第218話:ギガントバジリスク
「カブトは張り切りすぎですね」
一瞬で竜のそばにまで飛んで行ったカブトを眺めながら、土蜘蛛が後ろを振り返ってため息を吐く。
竜とマサキの位置関係からして、竜が脅威になることはあり得ない。
それよりも、最も街に近づいているこの災害級の魔物を対処する方が先だ。
できればカブトやラダマンティスにも手伝わせたかったが。
鉄で編んだ土蜘蛛の網を簡単に引きちぎった巨大なバジリスク。
ギガントバジリスクと呼ばれる、伝説級の蜥蜴だ。
通常のバジリスク同様、威圧と石化の魔眼を持った魔物。
睨みあう2体の巨大生物。
すでに周囲を取り囲む魔物たちは、この2体の放つオーラに委縮し身動きすら取れなくなっている。
否。
多くの魔物たちがバジリスクの魔眼によって、石化すら始めている。
そして、それは土蜘蛛すら例外ではない。
パキパキと音を立てて身体が白く濁っていくのを眺め、土蜘蛛が首を傾げる。
(目線は合わせてないのですけどね。これは、マザーに詳しく聞く必要がありそうですね)
マサキ配下にもギガントバジリスクはいる。
目の前のそれよりも一回り大きな雌のバジリスクだ。
彼女と戦ったことはないが、バジリスクについては少しだけ聞かせてもらった。
その中で魔眼は視線を合わせなければ、効果はあまりないとの話だった。
完全に石化した外骨格をまるで服でも脱ぐかのように、一か所に穴をあけてそこから身体を抜け出す。
蜘蛛は脱皮をして大きくなる、
ゆえに、外骨格を石化させられたところで、簡単に脱ぎ捨てることが出来た。
(内部にまで石化が及んでないということは、視線さえ合わせなければ重篤なことにはならないみたいですね)
土蜘蛛が自身で仮説を立てる。
脱ぎ捨てた自分の身体を見て、これは石化と少し異なる現象だと思い至る。
その証拠に、外骨格の内側はいつも脱ぎ捨てているものと、大差ない。
ということは、外側に何かを吹きかける、もしくは付着させてそれが石になったのではと。
であれば、石化というよりは石牢やコーティングといったところだろう。
どちらにせよ、脅威になることはない。
「ふむ、流石我が同胞を喰った化蜘蛛だけのことはある」
急に石化させられたことよりも、目の前の蜥蜴が喋ったことに土蜘蛛が驚く。
まさか言葉を解するとは、夢にも思っていなかった。
言っていることは、少し理解に苦しむが。
「同胞? いえ、蜥蜴なんか食べないわよ」
「ふふ……言葉を解する蜘蛛か。生意気な」
土蜘蛛の言い分なと聞く耳ももっていない様子の蜥蜴は、むしろ土蜘蛛同様彼女が喋ったことに対して興味を持ったらしい。
お前が言うなと土蜘蛛は思ったが、あえて突っ込まない。
低俗な相手に合わせて、自分まで下がるのは愚かだと思ったのだろう。
「蜥蜴の魔物の中でも最上位に近い我が仲間は、さぞや美味であったろうな」
「だから、食べてないって言ってるでしょ! というか、少し黙りなさい!」
全く土蜘蛛の話を聞いてない蜥蜴に向かって、今度はより合わせてワイヤーのようにした鉄の糸を絡ませる。
「またか、先と同じ……ぬっ?」
先ほど浴びせられた網と同程度の強度をイメージしていたからか、今度は思いっきり力を入れているようだ。
「ぬう……痛い」
結果、ワイヤーが皮膚に食い込んで血が流れている。
そして、口から洩れるのは本音か。
「だったら無駄な抵抗はやめて、終わるまで大人しくしてなさい」
「ふふ……いやじゃ」
土蜘蛛がさらに拘束を強めようと追加の糸を吐き出すが、ギギギという耳障りな音と共に最初に巻き付いていたワイヤーが切断される。
どうやらバジリスクは身体を荒い目の石に石化させたうえに、ワイヤーに石の粉を吹き付けて摩擦で切ったようだ。
なかなかに知恵が回ることに、土蜘蛛が思わず舌打ちをしそうになる。
「あなた、たまたまこの森にいたバジリスクってわけじゃなさそうね」
「分かるか? わしの主は偉大なお方でな。なーに、この群れのリーダーの竜を産みし人じゃ」
「人?」
目の前のバジリスクは、今回のスタンピードについて重要なことを知っているらしい。
土蜘蛛は殲滅から捕縛に目標を変える。
そして、2体の魔物の長いようで短い闘いが始まった。
***
「キメラといっても、所詮は獣の寄せ集めか。こっちが、本命だと思ったのだがな」
地面に伏した巨大な山羊の上でラダマンティスがぼやく。
その身体は首が二つもあり、一つが獅子だった。
それも身体の横に転がっているが。
尻尾のあった場所は、いまは何もない。
そこから生えていた巨大な毒蛇も、胴体と切り離されてしまえば身体を切られたただの蛇だ。
そしてその山羊の身体の下には死屍累々たる様に。
蟻達が簡単に素材を選別できるように、ラダマンティスが風魔法で一か所に集めたからだ。
もう1体のキメラは、いまも必死にラダマンティスに襲い掛かっているが、彼は気にした様子もなく一本の鎌で簡単にあしらっている。
なぜか諦める様子の無いキメラに辟易としつつも、珍しい魔物だから1体くらいは生きた状態でマサキに献上できないか考えていた。
土蜘蛛と違って、相手を拘束する手段を持たないため、頭を悩ませているわけだが。
正直言って、大して強くもないし別に良いかなと思わなくもない。
思わなくもないが、自分自身マサキによる合成がなければ本当に虫けら同然ということは分かっているので、一度見てもらった方が良いかと考えていた。
それにしても……
獅子の口から放たれた火球を振るった鎌の風圧だけで書き消したラダマンティスが、深いため息を吐く。
「こんなに弱いなら、もう少し弱そうな見た目であるべきだろう」
パっと見は地獄の釜の蓋を開いてやってきたような化け物なのだが。
これならマハトールでも1人でやれなくはない。
そんな感想を浮かべて、自分が今回一番外れだったことを嘆くラダマンティスだった。
余談だが、巨大なカマキリがキメラ相手に鎧袖一触で細切れにしたのを目撃した冒険者は、自分の見た光景を信じられなかった。
文字通り空を飛び、火を吐き、毒を吐き、精神を狂わせる咆哮を放つキメラは、小さな町からすれば1匹でも脅威だ。
冒険者ならB級冒険者パーティ以上で当たる、強者だ。
そう、B級冒険者ではなく、B級冒険者の集団であたる必要のある強者なのだ。
それを、会敵した瞬間に倒すような魔物ともなると、国に災害をもたらすレベルと考えてもいい。
そんな化け物が、魔物の群れにいた。
なぜか仲間割れを起こし、キメラを殺してしまったが。
それで今回のスタンビードの脅威が下がったとは言えない。
まさかキメラを雑魚扱いするような魔物まで参加しているとなると、生存は絶望的。
街が崩壊する未来を感じ取ったその冒険者は、ラダマンティスに気づかれないようにゆっくりと回れ右をし、一気に上司へと報告に走った。
情報収集のみに特化したギルドの諜報員であり、元B級レンジャーだった彼だからこそ、生きてこの情報を持って帰れた。
周囲の人はそう思っていた。
実際は。
「あっ、キメラが倒された報告にでもいったのか? まあ、これでキメラ含め殆どの魔物を殺したので、こちらの方面に割く防衛の人員を他所に回せますしね」
ラダマンティスが彼を味方だと信じて送り出したからであり。
「くそっ、とにかく土魔法でバリケードを作れ! 少しでも進行を遅らせろ! それから弓兵を半分以上こちらに回すように本部に要求しろ! キメラを虫けらのように殺すようなカマキリとか、なんの悪夢だ!」
彼のもたらした報告によってより一層厚い防衛網が敷かれることになるとは、ラダマンティスは露にも考えてなかった。





