第204話:進級パーティ準備
「ねえねえ、一応今年で初等科も終わるわけだし、パーティでもやらない?」
昼休みに食堂でみんなで食事を取っていたら、エマがそんなことを言い出した。
僕としては、悪くない案だと思う。
といっても、いつもこのメンバーで何かしらのイベントをやってる気もするけど。
「良いけど、メンバーはどうするの」
「今年は貴族科全員誘おうよ」
ジョシュアの問いかけに対するエマの言葉に、クラスメイトのみならぬ他の学年の生徒からも視線が集まる。
期待と不安の入り混じった視線。
まあ野心的な子供と、小心者の子供達の差がはっきりと出た感じだけど。
「もちろん、クラスメイトだけだけど」
続くセリフに、がっかりを表す溜息と安堵を表す溜息が。
誰がどのとは言わないけど。
虫達がそういった反応から、情報を管理者の空間に送っているのが分かる。
そして記録を担当している虫達が、子供たちのプロフィールに何やら書き加えている。
情報収集に余念がないようで何より。
一度だけ彼らの作った教員及び学生の、プロフィール一覧を見せてもらったことがある。
数人分確認して、そっと閉じてしまうほどの完成度。
いやいや……プライバシーなんてあったものじゃない。
それもそうか。
蜂や蟻だけならともかく、ダニやノミなんかはどこの家にだって必ずいるわけだし。
それを肉眼で見つけてなんてのは、常人にはまず無理だろう。
あとは生徒を含めた教員全員の髪の中に、シラミが1匹ずつ忍び込んでいると。
ちょっとそれは……
1匹だけなら大丈夫?
別に痒みを引き起こすわけでもなく、洗浄の魔法で衛生管理に一役かってる?
他のシラミがつかないように、頭皮全体を守る役割も?
いや、そういう意味じゃなくて。
しかもその生徒を介して、彼らの親兄弟にまでその魔の手は及んで……
魔の手とか言わないように?
マサキに怒られた。
地味にシラミ達のテンションが下がったらしい。
ごめん。
ただ、そういう訳だから。
このプロフィール帳を活用する機会はあるかもしれないけど、暇つぶしに読んで良いものではないことはお分かり頂けるだろう。
身体的特徴から、そのあれなことまで事細かく。
もはや情報を具に調べあげることが趣味なんじゃないかってくらいに。
「マルコ聞いてる?」
「うん? 聞いてるよ?」
ボーっとしてたら突っ込まれた。
「それで場所はどうする?」
「うちで良いんじゃない? 全然使ってないから大広間もきれいだし」
ベントレーの言葉にエマが立候補する。
それもそうか、彼女はソフィアの家に住んでいるようなものだし。
「でもエマのところだと、他の子達緊張しないかな?」
「大丈夫でしょ?」
ソフィアの心配に対して、エマが力強く頷いている。
「一応殿下やディーン達も誘うから、他の子達の家を当てにすると迷惑になるし。他はマルコのところならいっか。殿下もよく行ってるみたいだし」
ふふふ……お断りだよ。
現にメンバー以外の生徒から、何を言ってるんだこいつって視線が一気に集まる。
先ほど誘われないと分かった他の学年の生徒全員からは、一転安堵のため息がシンクロして漏れるのが聞こえる。
「それはちょっと……」
ジョシュアも苦笑いだ。
「なんでよ? マルコの家の料理物凄く美味しいじゃん」
そのことにエマが少し不服そうだけど。
良い案だとでも思ったのかな?
僕としても皆から来るのを躊躇われるのは、望むところじゃないのだけれども。
仕方ないよね。
「だって……スレイズ様がいらっしゃるんですよね?」
「保護者として、そして家主として参加はなされなくとも、挨拶くらいは来られるでしょうし」
「あー……やめとこっか」
おいっ!
……おい。
ソフィアの言葉にエマがすぐに引き下がったの見て、なんとも言えない気持ちになる。
気持ちになるが、まあ仕方がないことか。
悲しいけど。
これがベルモントの宿命なのだろう。
お父様だって、家に招待していたのはディーンやクリスのお父上だったりと。
子爵家だとガンバトール様くらいしか……
まあ、あの人は人となりがあれだから。
友達は多くいたみたいだ。
「なかなか面白いお話をされてますね」
そこにディーンが割り込んでくる。
珍しい。
大体が殿下やクリスと一緒に食事を取っているから、途中で席を離れてこちらに来ることなんてないのに。
「殿下が耳を大きくして、聞いてますよ」
ああ、セリシオから情報収集を命じられたのか。
納得。
「それだったら提案があるのですが、総合普通科の子達も招待しませんか?」
「えっ?」
そこにディーンから、思いもよらない提案が。
この子ってあまり庶民と付き合うのに、積極的だったりしないと思ってたのに。
「ほら、クルリも進級するみたいですし」
「へえ、本人から聞いたの?」
「いえ、ちょっとね。だから知らなかったことにしてください」
ちょっとの中身がものすごく気になる。
知らなかったことも何も、僕も知ってたけどね。
「っと、その表情を見るにやはり、すでに知ってましたか。そっちは本人から?」
「いや、ちょっとね」
「なるほど……」
ブーメランだった。
僕も割と人に言えない情報網を使ってる一人だったよ。
「マルコもクルリのことを気にかけているみたいですね」
「おーい! 私を無視して話を進めるなあ」
ディーンとこそこそと会話をしていたら、エマが僕たちの間に手刀を振って割り込んできた。
そうだった、話の中心は提案者のエマだった。
「ところでディーン、それってどういうこと? なんで上級科じゃなくて普通科?」
「いや、私たちって普通科の子とあまり接点が無いでしょう? 特に貴族っぽい選択科目を取ってる皆からしたら」
「まあ、そうだけど」
「でも、将来的に王城で働いたりするなら、彼らとも付き合うことになるかもしれませんし」
そういえば、生徒同士の交流を推奨するわりには、この学園にはそういったイベントが少ない。
いや高等科にあがれば学園祭なるものもあるらしいけど。
「それに学園祭ともなれば、普通科の子をお手伝いに呼ぶこともありますし。クラブ活動に参加すれば……ね?」
「ああ、そうね」
「実は私たち、普通科にも友達が何人かいまして」
「そういえばあんたら2人、野営とかっていう授業取ってるんだっけ? 本当に変な子」
「エマ、外で自分たちの力だけで生活できるようになる素敵な授業らしいですよ」
エマの余りの言い様に、ソフィアが即座に突っ込んでいるけど。
「俺も取っておくべきだったと、今になって後悔してる。話を聞くに、とても興味深い内容ばかりだし……それに一般の子とも知り合いになったら、世界がさらに広がるだろうし」
「ベントレー、あんたたまに変なこと言うよね?」
エマ……
ベントレーは色々と経験を積むうちに、何をするにも無駄なことなど無いという考えに至っている。
そしてそれが今までの自分の生活とかけ離れたものであればあるほど、得られるものも多いと。
だから最近では積極的に外でも自分で買い物をしたりと、貴族の子供らしからぬ生活を。
ついに自炊にまで手を出し始めたらしいし。
一度手料理を振舞ってもらったけど、悔しいが美味い。
それもそうだ。
彼の料理の先生は土蜘蛛とトトなのだ。
不味い訳がない。
「あの料理をうちのシェフに作らせようと思ったら、まずは俺が再現できないとと思ってな。まあ彼らには、心底驚かれたが。なかなか心地よいものだったな。使用人としての世辞ではなく、一人の人間として心からの称賛を送ってもらうというものは」
「君は立派な貴族になれると思うよ」
「ふ、マルコにそう言ってもらえると、自信がもてるよ」
ぐはっ!
……半分は本音で半分は皮肉だったのに、素直ベントレーの言葉にダメージを受ける。
静まれダークマルコ。
ベントレーはいまや貴族の鑑なんだ。
「でさ、上級科の子供達にね……友達が虐げられたりでもしたら、ほら、いくら温厚な僕でもね」
「まあ、確かにそれは僕もあるかな?」
「ようは彼らを貴族科の庇護下に先においてしまおうってこと?」
ジョシュアの言葉にディーンが頷く。
なるほど、それは是非とも開く価値はあると思う。
思うけど、すでにその貴族科のパーティに普通科の子達が参加するのが、ハードル高過ぎませんか?
大丈夫?
「殿下に普通の庶民の子を会わせるの?」
「大丈夫、その辺りも含めてね」
「ちょっと、発案者の私を無視して話を進めないでよ」
「えっ? エマは反対なの?」
「いや、それは良いと思うけど、流石にうちでも手狭になるわよ」
スペースの問題か。
「はは、流石に家への招待は彼らもしり込みするでしょうから、学校に協力してもらいましょう。そちらの手配は私がしておきますよ」
スペースの問題はすぐに解決できた。
なんとなく計画が乗っ取られたような状況に、エマが少しだけ不満そう……いや、物凄く面白くなさそうだ。
「エマの家でのパーティも、物凄く魅力的ですけどね」
「そう? だったら、いつものメンバーだけで別にやろっか?」
「それは良いですね」
すかさずエマにフォローを入れるディーン。
「ヘンリーはどうしますか?」
「あー……まあ、元クラスメイトだし、高等科で戻ってくる可能性も出てきてるんだよね?」
「ええ、いまは模範的な生徒とはいえないけど、問題は起こしてないですからね」
「じゃあ、誘っても良いかな?」
なるほど。
ヘンリーを呼ぶことも考えていたのか。
ディーンもあれこれと考えているみたいで、本当に感心する。
「ということでマルコ、クルリにあちらの手配をお願いしようと思いますので、明日のお昼は付き合ってくださいね」
「えっ?」
「良いですよね?」
「まあ、良いんじゃないかな?」
とは言ったものの、普通科の食堂に行くのか。
迷惑じゃないかな?
「クルリをこの食堂に、招待しますか?」
「はは……僕たちが行こっか」
そっちの方が可哀そうか。





