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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編

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第224話:ベントレーと土蜘蛛

「またか……そろそろかのう」

「そうですね」


 俺は肩で息をしながら、手に持った木剣をじっと見つめる。

 刃の半ばほどで砕けたそれは、先が尖って鋭利な状態になっている。

 じじいとの訓練で折れたのはこれで5本目だ。

 まだまだ危険だという理由で刃を潰した鉄の剣での訓練は止められているが。

 おばあさまに。

 危険だというのは、じじいが手加減を間違えたらという理由だ。

 俺が子供だからという理由ではない。


 流石にノーフェイスとの実力差を如何埋めるか考えたときに、この人外との訓練に俺も乗り出すしかないと考えてのことだ。

 とはいえマルコの実力の底上げも必要なので、適度に交代しつつ行っている。

 一度意識を統合して訓練を行ってみたが、離れていた時間が長すぎた。

 無意識下で行動の乖離が行い、完全に動きが停止してしまうことが度々出てしまったのでこういった形になった。

 マルコの成長に伴い彼の人格もはっきりとしたものになった。

 すなわち、マサキとしての意識で完全に主導権を抑え込むのが難しい。

 逆にずっと統合していれば、これは無くなるだろうが。

 その場合マサキとマルコを合わせた完全な別の人格になるかもしれない。

 それはそれで、楽しみだが。

 いや俺が自重して前世の人格を抑え込めば、今でもそれは可能だろう。

 試すのに丁度いい機会がない……という言い訳。 

 ここまでくると、少しびびってるところがある。


 まあ身体も成長して肉体的な面での地力も上がった結果、木剣が俺とじじいの訓練に耐えられないのだ。

 まだ11歳なのに。

 ベルモントの遺伝子おそるべしだ。


 訓練を終えて汗を流すと、俺は早々に管理者の空間に避難だ。 

 学校はマルコの担当だからな。


 初等科も残すところあとわずか。

 とはいえ、高等科に進級したところで周囲の顔ぶれが変わるわけでもない。


 管理者の空間ではクコとマコが相変わらずクロウニの指導の下、メキメキと成長している。

 この国には獣人の貴族なんてのはいないから、残念なことにマルコが通っている学校に通わせるわけにはいかない。

 この問題がなければ、下の学校に行かせても良いかなと少し思ったり……

 いやクロウニのせいで、同学年の子供と混ざったところで学力も戦闘力も頭一つ以上突き抜けているし。

 あまり良いことにはならなさそうだ。


「主……」


 授業を終えたクコとマコが楽しそうに外に向かうのを目を細めて見ていたら、背後から声を掛けられる。

 振り返ると、そこには少し困った様子のカブトが。

 見ると、痛々しい傷跡がいくつか見られる。

 

「ああ、随分と酷いな……治療か?」

「いえ、その主の方から声を掛けてあげてはいかがですか?」

「うーん……」


 カブトに傷をつけたのは土蜘蛛だ。

 普段はラダマンティスとカブトばかりが手合わせをしているのだが、最近は土蜘蛛も積極的に参加している。

 その土蜘蛛は真新しい傷が多くあるというのに、ラダマンティスに手合わせをせがんでいて、彼が困った様子で治療を進めていた。


 ドラゴンタワーでのスタンピード。

 そこで土蜘蛛は数々のミスを犯した。

 重要な情報を握っていそうなバジリスクに執着し、捕まえることに固執した結果なんの成果も得られなかった。

 いや、厳密にいうと背後にいたノーフェイスを引きずりだしたことは、俺は手柄だと思うのだが。

 それを言ったが、座った目でじっと見つめられただけだ。

 自分をかなり追い込んでいる。


 ノーフェイスに迂闊に攻撃を仕掛けて、俺が怪我をしてしまったからな。

 あれは失敗だった。

 俺も即時に転移して躱すか、傷を治すと同時に服を吸収と召喚で着替えておくべきだった。

 肩を手刀で斬られたのだが、触れた瞬間に回復を行ったから問題は無かった。

 ただ服にまでは気が回らずに、服についた血からかなり深く傷つけられたことが、土蜘蛛にバレた。

 うん、俺の実力不足なんだがな。

 避けられなかった俺が悪いんだが……


 いやこれは俺だから言えることだ。

 俺の配下である土蜘蛛からすれば、彼女が原因でかすり傷一つ負うことは俺には許されないのだ。

 実際に彼女が功を焦ってノーフェイスに攻撃を仕掛けた結果、俺が怪我したというのは事実だし。

 頭が痛い。


 何を言っても、土蜘蛛の心には響いていない。

 トトも鬼気迫る土蜘蛛に怯えて近づかない。

 

 それに土蜘蛛が戦闘面での強化にこだわりだして、この空間で色々と不都合が起き始めている。

 まず食事の負担がトトに全部いってしまった。

 そしてトトの料理は……土蜘蛛に追いついていない。

 言いにくいけど飯のグレードが少し落ちた。

 いやいや……本気で凹んでいる土蜘蛛に対して、食事の心配とか不満とか。

 それは主として置いとかないといけない問題だな。


 あとは……子供達が夜更かししたり。

 あまり遅くまで起きていると、今までは土蜘蛛が注意して寝かしつけをしていたのだが。

 この空間内だと寝なくても問題がないことで、土蜘蛛は夜も自主訓練を行っている。

 

「割とデリケートな問題だからなー」

「迂闊なことをいうと……」


 カブトの視線の先には頭を地面に埋められ身体を糸でグルグル巻きにされて、足だけ自由に動かせるマハトールの姿が。

 

「いやあ、土蜘蛛姐さんでもやらかすことあるんですねぇ? いやいや、たまにはそういったこともありますって……まあ、私は結構頑張ったんですけどね」


 なんて言いながら土蜘蛛の胴体をバシバシと叩いて元気づけようとしたマハトール……

 3秒後にはあの状態だった。

 そしてあの状態になってすでに4日目だ。

 あれでも死なないあいつは凄いと思うが。

 流石に1時間くらいして可哀想に思って、助けようとしたんだけどな……

 あれを助けようとすると、土蜘蛛がジッと見てくるのだ。


 うん……いや、まあマハトールの態度もどうかと思うが。

 てか頭が地面の中だから、反省しても言葉で表せないし。

 そろそろ……まだ?

 土蜘蛛が納得のいく実力をつけたら?

 うん……いや、それいつの話?


 そんな土蜘蛛の暴走だったが、唐突に終わりを見せる。

 ベントレーのお陰で。


 彼自身数年前に自分の力を過信した結果、エマの護衛のアリーに怪我をさせソフィアを危険に晒した過去があった。

 そのことは土蜘蛛も知っている。

 それにベントレーをフォローしたのは、土蜘蛛自身だ。

 美味しい手料理と暖かい言葉で。

 

 子供は失敗を繰り返して成長するものだとも。

 土蜘蛛は大きいし成体という意味では大人だが、実際の年齢でいったらマルコと大差ない。

 マルコが捕獲したときで生後数年といったところだったろう。

 別にどこぞの妖怪みたいに、齢数百というわけではないのだ。 

 前世込みでいったら、俺の方がだいぶ年上だ。


「土蜘蛛さんだけじゃなく、皆さんマサキさんやマルコを必死で守ろうとしてるけど……マサキさんからしたら、皆家族だって言ってましたよ?」

「いえ、私は僕でマサキ様は主です」

「でもマサキさんから見たら皆子供なんだって。だから皆を守るためなら身体だってはるし、自分のために傷を負って欲しくないって」

「だから私は自分もマサキ様も傷を負わせないように、強くならないといけないのです!」

「そのために、マサキさんの心が痛みを感じても?」


 ベントレーの言葉に土蜘蛛が首を傾げる。


「土蜘蛛さんが訓練で傷を負うのを見てるマサキさん……凄く辛そうですよ? まるで心が傷を負ってるみたい」

 

 そこまで言われてはっとした表情でこっちを見る土蜘蛛。

 それに対して俺は、どうにか苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「貴女が頑張れば頑張るほど、マサキさんも自分を責めてるんじゃないかな? 彼が怪我をしたばかりに土蜘蛛さんにいらない責任を科したと。普段のマサキさんなら、多少のことなら無傷でどうにか出来そうじゃないですか?」

「それは……」

「聞けば貴女に危険が迫ったからなりふり構わずに……いや焦って助けに入って怪我をした」

「私が迂闊なことをしたから……」

「そしてその結果、いまは自分の身体を痛めつけて訓練してると。折角マサキさんが土蜘蛛さんが怪我をしないように庇ったのに、自分でその身体を傷つけるのって部下としてどうなのかな?」


 ベントレーの言葉に、土蜘蛛の顔が悲壮感を帯びてくる。

 

「まあ俺は男だからな、か弱いレディーの土蜘蛛に何かあったら助けに行くのは当然だろ」


 仕方ないので俺も助け舟を出す。

 いや、まあベントレーに助け舟を出された側だが。

 そして俺の言葉を受けた土蜘蛛が、プッと噴き出した。


「私を女の子として扱ってくれるなんて、マサキ様は変わってますね」

「まあ小さい時からの付き合いだ。お前を失うくらいなら、いくらでも身体を張って守ってやるよ」

「そうですか……」


 俺の言葉を噛みしめるように、そうですか……と何度も呟く土蜘蛛。


「僕も土蜘蛛さんの為なら、どこにだって助けに行きますよ」

「良かったな、モテモテだな」

「ふふ……そうですね。マサキ様からしたら私は女の子ですか。ベントレーも」

「そうだよ。まあ私の場合はお姉さんって感じですが」

「お姉さん……だったら、あまり情けない姿は見せられませんね」


 ようやく土蜘蛛の顔から険が取れた。

 木の陰でジョウオウがグヌヌといった様子で羨ましそうにこっちを見ているが。

 まあ、今の状況で突撃してこないだけ、マシか。

 ジョウオウも俺が傷ついたときは土蜘蛛に怒りを抱いていたが、その後の彼女の自分を痛めつけるような訓練に心配していたからな。

 今は譲ってやろうって感じかな?


「女性が料理をすべきだとは言わないが、そろそろ土蜘蛛の料理が恋しいのだが」

「はい! それは私の仕事ですね」

「そうだ、何も戦うことだけが土蜘蛛の仕事じゃない。土蜘蛛はカブトやラダマンティスに出来ないことが沢山出来るんだ。それに……やっぱり女性は闘いよりそっちの方が得意な方が良いよ」


 あっ、地雷だこれ。

 料理は蜂蜜作りしかできないジョウオウ……あれは部下にやらせてるんだった。

 彼女は浪費するだけだ。

 グヌヌからオヨヨになったジョウオウがどこかに飛んで行ったのを、土蜘蛛が笑顔で見送っていた。

 完全とは言わないけど、少しは元に戻ったかな?

 ベントレーに大きな借りが出来てしまったが、まあ良いか。


「ほらっ、早く早く!」


 そこにマルコがマハトールを連れてやってきた。

 一生懸命スコップでマハトールの頭を地面から掘り出していたらしい。

 なんか顔に傷が何か所かついてるし、スコップに血がついてるけど……

 

「調子乗って申し訳ありません。受け持った場所が反対だったら、間違いなく私が消滅していたことに思い至りました。土蜘蛛様だったからマサキ様もあの程度の怪我で済んだのですし、結果あのあれ?」

「ノーフェイスな」

「あっ、ノーフェイスがマサキ様を害さずに撤退したきっかけになったわけですから、土蜘蛛様の行動は結果として良かったと本心から思います」

「まあ、お前だったら助けなかったけどな」

「酷い……」

「なんか、もうどうやってもお前って消滅しそうにないし」


 心底反省した様子のマハトールを最初は睨んでいた土蜘蛛だったが、俺とマハトールのやり取りを見てまた笑った。


「土蜘蛛が元気になった! 有難うベントレー!」


 ちなみにベントレーに任せてみようと言い出したのはマルコだ。

 最近の土蜘蛛のことをベントレーに話したら、彼が物凄く心配していたらしい。

 だから会わせてあげたいと。


 皆が土蜘蛛を心配している。

 彼女が笑ったことで、クコやマコ、トトも小走りに近寄ってくる。

 それどころかマザーの子供達も。


「私は幸せ者ですね」

 

 子供達に抱き着かれて、土蜘蛛の目から光る何かが落ちた。

 蜘蛛も泣くのかと思ったが、それを口にしたらどうなるか分かりきっているので素直に頷いておいた。

 


 


 

 

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