第215話:サイド人間
「もうだめだ、魔物が数が多すぎる」
「まだまだ後ろからも来るぞ!」
「おい、あんた! いくら剣鬼流の使い手とはいえこの数は無理だろう!」
最初は順調に守りを固めていた南門の冒険者たちが、徐々に弱気になっていっている。
それもそうだろう。
個々の魔物の力は大したことなくとも、次から次へと湧いて出るのだ。
一方こちらは、追加の支援は期待できない。
他の門の外壁の対処が早く終われば、こちらに人手を寄越してくれるかもしれない。
だが、遠くから聞こえる音が、そんな希望すら抱かせてくれない。
他の外壁や門もここと似たり寄ったりだということは、なんとなくだが皆が理解していた。
「下がるな! ふんばれ」
「無理だ! 矢が切れちまった」
「血脂でほとんど斬れねぇ」
疲弊していくだけでなく、装備の消耗や損傷。
もう少しだと言われても信じられるだけの根拠がない。
ランクの低い冒険者は徐々に戦線を下げていく。
結果、上位ランクの冒険者たちが突出することに。
横に並ぶ者が居なくなったため、魔物に向ける面積も必然と増える。
「くそっ、手が足りん!」
それなり以上の鎧を身に着けた戦士が、腕を狼に噛まれる。
よほどの装備なのか気にした様子もなく剣の柄で頭をたたき割ると、腕を振って狼を振り落とす。
「おい、前に出すぎだ」
そんな中、いつの間にか集団の先頭に立って剣を振るっていたクロウニに、先ほどの戦士の男が声を掛ける。
クロウニはその男を一瞥すると、ニコリと笑みを浮かべて前に向き直る。
「私が前に出てるのではなく、貴方達が下がっているだけでしょう」
クロウニの言葉に戦士の男が周囲を見渡す。
確かに気づけば後ろで戦闘を行っている者たちは、だいぶ門の付近にまで押されていた。
いまクロウニが立っている場所を改めてみると、確かに最初に迎え撃つと決めた場所だ。
ただ男が発した前に出すぎだという警告は、そういうつもりで言ったわけものではない。
一人で突出することで、的になるぞという注意のつもりだった。
男はあっけにとられた様子で、クロウニを眺める。
「強すぎだろう……」
その動きは流れるように魔物たちの攻撃を躱し、即座に返す刀で反撃をいれていた。
熊の爪を半身でかわしつつ片手で剣を振り上げ腕を斬り飛ばし、そのまま振り下ろして首を落とす。
まるで骨なんか関係ないといった様子で、スッと剣が肉に入っていく。
「なんだったら皆さんも門の内側に入ったらどうですか? 守ってさしあげますよ」
クロウニが周囲の魔物を蹴散らしながら、背後の連中に嘲笑を向ける。
「そいつは魅力的な提案だが、生憎と俺にも守りたいもんがあるんでな」
一瞬ムッとしたが、今のクロウニと自分を見比べてため息をつく。
それから頬を思いっきりひっぱたいて、自分に気合を入れる。
「だが怪我をしたものたちは、遠慮せずに下がれ! 他の連中も無理はするなよ!」
「意外と元気ですね」
「そういうあんたは、疲労って言葉を知ってるのか?」
士気を取り戻した男にクロウニが微笑みを向けると、男が苦笑いする。
目の前の剣鬼の剣を扱うこの男は、汗ひとつかいていなかった。
(常に蝶達が疲労回復の魔法を使ってくれてますからねぇ)
種明かしをするつもりもないので、心の中でひとりごちる。
ズルをしているという自覚はあるがそれは彼らに対してであって、目的に対しては正当でまっとうな手段だ。
「お名前をお伺いしても?」
「ああ、南の守護の冒険者たちの指揮を任された、B級のミノスだ!」
「へえ、B級冒険者の方でしたか。優秀なのですね」
「あんたに言われても、嬉しかねーな」
そのB級冒険者より多くの魔物を倒して、いまだ動きに衰えが見えない目の前の男にミノスがため息をつく。
「あんたは?」
「クロウニ、主に言われて手伝いに来ました」
「へえ、どこぞのお偉いさんの護衛かね?」
「まあ、そんなところです」
ミノスは護衛が主のそばを離れててもいいのかと思ったが、大方街の中にでも籠っているのだろうという結論にいきついた。
そして街になだれ込まれたら、自身の身も危険にさらされるからクロウニという男を派遣したのだろうと。
全くの見当外れだが、クロウニの方も特に詳しく聞かれなかったので答えるつもりはないらしい。
こうして男たちの長い闘いが始まった。
***
一方北側では、ジャッカスが一人獅子奮迅の働きを見せていた。
実際には一人と大量の虫達だが。
「キシャァァァァ!」
「邪魔です」
「また!」
ジャッカスの死角から飛び込んできた毒蛇の首を左手で掴むとそのまま首を握りつぶす。
圧倒的膂力! に見えるが実際は鉄甲毒百足がかみ砕いただけだ。
そしてどこから襲い掛かられても的確に反応して、即座に始末するジャッカスに他の兵士や冒険者が半ば呆れにも近いため息をもらす。
どういう仕組みか、ジャッカスの伸びる剣が半円状に広範囲の魔物を吹き飛ばし続けている。
その中で音もなく地を這う蛇や、上空から襲い掛かる鳥の魔物がその隙間を縫って攻撃をしかけているのだが。
ジャッカスの間合いに入った瞬間に素手で、ことごとく粉砕される。
「無死角の異名は伊達じゃないってか」
「口ではなく手を動かしてください。モーガンさん」
「すみません」
あまりにも規格外の動きについぼやいた冒険者を、ジャッカスが注意する。
叱られたのはモーガン。
この場所の冒険者の指揮を任されたA級冒険者だ。
とはいえ、流石に自分より上のジャッカスに強くは出られない。
というよりもこの騒がしい喧騒の中で、小声で呟いた言葉を拾われたことに驚きが隠せない様子だ。
それ以前に、名乗ってない気がしないでもない。
確かジャッカスは打ち合わせにも参加してないから、自分のことを知らないはず。
そこまで考えて、まあ誰かが俺に話しかけたのを聞いてたのだろうという結論に至った。
虫達調べの情報で、ここで一緒に戦う者たちのある程度の素性をジャッカスが握っているなど知る由もない。
「前に飛んでください」
そんなジャッカスに蜂から指示が出る。
即座に前に飛び込んで、一回転して後ろを振り返る。
「いきなり何をするのですか? エクレールさん」
「ちっ、あんたと一緒にいたガキはどこにいる」
ジャッカスに背後から斬りかかったのは、ちょっといい鎧を身に着けた剣士。
昨日冒険者ギルドで、マサキに2度も絡んだ男だ。
「おい、エクレール何をする!」
「何やってんだお前!」
突然のエクレールの暴挙に、周囲の冒険者も剣呑な眼差しを送る。
だが次の瞬間に信じられないことが起こる。
「おい、やれ!」
エクレールが手に持った短剣を振り下ろし、そうつぶやいた瞬間に周囲の魔物が一斉にジャッカスに襲い掛かったのだ。
流石に攻撃が集中してしまえば、ジャッカスならばどうにもできない。
集中しなくても、ジャッカスならどうこうするのは怪しい部分があるが。
「【不可視の一撃】」
スキルっぽく技名を言って、突きを放ったジャッカス。
一度の突きで、彼に襲い掛かっていた全ての魔物が勢いを失くしその場に崩れ落ちる。
まあ見ることが出来ないとか言っているが、そもそもジャッカスが攻撃を仕掛けた訳じゃない。
彼の周囲の迷彩を纏った蜂達による攻撃だ。
ジャッカスの合図で、一斉に攻撃を仕掛けたというわけなのだが。
「うそだろ……一撃しか見えなかったんだけど」
「ていうか、いま何回突きを放ったんだ。1匹に1撃じゃないぞこれ!」
「こいつなんか、8箇所は突き刺されている」
数の暴力には数の暴力で対応しただまでだが。
ジャッカスの周囲には数えるのもあほらしくなるような蜂の群れが集まっていた。
蝶の鱗粉による迷彩を施された状態で。
「なんだよそれ! おかしいだろ! 何をしやがった!」
自分がけしかけた魔物達が、あっという間に総崩れになったことでエクレールが焦りの表情を浮かべる。
だが、それ以上に周囲の視線が集まる。
「おい、お前いま魔物を操っただろ!」
「どういうことだ?」
「エクレール?」
そう、エクレールは周囲の魔物をジャッカスにけしかけたのだ。
普通の人間に出来ることじゃない。
ましてやスタンピードとなり、凶暴性もました魔物たちを。
色々なことを疑われても仕方がない状況だった。
「俺じゃない! この剣の力さ」
周囲の疑問になんでもないように答えるエクレール。
その手には禍々しい意匠を施された剣が握られている。
そんなものは昨日まで持っていなかった。
それは、彼のパーティメンバーも知っている。
今日になって、突然腰に差していたのだ。
今になってその剣を見せびらかすように振るってみせるエクレール。
「やれやれ、厄介なものを」
そんなエクレールに対して、剣をだらりと下げて上半身を後方に反らし両足を揃えて立つジャッカス。
「そうやって余裕ぶっていられるのも「その剣を捨てなさい」
そう言ってジャッカスがエクレールに向かって指をさすと、エクレールの肩が弾ける。
実際には肩当が弾けただけだが。
「な……何を」
「もう一度しか言わない。その剣を捨てなさい」
「くっ……知るかよ!」
ジャッカスの言葉を無視してエクレールが剣を掲げると、上空から鳥の魔物が下りてきてエクレールを掴んで飛び立っていってしまった。
もちろん、虫達を引き連れてだが。
「黒幕のところまで、無事案内してくれると良いのですが」
その姿を眺めつつ、首を横に振る。
「エクレール……どうして」
「何があった」
彼のパーティメンバーたちは困惑した様子で、空を眺めて呆然としている。
「さあ、居ないもののことを考えても仕方ない。とっとと、魔物を狩るぞ!」
他にも動きを止めた冒険者が多くいたため、ジャッカスが両手を叩いて戦闘の続きに入るように促す。





