第220話:エクレール
「俺を元の姿にもどしやがれ」
「何を言ってるんだか」
エクレールが手に持った剣で俺に斬りかかってくるが、身体の変化に伴って色々と身体能力が上がっているようだ。
惜しむらくは肝心のエクレール自身が、その変化に適応できていないことだろう。
軽く半身を逸らしただけで、奴の剣は空を斬りあげく体勢を崩して前につんのめっている。
「くそっ、避けるな! 斬れねーじゃねーか」
「いや、意味が分からない」
斬られるから避けているのに。
というか受けるまでもないというか。
それ以前に。
「てかさ、俺を殺したら元に戻れないんじゃないの?」
「はあ? お前を殺したら戻れるんじゃないのか?」
何やら意識が混濁している模様。
言ってることが支離滅裂だ。
「そもそも、その剣が原因だと思うんだけど。その剣はどうしたのかな?」
「剣? 剣ってなんだ? ああ? なんでおれ、こんな剣持ってるんだ?」
「いや、僕に聞かれても知らないよ」
記憶まであやふやになってきている。
うん……間違いなく、あいつが居るよな。
あれ、憶えておくの大変なんだよね。
定期的に虫達にメモの内容を伝達してもらって、思い出してるけど。
「だあ、くそがっ! おらっ!」
「何を……なっ!」
エクレールを適当にあしらいながらも、ノーフェイスがどこにいるか探す。
いつまでたっても当てることが出来ない状況に、やけになったエクレールがいきなり剣を上空に向かって投げつける。
突拍子の無い行動だが、何かしらの意味があるのかと思って様子見をしていたが。
なんと剣は意思をもったかのように空中を移動し、一匹の大鷲の魔物に襲い掛かるとそのまま仕留めてエクレールの手元まで戻ってきた。
そして……
「ぐぅ……ぐあががががが! ぐがあああああああ!」
エクレールが苦しそうな声をあげはじめると同時に、背中がモコモコと膨れ上がる。
流石に相手の変身強化を待って後悔するどこぞの戦闘民族のような思考はもっていない。
変身途中であろうが容赦なく管理者の空間から槍を呼び寄せて、浴びせかける。
「っと、無粋なことをしないでくれるかい?」
しかしその槍は何もないところから身体を半分だけ出した男の手によって、叩き落された。
まさかの転移魔法を使える人? ではなさそうだ。
ああ、転移魔法云々じゃなくて、人かどうかという点でね。
爬虫類のような目に、長い舌を持っているから人じゃなさそうだと思っただけ。
もしかしたらエクレールと同類かもしれない。
「ふぅぅぅ、クソガキが! 背中がいてぇ」
「いや、だからさっきから、俺と関係ないことばかりでキレられても」
「あっ? お前誰だ?」
「聞けよ!」
俺を睨みつけていたエクレールが、蛇男を視界にとらえて首を傾げている。
というか背中痛いのって俺と関係ないし。
立派な翼が生えていて、完全に人をやめてしまったエクレールはすでに俺に対する興味を失ったようだ。
「美味そうだな」
そして蛇男に対して、にやりと笑みを浮かべる。
それもそうか。
蛇だもんね。
大鷲からすれば餌っぽいもんね。
「はあ、躾をするところからですか……まあ、いいでしょう。あとは好きになさい」
「あっ、待てこらっ!」
エクレールに対して蛇男はため息を吐くと、来た時と同じように身体を半分ずつ消してどこかに行ってしまった。
もしかして、この近くに居るんじゃ。
とりあえず、虫達に捜索をお願いする。
それよりもエクレール……
うそ……だろ?
「あっちに美味そうな匂いがいっぱいするなぁ。腹も減ったし……ちょっと、食事にでも」
そう言って、目の前から飛び立ってしまった。
あれか?
鳥になったから、鳥頭になったのか?
3歩歩いたら忘れるスキルでも身に着けたか?
『ちょっと面倒なやつがそっちに行ったから、足止めしといてくれる?』
仕方ないのでジャッカス達に念話で指示を飛ばすと、転移で街の外壁付近に移動する。
蛇男と、ノーフェイスを探すのが先決だと考えたからだ。
それに、先回りしたわけだから、エクレールはいくらでも対応できるだろうし。
「なんでこっちに」
「珍しいな。他の人間と違って、お前匂いがしないなぁ……まずそうだ」
「いきなり、酷い!」
どうやらエクレールはマハトールのところに行ったらしい。
だったら、しばらく放っておいても大丈夫か。
「とりあえずお前以外は美味そうだ。おっ、これもご馳走だな」
てっきり人に襲い掛かるかと思ったら、下に落ちていた爬虫類系の魔物の死体に喰らいついていた。
かなり情緒不安定のようだ。
「あぁ……思い出した。そういや俺って魔族だったんだっけ」
「「!」」
それから首をコキコキと鳴らすと、爆弾を落とす。
いや、前会ったときどう見ても人間だったけど。
確実にノーフェイスに都合のいい記憶を植え付けられている。
「魔族!」
「まさか、ドラゴンタワーから……」
「あいつの顔どこかで……」
周囲の冒険者や兵士が一気に臨戦態勢に入ったのをみて、エクレールは首を傾げる。
そして人が固まっている方向に向けて、思いっきり口を大きく開く。
まさか、ブレスまで使えるのか?
流石に……
「マハトール! 壁になれ!」
「はいっ! えっ? いや、はいぃっ!」
俺の指示にマハトールは即答して人々の前に移動して両手を広げ、びっくりした顔で俺の居る方向に顔を向けてきた。
いや、いま空飛んでいるんだからこっち見んなし。
飛んでるとこ他の人に見られたら、騒ぎになるだろ。
当の本人は足首を蟻に噛まれて、慌ててエクレールに向き直っていたが。
「げふぅ……」
そしてエクレールの口から洩れたのはブレスではなく、げっぷだった。
「なになに? ブレスでも吐くと思った? ビビった? 焦った?」
「うわぁ……あいつ、ムカつく」
「なんか、腹立つ顔してる」
「あれ、あいつじゃね? なんか態度悪かったやついたじゃん。ギルドに」
身を挺して人々を守ろうとしたマハトールや、ブレスが来ると考えて身構えた冒険者や兵士を思いっきり馬鹿にした様子のエクレールに周囲の人々が怒気を放って睨みつける。
「いやあ、まさかげっぷをブレスと勘違いするなんてねぇ……ブレスってのはこういうのを言うんだよ!」
がそれも束の間、すぐにエクレールが風のブレスを放ってきたので人々が慌てた様子で逃げ惑る。
しかしそのブレスは城壁はおろか、人にすら届くことは無かった。
「臭い息ですか? あー、確かに酷い臭いですね」
「なあ? なんで吹き飛ばねーんだ? というか、なんで一人で防げてんだ?」
本来なら小規模の竜巻が水平に飛んでくるタイプのブレスだったが、マハトールが人差し指に闇の魔力を集めて全てを吸い込んでいた。
なんか人差し指の皮が凄い渦巻いてるけど大丈夫か?
(すっごく……痛いです)
だろうな。
念話でそんな報告を受けたが、表情は崩れない。
それもそうだ。
マハトールの顔にはスライムが張り付いているから、マハトールがたとえ両手両足もがれようとも表情を変えないことも、涼やかな笑みを浮かべることも簡単に出来るだろうし。
一生懸命親指で人差し指の皮を巻いている方と逆回転に回すようにもんでいる。
ただ他の人間に対しては、指についたゴミを親指で払ってるように見えているだろう。
なんせ、マハトールは周囲にそう見えるように首を傾けて余裕な感じで、エクレールを見ているし。
一瞬スライムに、苦悶の表情を浮かべろって言いたくなったけど。
せっかくだから、このまま演技を続けてもらって情報を引き出してもらおう。
「ちっ、もう一発「撃たせると思いますか?」
再度口を開いたエクレールに対して、マハトールは一気に距離を詰めるとその口に拳をねじ込む。
「本気で血なまぐさいから、その口を少し閉じててもらえますかね?」
そして膝を顎に思いっきりぶち込んで、蹴り上げる。
歯が何本か折れて吹き飛んでいるのが見える。
うんうん……エクレール弱いな。
(そこは、私が強くなったとほめてもらえませんか?)
いちいち、マハトールがうるさい。





