第205話:進級パーティ開催前
「というわけで、その日は貴族科の食堂をお借りしたいのですが?」
「確かに、それは良いことじゃ。学校側からも何か出来ることはあるかのう?」
「それには及びません。私たちの家の者に準備はさせますので」
ディーンの手配とは学園長に、直接お願いにあがることだった。
僕と連れ立って。
……おかしくないか?
君の役割だったと思うのだけど?
チャド学園長からは、貴族科の食堂の利用は快諾してもらえた。
開催日時は今度の土曜日。
一応金曜日の夜から、ディーンのところとエマのところの使用人が会場を準備するらしい。
総合普通科はなんと全員参加の報告を受けた。
といっても、100名近い総合普通科の生徒の中で進級を選んだのは40人ほど。
この会場でも十分に対応できる。
食堂は中庭に通じる扉もあり外にはテラスもあるから、そこも使えばスペースにはむしろ余裕がある。
そして当日の料理はベントレーのところと、何故かうちからも料理人を出すことになった。
いやいや、うちは準備に参加する予定じゃなかったよね?
そこはあれだ。
ベントレーからの推薦があったというか……
どちらかというとベントレー側がサポートについて、うちの料理人が主に舵を取るらしい。
そのお家柄のプライド問題とか……
伯爵家の家人として、子爵家の家人の下ってのは……
問題ない。
騎士侯の家人だから。
いや、そういう意味じゃなくて。
ベルモントで料理を食べた人もいる。
興味津々?
当日を楽しみにしている?
そうですか。
そして恙なく準備は進み。
当日を迎えることになった。
***
なんでこんなことに。
クラスの子達からは、物凄く責められた。
なんで、断らないんだと……
他の普通科のクラスの子からも。
なぜか、上級科の貴族の子が仲裁に入ってくれたけど。
その際に「マルコ君によろしく」と皆、口々に言っていた。
なんでだろう……
知ってる。
彼のせいで、私は上級科の子供達に対してかなり肩身の狭い思いをしている。
色々と気を使ってもらうのが、心苦しいのだ。
良いように言ってみたが、実際は腫物を触るような扱いをされてたり。
それをマルコ君に相談したら、今度は陰ながら見守る感じになってたけど。
こういったちょっと声の大きなトラブルには、颯爽と誰かが駆けつけてくれる。
まあ、私に対してだけだけと。
私の友達が困ってたら、クスクスと笑ったりする子もいるし。
そんな子が、私に対しては気を使いすぎるのだ。
いかに、マルコ君が怖い人なのかを実感する。
「おう、マルコの友達のクルルルリンじゃん! 元気か?」
「ええ、あとクルリです」
この子はヘンリー。
なんでも元貴族科の子供で、大きな問題を起こして総合上級科に落ちたと。
いまじゃ、そこのトップだけど。
本当はマルコ君の後ろをついて歩くだけの大人しい子だったって聞いた。
誰にって?
マルコ君と、ヘンリー君の2人から。
「あの時は、俺もまだ若かったのさ」
たまに、よく分からない事を言う子だ。
そしてこの子と仲良く話すことで、一時期他の友達に距離を置かれた。
ひーん!
なんで、私は野営の授業なんか取っちゃったんだろう。
森暮らしだから、簡単に単位取れそうなんて安易な考えで選ぶんじゃなかった。
なんて過去を振り返って現実逃避をしてみたものの。
目の前の立派な観音開きの扉を見て、ため息を吐く。
その扉の両脇に、とっても素敵な衣装を着た紳士が2人。
この人達って、ディーン君のところの使用人なんだって。
すでに気品溢れすぎて、直視出来ないんだけど。
っと、ケールちゃん押さないでよ!
私だって、ディーン君とマルコ君と課外授業が一緒ってだけで、貴族になれてる訳じゃないんだから。
侯爵家クラスになると、さすがに使用人なんだってどこかの貴族の子供らしいからね?
家督を継ぐことのできない、次男次女以下の。
「本日はようこそおいでくださいました。クルリ様とケール様、ジェーン様に、ペーター様ですね」
「エマ様がお待ちです。どうぞ、中へ」
そう言って、扉を開けてくれる。
もう色々とびっくり。
1人じゃ流石に無理だと思って、4人で来たけど。
全員の名前をしっかりと把握してた。
というかペーター……
俺が代表で挨拶するぜとかって息巻いてたのに。
着くなり、ジェーンの背中に隠れて。
あげくケールをけしかけて私を先頭にするなんて。
覚えてなさいよ?
「本日はお招きいただき「ああ、そういった固い挨拶は良いから! あんたが、ディーンとマルコの友達のクルリちゃんね? へえ、可愛い顔してるじゃん」
「え? あっ、えっと……有難うございます」
「ちょっとエマ! クルリさんが困ってるよ? 初めましてクルリさん。私はソフィア・フォン・エメリアと申します。お噂は二人より兼ねがね聞いてますわ。仲良くしてくださいね」
「えっ? あの、はい! よろしくお願いします」
今回の主催者のエマ様に挨拶に向かったのですが。
一生懸命家で考えてきた挨拶を遮られたかと思うと、なんともざっくばらんな言葉が。
思わず固まってしまっていたら、リンと鈴の鳴るような清涼感のある声が聞こえ、そちらに目を向けると水の女神様が微笑んでおりました。
っと、ソフィア様でした。
聖女を輩出されたことのある名家、エメリア伯爵家のご令嬢です。
何一つ悪い噂を聞かない、まさに天使のようなお方だと。
眩しすぎます。
って、そうじゃなくて。
「うわぁ……」
ちょっと?
ジェーンに少し引かれた。
「どうしよう……」
その後ろでペーターが顔を真っ赤にして、うつむいてます。
ははあ、これは……身の程知らずめ。
「ごめんね、普通科の皆さんはあと少しで揃いそうなのに、うちのクラスの子がまだパラパラとしか来てないんだよね」
そう言ってエマ様が会場を手で指し示すと、マルコ君が数人の友達に囲まれて何やら談笑をしているくらい。
一応私達には悪いけど、貴族科の子には1時間遅れで開始時間を伝えてあると事前に聞かされてます。
だから、指定の時間に来たら問題ないから、くれぐれもそれよりも早く来ないようにね。
と念押しまでされて。
大体10分前に来ればいいらしいのですが、貴族の中には予定の時間よりもだいぶ早くに来る子もいるらしく。
私たちに気を使わせないための、配慮らしいです。
見下してる訳じゃないんだけどと前置きをしたうえで、予定よりも早く来る最たるものが殿下とのことで納得しました。
殿下にはちなみに1時間30分遅れで開始時間を伝えているそうです。
これは、ディーン君が直接伝えたと。
まあ実際には私達が開始時間の1時間30分前に指定されただけなのですが。
「それでは皆さんはあちらにどうぞ」
その理由は……
なんと今回のパーティに参加する衣装から髪の毛のセットまで、貴族科の方々が準備してくださったそうです。
そんな恐れ多いと全員が遠慮をしたのですが、皆のおさがりだから大丈夫と言われてしまいました。
はい、全然大丈夫じゃないのですが?
「クルリちゃんのは私のだけど、ごめんね! ちょっと、ここに染みがあるんだ。だから、食べ物とかこぼしても気にしないでね」
とエマ様が指で示したところに、目立たない程度の染みが。
というか普通に立ってたら、まず見えない場所。
どうやったらこんなところに染みが。
知ってます。
この染みはわざわざ後から付けたものだって聞きました。
私たちが衣装を気にして、食事を楽しめなくならないようにとの気遣い。
そして、マルコ君曰く大体の汚れはその日のうちに処理すれば取れるとのこと。
なるほど……
それでも、服を汚すことにビビっている私は、本当に小市民だと思い知らされます。
みんな衣装直しが終わって、会場に集まりました。
とっても素敵です。
髪の毛も綺麗に結ってもらっていて、貴族の子供と言われても納得してしまいそうな。
なんとなく、自信がつきました。
「やあ、君がクルリさんかな? 初めまして。俺はベントレー・フォン・クーデル。君はなんでもマルコとディーンの大事な友達だって聞いてるよ。どんな子かなって興味があったんだけど、なるほどこれは素敵なお嬢さんだ」
ひいいいい!
なにこのキラキラ。
眩しい!
こんな貴族然としてるのに、気さくな感じが返ってやばい。
エマ様の気安い感じの話し方と違って、こう吸い込まれる感じの……
確か初等科の三大貴公子の1人だったはず。
助けを求めるように後ろを振り返る。
ケールとジェーンはともかく、なんで男子のペーターまで頬が赤いのよ!
お陰でちょっと落ち着いたけど。
「初めましてベントレー様。クルリと申します。どのようなお話かとても気になりますが、それよりもここでベントレー様にお会いできてとても光栄です」
よしっ!
ディーン君に聞いた余所行きの挨拶の練習が、物凄く役に立った。
有難う、ディーン君。
「なるほど、礼儀の勉強もしっかりとされてるようですね。いきなり失礼をしました。私はベントレー・フォン・クーデルと申します。ずっと興味を持っていた女性がとても素敵な方だったので、少し気持ちが逸ってしまったようです」
そう言ってベントレー様は胸に手を当てて、二コリと笑顔を浮かべて軽く顔を斜めに傾けます。
あっ……だめだこれ……
真っ白な綺麗な歯並びの良い笑顔。
なんかもう全身が輝いていて、直視出来ない。
後ろからドサリという音が……
「大丈夫ですか?」
私に手を差し出されたベントレー様が慌てた様子で、横を通り過ぎます。
「ダメ……」
その姿を目で追うと、ジェーンがベントレー様に抱きかかえられていました。
どうやらあまりに素敵なオーラに当てられて、倒れてしまったようです。
凄く気持ちの悪い笑顔で白目です。
いろいろな意味で大丈夫かな?
まだ始まってもない進級パーティが不安で仕方ない。
発売まであと10日……





