第219話:カブト対火竜
カブトは上空高くに舞い上がると、一体の巨大な魔物に狙いをつける。
赤い鱗に身を覆われた竜。
太い足と尾をもつそれは、カブトに視線を向けると口を大きく開く。
「【王の盾】」
そして巨大な火球がカブトに向けて放たれた。
それは周囲に陽炎を産みながら、轟音をあげてカブトに迫り……金色に輝く半透明の盾にぶつかり消滅した。
予想外だったのか、火竜はブフゥと黒煙の混じった息を軽く吐くと眼をかっと見開きカブトを睨みつける。
しかし火竜の睨みつけるような眼差しは即座に驚愕のものに取って変わった。
彼が睨みつけた瞬間に目の前に鋭利な槍のようなものが迫っており、慌てた様子で翼を大きくはためかせ後方へと飛び退った。
少なくない魔物が彼の移動に巻き込まれ、吹き飛ばされたり轢き殺されたりしているが、当の本人はそれどころではなかった。
鼻先すれすれを掠めたそれは、その余波で火竜の鼻の頭を真っ二つに切り裂く。
大量の血を吐き出しながら、顔を大きくそらした火竜が激痛に悲鳴をあげる。
「竜といっても所詮は獣か。よほど自信があったのか知らぬが、必殺の一撃だろうと油断は禁物だぞ」
カブトは羽をゆっくりと羽ばたかせながら、地面に降り立つ。
火竜の前の地面には巨大な穴が空いており、カブトの【王の槍】が発動しただろうことが窺い知れる。
「グゥ……貴様、虫けらの分際で」
「蜥蜴なら蜥蜴らしく、尻尾を斬って逃げだせばいいものを」
火竜が恨みの籠った目をカブトに向けるが、すでにカブトの次の攻撃が放たれた後だった。
カブトが放ったのは土魔法。
それもアースウォールと呼ばれる本来なら防御に使われる魔法だ。
しかしカブトが使った場所は火竜の背後。
丁度、尻尾のあるあたりに薄く刃のように研ぎ澄ました土の壁を、一気に作り出したのだ。
結果、火竜の尻尾が切断され上空に打ち上げられる。
「こしゃく「喋るよりも、手を動かせ」
突然の不意打ちに文句を言おうとした火竜の翼めがけて、カブトは複数の槍を放つ。
「グォォォォォ!」
地面から不規則に生える槍は、火竜に逃げ場を与えず翼を穴だらけにするとそのまま彼の身体を拘束するかのように穂先が交差する。
息もつかせぬ連撃に、火竜の頭は混乱の極みだ。
上空に少しばかり大きな甲虫が生意気にも自分を見下していたから、イラっとして消し炭にしようと考えた程度だった。
実際は1発の火球に対して数倍の攻撃が返ってきたうえに、実際に対峙してみると相手は異常にでかかった。
なんのことはない、火竜が考えていた位置よりさらに高い場所でカブトがホバリングしていただけなのだが。
彼の中の常識の虫のサイズが、その遠近感を正確に測り損ねただけだ。
「姑息な「獣風情に正々堂々と戦う者など、おらんだろう」
火竜が言葉を発すれば、即座にカブトから攻撃が放たれる。
カブトからすれば、なぜ喋りながら行動をしないのか不思議で仕方がならない。
喋ることにそこまで意識を取られるなら、黙って掛かって来いと。
ある程度成熟した竜ともなれば、それなりの知恵を持つ生き物として認知されている。
だが、カブトにとってそんなことはどうでもいいらしい。
獣を従えて街を襲う時点でただの獣のボス程度にしか認識しておらず、現にカブトは野獣に騎士道など向けるほど奇特な性格でもない。
カブトムシが騎士道を云々いうのも、いかがなものかという話もあるが。
カブトは失望していた。
この群れのボスであれば、きっと物凄く強い魔物だろうと。
そしてそれは竜という、この群れを率いるにふさわしい種族だった。
にも関わらず目の前のそれは、攻撃も行動も稚拙でまったくもって相手になりそうにもない。
この様子だと奥の手をもっていそうだとも考えたが、敢えて出させる必要もないかと。
むしろこの劣勢に置いてもまだそれを温存する程度の愚か者なら、このまま殺してしまっても問題ないだろうと考えていた。
そして目の前の愚竜は、きっとプライドが邪魔をしてそれを使うことなく自分に敗北すると。
油断していた。
相手のこれまでの行動から、火竜を過少評価したのだ。
さすがにことここに至ってまで、自分の状況を理解しないほど竜は愚かではなかった。
だからこそ、言葉よりも先に行動に移した。
「【獄炎の息吹】!」
息をするように火を放つ竜が、スキル名を叫んでまで放った一撃。
うねりを伴った細長い黒炎は周囲の木々を一瞬で消し炭にし、周りの木を発火させながらカブトに直撃するかに見えた。
しかしそこはカブト。
相手がなんらかのスキル名を叫んだ瞬間には、【王の盾】を発動させており炎を受け止めると同時に周囲の土でその炎を包み込んで消火に当たっていた。
炎に触れた土が融解して土砂を含んだ土の一部がガラス状になっているが、さらにそれを飲み込む勢いで土を集め続ける。
炎を消すために莫大な量の土が積み上げられ……
「ガハッ!」
その土砂に隠れて上空に飛び上がったカブトは、一気に急降下して火竜の胴体に自身の角を突き刺す。
そのまま一回転し地面に着地すると同時に、火竜の身体がそれに合わせて地から離れる。
大地を6本の足でしっかりと掴んだカブトは角を高く掲げ、火竜を持ち上げる。
「【王軍進撃】」
そしてスキルを放つ。
カブトの持つなかで、最も強力なスキルの一つ。
カブトの角の周囲に【王の盾】が発動し火竜を押し上げるとともに、無数の【王の槍】が放たれる。
丸みを帯びた巨大な盾のせいで空中で身動きを取ることすらできない火竜に、次々と槍が襲い掛かりその身体を突き抜けていく。
悲鳴すらあげることも叶わずに無数の穴をあけられた火竜は、少しだけ宙を舞い地面に叩きつけられた。
「弱い……弱すぎる」
竜らしい行動をとることすらなく絶命したそれを一瞥すると、嘆かわしいとでも言わんばかりに呟くカブト。
周囲には静寂が訪れている。
周りにいたすべての魔物が、この場の最強の存在である火竜が一瞬で物言わぬ躯と化したのを見たことで、カブトという存在に恐怖したのだ。
そして本能に従順なる彼らは、頭を垂れてカブトに恭順の意を示す。
当のカブトはそんな彼らの様子を見て満足そうにうなずくと、森に帰るよう指示するように角をしゃくる。
そのカブトの指示に従って、後ろから徐々に来た道を引き返し始める魔物達。
それでも一部の魔物はカブトの群れに加わろうと、頭を下げたままその場から動こうとしない。
カブトはどうしたものかと少しばかり困ったが、まあ主の下に連れて行けばどうにかなるだろうとすぐに思考を放棄した。





