236話:豹獣人
何故だか知らないけど、地下訓練場でボッシュさんが紹介してくれた女性冒険者、マチルダさんと対峙している。
得物はお互いに剣だが、一応木剣でのやり取りとのこと。
「さてと、お手並み拝見といこうかね」
片手に剣をもってブランと下げた状態で、挑発してくるマチルダさん。
いや、そもそもなんでこんなことになってるんだろう。
思わずボッシュさんの方に視線を送る。
口パクで頑張れって言われた。
やかましいわ。
「なんで、こんな流れに?」
「あんたが、ベルモントだからさ。やっぱり剣を扱う身としては一度は手合わせしときたいじゃないか」
ベルモントだからか。
そっか……分かりたくないけど、分からなくもない。
「しかもあの剣鬼様のお孫さんともなれば、なおさらさね」
「別に、そこいらの子供と変わらないよ」
これは、回避不可能か?
気付けば野次馬というなの見物客間で集まり始めている。
「おっ、人間凶姫と剣鬼子の対決か?」
「やべーな、どっちが勝つと思う?」
「むずかしーな」
人間凶姫って……なにその二つ名。
いや、剣鬼子も酷いと思うけどさ。
そんなことを考えていたら、急に地面に影がさす。
「っと」
「させねーです!」
そして僕とマチルダさんの間に振ってくる、小柄な人影。
これはギルドのお偉いさんが事態を察して、仲裁に来てくれたのかな?
「お前ごときが、師匠の相手をするなんて100年はえーのです! うちが相手なのです!」
「邪魔してんじゃねーよ!」
「ふぎゃなのです!」
そして僕に対してびしっと人差し指を突き付けて啖呵を切ったケモミミ少女が、マチルダさんに蹴り飛ばされて吹っ飛んでいった。
「あの、あれは?」
「あん? 私の不肖の弟子のウルナだ。ここで稽古をつけてるうちに、なつかれちまってさ」
「あ、そうですか……大丈夫ですか?」
「そんな、やわな鍛え方はしてねーよ」
マチルダさんが後頭部をかきながら、恥ずかしそうに説明してくれた。
そうか……師弟揃って脳筋っぽいけど。
「いてーのです! 師匠何するですか?」
「いや、私の楽しみを奪おうとするなら、弟子とはいえ容赦はしねーよ」
「こんなガキに、師匠を楽しませられるわけねーです! うちが先にやって、うちの方が師匠を楽しませられるって証明するです!」
なんだ、嫉妬か。
と思っていたら、こっちにも駆け寄ってくる人物が。
「そうか、だったらその理論でいけば俺が君の相手をしないといけないね」
安定のベントレーだ。
いや、ちょっと待て。
ここで仲裁に入るってことは、結局僕とマチルダさんが同格で、このカードは回避不能になるんじゃ?
マチルダさんって、結局僕と戦いたいだけみたいだし。
弟子同士で優劣を決めようって流れになる……というか、そもそもベントレーはおじいさまの弟子であって、僕の弟子じゃないし。
「お前はなんなのです?」
「俺はマルコの弟弟子のベントレーだ。お前ごときマルコが相手するまでもない」
「ちょっと待って二人とも。僕、どっちとも戦う気ないから!」
「良いです、お前もまとめて身の程を叩きこんでやるです」
「ふっ、良かろう。俺の身がどれほどのものか、逆に貴様に叩きこんでやる」
「聞いて! そもそもマチルダさんの提案を、僕受けてない!」
「前座ってやつだな!」
ベントレーがおじいさまの悪影響を受けているのか引く気が無さそうだし、相手のウルナって子もやる気満々。
マチルダさんに至っては、観戦モードになってるし。
周囲の野次馬も大盛り上がり。
って、おい!
ボッシュさんまで、一緒になってわーわー言ってる。
取り合えず無駄に時間を喰いそうだし、流石に付き合いきれない。
「2人とも落ち着こうか?」
クイーンとラダマンティスの威圧を借りて、2人に向けて放つ。
あまりにくだらないので、こういったことはとっとと終わらせるに限る。
「へぇ……」
マチルダさんは涼し気な表情を浮かべているが。
「うぅ……シャー!」
「む、これは師匠の……」
ベントレーにはラダマンティスの威圧が効果抜群だが、それ以上にウルナには効果があったみたいだ。
ウルナが後ろに下がって、フーフー言いながらこっちを威嚇し始める。
尻尾がピーンとおったているが、時折ピリピリと震えていることから緊張しているのがよく分かる。
「くだらないことはやめようか?」
「うっ! うるせーです!」
「ん?」
追加で蟻達の威圧も込める。
「う……せー……す」
途端に声が小さくなったし、尻尾がシオシオと垂れ下がっていってる。
プライドだけで、辛うじて立ってるってだけかな?
「お前じゃ力不足だよ。それにしても、そんな圧を見せられたら……ますます、興味津々だよっと!」
「遅いですよ」
喋りながら斬りかかってきたマチルダさんの剣を、片手で捌こうとして違和感を感じる。
「すまねーな! 速すぎて逆に遅く見えちまったか?」
「いや、普通ですね」
まだ振り上げた状態なのに、受けようとした腕に衝撃が走った。
そして、視線を落とすと鍔迫り合いの状況になっていたことに、少しびっくり。
蜂が咄嗟に力を入れるようにと助言してくれたおかげで、受けきったけど。
油断してたら、確実に剣を取り落として恥をかいていたことだろう。
「へえ、剣を落とさなかったのは剣士としての心構えか、それとも本当に見えていたのか」
「さあ? どっちにしても、これ以上やるつもりはないですから」
「っと、その剣は知って……ったぁ」
左手で胴を払うふりをして右袈裟斬りを放つ。
ベルモントの得意の、振った場所と当たる場所が違う剣。
けどその動きにマチルダさんがしっかりとついてきてたので、とっさに剣を吸収して右手で突きを放ちつつ剣を呼び出した。
マサキの得意技だな。
完全に初見殺しだ。
「師匠が当たった?」
「嘘だろ! 人間凶姫が受け損ねた」
周囲にざわめきが起こる。
「なんだそれ! 手品か? それとも本家だけに伝わる秘伝とかか?」
「まあ、手品みたいなものかな?」
「ちょっと、もう一回!」
「やらないよ?」
目を輝かせて剣を構えるマチルダさんにため息しかでない。
いや、このギルドの実力に興味はあるけどさ。
まだ来たばっかりで、色々と見たいものも多いのに。
「いや、すげーな」
「ボッシュさん恨みますよ」
「きっと何かずるしたです」
「マルコが、そんなことするわけ……ないだろ?」
「そこは言い切ってよ」
「なあ、もう一回やろうぜ!」
「やりませんって!」
そのあとマチルダさんとウルナも加わって、冒険者ギルド内を見て回る。
依頼掲示板やら、素材販売所や売店など。
ベルモントと違って、規模が大きくて見てるだけでも楽しい。
周りがうるさいけど。
依頼掲示板も国外のものもあって、なかなか興味をそそられるものが多い。
護衛依頼が割と多いかな?
国境越えの。
「ところでウルナって猫の獣人なの?」
「何をいってやがるです! どう見ても、豹なのです! 誇りたけーのです!」
「あっ、そう」
聞いたは良いけど、いちいちうるさい。
マチルダさんはしつこく、誘ってくるし。
ボッシュさんはベントレーと仲良さげに話して、敢えて入ってこないようにしてるし。
なんか、ギルド自体のことがあまり記憶に残らなかったかな。





