第206話:進級パーティ
ベントレーを見つけたと思ったら、何やらクルリに声を掛けている様子。
なんだ、クルリももう来ていたのか。
というか僕よりも先に見つけ出すとか。
流石、好奇心旺盛な彼らしい行動だ。
特に人との出会いを大事にする彼のことだ。
今日という日を、楽しみにしていたに違いない。
というのに……
何やら騒ぎが。
「どうしたの?」
「あっ、マルコ!」
「マルコ君!」
まあ、共通の知り合いでもあるし、声を掛けに向かう。
2人とも僕を見つけ、ほっとした様子。
「すまない。お前の友人を見つけて嬉しくなって声を掛けたのだが、連れの方がどうも体調がよくないみたいで」
「いや、ちがっ……わないけど、違う」
ベントレーが淡い黄色のドレスを着た少女を抱きかかえている。
うっ……
満面の笑みなのに、白目をむいて倒れてるとか。
体調が優れないのに、今日を楽しみにしてくれてたのかな?
無理を押して来てくれたのかもしれない。
そんなことを考えていたら、クルリが耳打ちをする。
見れば、他にも2人ほど一緒に居るみたいだけど、2人とも熱っぽい。
1人は男の子だけど。
どうやら、ベントレーのキラキラオーラに当てられたらしい。
言ってる意味が分からない。
分からないけど……
「大丈夫です!」
「おっと」
ベントレーに抱きかかえられていた少女が目を開けたと思うと、凄い勢いで起き上がる。
流石に少女のヘッドバットを顎に喰らうなんてお約束はしない。
だって、ベントレーだもん。
即座に上半身をそらして、少女をかわしつつそっと背中に手を添えるあたりがベントレーだ。
ちっ。
クルリと一緒にいたのは、ケール、ジェーン、ピーターという子達らしい。
自己紹介をしたら、少しだけ距離を取られた。
酷い。
「では、私からの挨拶はこのくらいにして、殿下からも一言宜しいですか?」
「うむ」
おお、エマが普通に喋ってる。
いや、今までも普通だけど。
貴族っぽいというか。
丁寧な言葉。
ようやく全員揃ったので、パーティの開幕だ。
主催はエマだけど、まあ王子が居るなら顔を立てないとね。
「くるしゅうない。いまこの時、この場所は学び舎で苦楽を共にする仲間の集まりだ。友に向ける程度の礼をもって接してくれれば、多少の不作法は誰も気にせぬ。そうだろう、皆の者?」
セリシオの言葉に、貴族科の生徒達が優しく微笑んで頷く。
それぞれの使用人の方々も。
まあ、流石にこの国の後継者にそんなことを言われたら、誰も意見なんかできないけど。
そして、普通科の子供達が感動している。
ところ悪いけど、あれは気を使って言ってるわけじゃないからな?
気を使っているふりをしつつ、本気で友達という名の獲物を探しに来ているのがなんとなく分かる。
王族らしさを取り繕いつつも、あわよくばとでも考えているのだろう。
普通そういのうは、下の人間が考えそうなことだけど。
あわよくば、王族に取り入ろうとか。
流石に普通の家庭に生まれた彼らに、そんな大それたことを考えるだけの度胸は無さそうだ。
「それでは、この場を用意してくれたエマ・フォン・トリスタに感謝を。乾杯!」
「「乾杯!」」
そう言ってエマの方に向けてセリシオが手に持った杯を掲げる。
エマが心なし照れたような仕草で目礼を返すと、他のものも続いて杯を掲げた。
ここだけ見れば学年の男子のトップが女子のトップに気を利かせ、彼女がはにかんだようなシーンに見えるけど。
一般の子達からは黄色い声もちらほら出てる。
でも実際に彼女はセリシオのことをどうこう思ってないし、セリシオの感謝は本心だ。
面白いと感じているのも事実だし。
影の主催者のディーンも、含んだ笑いを浮かべているし。
そして10分後。
ディーン達のテーブルに、一般の子達は誰も近づかない。
それもそうだろう。
他の貴族科の生徒に対しても気後れしているのに。
チラリと他のテーブルを見る。
「えっ、ブンド様のおじいさまが財務局長を務めてらっしゃるのですか?」
「うちの父が、8年前の大災害の際に国庫を開いて支援してくださったことを、感謝しておりました」
「聞けば、当時の財務局の方が何日も徹夜して多方面の部署に対して機能を落とさない程度に、最大限の経費削減を行ったうえで捻出してくださったんですよね?」
「本当に、凄いことだと思います」
「ああ、あの時はここにいるアルトの祖父がうちの祖父の指揮の下で専門の課を立ち上げてな、3日に1度くらいしか家に帰ってこなかったんだっけ?」
「ええ、ですがその時の経験が今も生かされて、わが国ではこの世界でも有数の生きた税を扱う国になったと祖父は目を細めて懐かしんでおりますので。被害にあわれた方には申し訳ないですが、国としても大きな成長を……」
うーん。
凄く良い感じだ。
普通科の子たちも素直に憧れの視線を送っているし。
ブンドもアルトも平民だからと侮ることもなく、また奢らずに接している。
ふと、ディーンの方を見る。
おっと、セリシオが少しソワソワしている。
そして、クリスの眉間に皺が。
それだと、余計に人が集まらないんじゃないかな?
「アシュリー様のところは、綿花の栽培が盛んなのですか?」
「ええそうよ。陛下がお使いの布団の綿もうちの領地からの献上品なのですよ」
「わあ、素敵です」
「ふふ、こんな小さいもので申し訳ないですけど、うちの綿を詰めた布袋よ。これを椅子の上に置くだけで座り心地がぐっと良くなるのよ」
そう言って小さめのクッションをアシュリーが配っている。
僕の彼女と同名の、出会ったときは性悪ぽかった彼女だ。
「そんな、こんな綺麗な布をお尻の下に置くなんて」
「あら、嬉しいわ。だったら今使ってる枕の上に置いても良いかもしれませんわね」
「はいっ! それなら是非とも使わせていただきます」
まあ、殿下が仲良くしろって言ってたし?
エマとディーンが主催のパーティで、その主旨に反したことなんてできるわけないよね?
ディーン達の方に目を向ける。
おっと、セリシオが何やらディーンに声を掛けている。
これは、そろそろ動き出すかな。
でもねぇ……
無理だよね。
流石にあそこのテーブルはハードルが高すぎるよ。
もう一度ディーンの方に目を向ける。
目が合う。
くっ……
思わず目をそらしてしまった。
なぜなら……僕も絶賛ぼっち村の村長就任中だからだ。
誰からも声を掛けられない。
いや実際には貴族科の子からは声を掛けられてるんだけど。
普通科の子達からは。
そう思っていたら、エマから声を掛けられた。
「マルコ、この子達が話が聞きたいんだって」
何人かの男の子と女の子を連れて。
「エマさん、急にはちょっと緊張しますよ」
「なぁに? 私と話すよりも、マルコと話す方が緊張するっての?」
「そういう意味じゃ」
「ふふ、冗談よ。聞きたいことがあるんでしょ?」
随分と仲がいいね、君たち。
彼女、学年どころか校内でも序列でいったら10本の指に入るよ?
侯爵家以下とはいえ、公爵家に並ぶくらいには良いお家柄だし。
「あの、本日の料理はマルコ様のおうちの方が作られてると聞いたのですが?」
「ああ、そうだよ。というかマルコ様って……同じ年だしそんなに畏まらなくても」
そもそも、エマさんと呼ぶ方が、マルコ君よりもよっぽどハードル高いと思うのだけれども?
お互いに挨拶をかわすと、エマがそのまま他のテーブルに向かう。
彼らを置いて。
「ここまでしてあげたんだから、あとは自分たちで頑張って」
「はい! ありがとうございますエマさん!」
エマの言葉に、全員が笑顔で頷いて深く頭を下げている。
なんだろう……エマが彼らの頭みたいになってる。
それから距離を測りつつ、ポツリポツリと会話が始まる。
そして、意を決したかのように1人の男の子が僕の方をじっと見る。
「その料理人の方にお会いすることはできますか? うちは町で料理屋を営んでいるのですがここに並ぶ料理は見たことないものばかりで」
「うーん、それは簡単だけど。貴族の家で出るものだからじゃないかな?」
「いえ、曾祖父はもともと宮廷料理人を務めておりまして、うちの家でも安価な素材で貴族様が食べるような調理法で料理を提供しております。ただ、ここにある料理は曾祖父の残したレシピにもないものばかりでして」
由緒正しいお家柄の、代々続く料理やさんらしい。
それもそうか。
進級組だったら、そのくらいの家でもおかしくない。
「そうだね、うちで開発した料理がだいぶ混じってるからね。まあ、僕も手伝ってるけど」
「マルコ様が?」
「えっ、マルコ様も料理されるんですか?」
「あー……マルコかマルコ君で良いよ。自分で言うといやらしいけど、今は身分を問わないって殿下も言ってたでしょ? 友達に向ける程度の礼儀をもってたら良いって。友達同士で様付けなんてしないよね?」
「うっ……」
なぜ、そこで詰まる。
ちょっと、踏み込み過ぎたか?
「マルコ……君」
「なに?」
と思ったら、1人の女の子が何かを決意した様子で、そう声を掛けてきてくれたので満面の笑みで返事をする。
「やっぱり。クルリがマルコ君は敵には容赦ないけど、味方には優しいって言ってたじゃん! しっかりしなよ、男子!」
「うう……」
ふふ、本人を前にしてよくそれを言えたな。
なんてことは言わない。
言わないけど、クルリには何かお礼をしないとね。
味方には優しいって情報を広めてくれたことに対して。
それと……敵には容赦ない部分を後で詳しく聞いておこう。
「それは揚げるって調理法だよ。油が高いからなかなか難しいかもしれないけど、ある程度までなら浮いてきた油カスを取り除けば使いまわしはできるし」
「じゃあ、このソースは?」
「それはね、エッグディップて名付けたけど卵白とビネガーで作ってるんだ」
「この魚はどうやって処理してあるの?」
「藁で火を起こして周りを焼いてるけど、前提条件として新鮮な海の魚ってのがつくかな? これはラーハットの協力がないとちょっと難しいかも」
「ええ! てか、マルコ君凄いよ! 貴族の子供なのに、なんでそんなに料理に詳しいの?」
「なんでって……そりゃ美味しいものを食べたら幸せになれるじゃん? だから美味しいってことに興味を持ったからかな?」
「……」
僕の返答に、周囲に沈黙が訪れる。
「ぷっ」
「あははは、マルコ君って聞いてたよりもずっと楽しい」
「あっ、こらミファス!」
「良いよ! どんなことを聞いてたのか知らないけどさ、人付き合いも料理も自分で確かめて、自分で確認するのが一番大事だと思う」
「えっ?」
「流行りの料理が無条件に美味しい訳じゃないし、噂なんて当てにならないってことだよ! ちょっと待ってて」
僕はそう言って、厨房に向かう。
それから手に皿をもって戻ってくる。
「これを食べてみて」
「これって?」
「この料理のソースに使われてる材料だけどさ、それを焼いて大豆のソースをかけたものだよ」
皿の上には黄色いぶつぶつのある細長い楕円のような形をしたあれ。
ニードルエッグと呼ばれている食材。
「美味しい! 滑らかな舌触りと、確かな甘み。それに磯の香りのするしょっぱさ」
「これはなに?」
「ふふ」
僕が頷くと食堂の入り口からうちの料理人の1人がボールで蓋をした皿を持ってくる。
クロッシュと呼ばれる取っ手のついた、金属製のボールのような蓋だ。
「正解はこれだよ!」
「ええ!」
「これって、食べられるの?」
そこには濃い緑色の葉っぱが置いてあって、その上にウニが乗っていた。
「うん、漁師の人達も海に捨てていたけど、たまたまラーハットでそれを食べている人を見てね」
嘘だ。
僕がそう言ってガンバトールさんに教えただけだ。
というか、あれ食べてる人がいたけど、食べてみたいと子供っぽくだだをこねた結果だ。
「こうやってとげとげしてて、触れるのも拒むような形をしていても……実際に触れて捌いて食べてみるとね?」
「はあ……」
「さすがマルコ君」
さすがマルコ君の意味がちょっと分からないけど。
「ベルモントの技術革新の裏にマルコ君がいるって噂は本当だったんだ」
そんな噂が!
まあ、マサキが故意に流してるらしいけど。
僕の発言力を高めるために。
チラリとディーンの方に目を向ける。
ディーンは気にした様子はないけど、セリシオからグヌヌという声が聞こえそうだ。
どや顔で返してやったけど。
 





