第4話:スレイズの中級訓練
結局、昨日はどうにか武器屋喫茶に向かうことができた。
集団で……
そんなはずじゃなかったのに。
そして、アシュリーの反応も芳しくなかった……というか、かなり緊張していた。
王都の学園に通いだして僅か数日で、貴族というものを嫌というほど理解したのだろう。
「同学年の貴族の方たちは、皆さんとてもお優しいのですが……」
上級生の貴族の子達の、少しばかり偉そうな態度。
そして、それを漫然と受け入れて、へりくだった対応を取る総合一般学科と総合一般普通科の生徒達。
特に下級生に対する当たりは、かなり強いものらしい。
ただ、同じ学年の貴族の生徒たちは、平民の生徒にも貴族然としつつも高圧的な態度を取ることは無いとのこと。
なぜ、そこでディーン達が僕を見たのかが、よく分からない。
流石にマスターも、これだけの面々を前にしてはやや緊張気味だ。
そっか……
王都だから、護衛もしっかりとついてきているし。
何より、学園から少し離れているから、馬車で来たから。
貴族らしく登場したのは、初めてだったかも。
いや、フレイ殿下を連れて行ったときも、それなりに……
まあ、良いか。
皆も手ぶらではということで、開店祝いを届けていた。
普段使いできるような小物から、お店で役に立ちそうな金物類。
エプロンは……2人が着けている上等な生地の前掛けを見て、ディーンとベントレーの頬がひくついていたくらいかな?
貴族科の生徒が連れ立って来店したというのは、早速学園内に広まりそうだ。
僕たちが集団でお店に入ったことで、少し周りが騒然としていたし。
店の外には、軽く人だかりが。
そして、僕たちが店内にいる間は、扉が動く気配はしたけど誰も入ってこなかった。
営業妨害だったかも。
そして、外からさらにどよめきが。
「あら、貴方達も来てたのね」
そういって現れたのは、ケイとユリアさんを引き連れたフレイ殿下。
「あっ、殿下!」
エマの言葉に、マスターが諦めた表情で軽く天井を見ていたのは印象的だったな。
そっか……
そうですよね。
うちの領地で一番お気に入りだったお店が、王都に移転したとなれば。
当然来ますよね?
お耳が早いようで。
「こんにちは」
「ああ、座ってていいわよ。私は武器を見させてもらうから。ユリアはご一緒させてもらいなよ」
「はい、分かりました」
フレイ殿下は特に気にした様子もなく軽く手を振ると、ケイを連れて武器の陳列棚に向う。
護衛の騎士と一緒に。
そりゃそうか。
武器がある場所に、殿下だけを入れるわけにはいかないよね?
あっ、マスターが呼ばれてる。
そして始まる、武器談義。
すぐに、調子を取り戻したマスターは流石だ。
「あの、ご注文は何になさいますか?」
アシュリーが、ユリアの元に注文を取りにやってくる。
「紅茶を頂こうかしら」
「承知しました」
そう言って、カウンターに向かうアシュリー。
彼女もドリンクの提供は、手伝えるようになっている。
お茶も、マスターと遜色ないものを淹れられるくらいには。
「あの、今日はその……大公が来られるのでは?」
「エインズワース様は、セリシオ殿下がお目当てですので」
ソフィアの質問に、ディーンをちらっと見ながらユリアが微笑んで頷く。
まあ、ディーンがここに居る方が、不思議だよね。
あっ、ベントレーがフレイ殿下に呼ばれてる。
地味に、フレイ殿下とベントレーも仲が良いんだよね。
そして、ケイとベントレーも。
というか、大体の子がベントレーと仲が良い……
何が、違うんだろう。
僕と、ベントレー。
そんなことを考えていると、ジョシュアがユリアさんにクッキーを勧めていた。
マスターの自信作。
このお店の準看板商品的な、おやつかな?
サクサクと小気味よい音を立てている。
「あっ、ユリアだけずるい」
「殿下……」
ユリアがクッキーを分けてもらっているのを、武器コーナーから横目でチラリと見たフレイ殿下がこっちに大股で寄ってきた。
「殿下もおひとついかがですか?」
「当然、いただくわ」
椅子に座って、上品にクッキーをひとつつまむと、またいそいそと武器コーナーに。
せわしない人だ。
流石に、店内で口にクッキーを咥えて歩き回らないか。
いや、彼女だとやりそうだったけど。
そんなこんなで、マスターがどっと疲れた様子で見送ってくれたけど。
アシュリーと全然、話せなかった……
なんとなく、エマとディーンに絶妙にブロックされている気がする。
***
「いよいよ、高等科も本格的に始まったな」
「ええ」
早朝、おじいさまと庭で準備運動。
セリシオとヘンリー、ベントレー、ジョシュアが来るよりも1時間程度早い時間。
日が昇るのが早くなったとはいえ、まだまだ外は白みがかっている。
テレビやゲームなんかの夜の娯楽が無いから、寝るのも早いけど。
少しだけ眠い。
何をされるのか、不安で眠れなかった……
「どうして、少し早めの時間なのですか?」
「ん? それはマルコだけ、少し上の特訓にうつるからのう」
顎をさすりながら、おじいさまが嬉しそうに微笑む。
うん、あれは微笑み。
歯を剥いて、凶悪な笑みを浮かべているけど。
悪だくみしてそうな顔だけど。
微笑み。
自分に何度も言い聞かせる。
そして、何故か横に立っているメイドさん。
手に杖を持って。
大丈夫。
あの人は、たぶん治療担当。
治療が必要になるほどの、特訓なのかな?
いや、それはいつものことか。
いままで杖なんて持ってきてなかったけど……
「お主、魔法はどの程度使える?」
「はっ?」
おじいさまの言葉に、思わず素っ頓狂な声が。
「いえ、まだ学園では生活魔法程度しか、習ってませんよ? 本格的な魔法の授業は高等科に進級してからですので」
ちょっと、言ってる意味がわかりませんと。
首を傾げて、態度で表してみる。
「ふん、いまさら誤魔化さんでもいい。お主が普通に魔法を使えることは知っておるからのう」
「……なんで?」
「本当に、使えるのか!」
完全に確信している様子だったので、諦めた。
そして、胡乱気な視線を向けて、ちょっと訝し気に聞いてみたいけど。
なぜ、そんなに驚くの!
まさか、カマかけられただけ?
「はっは、いやいや、まさか本当に使えるとはのう。エリーゼの言う通りだったか」
おばあさま?
おばあさまが、おじいさまに。
いや、おばあさまはそもそも、なんで僕が魔法を使えることを……
「エリーゼは魔力が見えるからな。いや、見えるのは魔力だけではないが」
「おばあさまが?」
「もしかしたら、お前も見えるんじゃないか?」
「いや、まあ本気で見ようと思えば」
「そうか……てことは、いずれテトラも。マイケルは残念ながら、その力は引き継がなかったが」
ますます、おばあさまの謎が深まる会話でしかなかったが。
「これから始める特訓は、対魔術師用の技術だ」
「対魔術師用?」
対魔術師となると。
魔法を放つ前に近づいて、斬るとか?
投擲で、魔法の邪魔をしつつ近づいて斬る……とか?
「まずは、基礎の魔法を斬る特訓からだな」
「ん?」
また、おかしなことを基礎に。
「剣圧を極めて、オーラを剣に乗せれば簡単なことじゃよ」
「言ってる意味が一つも、理解できなかったのですが?」
オーラを剣に乗せるの意味が分からない。
「東方で気だの、チャクラだの言われてるあれだな」
うん、言葉のチョイスにそこはかとなく、善神様の存在を感じるけど。
地球言語であの人の心に刺さった言葉や、地球の物語、地球の物が地味にこの世界にも存在してるんだよね。
それらがほぼほぼ、善神様の神託によって生み出されたような逸話も多いし。
「では、まずはファイアーボールからだな」
「ちょっと待って……普通はそのオーラを剣に乗せるのが基礎って、うわあ!」
「なぜ避ける!」
おじいさまが怒っているけど。
「マルコ様、避けられては訓練にならないかと」
そう言って、先っぽから黒煙を上げている杖を手に持ったメイドさんも、不満そうだ。
いや、言ってる意味が分からない。
おじいさまがファイアーボールからだなと言った途端に、メイドさんが詠唱短縮したファイアーボールを打ってきた。
それなりの速度の。
それなりの大きさの。
「最初は、斬りやすいように大きなものを放ってますので、ご安心を」
それって、威力もそれに比例してるってことだよね?
どこも安心できないんですけど。
「エリーゼが起きるまでに、とことんやるぞ!」
「はいっ!」
元気よく返事したのは、メイドさん。
僕は、唖然とするばかり。
ていうか、手本も見せてくれないとか。
「避けるな! 斬れ!」
「斬っても、2つに割れた火の球に襲われるだけじゃん!」
「ダメージは半分になりますよ!」
「いや、当たる箇所が2倍だからプラマイゼロじゃん!」
必死で避ける僕に怒声を浴びせかけるおじいさま。
そして、意味不明な理論を言葉にする、メイドさん。
「いやいや! 先に! 先に、やってみせてよ!」
必死で距離を取って……なぜ、メイドさんも走って距離を詰めてくる。
取り合えず、おじいさまの後ろに回り込んで、見本を要求!
「ええい、さきほど見せて……おらんかったな。すまん、気が逸った……気を扱う訓練だけに」
「面白くないから!」
そして、放たれるファイアーボール。
を、剣で……消し飛ばすおじいさま。
うん。
うん?
いや、意味が分からない。
見ても、分からない。
何が起こったか、分からない。
「よし、これで分かったじゃろう!」
「分からないから! 全然分からないから!」
「なあに、10発くらい喰らえば、分かるじゃろう」
10分後におばあさまが、慌てて来て助けてくれたけど。
「スレイズ! クーラ! そこに立ちなさい! 私の魔法を消して、マルコに手本を見せてやってちょうだい!」
「えっ、それは無茶……」
「奥様、私、消し炭になってしまいますわ」
おばあさまの魔法は、おじいさまでも対応できないのかな?
「大丈夫、ただのファイアーボールですから」
「いや、ただのではないじゃろう!」
「あの、やっぱり私、消し炭になっちゃいますよ、それ……」
「あんたたちが、この子にやってるのはそういうことでしょう!」
それから少しして、クーラと呼ばれたメイドはおばあさまに引きずられて屋敷に、連れて帰られた。
黒煙をあげた縮れた髪の毛を触りながら、大きくため息を吐くおじいさまをおいて。
「うん……基礎の前の準備から始めるか」
「最初から、そうしてください」
「まあ、気も魔力の一種じゃ。お主ならすぐに、使えるじゃろう」
「いや、私の場合は魔法で迎撃すれば……」
「剣で斬った方が、かっこいいじゃろう」
「まあ、そうですが……」
それからセリシオ達がくるまで、ひたすら気を習得する訓練を行った。
ギュッと引き絞って、グッと身体に広げて、ギュイーンと掌に集めて、バンと剣に込めるとか言われても。
全然分からないのですが?
言葉で教えるのには向かないというのが、本当によく分かった30分だった。
 





