違う気がする。
ただこの牛は老齢の牛だったのか、それともガッチリとした牛だったのか肉質がかなり固い。
噛み切るのに一苦労。
「もう少し薄く焼いても良かったかも」
「ふむ、人には固いかもしれんな。俺達はすりつぶすような歯と、強靭な顎があるから気にならんが」
でも、美味しいのは美味しいから良いんだけどね。
「しかし、大豆か……この地だと、なかなかな」
「えっ? 枝豆とかでも良いよ? 同じもんだし……まあ、大豆ほどお肉の元は含まれてないけど」
「同じものなのに、違うのか……さすが、農業参謀役だな。たいした知識だ」
そう言って、頭をなでてくれるモータ。
モータと打ち合えることで、かなり認めてくれている。
というよりは、将来を楽しみにして育ててくれている感じかな?
どっちにしろ、モータはかなり俺にとっても親しみが持てる魔族だ。
ミスリルさんことカインや、トクマくらいには。
ミスリルさんとこのメイドのサキュバスの、ミレイさんほどじゃないけど。
「食べてるね?」
そんなことを思って、モータにあっちに行って! とか、今度はそっちって言ってたらトクマが話しかけてきた。
こうやって見上げられるのは、珍しい。
上から見るトクマも、なかなかに男前だな。
「四半期の決算報告書の作成で、忙しいのだが?」
そして、おそらくそのトクマに無理やり連れてこられたであろう、ミスリルさん。
「あっ、モータさんの肩に乗ってる! いいな!」
あっ、ミレイさんも着いて来てたのか。
俺を見て、羨ましそうに眼を輝かせている。
「ミレイも乗せても、問題ないぞ?」
そう言って、ミレイさんを反対側の肩に乗せるモータ。
「いや、そうじゃなくて……」
てっきり肩に乗せてもらってる俺を羨ましいと思っていたら、そうじゃなかったらしい。
俺を肩車したかったと。
うん、それは魅力的だけど。
モータの大きな肩の方が、食事をとるのに座りがいいから。
「お揃いだね」
「お揃い……そうね! 一緒に並んで座るのもいいですよね!」
俺の感想に、ミレイさんが頬を緩ませる。
間に牛の頭があるけどね。
角のお陰で、本当に安定感が凄く良い。
生え際から少し前に伸びて上に付き上がっている角に、肘を絡ませると少々揺れてもものともしないくらいに安定する。
その絡ませた手に皿をもって、空いた手で食事を続ける。
「っていうか決算報告って、人間の町のど真ん中にある塔で収入とかあるの?」
「収支報告書は毎月出しているぞ? 収入は……まあ、主に塔で作っている何かしらの魔法素材だったり、あとは不法侵入者の身に着けていたものの売却益とかか」
あー、魔力豊富な生き物が多いから、そういった関係の素材かな?
魔物の生え変わった角や、牙だったり。
あとは、冒険者の方達からの徴発品とか。
大した価値はなさそうだけど。
「竜の墓場にある骨とか、あとはたくさんある魔石を拾ってきて売った方が稼ぎになるんじゃない?」
「流石に、軍需物資や兵器の素材になるようなものは、売れんだろう。いつ戦争が起こるかも分からん相手に」
「そっか……」
凄くいい案に思えたんだけどな。
竜の素材とか、半端ない値段がつきそうだし。
それを売って、代わりに他の武器素材を仕入れても良いと思うんだけど。
「魔石も、生活用の魔道具に使える程度のものは、魔王国として魔王様が対外的に輸出してるからな」
そっちは、売ってるのか。
えっと、大きな魔石を砕いて?
攻撃魔法未満の魔力しか込められないサイズにして?
もったいなくない?
じゃあ、もしかしたら町一つカバーできるくらいの、雷属性の魔石もあるんじゃ。
欲しい……
近代文明的な生活を送るためにも、是非欲しい。
送電線さえ用意出来たら、電化製品を流通させられるようになるかも。
いや、俺自身に、そういったものを扱う知識がないが。
概念だけ伝えたり完成図を伝えることで、誰かが作ってくれるはず。
地球なんか、ノーヒントでそこまでたどり着いてるわけだし。
魔法がある世界でさらにこっちが完成形を伝えたら、きっとそういった研究をかなりの速さで進められるんじゃ。
「飲んでるか?」
「モータ、子守りばかりしてないでこっちにも顔を出せ!」
「女どもが、お前を連れて来いってさ!」
「あと、マサキを独り占めするなって、サキュバス共が騒いでるぞ!」
なかなか噛み切れない肉を一生懸命咀嚼しつつ考えてたら、他の魔族に囲まれていた。
「ええ、マサキちゃんはこれからこっちで預かろうと思ったね」
「私は、飲んでいる場合じゃないのだが?」
「カイン様! トクマさん! いらっしゃったのに気付かず、申し訳ございません」
ミスリルさんとトクマがその集団に声を掛けたら皆、慌てた様子で平伏しようとしていた。
あっ、なんだかんだで四天王って、やっぱり偉いんだ。
「何か、失礼なことを考えてないか?」
ミスリルさんに睨まれた。
本当に、鋭いよね。
この世界の人達って。
「私を差し置いて、マサキちゃんを連れてこいとは……どこの氏族の、淫魔かしら?」
「ミ……ミレイさん」
そして、少し低くなった声でミレイさんが呟くと、魔族の皆の頬に汗が流れるのが。
えっと……北の塔の人材って、みんなそれなりに凄いのかな?
「お膝元の最後の防衛線だ。生半可なものが、配属されるわけないだろう」
呆れた様子のミスリルさんを、ジッと見つめる。
「なんだ、その視線は! 失礼だぞ! よし、いちどちゃんと躾直してやる」
「うん、よく考えたら、かなり書類仕事をこなしてるし。確かに仕事は早いし真面目だし、カインさんはそうやって考えると優秀優秀」
「なんか、褒められているけどもやっとするな」
よくよく考えたらミスリルさんって、凄い仕事量をほぼ1人で捌いてるんだった。
てか、優秀じゃないと四天王になんか、なれないか。
「戦闘でも、モータ殿より強いんだぞ?」
他の牛の魔族の言葉に、ちょっとびっくり。
「なんせ、魔王様直々に、ハデスの鎧と呼ばれる神鎧を下賜されるくらいだからな」
何気なく続けられた言葉に、ミスリルさんが顔を青くして頬に汗をかいている。
ふふふ……そのハデスの鎧は、現在盗難被害中だからね。
流石に返さないとまずいかな?
それから、魔族たちができあがっているテーブルに、連れていかれる。
ちゃんとトクマたちと一緒に。
しばらくして。
「なぁんで持ってんの? どうして持ってんの?」
「えっ?」
「飲みたいから持ってんの? はい、飲んで飲んで!」
「いっき! いっき! いっき!」
「ええっ?」
「いいから、はよ飲めや!」
場を盛り上げつつ、ミスリルさんを煽って酒をガンガン飲ませる。
「はい、ごちそうさまが聞こえない!」
「えっ?」
「ごちそうさまが聞こえない!」
「えっ? えっ?」
「もう一杯! もう一杯!」
「パーリラッパリラパーリラ! フゥワフゥワ!」
ガンガン飲ませる。
合いの手は、打ち合わせ済みのサキュバス美人軍団と、ガチムキ牛魔族がメイン。
「ごちそうさま!」
今度はしっかりと、ごちそうさまを言うミスリルさん。
の手のジョッキを左手で吸収して、いっぱい入ってるジョッキを右手で出して持たせる。
「なぁんで持ってんの? どうして持ってんの? 飲み足りないから持ってんの?」
「な……ななな!」
「どどすこすこすこ! どどすこすこすこ! おいしいわい!」
「も……もう、無理……」
あっ、ミスリルさんが倒れた。
「ふ……普通の子ですか?」
「ふ……普通の子かのう?」
後ろから、魔王とバルログさんの困惑した声が。
ただ、牛の魔族やサキュバスからにはめっちゃ受けてたから、悔いはない。
一気コールは、やめましょう。
飲めない人に、無理やり飲ませてはいけません。
飲める人も、調子に乗せて飲ませてはいけません。
お酒は節度を守って、それぞれのペースで美味しく楽しくいただきましょう。





