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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編

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第9話:蟲達の宴

 こちらに着いてから5日目。

 ようやく、落ち着いた1日を迎えられる。

 2日目は登城して、王子とひと悶着

 3日目は挨拶周り。

 昨日は、未明に王子の来襲に入学試験での魔法適性騒動と慌ただしく過ごした。

 

 今日は試験の疲れもあるだろうということで、早朝訓練はお休み。

 祖母エリーゼの機嫌が直っていないことも、原因のひとつだ。

 予想以上のマルコの成長に、スレイズが自重する自信が無いらしく彼の執事のセバスに相談した結果、今日1日大人しくエリーゼに頼まれた自室の整理をすることにしたらしい。

 人に触らせないくせに自分でも掃除をしない書斎に、兼ねてからエリーゼは口をすっぱくして整理するよう言ってたが、本人は物の位置が分からなくなると頑なに拒んでいた。

 だが、これからマルコが書斎を訪れることもあるだろうからと、最近はエリーゼに強めに言われていたらしい。

 そのうえさらにセバスからも


「いい加減整理しないと、エリーゼ様に全部捨てられて燃やされてしまいますよ? 昨日の一件で、かなり怒っておられた様子でしたので」


 と言われたら、たまったもんじゃない。

 俺とマルコのイメージからは想像もつかないが、スレイズ曰く、あそこまで怒らせたら確実にやられると顔を青くしていた。


 慌てた祖父の様子を思い出し、少し笑いが込み上げてきた。

 自業自得だと思いつつも、マルコの様子を見る。


 そしてまだベッドの中で寝息を立てるマルコの様子を見て、思わず苦笑する。

 マリアがマルコごと布団を巻き込んでしがみついているので、寝苦しそうな表情を浮かべている。

 日本の3月に近い気候だが、朝はまだ冷える。

 だというのに、布団と母のサンドイッチ状態で髪がじんわりと汗で濡れている。

 そんなマルコの汗の臭いを、眠ったままクンクンと嗅ぎ続けるマリアに母の偉大な無償の愛とは少し違う気がすると引きつつ、目の前の画面を指先でつまんで映し出された景色を消す。


 今日くらいは、マルコとマリアさんに親子水入らずの時間を過ごさせてあげよう。

 授業に必要なものや、王都で流行の服などを見て回るらしい。

 遠足の前日のようにはしゃぎ、マルコを寝かせないように翌日の予定を一生懸命話すマリアにほっこりとした気持ちを抱きつつ、眠たい目をこすりつつ相槌を打つマルコに同情した。


 が、マリアにギュッと抱きしめられたマルコと代わるつもりはないので、心の中でエールを送るに留めたが。


 さてと、今日は1日管理者の空間に籠る訳だから、こいつらとも目いっぱい遊べるな。

 ふと横を見ると、虫達がキラキラとした目でこっちを見ている。


 マルコに何かあればすぐに分かるし、四六時中監視する必要も無い。

 なら、今日くらいはマルコの事は忘れて、カブト達のために目いっぱい時間を費やしてもいいだろう。


 この空間で疑似的に眠る事もできるが、眠らなくても疲れないのでここにいる間は、夜の間に色々と管理者の空間の運営に勤しんでいた。

 が、時間の概念も再現されたこの空間は、夜は暗くなる。

 神殿内は明るいが、外に出てやることといったら星を見るくらいだ。

 

 マルコの身体に戻って眠ることもできるが、最近はマリアがマルコに抱き着いて寝るため、なんだか気恥ずかしくて夜はこの空間に逃げ込んでいた。


 結果3日間貫徹といった、通常ならありえない状況。

 疑似的に眠る事もできるが、眠らなくても平気な身体とは意外と便利で、ついつい空間の改装やら虫たちの改造に時間を当てていた。


 百足がコーヒーを運んでくれるというのも不思議な光景だが、そのコーヒーを受け取れば蜂達が蜜を運んできてくれる。

 小さな壺に入れて。

 

 砂糖の代わりに使って欲しそうだったので、入れているが本音を言えば砂糖とミルクが良い。

 ミルクはさすがに、普通のものを使っている。

 物が腐らない空間というのは存外便利で、大きな銀のポット一杯に入ったミルクは数か月前に用意したものだ。


 入れ物を持っていって買うので、一度で済むようになるべくたくさん入る容器を用意したのだが。

 コーヒーに入れる量なんてたかが知れているので、そうそう無くなりそうにない。

 コーヒーを淹れるのは土蜘蛛の仕事だ。

 彼女は意外と手先が器用で、4本の足を使って上手にコーヒーミルで豆を挽いていた。

 中前足2本でミルを支えて、前足でハンドルを回す彼女に勝手にワイシャツとベストを着た姿を重ねて、喫茶店のマスターになれそうだなと笑った。

 土蜘蛛が巨大化したことで分かったのだが足は意外と毛深くて、そこに申し訳程度にある小さな2本の鉤爪が意外と可愛らしい。

 そしてフサフサした触り心地に小動物に似た触感を感じ、目を閉じればそれなりにモフれる事にも気付いた。

 昨日土蜘蛛の上で眠ってしまったマルコの気持ちが分からないでもない。


 蜘蛛の雄雌は分からなかったが、一度彼女を雄扱いしたら前足でペシペシと叩かれて猛抗議された。

 うちの虫達は俺の言葉が理解できるのだ。

 故に迂闊なことを、ポロリと零そうものなら大袈裟に反応が返ってくるので、言葉選びには慎重になる。


 コーヒーを飲んで外に出る。

 後ろをゾロゾロとついてくる虫達。

 増えすぎた蟻や蜂達のせいで、軍隊のマーチングのようになっている。

 いつか鼓笛を持たせてみようと思いつつ、吹奏楽器を扱えるのかなと疑問に思ったが。

 なんらかの手段で鳴らせそうだと思うにとどめた。


 外の景色も大分変わった。

 山も2つほど交換してもらったし、居住区も建物が6軒に増えた。

 立派な石畳の通路に、等間隔に夜を照らす街灯まで立てた。

 建物の間には芝生が敷き詰められており、街路樹も立ち並んでいてそこそこに見れるようにはなっている。

 人型の配下が居ないのが残念だ。 


 そのうち1軒はジャッカス達が来たときに使用するのと、もう1軒は水槽が並べてあり小さな虫達の箱庭となっている。

 

 さすがにカブトやラダマンティス、土蜘蛛が入れなくなったが彼等にはそれぞれの住処を用意している。

 カブトのために巨大な大木を1本、居住区の中央に用意した。

 ちなみにその大木の上に、土蜘蛛が巣を張っている。

 通常の放射状に糸が張られた幾何学模様のような巣ではなく、細い枝を糸で引き寄せて葉と糸で隙間を詰めた立体構造で中にすっぽりと入れるタイプのものだ。

 しかも正方形……

 内装には板まで張られている。

 一度彼女に案内されてお邪魔したがまあ彼女自身に必要なものがあまりないため、寝藁だけが中央に寄せられた状態だった。

 そのうえで悠然と佇む土蜘蛛を見て、思わず笑ってしまった。

 座布団の上に座った偉い人みたいで、なかなかカッコいい。


 カブトは根に近い場所にある巨大な洞にすっぽりと収まっていたが、角だけが飛び出していてこちらも可愛らしい。


 困ったのはラダマンティス。

 どうやら蟷螂は巣を持たないらしい。

 あんな立派な卵嚢を作るくせに、自分のものは作れないとか。


 まあ、作れたとしてもメスだけだし。

 本人は気にしないでくださいとばかりに鎌を横に振っていたが、傍目から見たら威嚇されているみたいだったと思う。


 そんなラダマンティスのために土蜘蛛が草をアーチ状に糸で上部を括りつけて、中に入れるようにしてくれた。

 なかなかに優しい。

 ラダマンティスも気に入ったらしく、土蜘蛛に頭を下げていた。

 複眼の中にある黒い点が、下から見上げるようになった彼の逆三角形の顔は、睨み付けているようにも見える。

 何をやっても攻撃的に見える彼が、ちょっとおかしくて笑ってしまったのは内緒だ。


 そうこうしているうちに、蜂や蝶たちが飛び交う花畑に着く。

 彼等のために用意したものだが気に入ってくれたようで、5~6匹の蜂に囲まれるように中央には1匹の蝶。

 同じ速度で規則正しく飛び交う姿は、ダンスを舞っているようにも見える。

 お花畑を満喫しているようで何より。


 どうやら大型の魔獣を想定した、戦闘時の立ち回りの訓練だったらしい。

 横に控えた土蜘蛛が、そっと教えてくれた。

 蜂達が周囲のどの角度から攻撃されても対応でき、怪我を負ってもすぐに回復できる。

 遠距離攻撃に対しては、蜂達が高速で羽を動かして放つ音波と風魔法で対応するらしい。

 蝶さえ元気なら、死ななければ大丈夫と蜂の一匹がホバリングしつつ、手振り身振りで教えてくれた。


 ちょっと微妙な気持ちになった。


 最初のうちに配下にした蜂と蟻は、身体が大きくなりすぎたため、隠密行動が取れなくなってしまったが、その分戦闘力は増している。

 幸い大型の蟻は女王蟻が1匹だったので、3百匹程しかいないが30cmクラスの蟻の大群と思えばなかなかに圧巻だ。

 蜂の方は、時期的なものもあり700匹ほどだが、そちらも15cm程。

 オオスズメバチが4~5cmほどだから、その3倍のサイズの蜜蜂。

 襲われたら悪夢だよな。

 しかも、どちらも装甲に地竜の鱗が使われている。

 鉄も弾く身体は、脅威以外のなにものでもないだろう。


 ちなみに小型のものは、そこまで改造していない。

 精々牙と、鉄のみに留めている。

 何故かって?

 蟻はどうやら数匹の女王蟻が住むコロニーだったらしく、いきなり1万近い蟻が目の前に現れた時は思わず頭を抱えた。


 幸いだったのは母体となる女王蟻の進化にしか対応しないらしく、1匹の女王蟻に合成を施したからといって全部が進化しなかった。

 なので今後役割を振って、家族単位で進化の方向性を変えられる。


 蜂の方は、秋の終わりだったため3000匹も居た。

 彼等には主に、管理者の空間で巣作りを頑張ってもらっている。

 蜜蝋や、蜂蜜の生産に力を入れて貰うつもりだ。


 それとスズメバチも。

 こっちは80匹程だったが、戦闘力は推して測るべし。

 素材の適性もミツバチの比じゃなく、狼の牙1つで顎が凶悪なものになった。

 サイズも60cm程と、もはや魔物だ。

 ファンタジーゲームに出てくるモンスターに近い。

 ブブブと羽を鳴らす音が、凶悪過ぎて笑えない。

 いや、懐いてくれているから可愛いと思えるが、これが襲ってきたと思うと軍隊も裸足で逃げ出すだろう。

 だって、鉄製の剣も槍も刺さらないし。


 ちなみに彼等はマルコ外出時の親衛隊だったりもする。

 いや女王蜂を守れよと言いたくなったが、さらに1回り大きな彼女が率先してマルコを守っている。

 本来なら飛ぶことも苦手なはずが、マルコのために戦闘特化に進化したらしく前足でものを持つこともできた。

 試しに槍を持たせてみたら、思ったのと違う。

 マスコットみたいで可愛くなった。


 彼女は毒針の方が遥かに硬く強いから、武器は要らないと言っていたが。

 元々使わせるつもりはない。

 悪戯心だ。

 そう伝えたら、花束を持って飛んでみせてくれた。

 うん、見た目に反して可愛い。

 

 カブトの背に乗って普段は移動するが、カブトが手が離せない時は彼等が運んでくれる。

 腰と肩を女王が掴んで。 

 広げた両手にそれぞれ1匹ずつ。

 両足に1匹ずつ。

 そして、身体の下から支えるのが3匹。

 1匹が身体の下に入り込んで羽を広げる。

 そして足の下に2匹の蜂。

 彼等が羽ばたいて飛ぶのを手伝っている。

 俺の身体の下にいる蜂はどことなく誇らしげだ。


 恐ろしく統制の取れた彼女たちは、お互いの距離を一切変えることなく飛べるので、脱力して身を委ねたら割とカブトより移動の時の身体の負担が少なかったりする。

 

 これを伝えたら、カブトが1週間くらい洞から出てこない気がしたので黙っているが。

 それに掴んで運ばれるより、乗って移動する方がカッコいいしね。

 そんな事を考えていたら、蜂達が絨毯の隅を摘んで運んできた。

 ここに座れと?

 絨毯に座る。

 

 4つ隅に1匹ずつ。

 間にも1匹ずつ。

 計8匹。

 俺が日に当たらにようにと、上に女王蜂。

 風よけとなるように、先導に4匹の蜂。


 ……


 カブトには内緒にするように。

 さすがに最初に配下になってくれたカブトの事は認めてくれているらしく、女王が首肯してくれる。


 見られてないよな?


 ちなみに地上での移動も……背中が平面に近く毛がフサフサしている土蜘蛛に軍配が上がる。

 速度面でいったら、ラダマンティスに跨った方が……


 ただ、見た目のカッコよさで言ったらお前がナンバー1だ。

 だからそこから出てきて顔を見せてくれないか?


 それからしばらくして立派な神輿を付けたカブトが出てくる。

 土蜘蛛と蚕たちが協力して作ってくれたらしい。

 長方形の箱に金糸をあしらった、複雑な編み込みのしてある布が張り付けられている。

 土蜘蛛の糸で、木を結わって作ったらしい。

 意外としっかりしていて、中に椅子まである。

 カブトに乗るにあたって必要は無いのだが、角に手綱も付けられておりそれを持って乗った姿は、象に乗るどこぞの王族のようだ。


 どうやってやめさせるかしばらく悩んだ。

 これまでの事を振り返りつつ花畑で蜂や蝶を眺めて寛いでいたら、いつの間にやら始まった蟲達の接待。

 大きな葉っぱで扇いでくれる芋虫。

 せっせと葉に果物を乗せて運んでくれる小さな蟻達。

 目の前ではカブトとラダマンティスが演舞に近い、試合を見せてくれる。

 たくさん練習したんだろうことが窺えるほどに、息がピッタリな攻防に目を見張る。


 蜂や蟻の集団行動も、息がピッタリで見惚れてしまうほど美しい。


 戦闘能力が低くあまり戦闘に連れていかない蛞蝓やミミズが、ここぞとばかりに衛兵のように俺の周りで誇らしげに体を持ち上げて姿勢をただしている。

 うん……絵面が気になるが、気持ちは嬉しいので微笑みかけると一瞬体がフニャッとしてた。

 可愛い……かも?


 上を見上げれば蝶や蛾が、その羽の色の配置に拘っただろう綺麗な文様を重ねてグラデーションになるように螺旋を描きながら飛んでいる。

 時折降ってくる、青白い光を放つ鱗粉が気持ちいい。

 身体に触れたそれは、少し強めに輝くと雪のように溶けてなくなる。


 百足が、土蜘蛛の入れたコーヒーを運んでくれる。

 どうやら、彼は執事ポジションを狙っているのだろうか?

 ちょっと難しいのではと思いつつ、横で誇らしげに佇む彼の頭を撫でてやる。


 いつの間にやら飛んできたチュン太郎が肩に止まり、勝手に果物を啄む。

 蟻達が抗議をしているが、本人は素知らぬ顔で俺に頬ずりして甘えてくる。

 

 土蜘蛛が糸でチュン太郎を捕獲して、どこかに連れていく。

 うん、ほどほどにな。


 カブトとラダマンティスの演舞が終わったらしい。

 2匹を労いつつ、背を差し出したカブトの上に跨る。


 上空高くまで運ばれると、恐らく蚕が作り出した布を背に乗せた蟻が並んでいる。

 コレオグラフィーのように、整列する度に綺麗な模様が出来上がる。

 最後にはどう見ても、かっこよさ10割増しの俺の似顔絵になった時は苦笑してしまったが。


 充実した1日だった。

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