第203話:クルリの災難リターン
「そっか、クルリも進学希望なのか」
「ええ、まあ」
「家には帰らなくても大丈夫なの?」
「うちには弟も居ますし。私はどちらかというと……」
何故でしょう。
ここは、総合上級科以下の生徒の食堂なのに。
目の前に座っているのは、貴族科の生徒。
それも、同級生の顔ともいえる二人。
マクベス侯爵家のディーン様と、ベルモント子爵家のマルコ様。
様とは言ったけど、同じ野営の授業を受ける友達……なのかな?
「こっちの食堂のご飯も美味しいですね」
「僕はこっちの方が食べやすいかな?」
「それ貴族科の食堂のシェフに聞かれたら、大変ですよ?」
「あはは」
笑ってごまかすしかない。
いや、私たちが貴族科の食堂を利用することはできないけど、彼らはここを利用することは可能です。
もちろん、彼らから招待を受ければ別ですが。
ちなみに私が、彼らを誘った訳じゃないんですけどね。
「じゃあ、3人揃って4年生に進級か。これからも、仲良くしてね」
「えっ? あっ、はい……」
そうですか。
これからも、マルコ君に宜しくされるのですか。
すでに10人座れるこのテーブルには、他に誰も座ってないのですが?
この混雑するお昼時に。
もちろんお弁当を持ってきている子もいるので、生徒全員が集まるわけじゃありませんが。
それでも不自然に空いているこの場所に、何故他の生徒が座らないのでしょうか?
分かりますよね?
ねっ? 二人とも?
さっきから、ちっとも食べている物の味が分かりません。
授業でだいぶ気安い仲になったと思っていたのですが、こうやって周囲の子達の反応を見ると彼らがどんな人種かというのがまざまざと思い起こさせられます。
一言誰かを指さして「あの子、気に入らないな」とぼやけば、その子の学園生活が終わりを告げるくらいの権力の持ち主。
恐ろしいのは親だけではなく、彼ら自身が3年間で培った地位ですらその力があるということ。
ディーン君は総合成績1位ですからね。
全ての学生よりも優遇される立場であると同時に、加えて侯爵家の子供。
同級生の中では、セリシオ殿下の次に位置する権力者です。
もちろん他の学年の生徒には、殿下の姉君や公爵家のご令嬢もいらっしゃいますが。
初等科では、トップクラスです。
そしてもう一人はベルモント家の、ご子息。
これはもう泣く子も黙るならぬ、驕る貴族も黙ると言えば分かるでしょうか?
1000人に匹敵する個の武力の前に国家権力は抑止力になりえるかというのは、シビリア王国の市井の興味の的です。
酒の席で一般の方が、よく討論している議題だとか。
その1000人に匹敵する個の武力というのは、マルコ君のおじいさまのスレイズ様のこと。
加えてマイケル様も相当な手練れ。
あげくに家人がそれぞれ一騎当千。
ベルモント家ならぬベルモント軍と揶揄されることもあるくらいに、おかしな人達の集団らしいです。
となればマルコ君自身も当然。
そんなことより、何故この2人が私に会いにわざわざこんな下々の食堂に来ているのでしょうか?
「ごめんごめん、ディーンがもしクルリが卒業するなら送別会しないとって言いだして」
卒業しなくてごめんなさい。
卒業しましょうか?
「それは有難うございます。ちなみにどちらで開く予定だったのでしゅか?」
詳細を聞くのが怖くて噛んでしまいました。
けど、聞かない訳にはいかないですよね?
「どうしました? 今日はやけに礼儀正しいですね?」
「えっ? いつも通りかと……」
ディーン君がとんでもないことを言い出しました。
まるで普段の私が、気安く彼らに話しかけているかのような……
周囲の視線が怖いです。
いや、責められているような視線ではなく……
なんかこう、拒絶?
私と関わりたくないというか、疎外感というか。
「もちろん寮で開くわけにもいかないからね。うちに招待しようかと」
セーフ!
進学を選んだ私、素晴らしい!
箔がつくとか、そんな次元じゃない。
いち平民のために、侯爵家で食事会とか。
馬鹿じゃないんですか?
「もちろん他にもいろんな人を招待しようと思ってたのですけどね」
聞きません。
卒業しないので、ここから先は聞きません。
「殿下とか、クリスとか、他にもエマとか……」
聞こえません。
聞いてません。
貴族科のアンタッチャブルな人たちの名前が列挙されてますが、何も聞いてません。
「残念です。せっかくのお心遣いですが、またの機会にでも」
「またの機会だなんてとんでもない。進級するなら私たちの進級パーティにぜひ出席しませんか? 私がエスコートしますよ?」
「ディーン?」
頭がおかしいのでしょうか?
何が悲しくて平民でも下の王都住まいでもない開拓民の子供を、お貴族様のパーティに招待するとかディーン様は何を考えているのですか?
「あっ、クルリそんな顔したら」
感情が何も湧き出ないままの表情でディーン君を見れば、彼は何かを感じたのかニヤリと笑みを浮かべます。
「まさかと思うけど、平民のそれも開拓民の子供であるクルリが、お貴族様のお誘いを断ったりしませんよね?」
えっ?
なにこの子、怖い。
というか、あれ?
思ったこと、まるっとばれてる?
「開拓民の子供を誘うなんておかしいんじゃない? って顔するからだよ!」
と思ったら、マルコ様からそんな指摘が。
ええ?
そんなに分かりやすい表情してました?
思わず頬に手を当ててしまいました。
「ほら……」
「ふふ、そんなことを思ってたのですね」
決定打を与えてしまったようです。
「というのは冗談でね。誘うのはクルリだけじゃないですよ」
「えっ?」
どうやら揶揄われたようです。
というか、私だけじゃないって?
「一応この学園の意義の一つとして、優秀な一般の子と貴族の顔を繋ぐという側面もあるのは、知ってますね?」
「まあ、はい」
「でですね進級組の子達というか高等科になると総合普通科の生徒数もぐっと減るわけですし、進級組の総合普通科と貴族科の顔つなぎの場所を設けられたらと思いまして」
「そういうこと、で僕たちの知り合いって野営の授業取ってる子達しかいないからさ」
おっと……背後から様々な視線が突き刺さってきます。
これは、進級組の普通科の子達ですね。
全力で回避するようにとの期待が込められた視線ですね。
「そっちの……総合普通科のとりまとめ役をお願いできたらと思ってさ」
「えっと……拒否権は?」
「あると思う?」
私の言葉に対して、マルコ君がディーン君の方をちらっと見て笑いかけてきます。
ある訳ないですよね?
だったらと……
「ちなみにそのパーティ自体の、参加の拒否権は?」
「他の子にはあるけど、まさか友達のクルリはそんなことしませんよね?」
今度はディーン様。
ははは……そうですか。
「ただ、少しでも多くの子達に参加して頂けたらなと」
そのディーン君の言葉を受けて振り返れば、一斉に目をそらされます。
総合普通科の進級組の子達から。
酷いです……
つい先日まで、高等科になっても友達だよって言ってくれた子まで。
なんて友達甲斐のない。
「ちなみに貴族科は全員参加ですので」
「全員? ということは?」
「当然、殿下も参加されますよ」
おおっと、椅子を引いて同時に席を立つ音がいくつも。
その情報、いまここで言う必要ありましたか?
「断った子達はリストにでもまとめてくれたらいいですよ」
ですが続くディーン君の言葉で、ほぼ全員の歩く音が止まります。
はなから逃がすつもりはなさそうです。
「流石にうちでやるというのは冗談ですよ。うちもそこまでの広間は用意できないから、学校のホールを借りましたので安心してください」
少しだけ救いがありました。
「ただスタッフや料理人はうちと、ビーチェ家、エメリア家、クーデル家の方で用意しますから安心してください」
何も安心できません。
どの家の使用人ですら、私たちよりも立場が上なのですが?
もちろんそんなことは聞き入れてもらえるわけもなく、こうして学園での進級パーティはほぼ確定したようです。
そして、総合普通科の幹事は私と。
一体どうすれば……





