第13話:ジョシュア・フォン・マックィーン
「おはようございます。殿下」
セリシオとクリスが登校してすぐに、教室の扉が開いてマーク先生が入ってくるとセリシオのもとまで行って臣下の礼を以って挨拶する。
「せ……先生、私は生徒です。そのようにされると心苦しいのですが」
「そうですか? それは良かったです」
あからさまに嫌そうな困ったような表情でセリシオが応えると、マークが笑みを浮かべて返す。
「良かったって……」
「このまま甘んじてこの関係を受け入れられたら、教育が大変だなと思いましてね」
「……」
いたずらっ子のように笑うマーク先生に、思わずセリシオが唖然とした表情になる。
「まずはおはようございますと言われたら、おはようございますと返しましょうかセリシオ君」
「は……はい。おはようございます」
試されたことが分かったセリシオが、これまた嫌そうな表情で挨拶する。
感情を少しは隠すことを覚えた方が良いと思うんだ。
ディーンが苦笑いしてるよ?
そんな事を思ってたら、不意に振り返ったセリシオと目が合う。
思ってた事がバレたのか、軽く睨まれる。
そういうのがダメなんだよ。
溜息を吐きそうになるのをグッとこらえて、首を傾げて知らんぷりをしておく。
なになに?
覚えてろよ?
いやいや、言いがかりだし。
それに、そんなにこっちを見てていいのかな?
「セリシオ君? いま、君は先生とお話ししてるんでしょ?」
「はい、すみません」
ほら、怒られた。
まあ、いかに殿下といえども彼にはあまり強く出られないだろう。
彼の両親もこの学園で貴族科の生徒を受け持っているし、祖父は王室の教育係だもんね。
きっと、マーク先生のおじいさまには頭があがらないだろう。
まあ、その辺も分かっているからマーク先生も最初のターゲットにセリシオを選んだんだろう。
セリシオがマークを先生として認めれば、他の生徒は逆らえないからね。
なかなかに、性格が悪い。
「それじゃあ、今日から本格的に教育に入らせてもらいます。先生はとぉっても優しいですからね? 怒らせないでくださいね」
「「「「「はい」」」」」
自分でそう言うって事は、言うほど優しくないんだろうなと思いつつ、皆がそろって返事する。
掴みはバッチリみたいで良かったですね。
それから午前中は座学のみで、昼食を挟んで午後からは体育の授業という事だった。
昼食は貴族科専用の食堂があるらしく、先輩方もここで食事を取るらしい。
1ヶ月は新入生が緊張しないようにと時間がずらしてあるらしく、室内には自分達しか居ない。
「マルコ、ヘンリー! 一緒に食べようよ」
「いいよ」
「はい、いいですよ」
「私も、御一緒してもいいですか?」
「勿論」
「はい」
「ヘンリーとソフィア、敬語になってる」
エマが一緒に食べようと誘ってきたが、特に断る理由も無いので快諾する。
ヘンリーも喜ぶし。
それからソフィアが遠慮気味に頼めば、エマが突っ込みを入れる。
「ごめん。やっぱり、少し緊張するかな」
「大丈夫だって! 2人とも良い奴だし」
「奴って……」
「何よ!」
「なんでもないです」
エマの貴族以前に女性としてどうなのかという言葉遣いに突っ込めば、即座に威嚇された。
いや、まあ親しみは持てるからいいけどね。
って、僕が親しみを感じてどうする!
ヘンリー!
……駄目だ。
緊張し過ぎて石像みたいになってる。
「おい、マルコ! 一緒に食べろ!」
「はは……まあ、いいですけど」
「嫌そうだな?」
まさか、こんな命令を下されるとは。
気が付けば後ろにセリシオが立っていて、横にお盆を置こうとする。
「私達も一緒ですけど、よろしいですか?」
「ああトリスタと、エメリアも一緒か。全然、構わないぞ」
後から来たくせに、偉そうだなこいつ。
何様だ?
王子様だ。
そんなギャグみたいなやり取りを脳内で浮かべつつ、内心面倒くさいと思ったのは内緒だ。
石像だったヘンリーが、真っ白になって空気と同化してるけど大丈夫かな?
「そこにいるのは、ヘンリーか? いるならいると言え! なんでお前は、そんなに存在感が無いんだ」
「すみません。ラーハットです……居て、すみません」
「ちょっ! 殿下酷いですよ!」
「ヘンリーは僕の友達なんで」
セリシオに突っ込まれて、ヘンリーが死んだような表情で謝りだした。
大丈夫かこの子?
とりあえず、エマと一緒に庇っておく。
「そうか! 俺もマルコと友達だから、ヘンリーも友達だな? セリシオって呼んでいいぞ!」
「えっ?」
「えっ?」
とんでも理論で、気弱な友達に無茶ぶりするセリシオに思わず声をあげてしまう。
「えってなんだ? 俺とお前は友達じゃないのかマルコ?」
少し寂しそうな表情を浮かべたセリシオに
「ええ、まだ貴方を友達と呼ぶほど親しくはないです」
とは言えるはずもなく、
「いえ、名前でお呼びするなど、彼にはとても難しい事だと思えたので」
「はい! できれば、殿下って呼ばせていただければ」
「そうか……まあ、いずれはな! それとマルコ?」
「はい、なんでしょうか?」
「お前……名前で呼ぶのが嫌だからって、一生そうやって話すつもりか?」
「はい?」
「名前で呼ばないといけないなら、いっそ呼称を省いて話せばいいとでも思ってるんだろ」
バレてた。
すでに若干のヘイトを溜めてるのに、ここで王子を呼び捨てとか。
どんだけ、室内に敵を作るか分からないから、呼称を一切使わずに話してたのに。
「まあ! 殿下とマルコはそんなに親しいのですか?」
俺とセリシオの会話を受け取って、どうやったらその感想が出てくるんだ?
ソフィアの質問に対して、セリシオは満面の笑み、僕は作り笑いで応える。
「ああ、そうだぞ! 剣を交えてお互いの心を知った! なっ?」
「はは……」
「同じ師を持つ者同士だ、兄弟みたいなもんだよな?」
「ソウデスネ……」
「なんだ? 照れてるのか?」
調子に乗ったセリシオの距離感が近くて、若干……いや、凄くウザい。
「男の友情ですね!」
「そうだぞ!」
エマの言葉に、さらにセリシオが調子に乗りかけた丁度その時、回収業者が来た。
「お邪魔しますね」
ニコニコとした笑みを浮かべたディーンが、セリシオの背後から話しかけてくる。
「なんだディーン、お前も来たのか」
「なんだじゃないですよ殿下……彼等の邪魔をしちゃ駄目ですよ! ほら、クリスが寂しそうに待ってますから、あっちに行きましょう」
「嫌だぞ」
嫌だぞって。
駄々っ子ですか、あんたは。
「一緒に食べたきゃ、お前らがこっちに来ればいい」
そうですね。
正論ですね。
でも、最初にグループを作ったのって僕とヘンリーで、そこにエマとソフィアが入ってきた形なんですけど。
主導権……くれないですよね?
王子ですもんね。
我儘ですよね。
最初は、末っ子長男王子にしてはと思ったけど、やっぱりどこか末っ子っぽい。
「なんで貴方は、マルコが絡むと子供っぽくなるのですか。周りを見てください! 注目され過ぎて、ヘンリーの目が白くなってますよ?」
「ぬっ! ヘンリー大丈夫か?」
あえて知らない振りをしていたけど、クラス内カースト1位の王子と女性陣1位のエマが居るんだ。
目立たない訳が無い。
そして、その相手が子爵家の2人ともなれば、面白くない視線を送ってくる者も多い。
あれ?
面白くなさそうなのは朝のメンバーだけで、他のメンバーは面白そうなものを見てるような。
そうですか……
対岸の火事ですか。
自分達に何の影響も無いから、楽しんで見られるんですね。
性格の宜しいクラスメイトばかりで、嬉しいです。
「とりあえず、今日のところはエマとソフィアに譲りましょう」
「なんでだよ! 俺が一緒に居ても問題無いだろ?」
「殿下」
それでもダダを捏ねるセリシオにディーンが耳打ちをすれば、不機嫌だった表情が次第に収まり、徐々に笑みに変わっていく。
「そうか、そうだったのか。うむ、邪魔したな!」
それから、素直に席から立ってディーンの前に移動する。
「頑張れよヘンリー!」
「えっ? あっ、はい。ありがとうございます?」
唐突に応援されたヘンリーの意識が戻ると同時に、クエスチョンマークだらけの表情で返す。
ああ、ディーンが話した内容が理解できたけど、その人にだけは言っちゃ駄目だろう。
確かに有効打ではあったみたいだけど。
「殿下って、いつも凛としてて大人だなと思ってたけど、案外子供っぽいところもあるんだ」
ディーンにドナドナされていったセリシオの後姿を見ながら、珍しいものを見たとばかりにエマが漏らす。
「ああ、そうだね。基本的に、初対面の時以外は僕は子供っぽいセリシオしか見てないけど」
「なんだ、呼び捨てできるんじゃん」
「本人には言わないよ……調子に乗るから」
「そこは、怒られるとかじゃないんですね」
エマに答えてやると、意外なところを突っ込まれた。
セリシオの株が、ストップ安に近くなっているせいでついポロっと出ただけなんだけどね。
ソフィアまで心底感心したように、声を掛けてくる。
うん……やっぱり、殿下って呼ぼう。
「はあああああ……」
そんな事を思っていたら、横から盛大な溜息が。
「どうしたのヘンリー?」
「えっ?」
そんな、どうしたのって聞いてほしそうな溜息を吐いたら誰だって気になるし。
現に、遠慮のないエマに即行で突っ込まれてるし。
「いや、マルコって凄いなと思って」
「僕?」
急にそんなことを言われて、思わずキョトンとしてしまった。
「昔から大人相手でも、きちんと言いたい事言ってたもんね。それに、閃きとか知識も豊富で、うちの領地も大分助けられたから」
「ああ、子供の思い付きだよ。それを、ちゃんと聞いてくれる大人に恵まれただけだし。ガンバトール殿とか、父上とかね?」
「ううん、それはマルコのアイデアが理に適ってたからこそだよ」
そりゃそうだろうね。
前世で、普通に学んだ知識もこの世界じゃ、かなり有効的だったし、ある訳ないと諦めつつもこんな事もあろうかと調べたりした情報も役に立った。
でも、先人の知恵をあたかも自分の意見のように言ってるだけだから、凄くはないんだけどね。
でも、この世界じゃそんな事を知る人は居ないから……約2名? 2神? を除いて。
すぐに神童扱いされて、気持ち良い。
そうじゃない。
申し訳ない……気持ちは無い。
やっぱり、褒められて気持ち良いだな。
じゃなくて、今はヘンリーの悩みだ。
「そうなの?」
「そうだよ、うちの領地の農業改革の一番の貢献者は……マルコなんだ」
「凄いじゃん!」
「うん、マルコの思い付きを父上が研究させて、それであそこまでの成果が出たんだ。それに冷凍輸送も、マルコのアイデアだしね」
「そんな、凍らせたら物が腐りにくくなるなんて、誰でも知ってるじゃん」
「でも、それは冬の間の保管方法で、魔術師を雇ってまで輸送に使うなんて思わないし」
うんうん、もっと褒めて。
いや、調子に乗るな僕。
「それもガンバトール様が、きちんと考えて魔術師の給金と、冷凍魚による価格の上乗せ分の利益計算とかをしてくれたからじゃん。それに何日持つとかって実験も、全部ガンバトール様がしてくれたし」
「父上も、マルコには足を向けられんなって感謝してたよ?」
「それなら、子供の浅知恵を真剣に考えて形にしてくれたガンバトール様と、毎月魚を送ってくれるラーハット領に足を向けられないよ」
「ああ、これこそが男の友情」
エマは男の友情にどんな幻想を抱いているんだ。
「家族ぐるみの素晴らしいご縁ですね」
ソフィアまで。
「僕もマルコと対等の友達で居たいと思ったから、剣も勉強も頑張ったけど……マルコは既に王子ともあんなに親交を深めてて、羨ましいな」
「羨ましい? いや、殿下のはおじいさまのせいっていうか……」
「そうじゃなくて、僕も殿下くらい何か秀でたものがあったら、マルコと胸を張って付き合えるのに」
そうか、殿下が羨ましいのか。
殿下が秀でてるものってなんだ?
立場か?
てか、劣等感なんか抱いてたのか。
「痛い!」
そんなヘンリーの背中を叩いてやる。
「何を言ってるんだ、学年2位様が! 成績なんか、ヘンリーの方が上なんだし! それに友達になるのに、能力や立場なんて関係無いよ! 僕がヘンリーと気が合うと感じて、ヘンリーもそう思ってくれたならそれで良いじゃん」
「そういうところも含めて、マルコって凄いと思うんだ」
「ああ、今のやり取りでなんとなく分かった。こいつら良い子ちゃんだ」
「ちょっと、エマ言い方!」
せっかくの学生生活青春の1ページ「友の悩み回」を一言で身も蓋も無く切って捨てるエマに、ソフィアからお叱りが入る。
うん、さすがに僕もいまのはエマが悪いと思う。
「でも、私もマルコの言う通りだと思います! そんな事言ったら、辺境伯の御令嬢であるエマと私だって立場が違いますし……エマは本当に凄いんですよ?」
「ええ? ソフィアなんか、聖属性学内トップじゃん! 私なんか学年トップの科目無いよ?」
「私はそれしか取柄無いですから……それすらも、先祖様から頂いたもので、私の力じゃないですし」
ヘンリーの弱気がソフィアにも移ったらしい。
「それでも! 私は、エマが一番の親友だと信じてます」
「ソフィア、あなた……たまに、えぐい事言ってくるよね?」
「えぐいってなんですか?」
「そんな事言われたら、ますます好きになっちゃうじゃん!」
そう言ってソフィアに抱き着くエマ。
「そうですね、好き……ですか。たしかに、僕もマルコが一番好きですね」
ごめん、ヘンリー。
僕にその気は無いんだ。
まあ、そういう意味じゃないってのは分かってるけど。
「だったら、それで十分じゃないですか?」
「そう……なのかな?」
「そうだよ! お互い気に入ってるなら、問題無いじゃん」
さすがに好きとは恥ずかしくて、言えなかったけど肯定しておく。
あと、ここで俺にとってもお前が一番の親友だぜとか言うと、あっちで耳がダンボになってる某王太子殿下が不機嫌になりそうだし。
現状人間で一番の親友はヘンリーなんだけど、面倒くさい事になりそうだし。
ちなみに、お前がいま一番好きなのはエマな? とも言えなかったけど。
こっちはやっぱり、カブトとラダマンティスと土蜘蛛かな?
ただ虫の中で一番を決めちゃうと、他が拗ねるからこれも内緒だけど。
「ちっ、楽しそうだな」
そんなやり取りをしていると、遠くから嫌な声が聞こえる。
ヘンリー達には聞こえていないようだけど、僕にはよく聞こえるんだよね。
地獄耳って訳じゃないけどね。
身体能力が色々とあれだから。
森で獣の息遣いを聞き分けたりとかの訓練もしてたし。
「面白くないな」
「ああ」
「ちょっと、殿下とディーン様に目を掛けてもらってるからって、調子に乗ってますよね?」
ブンドとベントレーとアルトか。
本当に懲りないよね。
その2人に目を掛けてもらって、現在進行形でエマとも仲を深めてる最中なのに。
まあ、主な原因はそのエマとソフィアっていうクラス内のトップ2人を独占してるからだろうけど。
すでに、僕とヘンリーは若干、アンタッチャブルな存在になりつつあるはずなのに。
「楽しそうですね」
そんな事を思っていたら、また話しかけてくる子が。
誰だろう?
金髪おかっぱでいかにもお坊ちゃんって感じの子だけど。
プックラとしたほっぺが可愛らしい。
「ジョシュアだったかしら? 一緒に食べる相手が居ないの?」
ジョシュア?
誰だっけ?
というか、他に言い方無いのか?
「御無沙汰しております、エマ様。すみません皆さま突然お邪魔して、僕はジョシュア・フォン・マックィーン。マックィーン家の3男です」
「初めまして、ヘンリー・フォン・ラーハットです。ラーハット家の長男です」
「初めまして」
うわあ、ここでマックィーンの子供が来るのか。
というか、居たっけ?
見落としてた……
「お久しぶりです。ソフィアです」
「ソフィアも、御無沙汰しております」
ソフィアとも顔見知りか。
「マルコ・フォン・ベルモントです。初めまして」
「そうですね、一応初めましてですね」
一応?
まさか、自分の父親がしでかしたことを知ってる訳じゃないとは思うけど。
「マーカスから貴方のお話はよく聞かされました。ベルモント領でお世話になったらしくて、とても素晴らしい方なので学園で出会ったら、是非とも仲良くしてくださいと言われるので興味がありまして」
「ああ、マーカスさんとルーカスさんには、こちらもお世話になったんで。懐かしいです」
お世話になったというか、殺されかけたんだけどね。
今じゃ、信頼できる部下だけど。
そういえば、スパイごっこさせてたんだった。
「その……父からも仲良くするように言われたのですが、父の場合は何やら下心がありそうでして」
「あら、正直なのは良い事だけど、それを聞かされたら普通はあまり良い気がしないんじゃない?」
そうか、マックィーン伯爵はまだ諦めていなかったのか。
それにしても、エマはズカズカ行くな。
「そうですね。ただ、うちの護衛のマーカスから、マルコ殿と付き合う際には真摯であるようにと言われましたので」
「ふーん……マルコ、何したの?」
「なんで、僕が何かしたみたいになってるの!」
ジョシュアの言葉を聞いて何故か訝し気な視線を送ってくるエマ。
ヘンリー、その目はなんだ?
また、僕の知らない人が出てきたみたいな表情をするな。
「家人が主の子息を前に、他所の子供を褒めるなんて余程よ?」
「さあ? 街でたまたま知り合っただけなんですけどね。あとは共通の知人ができたくらいですね」
まあジャッカスっていう、ならず者なんだけどね。
次話は人物紹介予定です。





