第211話:ドラゴンタワーの冒険者ギルド
「でだ、そちらの子供は?」
「ええ、私のパーティの子ですね」
ドラゴンタワーの街のギルマスの執務室。
そこには応接セットも置いてあり、ジャッカスと一緒にそこに座るように促された。
そして、俺の目の前にはこのギルドのマスターが座っている。
なかなか座り心地の良い椅子だ。
流石四天王の塔があるだけのことはある。
ここの冒険者ギルドは割と潤っているようだ。
ジャッカスに向けて、ギルマスの男性が声を掛けると簡単に紹介される。
ギルマスは顔だけならパット見で40手前くらいか?
短く切りそろえられた髪は僅かに白髪が混じっており、それは彼の実年齢が割といっているからか、それとも苦労をしているのかは分からない。
ただ、身体はしっかりと鍛えこまれていることだけは分かる。
「なるほど……新人の子達を集めたクランを開いたというのは聞いたが。とはいえ、その子は新人には見えんな」
「こう見えて、優秀なんですよ」
ギルマスの男は俺の方に値踏みでもするような視線を向けてくる。
つい、ぷいっと視線を逸らしてしまったが。
「ベルモント……」
そしてポツリとつぶやいたギルマスの言葉ははっきりと聞こえたが、あえて無視をする。
「え?」
にも関わらず横でジャッカスが、間抜けな声を。
おいっ!
「いたっ……」
そして小さく悲鳴をあげた。
どうやら鉄甲毒百足に噛まれたらしい。
手遅れだが。
「そうか……ジャッカスがベルモントの子飼いの冒険者というのは本当だったか」
「なぜそれを!」
ため息しかでない。
見事にギルマスのかまかけに引っ掛かってしまった。
連れが。
入国初日で正体がバレた件。
「バレてしまっては仕方がないですね。初めまして、マルコ・フォン・ベルモント。スレイズが孫でマイケルの息子です」
「ふむ、私はここドラゴンタワーの街の冒険者ギルドのギルド長、ミシガン・ゴートです」
俺が立ち上がって貴族然としたお辞儀で挨拶すると、ギルマスのミシガンも立ち上がって腰を直角に曲げる。
子供とはいえ、貴族に対する礼儀は持ち合わせているらしい。
「ああ、気軽に話しかけてもらって大丈夫です。表向きはジャッカスのパーティメンバーでマサキを名乗ってますから」
「それは助かる。にしても親と祖父の教育か……剣鬼と笑鬼からの英才教育ともなれば、かような子供に育つのもさもありなんか」
ふふ、じじいとマイケルの評判は他国でも変わらずか。
良いんだか、悪いんだかって感じだな。
「申し訳ありませんマサキ様」
「いいよもう、この人もいろいろと独自の情報ルート持ってるんだろうし。遅かれ早かれ気づかれたさ」
立ち上がって頭を下げるジャッカスに、手を振ってこたえる。
俺たちの関係を、なんとも言えない表情でミシガンが見ているが。
「しかし……子供相手に英雄クラスのS級冒険者がこうも形無しとは。本当にベルモントというのは」
続きが気になるが、聞くだけ野暮ってものだろう。
しかしこんなに早くに正体がばれてしまったのは、想定外だ。
さてどうやってこの男を抱き込もうかと考えていたら、扉がノックされる。
ミシガンがわざわざ扉まで迎えに行って開くと、その先の人物と2~3言会話をしている。
まさか、すでに王都に情報を送る手配を?
正体がバレた瞬間に、情報が筒抜けに?
なんてことが一瞬脳裏をよぎったが、扉のそばに潜ませていた蟻が会話内容を伝えてくれる。
「あー、悪いがそのお茶は下げてくれ」
「えっ?」
「もっと良い茶があるだろう」
「いや、これが来客用の中では一番高品質のものですが」
「リーバスが自分用に用意してるやつだ」
「あれは、サブマスが八方手を尽くして仕入れた「そのクラスが必要な相手だということだ。わしがあとでリーバスには事情を話すから、何も言わずに差し出せと言ってくれ」
「はい……」
納得をしないまま、入り口に立っていた女性は下がろうとする。
うんうん……
流石にS級冒険者相手だと、ここにある中で一等上等なお茶を出すつもりだったみたいだ。
だが、ベルモント相手ともなると、さらに上が必要なのか。
必要か?
じじいも、マイケルもそんなにグルメには思えないんだけどな。
「あー、気にしなくていいですよ。私はともかく、祖父や父はそこまで味が分かる人間ではないですし」
「えっ? 聞こえたのか?」
っと、ジャッカスのことは言えなかった。
流石にこの距離で、しかも部屋の外の会話を盗み聞きできたとなれば、驚かれるのも仕方ないか。
「ちょっと、人よりも耳が良いもので」
「ちょっとで片付けられるもんでもないが、マルコ殿が「マサキね」
「マサキ殿が気にされないなら、こちらとしても助かる」
結局、当初用意してもらったお茶を出してもらって、それをすする。
うん……管理者の空間で飲んでる黄色いティーバッグのやつの方がうまいな。
まあ、良いか。
「にしても参ったな。隣国の貴族の息子がお忍びとはいえ、うちで怪我でもされたら国際問題になりかねんぞ?」
「そこは自己責任で大丈夫……それに、怪我の心配は無用ですよ」
「あまり自信過剰なのもどうかと思うぞ? その慢心で足元を掬われたら、大怪我に繋がる」
「はっはっは、マサキ様がそんなへまを打つわけないですよ!」
俺の言葉にあからさまに不快感を露にするミシガンの言葉を、ジャッカスが笑い飛ばす。
さっきまで自身の失態でうつむいていたくせに、今の発言は本気でおかしかったのだろう。
「どういうことだ?」
「私の剣の師匠ですよ? しかも魔法も使えるんですよ? 心配する方が傲慢ってものですよ」
お前は俺の部下なら、もっと俺の身を心配しろ。
現在進行形で立場的なもので不味いことになってるのだが?
お忍びで隣国のもめ事に首を突っ込む、子爵家嫡男。
しかも初等科の学生。
これが国元に伝わってみろ。
エリーゼからどんな説教を受けるか、分かるか?
俺でもあの人は、得体のしれない怖さがあるからな。
できれば、刺激したくないのだが。
それに国王からも小言を言われかねんぞ?
そこのところは分かってるのか?
「なるほど……噂ではジャッカスがマサキ殿の剣の師匠ということになっていたが、事実は逆か」
そしてまた一つ、与えないで良い情報を相手に与えてしまったジャッカスを睨みつける。
お前は、少し黙れ。
「いや、本当に軽い人助けのつもりだから」
「はあ……騎士侯という特別な地位にあって、王族の剣術指南役の孫という立場を分かっているのか? 下手しなくても本来なら、お前は国賓でもおかしくない立場なんだぞ?」
「おっと、割と詳しいね……もしかして、ミシガンさんって……ミシガン・フォン・ゴートだったりする?」
「そうだな、一度冒険者とは違う立場で話した方が良いか。ドラゴンタワーの街の領主のミシガン・フォン・ゴートだ」
「なるほど、伯爵が冒険者ギルドのギルマスなのか」
「そこまでは自己紹介してないのだが、知っててとぼけてたとはその情報量といい噂通りの麒麟児だな」
すまんな。
現在進行形で、入国と同時にこの国の各地に飛ばした虫達がミシガンの情報を急ピッチで集めて、俺の元に飛ばしてくれてるところだ。
「どんな噂かは知りませんが、ゴート伯爵の噂も耳にしておりますよ?」
「ほう?」
「いくら独身貴族とはいえ、職場の部……下それも一回りも若い子に懸想するのはいかがなものかと」
「なっ!」
俺の言葉に、ミシガンが鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まる。
暫く流れる沈黙。
ズズズ……
おいっ、ジャッカス!
呑気にお茶なんかすすりやがって!
話の主導権を俺が握ったからって、私はもう大丈夫かなー? みたいな態度はどうかと思うぞ?
お前の尻ぬぐいの最中なのだが?
「ふふふ」
「はは」
「うむ、マサキ殿とは良好な関係を築きたいですな」
「奇遇ですね。私も冒険者見習いのマサキとして、ゴート伯爵とはよしなに出来たらと」
「ふっふっふ」
「はっはっは」
こうして子供とおっさんの間で、いろいろな密約が結ばれることとなった。
「それじゃあとりあえず今日はこの街を観光でもして、明日には狩りにでも出かけようかと」
「本当に森で鹿でも狩ってくるような気軽さだな」
「マサキ様からすれば獲物を探す必要がある分、そっちの方が手間かもしれませんね」
「そうか……」
「ですよ」
ジャッカスもだいぶ、調子が良くなってきたな。
一度初心に返すべきか?
まあいろいろと実績を積んでいるから、今回はお目こぼししてやるが。
主にベルモントの初級冒険者の死亡率をほぼ0にした功績とかだな。
これがマハトールなら……
まあ、マハトールは最近じゃまず俺の気分を害するようなことはしなくなったし。
というか善悪の区別がつく悪魔ってどうなんだろう。
それどころか、善行まで積む悪魔とか。
悪魔の存在意義を根底から揺るがす悪魔に成長しつつあるのは、良いんだか悪いんだか。
言うまでもなく、良いことだけど。
それからミシガンと適当に打ち合わせして、ロビーに戻る。
早速街に繰り出そうと思ったら、目の前に影が差す。
「おい小僧、さっきは不意打ちでよくもやってくれたな?」
「邪魔」
「ぐっ……」
先ほど俺に突っかかってきた上等な金属鎧を着た剣士が立ちはだかってきたので、わき腹に思いっきり蹴りをぶちこんでどかす。
身体が横にくの字に曲がって吹っ飛んでいくと、壁にぶつかって止まる。
「おい、今度はエクレールが油断してない状態でやられたぞ!」
「あらかじめ防御強化の魔法を掛けてもらった状態で絡んで、さっきより酷い感じで吹っ飛んでいったぞ!」
「やっぱり、ジャッカスさんの連れはすげーな!」
「あの子供俺より強いってジャッカスさんが言ってたけど、強いどころじゃねーな!」
「誰だあれ!」
なんか勝手に盛り上がってる冒険者ギルドを後にして、ジャッカスと街に出る。
外国に来たら、まずは食事だな!
幸い金は腐るほど持ってるし!
ジャッカスが。
「おい、奢れよ?」
「勿論!」
さっきのギルマスとのやり取りの不手際の罰として、飯を奢らせようと思ったが。
物凄く嬉しそうに返事をされたら、全然罰になってないことに気づく。
そういえば、こいつはそういうやつだった。
とはいえ、飯代でこいつの懐に打撃を与えるのはまず無理だし。
俺と2人で食事を取れることに心底嬉しそうな表情を浮かべるジャッカスを見たら、そんなことはどうでも良くなった。
くだらんことは忘れて、今日はドラゴンタワーの街を楽しむか。
夜にはちょっと、四天王の一人にも挨拶でもしてこよう。
 





