第237話:帰路
「お世話になりました」
「本当にもう行くのか?」
「十分でしょ」
トリスタ邸の門で、エマの父親であるゲンガー辺境伯にお世話になったお礼を告げる。
横にはエマとソフィア、ベントレーとジョシュアが。
エマが王都に帰ってしまうことに、ゲンガーさんは不満げ。
といっても、ベントレーとジョシュアは僕と一緒にベルモントに一旦向かうことになるけど。
お母さまが、トリスタ領から王都に直帰するのを許さなかったのが大きい。
エマとソフィアは王都にそのまま帰るみたいだけど。
嫡男のマックスさんも少し寂しそうだ。
次男のビートさんは、すでに職場に行っているのでお見送りは……あっ、門のところにいるのね。
そこでお見送りと。
で、何故かボッシュさんが横に。
冒険者ギルドで会ったマチルダさんと、ウルナも居る。
「じゃあ、エマの護衛を頼む」
「私たちは、途中までですけどね」
ゲンガーさんの言葉に、マチルダさんが笑顔で応える。
彼女は僕たちについて、ベルモントに来る予定だ。
ウルナと一緒に。
良いのか臨時職員と思ったが。
こういった気まぐれな行動が多いから、正規の職員ではないらしい。
そうか……
「楽しみだな……マルコ様に、指導をした冒険者がいるギルドか」
すでに、護衛のことなど頭になさそうだ。
「うちが、トリスタの冒険者の実力を見せてやるです!」
「恥にならないと良いな」
「うっせーです! お前、生意気です」
ベントレーの突っ込みに、ウルナがシャーと威嚇をしているが。
仲が良さそうで、なにより。
ちなみにボッシュさんは、しっかりとエマたちを王都まで送り届ける予定。
そのまま、王都で色々と見て回るつもりと。
若干ゲンガーさんとマックスさんの彼に向ける視線が怖い。
それから一旦南に向かって、ラーハット領に。
ラーハットでは、ヘンリーと再会。
真っ黒にとはならないけど、こんがりと日焼けしたヘンリー。
毎朝ガンバトールさんとしっかりと特訓をしたあとは、領民の方たちとの交流をしていたらしい。
船の舳先で立って釣りをしたり、砂浜で子供たちとかけっこをしたり。
うん、下半身の強化に余念がないようだ。
そしてヘンリーを回収して、彼もうちに向かう予定だ。
僅かな期間だけど、エマと過ごせることで幸せそう……なことも無さそう。
着いてから、ヘンリーはエマとあんまり喋ってないし。
「彼のことをチラチラ見てるけど、気になるのかい?」
「なんで私が!」
逆にエマがヘンリーを盗み見ることが多く、ボッシュさんに突っ込まれて不機嫌そうにしていた。
彼が王都でこじらせた話をしたが、ボッシュさんはふむと首を傾げる。
「なるほど、追われていたときは鬱陶しかったけど、逃げられると追いかけられたくなったのか?」
「ちょっ!」
あー……いや、もしかして?
そんなバカなと思ったけど、それも無くも無さそう。
もともと、誰とでも仲良くなるエマだ。
微妙な距離感が出来てしまったことで、寂しいと思ってたり?
おっ、これはもしかして脈が出てきた?
そんなこんなで、彼らの中は進展したんだかしてないんだかといった状態。
ちょっと、楽しい。
「あの御仁は、かなりやりそうだな。ちょっと、私も訓練を付けて「師匠が出るまでもねーです! うちが」
マチルダさんとウルナは、ガンバトールさんに興味津々。
ラーハットに1泊。
次の日の朝、何故か僕とヘンリーの横にいるマチルダさんとウルナ、そしてベントレー。
ジョシュアは、流石に不参加だったけど。
彼もおじいさまの訓練を受けているから、参加すると思ったのに。
寝ているわけじゃない。
僕たちよりも早起きして、ヘンリーのところの使用人と港に。
早朝の漁から戻ってきた漁師さんから、魚の情報を仕入れるためらしい。
どういった魚が王都で好まれるかなど、市場調査と。
うんうん、うまいこと逃げたな。
そして僕の視線の隅っこには、地面にだらしなく寝そべる豹獣人が。
ヘンリーに基礎を学んだ結果だ。
ベルモントの基礎……乱取りだね。
「すげーな! これ、どうやっても抜ける気がしねー」
「はっは、流石トリスタきっての冒険者。私の反撃を全て防ぐとは」
「打たせられてる身としては、褒められてる気がしねーわ。こっちの手は出し尽くしちまったし。ただ、この先に何かが得られそうな」
「そうか、なら……これならどうかな?」
マチルダさん……その人、この街の領主で子爵なんだけど。
最初は敬語だったのに、打ち合いが長引くにつれて言葉遣いがまずいことになっている。
本人は気付いてなさそうだけど。
そして、ガンバトールさんが剣を地面に突き刺すと両手を広げる。
無手だ。
「流石に、それは嘗めすぎだ……な?」
これにはカチンときたのか、マチルダさんが今までで最速の蹴りだしで距離を詰め……宙を舞った。
マチルダさんの突っ込みにたいして、完全な半身に構えをかえたガンバトールさんの右手の甲が彼女の振るった木剣の腹に触れた瞬間。その腕の内側から交差するように左手が伸びてきて……
ぐるりと両腕を回したかと思ったら、マチルダさんが宙を舞って背中から地面に打ち付けられていた。
左手の掌がマチルダさんの顔に、触れた瞬間に右手を太腿の間に突っ込んでいったところまでは見えたけど。
力を入れたように見えないのに、マチルダさんが打ち上げられたのは……合気?
いや、なんだろう。
分からないけど、まだまだこの人僕に見せてない技を持ってたことにびっくり。
そしてそれを出させたマチルダさんに、軽く嫉妬。
僕の方が強いのに。
「次は僕で」
ちょっとムキになってしまった。
というか、ムキになりすぎてしまった。
持てるスキル以外の技術の全てをもって挑んだら、無手じゃなくて木剣で本気になったガンバトールさんの一撃を額で受けてしまった。
「マルコくん!」
ガンバトールさんが焦るほどの威力で。
手加減が出来なかったらしい。
「朝から元気ですね」
朝食だと皆を呼びに来たボッシュさんがため息を吐いていた。
ラーハットの皆さん知らないのかな?
この人、辺境伯家の三男。
そんな人に、言伝を頼むとか……
ああ、ガンバトール家の使用人さんはヘンリーの母である、シルビアさんに止められたと。
人数が多いから当分かかるだろうと、先にエマたちと朝食を取っているらしい。
エマとソフィアはそれでいいかもしれないが、唯一の男性であるボッシュさんは流石に当主を差し置いて食事を頂けないとこっちに来たらしい。
辺境伯の三男より、子爵家当主の方が上だしね。
何より、それなりにきちんと礼儀や立場を教えてこられているはず……
ああ、エマから視線で訴えられたと。
こっちに来るなと。
可哀そうに。
エマを揶揄ったことで、彼女が拗ねているらしい。
お兄さんにはきちんと甘えられるのか。
末っ子なのに、いっつも姉御ポジションにいるから。
貴重な姿だ。
訓練に参加したから、見られなかったけど。
そしてベルモントに。
エマたちとは途中で別れた。
彼女たちはリコたちとの約束があるらしく、後ろ髪を引かれつつもそっちを優先。
そしてベルモントで3泊して王都に戻る予定。
「化け物だ……」
「ラーハットもベルモントも基礎って言葉の意味を勉強するです」
ベルモント2日目の朝、マチルダさんとウルナが並んで芝生に寝そべっていたけど。
お父様に訓練を挑んだ結果だ。
基礎から始めると言われてウルナが木剣を構えた瞬間に、吹き飛ばされていた。
あっ……というお父様の声と共に。
マチルダさんは本気で倒すつもりで挑んだ結果だ。
マチルダさんの放った殺気に、条件反射でお父様が力の入れ具合を上方修正。
「流石に殺しに来る相手に、手加減は出来んな」
「……」
自業自得だろう。
まあ、木の剣でも当たり所が悪ければ死ぬし。
しかし手加減してないお父様の剣の、なんとえぐいことか。
振り下ろした一撃を上段に横に構えた剣で受けたマチルダさんが、身体を横にくの字に曲げて吹き飛ばされたのは笑えない。
僕でも左足に向かっていった剣しか見えなかった。
実際に打たれたのは右の脇腹。
彼女は上段のフェイントしか見えておらず、左足に向かって行ったフェイントすら分かってなかったと。
あー……やっぱりベルモントはおかしい。
彼女レベルなら、うちの冒険者ギルドの師匠方の中でも……いや、僕の師匠にはなりえない。
「飯うまっ!」
「うめーです! さいこーです!」
凄いね……
あんだけ、ボコボコにやられてもご飯が食べられるんだ。
ちなみにヘンリーとベントレー、ジョシュアも訓練には参加。
着々とみんな、強くなっていってるみたいで何より。
そしてウルナは……ジョシュアよりも弱かった。
豹獣人って……
執筆再開です。
次はベルモント領でのお話を少し続けて管理者の空間、そして進級?





