第223話:騒動を終えて
「なるほど、首魁含めて今回の騒動を手引きしたらしいものは全て逃したと」
「面目次第もありません」
ドラゴンタワーの冒険者ギルドの応接室で、ギルドマスターのミシガンの前でジャッカスが頭を下げている。
それに対してミシガンが渋面を作っているが、俺の視線に気付いて慌てて手を振る。
「いや、別におぬしのことを責めているわけではない。今回のスタンピードが人為的なものであったということ、そしてそこにこのギルドの冒険者が加担していることで頭が痛いなと思っただけだ。とはいえ、エクレールは魔族だったようだが……」
俺はそんな2人のやりとりを横目に、女性の職員の人が出してくれたオレンジジュースで喉を潤す。
「まあ、それはさておきスタンピードによる被害は最小限に食い止められたのだから、そのことを考えれば感謝しかない」
実際にジャッカス含め、マハトール、クロウニ、リザベルの八面六臂の活躍は目を見張るものがあった。
ジャッカス以外は人知れず姿を……マハトールは受け持ちの同じ場所を担当した冒険者と一緒に先に報告に来てたらしいがそれ以外は姿を晦ましていた。
途中で回収済みだ……マハトール以外。
あの目立ちたがり屋の欲しがりやには、少しだけ良い目を見させておいてやろう。
あいつの今回の活躍の報酬にはもってこいだろう。
「今回のことに魔族が絡んでいるとなれば、ドラゴンタワーの方でも何かあるのか? 呼応して出てきてこの街を支配下におくものかと思ったが」
「それは無いと思うよ? ドラゴンタワー絡みの陽動というよりも、ドラゴンタワーとこの街の住人との衝突を、いや魔族と人との間に火種を撒くのが目的だったんじゃないかな?」
喉を潤し終えた俺がマハトールについて考えるのをやめると、子供らしく足を前に投げ出して背伸びしながらミシガンに声を掛ける。
子供の身体からすると、少しばかりソファが高いのだ。
「というと?」
「計画したのは魔族どころか、人かどうかも怪しい奴だからね」
「知ってる奴なのか?」
「うーん、知らない」
俺の答えに、ミシガンが思わず前のめりになる。
反応がコミカルだ。
ノーフェイスの目的が一部だが分かった。
あいつは魔族と人を争わせて、この世界に混乱をもたらしたいのだ。
いや、もしかしたら世界の滅亡を望んでいるかもしれない。
目的が分かっても意図するところは分からないが。
邪神様と善神様に対してあまりよくない感情を抱いているのだろうが。
その理由が分からない。
肝心のお二方も、はっきりとは教えてくれないし。
まあ、まだその時じゃないということだろう。
……ある程度の予測は出来るが。
「それにしてもだ……まさか、この街の冒険者ではないものがそれぞれの外壁を守り切るとはな。恥ずかしい限りだ」
「いえ、そのためにここに来たのですから」
「なんの慰めにもなっておらん。うちのものが頼りないと思われているに他ならないではないか」
別にジャッカスに対してよくぞ守ってくれたと言ってるわけではない。
自分の街の冒険者だけではとても対処できなかったことを、ギルドマスターとして嘆いての発言だろう。
ジャッカスの謙遜の仕方は少し違うと思ったし、なんの慰めにもなってない。
たぶんどうでもいいと思って、適当に返事をしたのだろう。
街の中の被害もなければ、外壁が壊されたわけでもない。
復興にかかるお金も必要ないだろうから、貰える報酬は遠慮なく頂いておいた。
他の3人の分含めて。
他の3人は俺が個人的に雇っている者だとは伝えてある。
一緒に戦った冒険者や兵士からも、それとなく伝わってたみたいだし。
ちなみに世界各地で散発的に起こった今回のスタンピード騒動だが、ここ以外の場所では被害の度合いはまばらだったようだ。
シビリアディアに戻ってから色々と情報を集めたが、謎の狼が活躍した地方も少なからずあったとか。
確か全属性を付与した魔狼のオールが出張中だったっけ?
なんか色んな素材がまとめて届けられたから少しびっくりした。
ドラゴンの肝やら心臓の氷漬けとかもあったし。
あとは魔族が魔物を追い払った場所も。
ミスリルさんのところというか、黒騎士の塔のところというか。
厳密に言うと怪しい展開になりそうだと感じ取った魔王の指示で、バルログさんが秘密裏に動いていたとか。
ただ、残念ながら街に壊滅的な被害を出した場所なんかもあるから、あまり楽観視できるものでもない。
今後の動きが全く読めない。
ただ一つ言えるのは、この騒動の中で魔族の目撃例が多くあったことか。
それによって、今回の魔物の騒動の陰に魔族がいるのではという意見が多くあがっている。
頭が痛い。
魔王も同じ思いだろう。
本当に、ノーフェイスのやつろくなことをしないな。
今度、ゆっくり魔王のところで話をしよう。
その前にドラゴンタワーによって帰ろう。
「エクレールは俺と同胞だ……魔族なんかじゃない」
「お前が逆に魔族なんじゃないのか?」
そんなことを考えながらギルマスの部屋をあとにして下のロビーに降りると、なにやら一人の冒険者が騒いでいた。
それに対する周囲の視線は冷ややかなものだ。
「あいつとは幼馴染なんだ。もしあいつが魔族だったりしたら、俺の居た村なんか簡単につぶされちゃうし」
どうやらエクレールとパーティを組んでいた男性らしい。
あいつと一緒だったというだけで、白い目で見られるのは仕方ないことだろう。
大方、こそこそと陰口をたたかれて我慢できなくなったって感じか?
「へえ、あの魔族のこと小さい時から知ってたんだ」
「だから、あいつは魔族なんかじゃ……」
ロビーに入ると同時に少し大きな声で話しかけながら近づいていくと、騒いでいた男がこっちを睨みつけて徐々に言葉がしりすぼみになっていく。
そりゃそうだろう。
さんざん絡んできた相手だもんな。
エクレールが。
俺があいつに対して好意的じゃないことは、火を見るよりも明らかだ。
実際は興味すら湧かなかったけど。
「あんたはジャッカスさんの」
冒険者の一人が俺を見て、ぼそっと呟いていたが敢えて無視して騒ぎの中心までいく。
「まあ、あんたの言うことを信じるよ」
「えっ? なんで」
それからエクレールと同じパーティだった男に声を掛ける。
俺が擁護に回ったことで、男が困惑した表情を浮かべている。
「だって……魔族にしては弱すぎるからさ」
男の疑問に答えるように、鼻で笑う。
一応この街だけでも、ある程度の誤解が解けるように種をまいておこう。
「実際に魔族と対峙したことがある人なら分かるだろうが……あんなチンピラみたいな魔族って、そんなにいないからね? 全くいないとは言わないけど、人格としては普通の人となんら変わらない人が多いし」
俺の言葉に対して、誰も同意してくれない。
そうだよね。
魔族に会ったことある人なんて、そうそう居るもんじゃないもんね。
「そのあんたのいう少ないチンピラみたいな魔族だから、こんなことを起こしたんじゃないのか?」
「何のために?」
「え? 街を破壊するためとか……?」
俺の言葉に疑念を抱いたであろう冒険者の質問に、質問で返す。
「だったら、外に注意を引き付けてる間に、街の中で暴れるんじゃないかな? 戦える人はみんな外に出てるんだから、うちから魔法を乱射すればかなりの破壊工作が出来たと思うんだけど」
「いや、まあ……」
「マサキ様、そろそろ」
今回の騒動を起こした目的がうやむやになったところで、ジャッカスが従者としての態度で俺にギルドを出るように促す。
仲間としてここに来ていたが、俺を敬うようなジャッカスの態度に周囲が少しざわつく。
まあ勘のいい奴なら、俺の素性に行き当たる奴もいるかもしれないが。
それよりも俺がジャッカスよりも立場が上ということを大々的に示すことで、多少は言葉に重みを持たせようと思ってのことだ。
そして再度先ほどの言葉を繰り返す。
「どちらにせよ、エクレールが魔族ってのは少し考えられないかな……だってあいつ、弱すぎるでしょ? あんなレッサーデーモン以下の成人した魔族なんか聞いたことないし」
「あれはマハトさんが!」
「マハト、来い」
「はっ」
マハトールがエクレールを圧倒していたのを見ていた他の冒険者が、俺の意見に異を唱えようとした瞬間に観衆の陰で小さくなっていたマハトールに声を掛ける。
ばつが悪そうな顔で冒険者たちをかき分けて、へこへこと頭を下げながらこっちに近づいてくる。
それからばつの悪そうな顔をして慌てた様子で俺の後ろに付き従うマハトールを見て、再度周囲からざわめきが起こる。
「こいつ程度に圧倒される時点で、雑魚だろ?」
俺の意見に同意してくれる人は誰も居なかった。
ちょっと調子に乗りすぎてたとこあるもんな。
マハトールが。
それ以前にベルモントの冒険者と比べても、ここの冒険者たちの質が低いってのもあるが。
ただ、外の世界を知らない連中ばかりなのだろう。
マハトがまるで武術の老子のような、まるで最強の武闘家みたいな扱いだったし。
「あっ、私の師匠で主のマサキ様がおっしゃられるなら、そうだと思います」
マハトールに念話で言わせたセリフを聞いた周囲が静まり返る。
うん俺もマハトールのこと言えなかったわ。
大概の目立ちたがり屋だな。
いや、魔族と無関係であると思わせるためだ。
別にマハトールごときがちやほやされて、イラっとしたからじゃない。
ましてやその上の存在をアピールして、皆から羨望の眼差しを受けようと思った訳じゃない。
いや疑惑の視線しか集まらなかったけど。
まあ良いや。
ちょっと恥ずかしくなったので、とりあえずいそいそと冒険者ギルドを後にしてしばらく行ったところで転移で管理者の空間に戻った。
うん……ドラゴンタワーには、また日を改めて向かおう。





