第200話:第2章200話記念IFストーリー 未来のマサキ、マコ、クコ 前編
「それではよろしくお願いします」
「行くか、クコ、マコ」
俺はいまマルコの身体に入って、冒険者ギルドに来ていた。
17歳になったマコは熊獣人の父親の血が色濃くでたのか、強く逞しい体躯をしている。
それでいて狼のようなしなやかさもあり、父親ながら嫉妬を覚える痩せマッチョの理想形だ。
特殊な素材の皮の鎧……まあ、合成で色々と混ぜて作ったから、この世界なら相当な業物だ。
強いて言うなら、竜鱗の鎧ならぬ竜皮の鎧。
各種耐性はもちろんのこと、様々な能力にバフが掛かる。
武器はやはり俺に憧れていたのか、少し長めの片手剣を使っている。
もう一度言おう。
小さいころから育て上げ父のように慕っている俺に憧れて、長めの片手剣を使っている。
「お前は、本当にパパっ子だな」
「うん、いつか父さんのように、滅茶苦茶強くなるんだ!」
ふっ……子供が素直に育ってくれて嬉しい。
彼等の本当の父親のことは……まあ、また機会があれば話そう。
そして、その横にいるクコは狼の血を色濃く継いだのか、とってもスレンダーで締まった体の女性が。
本当にスレンダーだ。
必要なところまでスレンダーだが、まあ良い。
「なに?」
胸を見てたら、娘に変な目で見られてしまった。
「いや、きっとこれから大きくなるんだから! だから、いっつもそんな悲しそうな目しないでよ」
いや、俺の視線がショックだったらしい。
もう少し小さなころに、乳製品を多く与えておくべきだった……いや結構口にしてた気が。
まあいい、変な男が近寄って来なくて……違った意味で変な男が近付いてきそうだな。
護衛につけてる見えざる暗殺者をもう30匹ほど追加しておこう。
もはや蜘蛛神といっても良いレベルの土蜘蛛が編んだローブを身に纏っているから、神々しい。
あれ?
目を擦る。
「娘だと思ったら女神だった……クコどこいった?」
「もう! 私がクコ! 週に何回このやり取りすれば良いの?」
「えっ? こんな美を体現した女性が娘なわけ……ほんまや!」
横でマコが呆れたような表情を浮かべているが、クコも満更じゃなさそうなので良いじゃないか。
「あの……そろそろ」
っと……ついつい娘にデレていたら、今回一緒に依頼を受けた暗黒竜滅殺隊のリーダーの……なんつったっけ?
「ごめんなさい、ジョブさん。パパ、ほら待たせたら悪いよ?」
そうだった、ジョブさんだ。
「あっ、ジョズです」
違った!
えっと、まあ良い。
今回俺達Dランクパーティ『昆虫王国』はCランクパーティの『暗黒竜滅殺隊』の面々と、とあるダンジョンに潜ることになった。
なんでも30階層に向かったCランクパーティの『風の調べ』の一団が戻ってこないとのことだ。
何かあったのだろうということだったが、生憎とBランクパーティのメンバーは全員出払っている。
とてもじゃないがBランクパーティの帰還までかなりの日数が空いていたので、仕方なくCランクパーティ2つで救出に向かおうという話になったらしい。
ギルドで勝手に。
そこで白刃の矢が立ったのが、暗黒……言いずらい。
黒歴史の方々だ。
ただ、もう一組が決まらない……
Cランクになりたてだと、ミイラ取りがミイラになる可能性も。
他のCランクパーティは、既に別の依頼を受けていると。
誰も捕まらず、困り果てたギルド職員が上司に相談。
そこでギルドマスター以上が知っているマル秘情報が。
SS級冒険者ジャッカスの秘蔵の弟子ということになっている俺達に、声が掛かった訳だ。
黒歴史との初顔合わせは、とてもスムーズだった。
「ええ、Dランクといっしょとかさぁ……お前ら……ふわっ!」
「初めまして、昆虫王国のリーダーのマサキです」
「ありがとうございます」
なんかそのパーティメンバーの1人が嫌な事を言い出しそうだったので、クコやマコの耳に入る前に土蜘蛛の威圧を借りて放っておいた。
その名も【涅槃】。
うん……とっても心安らかな顔で死んだ魚のような目をしてしまう効果がある。
正確には威圧の効果がレジストされなかった場合、対象は生を諦め煩悩を全て消し去り死を受け入れる状態になる。
なかなかに、ズルいスキルだ。
昔の苦行で解脱を目指していた時代の僧たちが聞いたら、ぶち切れるだろうな。
どうでもいいけど。
ちなみに俺達の昆虫王国というパーティ名は、クコが決めた。
俺はノアの箱舟を押したんだけど……
あっ、クコやマコには地球の神話も教えてたりするから、意味は知ってるんだけどね。
マコは真剣鬼団を押してきたが、クコが剣を使わないので却下された。
クコがどうしても昆虫王国が良いって言うから、仕方ないよなー。
取りあえず威圧を引っ込めて、ダンジョンに入る。
流石はC級パーティの黒歴史。
ゴブリンやスライム、吸血蝙蝠なんか歯牙にもかけない強さだな。
「ふん、お嬢ちゃんは俺の後ろにいな! 守ってやるから」
とは黒歴史のカッコいい女剣士のセリフ。
良かったな……男だったら死んでたぞ?
ハーミットとは別に付けていた、幸福な死を与えし者によってな。
こいつらは、取りあえずクコに近づいた人間を、もれなくターゲットにする。
常に首の後ろに擬態を使って、忍び込んでいる。
そして決して人を信用しない。
たとえ神父様だろうと、クコから離れるまで首の後ろにスタンバっている。
この調子で頼む。
ただ流石に20階層からは魔物も大分強くなってくるし、実際に彼等もしんどくなってきたらしい。
だから、俺達も手伝う。
というかだ……普通は下層をランクが下の俺達に任せるべきだったんじゃないのか?
面倒だったから、敢えて口にしなかったが。
勝手に張り切って、マコやクコに良いところを見せようとしたこいつらが悪い。
体力の温存もせずに、先にへばるとは。
いや、まだまだ奮闘はしているが。
「ジャマさん、危ない!」
そう言ってクコがジョズを押しのけると、天井から降って来た百足を掴みそこねる。
百足がクコを認識したとたんに慌てて身体を捻ってクコの伸ばした手を回避し、凄い勢いで逃げ出したからだ。
「ジョズね……クコちゃん、わざと間違えてない?」
「すいません……」
わざとじゃない。
興味が無いから覚えられないんだ。
クコは俺の嫁になるって、小さいころからずっと言ってるもんなー?
「いつの頃よ! もう言ってないし」
はっ、心の声が駄々洩れだったらしい。
「娘が反抗期……パパ、悲しい」
「ちょっ、こんなところで泣かないでよ! お嫁にはなれないけど、パパが一番大好きだから」
「むふー! 俺復活! どけ、黒歴史ども!」
「「「黒歴史?」」」
黒歴史、黒歴史ってずっと頭の中で呼んでたら、暗黒竜滅殺団をついそう呼んでしまった。
「間違えた、魔物ども!」
なので、魔物に向けて言ったことに……
無理のある誤魔化し方だったかな?
大丈夫だよね?
何も無かったかのように、俺は剣の柄に手を掛ける。
「こぉぉぉぉぉ……はっ!」
気合を入れて、スキルを発動。
俺の手元からチンと鍔鳴りの音がすると、壁や天井から多くの虫型の魔物が落ちてくる。
ラダマンティスのスキル、【最後の審判】だ。
これは敵対反応のある魔物に、自動追尾型の真空の刃を放つものなのだが……
それで斬れなかった場合、遅れて空間断裂の効果が発動する。
絶対切断的な能力だな。
「えっ? 何が起きた?」
「なんで、魔物たちが?」
黒歴史の面々が困惑している。
ふっ……自分の必殺技を自分で説明するのは、ちょっと恥ずかしいな。
「はは、父さんのスキルだよ! 今の一瞬で放った斬撃は……41個を超えたあたりで、分からなくなっちゃった」
「うーん、それだけでも十分じゃない? この人たちには見えてなかったみたいだし」
代わりにマコが説明してくれた。
でも途中で何発撃ったか分からなくなったらしい。
安心しろ、俺も分からん。
クコが何気に酷いことを言っている。
「こらこら、俺達よりも格上のCランクパーティの方々だぞ? 当然見えていたに決まってるだろう? ねえ、皆さん?」
「えっ? あ……うん」
「はっ? ハモイお前、あれが見えてたのか? 俺なんか振った剣の一振りしか分からなかったぞ? リーダーは?」
「すまん、俺には剣を抜いたのすら分からなかった。剣を鞘にしまう音しか分からなかった」
「私にも、何がなんだか……」
「ごめん……実は俺も見えてない」
ハモイ以外は正直者と。
最後にはハモイも正直に白状していたが。
うん、なかなかに好感が持てる人たちだ。
「父さん俺のも残しといてよ」
活躍の機会を失ったマコが、頭の後ろで手を組んでブーブー言ってる。
すまん。
ちょっとクコに世界一大好きって言われて、調子に乗った。
「あっ、マサキさん俺前歩きますよ? いやあ、魔物が出た時はお願いします。あっ、雑事は全部自分がやるんで」
「マサキさん、どちらで剣を学ばれたのですか? もしお時間あれば、一度私の剣を見て悪いところとかあったら教えてもらえると……」
そしてジョズとハモイが、俺達に対してかなり低姿勢になった。
そんなに気にしないで欲しい。
「グォォォォォォォォ!」
「なっ! ジャイアントヒートリザードだとっ!」
しばらくダンジョンを進むと、奥から真っ赤な竜みたいな蜥蜴が。
前を歩いていた、ジョズさんが驚いている。
でかいな……全長で5mくらい?
ダンジョンに住むの辛くないのかな?
「父さん?」
そう思って眺めていたら、マコがキラキラとした視線を向けてくる。
これは……取ったら、怒るだろうな。
まだまだ、クコに良いところを見せたかったのに。
仕方ない。
「ああ、あれはお前にやろう」
「やったぜ!」
俺の言葉に、マコがおおはしゃぎだ。
うんうん、マコも可愛い。
譲ってやって、良かった。
「「「「はっ?」」」」
俺とマコのこのやり取りに、黒歴史の人達が口をポカンと開けているが。
「いや、あれB級3人以上推奨……」
「てか、普通にボスレベル……」
黒歴史の人達が、何やら呟いているのが聞こえてきた。
あれ狩るのに、B級冒険者が3人も要るのか?
何度か素材採取の為に狩ったことあるから、大体の強さは分かっている。
昔戦った、巨大な地竜程度の強さだったと思う。
「飛んだ?」
マコが地面を蹴って飛び上がる。
速度も高さもなかなかある。
黒歴史の人達の視線が、一瞬遅れてマコを捕らえる……と同時に、マコがさらに空中で飛び上がる。
「えっ? 空中でさらに上に向かって加速?」
左手の袖から蜘蛛の糸を飛ばして、天井に張り付けた状態で。
そう彼の両手、両足の裾にはそれぞれ特撮蜘蛛が潜んでいる。
だから構築物があれば、マコはかなり変則的な動きが出来る。
何度も木や壁にぶつかりながら体得した、マコオリジナル剣術だ。
天井に張り付いたマコに、トカゲが視線を向けると口を大きく開く。
「グォォォォォ!」
「不味い!」
「マコくん!」
天井に向かって放たれた火に対して、宙にいるマコは完全に無防備。
黒歴史の面々から悲鳴があがる。
が、マコは天井に張り付けた糸を切って、宙返りしながら落下してその火をあっさりと躱す。
「宙を走ってる!」
「なんだ、あの子」
そして壁と壁を繋いだ糸の上をダッシュして、トカゲに肉薄すると。
「よいしょっと」
そのまま背後まで駆け抜ける。
「えっ? 走り抜けただけ?」
「いや、もう終わってるよ」
さっきクコにカッコいいことを言っていた女剣士が不思議そうにしていたので、教えてあげる。
最近のマコの本気の動きはとてもじゃないが肉眼じゃ捉えきれない速さなので、視覚強化と思考加速をした状態で。
タキサイキア現象のように、スローモーションのように周囲の状況がゆっくりと進む中で、マコは剣を抜いて8振りして、意味も無くそこからさらに剣を1回転させて鞘にしまっていた。
「8振りか……最後に余計なことをしなければ、もう3回は斬れたんじゃないか?」
「そこまで見えるのは父さんだけだよ」
俺が声を掛けるとマコが肩を竦めたが、少し遅れてトカゲの身体に8本の筋が入ってバラバラになる。
顔も細切れにされてしまっては、叫び声すらあげられないか。
それは、横にいるこの人たちも同じ。
しばらく、ポカンと固まっていた。
「なにこの人達……」
「冒険者のランクってなんだろうね……」
「マサキ様か……既婚者じゃなければ」
「えっ? ミレーネ?」
徐々に思考が復活したのか、口々に色々なことを漏らしている。
なるほど、あの女剣士はミレーネという名前なのか。
そして、俺に少し惚れたなあれは。
「むう……」
「どうしたんだ、急に甘えて来て」
その様子を見ていたクコが、俺に腕に抱き着いて来る。
うんうん、嫉妬か?
可愛いやつだ。
「マコさんやばいっすね」
「あっ、これ良かったら」
「大丈夫ですよ。あの程度じゃ、汗も出ないから」
ジョズがマコにタオルを差し出している。
そして、完全にあの目は尊敬の眼差しだな。
そうだろう?
俺の息子って、凄いんだぜ?
何故、そんなに凄いのかって?
そりゃ、俺の息子だからさ!





