第234話:トリスタ邸の晩餐会
「皆様、満喫していただけたようですな、はい」
「ええ、良い買い物が出来ました」
「俺も、勉強になった」
「勉強という意味では、僕もですね」
一通り買い物を済ませ応接室でくつろいでいると、ロナウドが入ってきた。
もみ手をしながら、僕たちが買った商品を眺めている。
割と大量に購入してしまった。
特にエマとベントレーが金に糸目をつけずに買い漁っていたけど。
ベントレーの場合は家族以外にも、土蜘蛛たちやトトたちにもお土産を買っていたからというのもあるけど。
「こちらはどうしましょうか? 宜しければ王都の倉庫に輸送いたしますが?」
「お願いできるかしら? どのくらいかかる?」
「これだけお買い上げ頂いたので、送料は結構ですよ」
どうやら、王都にある支店の倉庫に先に運んでおいてくれるらしい。
それなら僕たちの馬車を圧迫することもないので、助かる。
いや、本当に荷物の量を見たら有難いとしか言いようがない。
ロナウドの申し出のお陰で最低限、エマのところで楽しむ程度の手荷物で店を後にすることが出来た。
「明日は市場や商店街の方に行って、うちの特産品を見てもらおうと思うから」
「あー、結構使っちゃったあとで、また買い物?」
「買う物はあればいいけど、そこまでだと思うよ? 珍しいけどどうしても欲しいかとなると首を傾げるものも多いし」
それはそれで、楽しみでもあるけど。
結局僕はおじいさまに仮面を買って、お母さまとおばあさま、そしてアシュリーにはアクセサリーを数点買った。
お父様は主にナッツ類や、味付けの干し肉など酒のあてになるもの。
テトラには積み木を買ったくらいか。
管理者の空間の面々へのお土産は、別で用意してある。
ここで吸収すると怪しまれるので、これも王都に運んでもらうようにした。
帰ってからベントレーと一緒に、持っていく予定だ。
「結構時間が経ってたんだな」
「そうみたい。もう日が傾いてるよ」
外に出ると、夕焼けが街を照らしている、
ベントレーの言葉に、ソフィアがちょっと疲れた様子で答えていた。
僕もベントレーの横に並んで、街を見渡す。
茜色に染まった無機質な街並みが、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
通りも居住区に向けて家路を急いでいる人が多々見られるが、逆に商業区に繰り出す人たちも。
繁華街でお酒でも楽しむのだろう。
そっち方面に向かう人たちの表情が生き生きとしていることから、それだけでもここが良い街だと分かる。
「みんな良い顔してるね」
「一日一生懸命働きましたって感じだけど、楽しそう。僕もこういうところで商売したいかな」
僕の言葉に、ジョシュアが目を細めている。
ここで商売するのはどうかと思うけど。
いくらなんでも、ロナウドのアウトレットモールが強すぎる。
かなりの苦戦を強いられると思う。
「今日のところは家に帰って、皆で夕飯ね。残念ながら、家族勢ぞろいだけど」
「久しぶりにおじ様方とお会いできるのは、私は楽しみですけどね」
「まあ、ソフィアは良いけど……皆にうちの家族を紹介するのは、ちょっと覚悟がいるわ。久しぶりに帰ってきたら色々と悪化してて」
なんだろう。
エマがちょっとだけ、疲れた表情をしている。
僕たちを誘ったことを、若干後悔しているような。
取り合えずトリスタ家の用意した馬車で、エマの実家へと向かう。
流石に土地も多くあるだけあって、かなり広い。
庭も綺麗に整備されていて、また木を丁寧に剪定して彫刻のように削り上げて動物や建物のような形にしているのも面白い。
王都の一等居住区でもあまり見られない、素晴らしい庭だと思う。
***
「この中にエマのお婿さん候補はいるのかしら?」
「いるわけないだろう! まだ早い」
自己紹介もそこそこに、エマのお母さんがいきなりぶっこんできた。
フィオナさんというらしい。
すぐに父親のゲンガー辺境伯が遮っていたが。
「エマさんは容姿も人柄も魅力的で貴族科どころか学園皆の人気者ですからね。勿論私たちも良いお友達付き合いをさせていただいてますよ」
こういった場でのベントレーの対人スキルは見習いたい。
無難な受け応えを的確にしてくれる。
「そうかそうか、ベントレー君はよくわかっているな」
「まあ、私もエマと兄妹でなければ是非嫁にしたいくらいだからな」
「おや兄上もですか。僕もですよ」
「それは無理だから、俺はいまエマそっくりな女性を探しているところだ」
そこに兄馬鹿トリオが口を出してくる。
ちょっと話しただけでも、エマに対する溺愛っぷりが分かるが。
もはやシスコンとかって次元じゃない。
「もう、お兄様がたったら」
エマが嬉しそうにはにかんでいるが、こめかみに青筋が浮かんでいるように見えるのは錯覚だろうか?
手で目をこする。
どうやら錯覚だったようだ。
「私も父上の手伝いがなければ、今日はエマと一緒に皆を案内できただが」
「ふんっ、わしが仕事なのにお前だけエマと一緒にいさせるなんて、許すわけないだろう!」
どうやら長男のマックスさんは今日は僕たちと行動をしたかったらしいが、お父さんに阻止されてしまったらしい。
「私自身は自分の仕事は前倒しで終わらせていたんですけどね」
そう言ってジトっとした目を父親に向けているが、当の本人はどこ吹く風。
息子の視線を無視して、ニコニコとエマが食事を取る様子を眺めている。
「俺もだよ……三男だから実家を継ぐことも無いしと自由気ままな冒険者の道を選んだってのに、まさかピンポイントで今日期日の指名依頼をもってくる馬鹿がいるとは」
「ふふん」
「やっぱり親父の差し金か」
三男のボッシュさんは冒険者をやっているらしい。
だから休日とかも割と自由に選べるみたいだけど、何故か急な指名依頼で今日は街に居なかったらしい。
お父さん……どれだけ全力で息子と娘の交流を阻むんだ。
「その点ビートは良いよな? 少しとはいえ、エマとその友達を案内できたんだから」
「まあ、僕の職場に来る分には、断る理由もありませんしね」
街の防衛を司る騎士団の副団長をしているビートさんは、仕事中に職場に来たから僕たちに街を見せることが出来たらしい。
お父さんが顔を顰めている。
「こんなことなら、野外演習でもねじ込むべきだったな」
「あなたもいい加減にしてくださいな。娘の友達の前でみっともないですよ」
流石にフィオナさんがやんわりと注意していた。
そんな一家の団欒を見ながら、机に並べられた豪華な料理に舌鼓を打つ。
まあうちの領地のお店で食べた方が美味しいけど、ここにあるのも立派な料理だ。
見た目も華やかで味も悪くない。
悪くないんだけどな……
周りを見れば、ベントレー以外は満足そうに食べている。
ジョシュアは目を輝かせているし、確かに普段はなかなかお目に掛かれなさそうな食材も使われている。
だからこそ余計に……
土蜘蛛やうちの料理人なら、どう調理するかが気になる。
これに劣る食材でも、ここにある料理の上をいくからね。
まあ、そんなことおくびにも出さず、笑顔で美味しいですねと感動して見せるけど。
ベントレーがちょっと驚いたような顔をしている。
「どうしたの?」
「いえ、このような調理法もあったのかと、素晴らしい料理ですね」
その表情にエマが目ざとく気付いていたけど、うまく誤魔化していた。
「分かります? うちの領地独特の調理法で、岩塩を砕いて香草と一緒に包んで石窯で焼いたものですよ」
「噛みしめると香草の強い香りと力強くそれでいて上品な塩の風味で、肉の甘みが引き立って口の中に心地よく料理の味の余韻が残りますね」
うーん、僕には香草のくせが強いし、塩使いすぎだし、肉の油が口に残ってくどいって聞こえたのは気のせいだろうか。
飲み込んだ後で、水を一気に飲み干しているのをみると気のせいじゃないんだろうな。
エマの家族はベントレーの見事なコメントに、満足そうに頷いているけど。
「久しぶりに貴族らしい食事を頂きました」
「そんな。ベントレーさんのところでも、きっと美味しいものを食べていらっしゃるのでしょう。料理に対するコメントがとてもエマの同級生とは思えないほど素敵で、是非ともシェフに伝えさせてちょうだいね」
「はは、私のような若輩者の言葉で喜んでいただけるでしょうか? 返って無礼に当たらないか心配ですよ」
「ほう……ベントレー君はなかなかに良いな。エマに変な虫がつかないように、よろしく頼むよ」
「ちょっとお父様、変なこと言わないでよ」
ベントレーの評価がうなぎ上りだが、あくまで婿候補ではなく護衛としてか。
というか末っ子長女に婿を貰う気なのかな?
普通は嫁に出す立場だと思うけど。
***
「久しぶりに貴族の料理を食べた」
「さっきも言ってたね」
「美味しかったね」
それからお風呂に入って部屋に案内してもらう。
流石辺境伯家、敷地内に温泉が湧き出ていてかけ流しのお風呂があった。
男湯、女湯と分かれていてベントレーとジョシュアとボッシュさんと一緒に入ったあとで、部屋に入ったのだが。
家族用の客室を用意してもらったので、3人で一緒の部屋に寝る。
といってもベッドが4つと、応接セットまであって室内もかなり広い。
応接セットにはお菓子や果物もあり、部屋の外にはメイドさんも待機している。
呼び鈴を鳴らしたら、お茶などの飲み物も用意してくれるらしい。
流石に人が居たら話しにくいこともあるだろうと、部屋の中には常駐しないみたいだけど。
先ほどの料理の感想の続きをベントレーがため息とともに漏らしていたが、ジョシュアも食事時のベントレーの言葉を聞いていたため好意的な意味だと受け取って同意していた。
実際は不満だったりするけど。
「最近じゃベントレーも料理始めたもんね」
「ああ、まあ己惚れるつもりはないが、それなりに上達したと思うぞ? まあ、つ……マルコの専属料理人の背中はまだまだ見えないけど」
土蜘蛛と言いかけて、すぐに言い直していたけど。
確かに管理者の空間でも、土蜘蛛の料理をトトと一緒に手伝いつつ勉強してたからね。
地球産の味付けに慣れてしまったら、こっちの世界の大味な料理はくどいか薄いかって感じのものが多いから舌に合わないのだろう。
だいぶ、舌が肥えてしまったようだ。
とはいえ薄味が悪いわけでもない。
素材の味がしっかりと活かされているときは、薄味でも満足そうに食べているから。
やっぱり、そういうことだろう。
最初は食べなれてなくても、しばらく食べ続けると本当に美味しい方に舌の基準って移っちゃうんだよね。
食べなれた方が美味しいと思ってたはずなのに、いつの間にか好みが反対になっちゃったり。
彼にとって良かったのだか、悪かったのだか。
「まあでも、僕はベルモント料理の千味の方が好きかもしれないけど」
「それ、絶対にエマの前でいっちゃだめだからね?」
「はは、当り前じゃん」
「まあ、エマも……ん? って顔してたけどな」
どうやらジョシュアもエマも、ベルモント料理にはまりつつあるらしい。
あれは王都店だから、王都の流行の味ってことにしておこう。
流石に国内各地の腕利きが集まるところの流行のお店なら、エマのプライドも傷つかないだろうし。
いや、エマが正直に千味の方が美味しいなんて言い出さなくてよかった。
きっとここの料理人も、大切なエマの友達が来てるからってかなり気合を入れてたはずだし。
「うーん、変わった味だね」
「これは、失敗かも」
「俺は好きだぞ?」
それからマホッドアウトレットモールで買ったお菓子を食べてみたけど、カラフルな色のグミっぽい食べ物は……甘いだけだった。
色の違いによる味の違いは……軽く匂いで分かる程度かな?
ほとんど砂糖の味しかしない。
まあ、知ってたけどね。
だって、横の地味なお菓子の売り場が行列で並ぶのもうんざりだったから、横にある人がまばらにしかいない派手な見た目のお菓子を買うしかなかったからね。
でもこれは……柔らかい砂糖の塊っていうか。
砂糖が多ければいいみたいな風潮は、もう終わりを迎えたってことか……
あの地味なお菓子の方は……うちの領地だったら、普通に買えるから良いけどさ。
「甘い……」
さっき食べて後悔したばかりなのに、口寂しさからまたカラフルな砂糖の塊を口に入れてため息を吐く。
横を見たら、2人も同じような表情を浮かべていた。





