第232話:トリスタ領
青い空、白い雲! 広大な景色。
いま、僕たちはエマの屋敷がある要塞都市トリスタに来ている。
今回のトリスタ領観光の参加者は僕とベントレー、ジョシュアとソフィアだ。
ディーンは流石にセリシオと一緒に自粛している。
ふりをして、ガンバトールさんに強引に領地に連れて帰られたヘンリーを尋ねて、ラーハット領にいっているらしい。
冬の海の何がいいのやら……何やら冬は大物がと言っていた。
メルト様が保護者として付いて行っているらしい。
大きな釣竿をもって。
まあ、のけ者にされてしまったヘンリーを考えてのことだと思いたい。
それをいったら、セリシオもなのだが。
そして僕たちは、ここトリスタの外壁の4隅にある塔から景色を眺めているところだ。
いやあ、遠かった……なんせ国境だからね。
国境付近の軍事地区とは思えないほど、穏やかな風景が眼下に広がっている。
風が草を薙ぎ眼下で光の筋を右から左へと運ぶのを見ると、心が落ち着きながらもざわつくという不思議な感覚。
なんだか、こんなにのんびりとした気持ちになるのは久しぶりかもしれない。
長期休暇っていうと、何かと騒動に巻き込まれていた気がするし。
「最近はクエール王国の国王が変わって、小さな小競り合いもなくなったからな」
渓谷や森の説明をしてくれいるのはエマの兄であり、辺境伯の次男のビート様だ。
金髪碧眼で、どことなくエマに顔つきが似ていなくもない。
まあ、男前ってこと。
ちなみにエマには3人の兄がいて、彼女は末っ子長女なのだ。
ゆえに、物凄く親兄弟から溺愛されていた。
にもかかわらず、王都に1人で暮らしての学校生活に彼女の家族は常に心を痛めていたらしい。
まあ、エマ曰く父親や兄たちの干渉がうざくて、王都の学校を選んだとのことだったが。
そしてトリスタ領は、ベニス男爵領のすぐ傍でもあったりする。
あとでちょっとだけ、パドラの様子でも見に行こうかな?
隣国クエール王国を納めているのがクロウニさんだから、もう戦争やもめ事は起こらないんじゃないかな?
「それで、今後の予定はもう決まっているのかな?」
「えっと、とりあえずソフィアたちと一緒に、ミリーザの湖でキャンプでもしようかなと」
「ダメだ!」
「えっ?」
「あそこには、獰猛なスライムやトータスディアーが出るから危険だ」
エマの言葉に即座に待ったをかけるビート様。
スライムはともかくトータスディアーって魔物でもなんでもない、普通の野生の鹿だよね?
まあ、野生動物だから安全ってわけじゃないけど。
まず、普通の鹿は人には近寄ってこないと思う。
「お兄様は心配しすぎです! マルコが居るから、大丈夫ですよ」
おお、エマが敬語を使っている。
新鮮だ。
「なぜ、さっきからそんなに余所余所しい態度なのだ? 普段通りに、もっと砕けた感じで話してもいいのだぞ?」
違った。
「友達の前ですよ?」
ちょっとだけ、エマの声のトーンが下がっているが、ビート様はそんなことおかまいなしに昔はにーにと呼んでくれてとっても可愛いかっただの、敬語なんか使ったことなかっただのエマにとってあまり僕らに聞かれたくない話をし始める。
流石に慌てたエマがビート様の口を塞いでいたけど、それすらも嬉しいらしくニマニマといつものエマらしくなったなんてのたまってるもんだから僕たちもどう反応すればいいのか、困ってしまった。
***
「まったく、お兄様はもう!」
その後も何かとついて来ようとしたビート様を撒いて、街へと繰り出した。
トリスタの街はベルモントよりも大きく栄えている。
「ここが、この街で一番大きな商店よ」
そう言ってエマが案内してくれた建物の看板を見て、ため息が漏れる。
よく知ってる商店の看板だった。
マホッド商会。
店主はロナウド。
そうベニス領でかなりあくどい商売をして、マサキが強制服従状態で配下に加えた人のお店だ。
まあ、いまとなってはベニス領ではなくてはならない商店になっているが。
善心的な商売だけでなく、仕事の斡旋まで含めて。
まあ、結果として周辺の領地での評判もウナギ上りで、以前よりも手広く商圏を広げているとか。
薄利多売を地でいって、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しているマホッド商会。
もちろん、殴り込みをかけたことのある僕の顔も知っているわけで……
「これはこれは、マルコ様!」
「いや、なんで居るの?」
本店はベニス領のはずなのに、なぜかトリスタ領の支店で出迎えてくれる商会長。
「この人誰?」
いきなり声をかけてきた小太りの男性を見て、ジョシュアが首を傾げている。
「私はマホッド商会の会長をしております、ロナウドと申します。マルコ様のご友人の方々もどうかごひいきに」
菩薩もかくやという笑顔で、一人一人に挨拶をするロナウドに、思わずジトっとした目を向けてしまいそうになるのを必死でこらえる。
それもそうか。
すぐ隣の領地に本店があるんだから、ここに商売の手を広げるのも当然だよね。
「私……ここの領主の娘なんだけど」
「これは大変失礼を致しました。マルコ様には返しきれない御恩がございますので、その姿を拝見できつい気持ちが逸ってしまったようです」
エマが少し膨れている。
「そこは、マルコの人脈の広さに感心しようよ」
ソフィアがエマをなだめているが、あまり効果はないようだ、
エマが僕をキッと睨んでいる。
確かにベルモントにはない、それどころか王都でも一桁に届かないような立派な店構えをしている。
おそらく、この街でも自慢のお店だったのだろう。
ここに連れてきておけば、間違いないといった定番のお店なのだろう。
店舗は2階建てになっているが、とにかくフロアが広い。
商品が山積みにされていて、それでいて鮮度も悪くなさそう。
1階のフロアは4つの区画に分かれていて、食料品、飲食ブース、雑貨、そして家具が並べられている。
2階には被服関係から、武器、防具、そしてアクセサリーなど身を飾るものと、あとは骨董や書籍などの高額商品が並べられているとか。
なんていうか……スーパーというか、モールというか。
とにかく、この世界では珍しいショッピングセンターだ。
「マルコ様がいらっしゃったのです。私は色々と準備がありますので、スタッフを3人ほどお付けしましょう」
案内係と荷物持ちのつもりらしい。
いやいや、いまエマが領主の娘だってポロっと漏らしたよね?
それでもなお僕に話しかけるのはどうかと思うよ?
ちょっと眉を寄せて、軽くロナウドを睨む。
「分かっておりますとも! 私もマルコ様をもてなす準備が出来ましたらご一緒させていただきますぞ!」
そうじゃない!
エマに気を遣えって言ってるの。
相変わらずこういった方面の、こっちの言いたいことを読み取る能力はあげてくれないのが善神の関与した従属システム。
うーん、惜しい!
いや、全然惜しくない!
「エマ様、マルコ様方はエマ様の大事なお客様でらっしゃいますから。ここの領主様のご令嬢であらせられるエマ様に恥をかかせないよう、完璧な買い物を演出させていただきます!」
仕方ないから、直接精神に語り掛けた。
もっと、エマを立てろと。
「なるほど、言われてみればそうね。私はホストで彼らはゲストですから、貴方が彼らに気を遣うのはごもっともなことね」
この苦しい言い訳に、エマはあっさりと納得してくれた。
単純で良かったと思う反面、ロナウドに対して不安しかない。
買い物を演出ってどういうことだ?
「まずは、全品9割引きで買えるゴールドカードをさっそく作らせていただきます」
おいっ!
もはや、それは商売人としてどうなんだ。
『この店内のものは全て、マルコ様とマサキ様のものですから逆にお金を頂くのが心苦しいくらいです』
念話でそんなことを言われても、僕も困る。
「素晴らしいわ!」
素晴らしくない!
ようやく僕たちを招待できて嬉しいのか分からないけど、ちょっとエマが馬鹿になってる気がする。
「俺たちは一応全員、国民の中では金持ちの部類に入ると思うからさ。それならエマが帰ってきたってことでセールでもしたらどうかな? もちろん、俺たちは定価で買うよ。少しは貢献しないとな」
僕が困っている様子を見かねたのか、ベントレーがうまい具合に断れそうな方向に話を持って行ってくれる。
流石ベントレー。
どの配下よりも空気と気持ちを読んでくれる、最高の友人だ。
「素晴らしい! 流石マルコ様のご友人! 私感激いたしました! 今から、エマ様がいらっしゃる時間に限り全品2割引きのタイムセールとスタッフ全員に告知させます! そして、皆様方はもう好きなものを好きなだけ持って行ってください!」
さらに悪化した。
ベントレーの殊勝な言葉に、ロナウドが感激して、もはやお店としての体裁すらつくろわなくなってる。
これはまずい。
いくらマサキの命令で善人になって死ぬまで善行積むマンになったとしても、これは善なる行いじゃなくてただの依怙贔屓でしかない。
「流石にただでとなると、申し訳なくて何もいただけないですね」
「僕も9割引きのときは、ちょっと引いたけどラッキーと思いましたが……ただは、ドン引きです」
ソフィアとジョシュアも首を振っている。
そもそも、いまいるメンバーは誰もお金に困っていない。
僕以外。
たぶん……
一応今回の旅行に先立ってお小遣いは貰っているし、そのお小遣いも平民の方には申し訳ないが普通に数カ月暮らせるレベルだとは思う。
けど、彼らは真正の貴族科の子達だからね。
さらに上をいってるはずだ。
「あなたの気持ちは確かに受け取ったわ! でもかえってみんなが気を遣うから、私たちも2割引きでってことにしましょう!」
「それでは私の気持ちが「良いから! 2割引き凄いから! 金貨100枚の買い物だったら20枚も値引きしてくれるんでしょ? もう、物凄い値引きだよこれ!」
埒が明かないので強引に2割引きで話をまとめる。
はあ……まだ店の入り口なのに、すでにどっと疲れた。





