第207話:身分の垣根を越えて
「なあディーン……なぜ、余のところには誰も来ない?」
「それは、殿下が余りにも気高い故に下々の者が声を掛けることを、躊躇わっておられるのです。殿下の気質はまさに王族に相応しく「黙れクリス。お前には聞いていない」」
俺は友達に対する程度の礼を接してくれたら良いと言った。
だが、普通科の子供はおろかクラスメイトすら近寄ろうとしない。
「まあ、王子ですからね。普通の子供に王族を楽しませるような話なんて無理でしょう」
俺の質問に対して、ディーンはあっけらかんと答える。
いや、楽しませてくれなんて思ってない。
普通に話をしてみたいだけなのだ。
見れば先ほどまで1人で寂しそうにしていたマルコですら、いまは普通の子達に囲まれて楽しそうにしている。
グヌヌ。
「そう思っているなら、真っ先に挨拶にくるべきだろう? ディーンは何を言ってるのだ? 殿下がわざわざ普通に話しかけろと下知したんだ……あいつら、殿下の命令を無視してるんだぞ?」
「クリス……お前は何を言ってるんだ? そういった特別扱いはしてもらいたくないから、の言葉だ」
そもそもこいつの目つきが悪いから誰も来ないんじゃないのか?
「うわぁ、面倒くさいことを言いますね。そんなことを許されない立場に居る人間が」
「ディーンお前、言葉が過ぎるぞ!」
「黙れクリス! お前がそんなんだから誰も来ないのだ! もうお前はあっちへ行ってろ!」
「ええ!」
そうだ、全部クリスが悪いんだ!
こいつは選民志向が少し高いところがある。
俺の側仕えであることに誇りを持つことが悪いとは言わんが、他の者とのコミュニケーションをもっと大事にしないと後々詰むぞ?
俺の言葉に対してクリスが泣きそうな表情を浮かべているが、顔を背けて態度で決意を表す。
これはクリスの為でもあるのだ。
「お前が行かぬらな、俺が移動する」
「うっ、分かりました」
ここまで言って、ようやくクリスがこのテーブルから離れる。
何度もこっちを振り返るのを、手でシッシとおいやる。
「別にクリスのせいじゃないと思うんですけどね」
「だが、あいつが眉間に皺を寄せていたら、話しかけにくいのは事実だろう?」
「まあ……」
俺の言葉に頷きながら、ディーンが視線をクリスの方に移す。
なん……だと?
そっちに目を向けると、何人かの男の子がクリスに話しかけている。
「実は僕達、騎士になりたいんです」
「クリス様は騎士の方の訓練にも参加されてるんですよね? 詳しいお話を聞かせてもらえませんか?」
キラキラとした眼差しをクリスに向けて、どこで知ったのか知らんがクリスの好みそうな食べ物を取ってきて差し出したり。
クリスと目が合う。
物凄く申し訳なさそうな顔をして、他の子に何やら耳打ちをする。
「ええ、恐れ多いですよ!」
「あの、クリス様……ついてきてもらっても?」
くそっ!
俺に挨拶に行けとでも言ったのか?
クリスに同情されてるみたいで余計に惨めになるじゃないか。
ディーンに言付けを頼む。
「クリス、殿下が俺のことは気にするなとおっしゃってます。貴族以外の子供のことを知り見分を広めよと。いずれ部下になるかもしれないし、何よりその剣で守るべきものをしる良い機会だと」
「流石殿下です! 私達のような者のことまで気にかけて頂けるなんて」
「そう思うなら、挨拶をして直接その思いを「クリス? 殿下の言葉を無視するのですか?」」
「むう」
ちょっ、ディーンそこまでじゃない!
せっかく俺に対して良い印象をもって、挨拶に来てもらえるチャンスだったのに。
いや、確かに俺の指示した言葉の意図の通りだけどさ。
あいつ……絶対分かってて、断りやがった。
くそう、ディーンもおいやるべきか?
しかし、そうすると俺だけの考えじゃ何も浮かばんし。
ちょっ、マルコこっち見んな。
そんな可哀そうなものを見るような。
なになに?
皆でそっちに移動しようか?
いや、嬉しいがいまそれを受けるのは、いささか俺の心が折れかねん。
折角マルコに楽しそうに話しかけてる子らが、こっちに来てお通夜みたいな雰囲気にでもなったりしたらいたたまれんぞ。
マルコに対して、手を振って気にするなと伝える。
いやいや、そんな顔をするな。
余計に辛い。
「ディーン……貴様」
「なんですか? 私も邪魔ですか?」
「いや、そうは言ってないが」
「私もそろそろクルリ達と話をしに行きたいのですけどね」
「なんて側仕えだ!」
「まだ候補ですし……私がなんでこんな風になったか、自分の胸に手を当ててよく考えてみてください」
こいつはなんでこんなに生意気なのだ。
知ってる。
このくらい強気な態度を取らないと、俺の側仕えは務まらないらしい。
あといろいろなことに巻き込まれてしまうと。
というか、父上や母上、ばあやや執事の連中にまで俺のストッパーとなることを期待されている。
ただディーンのこの側面を知っているのは俺とクリス、あとはマルコくらいか?
外面は恐ろしく良いのだ。
クリスの100倍以上に、外での評価が高い。
国外においても、ディーンが居れば俺は必ず名君になると言われるほどに。
納得いかん。
「どうすれば良い?」
「人は上るよりも下りる方が楽なものですよ」
俺の素直な質問に、回りくどい言葉が返ってくる。
いやなんとなく分かるが、あってるか自信が持てん。
「彼らからすれば殿下に話しかけるのは断崖絶壁を上るようなものです。だったら殿下が飛び降りてその距離を無くしてしまえばよいのです」
「だが、俺から声を掛けると、かえって恐縮しないか?」
「しますよ! 当然じゃないですか。ははは、殿下は何を言ってるんですか?」
こいつ殴りてー。
クリスが居なくなって、本性を完全に表しやがった。
「その緊張をどうほぐすかが、殿下に必要なことだと思いますけどね……領民から本音を聞き出すことは、王族にとって喉から手が出るほど欲しいスキルでしょう」
「むう」
「だって……王様が白って言ったら、カラスも白くなっちゃいますから」
そうか……
「殿下にとっても、良い機会ですよ」
そうだな。
よしっ!
行くか!
「と決意して、マルコの居るテーブルを選ぶあたりが、まだまだです」
「うう……そんなこと言ってもだな。やはり気の許せる奴が側にいてくれた方が俺もだな」
「クリスが拗ねますよ」
「あんな裏切り者は知らん」
(ちっさ)
ん?
いまこいつ、凄く小さな声でちっさって言わなかったか?
それはなんだ?
俺の器のことを言っているのか?
いや、たぶん聞き間違いだ。
きっと、そうだ。
「楽しそうだな」
「「殿下!」」
「ええ、どうやらこの子達は本日の料理に興味があるらしくて「待てマルコ。なんでそんなに他人行儀な話し方をする?」
俺が声を掛けると全員が立ち上がって、気を付けの姿勢を取る。
ああ、やっぱりこうなった。
だからここから挽回をと思ったら、マルコが丁寧な言葉遣いで俺に声を掛けてくる。
させるか!
お前はこっち側に引き込ませてもらう。
「いつもみたいに、セリシオと呼べば良いだろう。今日は普通の友達に接する程度の礼で良いと言ってあるんだ。公の場じゃないぞ?」
「「えっ?」」
ふっふっふ、俺の発言に他の子が驚いたような表情をしている。
そしてマルコの方をガン見する。
横でディーンが少しばかり呆れているのも分かる。
本当に失礼だな、こいつは。
「やだよ、恐れ多い」
「「はっ?」」
そしてマルコの返答に、俺まで思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
言ってることはあれだが、言い方が。
「それは確かにいつも通りの口調なのだが、全然恐れ多いと思ってない感じだが? まあ、変に畏まられるよりは良いが」
「はあ……みんな、殿下はみんなと仲良くしたいそうだ。僕の生意気な態度にも寛大な心で許してくださるそうだ。もしここでの会話で失言があって罪に問われそうになったら、僕がベルモントの名に懸けて、弁護しよう」
「ええ、私もマクベスの名において、証言しましょう……皆さんの有利になるように。故意に無礼を働かなければ」
お前たち……
思わず目頭が熱くなるのを感じる。
そうだ……こいつらは、こういうやつだ。
なんのかんの言って、俺が本音で付き合える数少ない友人なのだ。
いや、親友だな。
「うわぁ、なんか面倒くさいことを考えてる」
「殿下がどれだけ彼らに心を開かせるかが重要なんですよ? 分かってますか? マルコの評価に響きますからね」
ん?
ディーン?
「殿下がしっかりと歩み寄らないと、やっぱりベルモントは怖いってなるんですよ?」
ぐぬぅ。
ここで、そんなプレッシャーを掛けてくるとは、酷いではないか。
「それは僕も困るかな? そんなことになったら、おばあさまに愚痴でもこぼしそうだよ」
ぐはっ!
これは不味い。
本気で頑張らねば。
***
「そうか……曾祖父ということは、先代国王である祖父はお前の曾祖父の手料理を食ったことがあるかもな。名前は?」
「はい、曾祖父の名はダーシェと言います」
まだ固いが、質問には答えてくれるようになった。
マルコとディーンの目が優しいものになっている。
しかし気を使わせてしまっているのが、目に見えて分かる。
一生懸命話をしようとする子もいるし、質問をすれば固まって必死に模範解答を探している子もいる。
こんなつもりでは無かったのだが。
とはいえ、だいぶ距離も縮まった気がする。
嬉しいな。
そして、楽しい。
最終的には一日かけて、普通科の子全員の話を聞くことが出来た。
まあ、クリスのところやらエマのところにいって、だいぶ手伝ってもらったのだが。
ジョシュアのところは……
うん、ジョシュアは本当に凄いな。
商人の子ばかりを集めて、いろいろと情報を共有していた。
まあ普通のお店の子ばかりだが、行商経験もあって親について回った子も多かった。
彼らの話は、本当に興味深いものが多くて楽しめた。
このテーブルに関してはディーンが何も手助けしなくても、ジョシュアを間に置いて物凄く潤滑に会話が出来た。
ジョシュアの天性の素質だろうな。
しっかりと今度買い物にいく約束も出来たから、マルコに頼んで連れて行ってもらおう。
流石に親御さんも緊張するだろうから、やはりジョシュアも一緒に来てもらうべきか?
ブンドのところでは、いきなり感謝を述べられてびっくりしたが。
ああ、災害支援のことで彼らの親が王族に、心から感謝していると言っていた。
これを父と祖父に伝えたら、物凄く喜んでもらえた。
これだけでも、この機会を用意してくれたエマには感謝せねばな。
そして……
もうベントレーのことは良いだろう。
今回のパーティで最大派閥を築いていたが、なんていうか女の子ばっかりだったな。
てかベントレーってあんなに大人ぽかったっけ?
いや、なんかここ数年で一気に成長したというか。
よくよく考えれば、間接的にかなり世話になってる気がしてきた。
最初があれだったから少し色眼鏡で見ていたのかもしれん。
嘘だ。
正直に言おう。
人が変わったように立派になっていた。
妙に達観しているというか、彼女たちが一生懸命話していることすべてに対して大人の余裕で対応というか。
まず最初に必ず相手の意見に共感して、おかしな事に対してはそれとなく誘導し軌道修正しながら自分の意見を伝えていたというか。
間違いと思わせずに相手の意見を良い方向に変えさせていたというか。
なんか、女性専門の詐欺師になりそうだな。
げに恐れるべきは、間違ったことに対してどうして間違えたかを分析し、それも一つの正解として受け止めつつも、世間一般の正解に向けてその子の意見を変えさせていたところか?
ベントレーが全てを正解として受け入れて、そして受け止めているからこその業ってところか。
あいつ……将来、俺の側仕えに欲しいな。
「ベントレーは難しいですよ」
帰りの馬車に一緒に乗っているディーンに目を向けると、即座に否定された。
「彼は……たぶん、ずっとマルコの側から離れないと思いますから」
「そうか……」
いいなー……俺も、そっちに入りたい。
クリスの代わりにマルコ。
ディーンの代わりにベントレー。
これ、結構いい案だと思うんだけどな。
「フッ」
ディーンに鼻で笑われた。





