第12話:騒がしい学園生活の始まり
成績順の並びのため、ヘンリーの横は必然とディーンになってくる。
お陰でセリシオ殿下とも、クリスとも少し席が離れたのは幸いだった。
教室内を見渡せば数人を除いて生徒たちが登校しており、思い思いに知り合いと思われる子供達でグループを作って話をしている。
先ほどの騒動が話のタネになっているのか、色々な視線を向けられるが悪いものばかりではない事に少し驚く。
「よりによってクリスは3列目ですか……情けない」
斜め前でディーンが溜息をついている。
「せめて最前列に座れるくらいでないと、殿下の側仕え失格ですね。少し本格的にお尻を叩いた方がいいかもしれません」
「ははは、クリス様も大変そうですね」
「ヘンリー、クリス如きに敬称は不要ですよ。私に敬語もですが」
「ハハ……」
眼を細めるディーンに苦笑いで応えるヘンリー。
とはいえ仲が良さそうで、一安心。
横5列、縦5列で並んでおり最後尾だけ、横4列になっている。
最前列窓側から首席、次席の順で並んでおり6位からまた窓際に寄っていく。
首席が中央じゃないのかと思ったが、窓際の方が過ごしやすいので窓際かららしい。
そして横の列の5名で一区切りにされ、それぞれ貴族科首列、2列目などと位置する列で呼ばれる事も多い。
僕なら、2列目のマルコかとか、ヘンリーなら貴族科首列のヘンリーだ! などという呼ばれ方をすることもあるかもしれない。
列がそのままある程度の成績を表しているから、殿下の側仕えが3列とか微妙と思われても仕方ない。
下手したら、俺でもなんて勘違いする子がでるかもしれない。
確かにおつむはあれかもしれないが、クリスの戦闘能力や運動能力は学年内トップだ。
護衛を主としてるのだから、それでも問題無い。
頭でっかちなだけで、剣も振るえない護衛など誰も必要としないからね。
とはいえ、クリスより上ともなるとそれなりに剣も使えるのだろうけど。
そういった事が、余計に勘違いに拍車を掛けて揉め事にならなければいいけど。
周囲の声に耳を済ませれば、
「にしても、ベントレーの奴も馬鹿だよな」
「俺、昔騎士隊に居る従兄に聞いたけど、スレイズ様って口より先に手が出るらしいけど最初のうちは手が出たことすら分からなかったって言ってたぜ?」
「ベルモントなんだから、マルコもそうかと思ったけどな。父上がマルコ殿が礼儀正しすぎて、逆に怖いって言ってたけど、案外気が弱いだけかも」
「そう見えるか? かなり余裕があったみたいだけど」
うん……礼儀正しく挨拶して怖いとか。
ああ、おじいさまに連れていかれて挨拶に回った家の数件は、孫や子供がーって言ってたっけ。
「ばっかだなあ、ああいったタイプが一番怖いんだよ。歯止めがしっかりしてるぶん、箍が外れたらとことんやりそうじゃん」
「そうか? 普通に良い子に思えるけど」
おっ、いま良い子って言った子。
顔を覚えたよ。
是非、休憩中に少しずつでも仲良くなりたいな。
「そう思うだろ? でもずっとニコニコしてる奴って、調子にのって一定の柵を乗り越えた瞬間に表情消してひたすら殴ってきそうじゃん?」
「あー、分かるかも」
余計な事を。
あと分かるかもじゃない。
そこは、しっかり否定してよ。
「そういえば、マルコって毎朝剣鬼様と手合わせしてるんですよね? 殿下が、目で追うのがやっとのやり取りで、さすがはマスターのお孫様だ。小さな背中が遠すぎて見えんって言ってましたよ」
同じように会話を聞いていたのだろう。
何故このタイミングでってことを、声を大にして話しかけてくる。
ディーンの方を見れば、キラキラした笑顔を向けてくれてはいるが、目に怪しい光が灯っている。
現に、
「ほらっ……やっぱり剣鬼様の孫ってだけあって、強いんだよ」
「うわあ、さしずめ剣鬼子様ってとこか」
「可愛い顔してるから、余計に怖いね」
と先ほど僕について話してた子たちが、若干怯えている。
安心して。
そんな怖い子じゃないから。
笑顔を向けたい気持ちを必死で堪える。
たとえここで濁りの無い笑顔を向けたところで逆効果だということは分かっているし、なにより会話を盗み聞きしてたことがバレてお互い気まずくなるのは分かりきっている。
「剣鬼様のせいで忘れられているけど、マルコのおとうさまも有名な騎士だろ?」
「確か空飛ぶ箪笥っていう、二つ名がついてたと思う……見た目はふくよかな方らしいけど、その姿からは想像も付かないスピードで動くらしい」
「うわあ……間抜けな二つ名だけど、文字通りに受け取ったら物凄く痛そう」
そうなのか……父上は空飛ぶ箪笥なのか。
確かに実家で手合わせ頂いた時も、目にも止まらぬ一撃を受けて倒れたのは嫌な記憶だ。
「おはようディーン。それとマルコ君と、ヘンリー君だっけ?」
「おはようございます、ディーンさん、マルコさん、ヘンリーさん」
「おはようございますエマ、ソフィア。今日から宜しくお願いしますね」
「エマ様、ソフィア様おはようございます」
「おはようございます」
周囲にあれこれ言われて気まずい思いをしていたら、隣の席に腰まである青い髪をなびかせた綺麗な女の子が荷物を置く。
エマ・フォン・トリスタ。
トリスタ辺境伯の末っ子で、いつも一緒に居るソフィアと負けず劣らずの有望株である。
さらにヘンリーの隣には白い髪が特徴の、試験の時にマルコが目を奪われたソフィア・フォン・エメリア。
代々聖女や優秀な治療師を輩出する、名家の子だ。
「まあ、エマって呼んでいいわよ! 今日から、お友達でしょ?」
「そ……そうですね」
「あっ、えっと、はい」
「なに? 嫌なの?」
「ちょっと、エマ! 2人が怖がっているから、もう少し優しくしてください」
気安く声を掛けてくれるエマにヘンリーと2人で気圧されていると、若干不機嫌そうに眉尾を上げたのでディーンが慌ててとりもってくれる。
「なによ、ディーンは私が優しくないっての?」
「いえ、そうは言ってませんが、お美しいエマに突然、親し気に話しかけられたら、あまり話をしたことのない2人が戸惑っても当然でしょう」
「そうね、もっと見惚れていいのよ。でも、私には決まった人が居るから、本気になっちゃ駄目よ?」
「はは、宜しく」
「はい」
少しおしゃまさんだが、悪い子じゃなさそうだし。
これから隣の席になるわけだから、少しでも仲良くなった方がいいよね。
ヘンリーの頬が若干赤いのが気になるけど。
「チッ!」
そんな事を思っていたら、舌打ちが聞こえてくる。
後ろを見渡すと、ブンドが面白くなさそうな表情を浮かべているのが目に入る。
それもそうか王子の側仕えの1人と、辺境伯の娘と仲良く喋っているのが格下の子爵家ともなれば楽しくないだろう。
ソフィアはエマの勢いに押されているのか、それともいつものことなのかニコニコとやり取りを見ているだけだが。
だったら、もっと色々と頑張って前の方にくれば良いのに。
「私の事もソフィアって呼んでもらって結構ですよ」
「はい、宜しくお願いします」
「頑張ります」
「頑張らなくても、呼ぶだけじゃない」
「エマ! いきなりはさすがに誰でも遠慮するでしょ?」
「とりあえず席も近いことですし、この5人の中では敬称は無しにしましょうよ」
「そうね、ディーンが良い事言った」
「まあ、私もそれで構いませんが」
ディーンの提案に、エマがよしきたとばかりに笑顔を向けると、ソフィアが遠慮がちに僕とヘンリーの様子を伺って来る。
「時折出るかもしれませんが、なるべくそう呼ばせてもらいますよ。改めて宜しくお願いします、ディーン、エマ、ソフィア」
「僕は……もう少し時間ください」
僕が頑張って3人を呼び捨てにしたのに、ヘンリーに裏切られた。
若干恨めしい目を向けると、どうも様子がおかしい。
エマの方を見ないように意識しているのが分かるが、視線がチラチラとそっちに向いている。
なるほど……僕よりよっぽど、勇気あるわ。
「もう、男の子なのに意気地なし」
「はは」
「エマ!」
エマがヘンリーの背中をパーンと叩けば、ヘンリーは嬉しそうに笑い、ソフィアが注意する。
そして、その様子を見たディーンがははーんという表情を浮かべ、こっちを見てくる。
そのディーンの視線に頷いてやれば、ディーンも楽しそうだ。
エマには決まった相手がいるとのことだけど、もしかしてと訝し気な視線を送ってみれば首を横に振って否定する。
それから、こちらの横に回って来て耳打ちする。
「エマの決まった相手というのは、物語の登場人物なので脈はありますよ……ヘンリーには言いませんけどね」
「へえ」
叶わぬ恋かもしれないが、絶望的でないらしい友の進む道に光明を見出しちょっと安心。
「なによコソコソと」
「なんでもないです、ちょっと秘密の相談ですよ」
「なんでもなくないじゃない! 教えなさいよ」
一番教えられない相手だったりするんだけどね。
まあ、おそらく自分の事かなと思っているから気にしてるんだろうけど。
それからちょっとして扉が開く音がする。
教室内で朝礼前の憩いの時間を過ごしていた生徒たちに、緊張が走る。
「「「「「「おはようございます! 殿下! クリス様!」」」」」」
すでに登校していた生徒たちが一斉に頭を下げる。
「……おはよう」
「おはようございます」
一瞬不機嫌になったセリシオだったが、すぐに張り付いた笑顔で挨拶を返せば、クリスもにこやかに挨拶する。
なるほど、殿下をお出迎えするために皆少し早く来てたのか。
周囲の視線を浴びても、凛とした姿勢で席に向かうセリシオにさすがだと思いつつすぐに離れることになるクリスに微妙な気持ちになる。
やっぱり側仕えなら席は近くないとね。
そんな事を考えていたら、こっちを見た殿下が声をあげる。
「あっ! ディーン! マルコ!」
「えっと、おはようございます」
「おはようございます、セリシオ殿下」
何故か視線をこちらに定めたまま、足早に寄ってくるセリシオに嫌な予感しかしない。
「せっかく迎えに寄ったら、お前ら、よくも置いていったな! 2人とも酷いではないか」
「はは……また、内緒で来たのですか?」
「殿下……」
そんな話は聞いてないし、ディーンも知らなかったらしい。
むしろ、よく考えたらディーンは迎えにあがる側じゃないだろうか?
「私は殿下より先に来て、殿下が来る前の学友たちの様子を調査していただけですよ」
「そんな必要あるか?」
「殿下が来られたら、きっと皆良い子になりますからねえ?」
そう言ってディーンがブンドの方へ眼を向ければ、自然とセリシオの視線もそちらに向く。
慌てて頭を下げるブンドに、セリシオが首を傾げつつ、今度はこっちに目を向けてくる。
ああ……さようなら平穏。
こんにちは波乱。
「マルコは!」
「いえ、何もお伺いしてませんでしたから」
「驚かそうと思っていたのに、言える訳ないだろう」
いつ来たのか知らないが、懲りない子だなと思う。
おばあさまが、勝手に王妃様を迎えに行っても知らないぞと思いながら苦笑いで誤魔化す。
「早朝に先ぶれを送ってもらっても、十分驚きますよ」
「目の前で見なければ意味が無いだろう……」
最上級の教育を受けているといっても、所詮は8歳児か。
巻き込まれただろうビスマルクさんに、同情する気も無いけど。
あの人もちょっと癖がありそうだし。
先ほどまでとは比べ物にならない嫌な視線を感じて振り返れば、斜め後ろでクリスが忌々しそうな羨ましそうな表情を浮かべている。
知らないよ。
剣しか振るわなかった自分が悪いのに。
逆恨みに近い感情を向けられて、ちょっとムッとしたけど殿下に肩を掴まれたら仕方ない。
すぐに振り返る。
「俺が話してるのに、他所を向くとは良い度胸だなマルコ」
「いえ、クリス殿が寂しそうでしたので」
「クリスの事は今は良い」
小声で話せば、セリシオが大声でそんな事をのたまう。
振り返らなくても分かる。
クリスが泣きそうな表情をしているだろうことは。
やっぱり母上の言う通りベルモントの学校にするべきだったと、早々と後悔することになろうとは。
乾いた笑いを浮かべつつ、我関せずと話しはじめたヘンリーとエマとソフィアに目をやれば、ヘンリーに顔を背けられた。
友よ……





