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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第8話:チャド・フォン・ブラッドフォールン

「さてと……初めましてで宜しいかな」

「はい、お初にお目に掛かります。マイケル・フォン・ベルモントが子、マルコ・フォン・ベルモントです」


 質素な佇まいながらも、歴史と価値を感じさせる調度品が立ち並ぶ部屋で立派な椅子に腰かけ、学長が髭をさすりながらこちらを興味深そうに見ている。

 机も大木を1本まるまる加工したものだろう。

 特に飾り気のない造りのそれは、継ぎ目らしいものも見られず、ニスを塗られた深い茶色の天板が窓から差し込む光を反射して価値を主張する。


 隠すつもりのない猜疑心の籠った視線にさらされ、思わず直立してしまう。

 

「まあご存知だと思うが、儂が国立シビリア総合学園13代学長を務めさせてもらっておる、チャド・フォン・ブラッドフォールンだ」


 チャド学園長の実家、ブラッドフォールン家は火属性の魔法を得意とする家系で、5代前の当主が先ほどちらりと話に出てきた、火の魔人、英雄スカーレット・フォン・ブラッドフォールン。

 この国でも古参の重鎮で、息子に早々と家督を譲ったあとは学園の学長として、教師と子供たちの育成に貢献している。

 国王の遠縁にもあたる家柄はあくまで伯爵家ではあるが、国内での発言力は時に侯爵家のものより優先される。


 目の前の老人も年相応に皺を重ねているが、身体から漲る気力は壮年の教師と変わらない。

 優しく垂れ下がった瞼の下にある瞳には、強い光と警戒心が表れておりマルコを値踏みするようにジッと見つめている。


 時折漏れるオーラは祖父スレイズのものと同等で、その気迫に当てられて思わず下がりそうになる足に力を込めて踏みとどまる。

 というか、8歳児になんて圧を飛ばしやがる。


 中に居るのが俺だからいいけど、これがマルコだったらすでに涙目だろう。

 祖父によく似たオーラを放っている時点で、常識的な老人という枠から外れているだろう。


「はっ、御高名は兼ねがねよりお伺いしております。こうして直接お会いできたことを光栄に思います」

「……このような状況でなければか? 世辞はいい。そう警戒しなくてもよいぞ。何も取って食うつもりはないからのう」


 さすがは人生経験豊富な人だけはある。

 口先だけの言葉を、文字通りは受け取ってくれないか。


「それにしても、スレイズに全く似ぬ立派な物言いをする子じゃ……まあ、わしを前にしても怯まぬ姿勢は、さすが彼奴の孫といったところか」


 わざと威圧的な雰囲気を出しておいて、よくもまあいけしゃあしゃあと。

 何を言っても言質を取られそうな状況だ。

 敢えて流させてもらう。


 じっとチャド学園長の言葉を待つ。


「ふふ、中々に思慮深いの。迂闊な事はペラペラとは喋らぬか」

「いえ、さすがに緊張しておりますので」

「ふむ……この学園に通うからには、子供の、孫のように接するつもりじゃからのう。そう怖がらないでくれないか?」

「それは有り難い事ですが、国民の全てが憧れるスカーレット様の血を継がれる、ご本人様も並々ならぬ功績を立てられておられます。尊敬する方の1人を前に難しいですよ」


 俺の言葉に対して、チャド学園長が目を細めて表情を崩す。

 そして、嬉しそうな笑みを浮かべると、すぐに表情を引き締める。


「さて……ところで一つ聞くが……おぬし、本当にマルコ・フォン・ベルモントか?」

「おっしゃっておられる意味が分かりかねます。が、その事は疑いようのない事実ですよ」


 いきなり核心を突く質問をされたが、俺はマルコで間違いない。

 転生者ではあるが、この世界に生まれた瞬間からマルコだからな。

 そこは自信をもって答えられる。


「先ほどわしが魔法適性を計る教室に入ってから、途中でおぬしの雰囲気が変わったように思えたが?」

「そうですね……担当の先生方があまりに動揺されるものでしたので移ってしまいましたが、学園長のお姿を見て覚悟を決めたからですかね?」

「覚悟とな?」

「はいっ、私の何が問題となったのか分かりませんが、学園長が来られたことでそれが良くも悪くも、うまく落ち着くのではないかと愚考しましたので」


 俺の言葉に目を丸くするチャド学園長。

 言外に信用も信頼もするから、うまく丸めてくれるよね? と聞いているのだ。

 当然賢い目の前の人だ、そのような思惑はすぐに気付いているだろう。


「ほっほっほ、なかなかに恐ろしい新入生が入ってきたものじゃ……わしを試すか?」

「恐れ多い事です。そのような意図はございません」


 正しい答えが全く分からない状況ではあるが、目の前の御仁が祖父に似た気質を持っているなら間違いでは無いはず。

 じんわりと手が汗ばんでくるのを感じつつ、平静を装う。


「スレイズめ……素敵な子供を送り込んできたものだ」

「申し訳ございません……失礼を承知でお伺いしますが、それは皮肉でしょうか?」

「いや、正直な感想じゃ。淡々と教育を繰り返す事が続いておったからのう。今年は殿下の入学に合わせて優秀な人材がたくさん入ってきたので、きっと学園が盛り上がると思うておったが……お主は、その中でもずば抜けて面白い」

「面白い……ですか?」


 面倒な子供という意図が見え隠れする発言に正直に斬り込んでみたが、返ってきた反応に微妙な表情を浮かべざるを得ない。

 その言葉に嘘や誤魔化しは感じられない。

 チャド学園長が純粋に良い意味でも、悪い意味でも面白いと感じているのが伝わってくる。


 これは訓練を受ける前の祖父の目によく似ている。

 どうやら、学園生活は平穏無事にとはいかなさそうだ。

 思わず出そうになる溜息をグッと堪える。


「聞きたいことは色々とあるが、何故力を隠す?」

「おっしゃる意味が分かりませんが……」

「体力測定も、武力測定も上位20位には入るだろうが……全力を出したような演技をしても、身体的な疲労の特徴は全く見られんでのう」

「まあ、あれだけジッと見ておられては気付かれますよね……あまり目立つつもりは無いので」

「その理由が分からんのじゃ。お主くらいの年の子なら自己顕示欲は少なからずあるはずじゃ。ましてやビーチェ家の青坊主にあのように挑発されて、なおさらりと受け流すなど……本当に子供なのか?」

「はい、まだまだ世の何かも分からぬ若輩者ですよ」


 まああの時はまだ、マルコがメインだったから嘘は吐いてない。

 俺がそうさせたのもあるし、元々マルコはことなかれ主義の気質が強いから言い含めなくてもそうしただろう。

 誤魔化すのも面倒くさくなったので、挑発的に白々しい謙遜を並べ立てる。

 この人のことだ、面白いおもちゃは目の届く範囲に置いておきたいと思うはず。

 だったら、バレたところで上手く立ち回れば、味方になってくれるだろう。


 興味のある事に関しては、とことん真っすぐな性根の持ち主だろう。

 なんせ、先ほどから見せる表情がスレイズと全く一緒だ。


「殿下は知っておられるようじゃが?」

「一度手を合わせてから過分な評価を向けられ、私も困惑しております。何故、あのように買い被られたのか、直接聞くわけにもいかず困っているのです」

「そうか……ちなみに筆記試験の採点をお主のもののみ急がせたのじゃが……」

「それが?」


 何やらあまり良い予感がしない。

 マルコのやつ……


「歴史、算術、国語、一般常識全てが100点満点中90点。武のベルモントの子供としては、すこぶる優秀じゃのう」

「一生懸命やったのですが、結果が出て良かったです」


 何故俺のだけという言葉を飲み込んで、素直に喜んでおく。


「全てが丁度90点……間違えた問題は手付かず。不思議な偶然もあるものじゃのう」

「っ……考えても分からない問題に時間を割くのは愚かな事だと思ってますので、その時間を見直しに費やしました」


 ただ、次のチャドの言葉で思わず一瞬表情を曇らせてしまった。

 どうしても実力を披露したかったのだろう。

 マルコの子供の部分の、ささやかな抵抗に思わず歯噛みしそうになるがグッと堪える。


「その様子じゃと……いま初めて知ったという風に感じられるが?」

「そうですね。そのようなところまで気にされるとは思わず、あらぬ疑いに少し戸惑いました」


 やばい。

 この人絶対に何か仕掛けてくる。

 試したいと顔にでかでかと書いてある。

 徐々に手加減を緩める祖父にそっくりだ。


 何が来ても、防がず慌てず……いや、慌てるべきだな。


「認めてはくれぬか?」

「何をでしょうか?」


 こちらを睨み付けるチャド学園長に、怯えた視線を向ける。


「しっ!」

「わっ!」


 次の瞬間にチャド学園長の方から何かが飛んでくる。


「いったー!」

「えっ?」


 そして思いっきり額に直撃する。

 床にカンという音立てて落ちたのは、チャド学園長のテーブルにあったティーセットに添えられた木の匙。


 ていうか、マジで痛い。

 思わず額を押さえて蹲る。


「す……すまん。お主なら防げるかと思うて」

「いきなり酷いですよ!」


 チャド学園長が、慌てて机を飛び越えてこちらに駆け寄ってくる。

 元気なじじいだ。

 そして心配そうに俺のすぐ前であたふたする、チャド学園長におでこをさすりながら抗議する。

 普通こういうのって、防ぐのに失敗しても良いもの使うでしょ。

 魔法を撃って、ぶつかる直前に消すとか。

 

「いや、来ると分かってたような雰囲気じゃったのじゃが。現に警戒しておらなんだか?」

「言い訳するならもっとマシなものにしてください!」

「うう……すまぬ」


 本気で焦ったのだろう。

 チャド学園長の言い訳をぶった切ると素直に、頭を下げてくる。

 貸しひとつだな。


 まあ余り苛めるのも可哀想だしね。


「今すぐ回復魔法を」

「いえ、結構です」

「そ……そうか?」


 真っ赤に腫れたおでこを押さえて、学園長を手で制す。


「ところで相談なのですが」

「この状況でか? 恐ろしいが、内容を聞かぬわけにもいくまい」

「ありがとうございます」


 おでこを隠しつつ涙目で学園長に話しかけると、若干怯んだ様子で受諾してくれる。


「いま、殿下やクリスにやけに目を付けられておりまして、学園長のお力でどうにかなりませんか?」

「まあ……どうにかできぬこともないが」

「痛い……」


 渋る学園長に対して、おでこをアピールしてみる。

 ぶつかったことで、よほど動揺したのだろう。

 大きく溜息を吐くと、しっかりと頷く。


「分かった、お主が学園におる間、教師を含め何者にも手を出させぬよう配慮しよう」

「それは、何があっても守ってくれると?」

「うむ、お主に非が無ければのう。さすがにお主に非がある状況での庇い立てはできんぞ」

「十分です」


 こっちの秘密を探ろうとして、逆に言質を取られたことでチャド学園長の表情が渋い物になる。

 さてと、これは序の口。

 爆弾を落とさせてもらおう。


「いやあ、チャド学園長が生徒思いの優しい方で良かった」


 そう言って管理者の空間から、右手に包帯を取り出すと自分でおでこに巻く。


「お! お主!」

「あっ、安心してください。家の者に怪我の原因を聞かれても、チャド学園長の事は申し上げませんので」

「そ……そうじゃない。いま、それをどこから取り出した?」


 祖父そっくりな老人を驚かせることに成功できて、少し楽しくなってくる。


「えっ? 普通に、こうやって右手で取り寄せたのですが?」

  

 続いて右手から、地竜の鱗を1つ取り出す。


「収納魔法? いや召喚系か? いや、ベルモントに魔法を教えられるだけの明るいものは……もしや、エリーゼ様か?」


 学園長までエリーゼ様だよ。

 本当にばーちゃん何者だ?

 学園長以上に驚きそうな心を隠して、ニヤリと笑ってみせる。


「私に非が無ければ、守ってくださるんですよね?」


 ニヤニヤとした表情でチャド学園長の方を見やると、まだ混乱から立ち直っていない様子。


「あいたたた! おでこが、おでこが急に」

「グヌヌ……お主、案外性格悪いのう。スレイズにそっくりじゃ」

「はあ……それが、加害者の言葉ですか。まあ、学園長なら大丈夫と思ったので」

「その信頼が恐ろしく怖いのじゃが」


 呆れた様子のチャド学園長の肩をポンポンと叩く。


「大丈夫、マルコは素直で優しい子ですから……今も心配そうに貴方を見ておられますよ」

「っつ! やはり、お主は」


 チャド学園長が欲しかっただろう言葉を教えてあげると、少し距離を取って杖を手にする。

 それから、剣呑とした視線を向けてくる学園長を手で制すると、首を横に振る。


「勘違いなく。私もマルコで間違いないですから」

「解離性同一障害……いや、精霊?」

「違いますよ……ただの並列思考のマルコでして、障害などではありませんので」


 多重人格ごっこなんてする気はないから、種明かしはとっとと済ませておく。


「まあ詳細は後々、マルコの事をお願いしますね」

「お主は……本当に何者なのじゃ?」

「本当に正真正銘、産まれた時からマルコ・フォン・ベルモントです。それだけは嘘偽りじゃない事はお約束します」


 俺の言葉を信用しきれないのか、チャド学園長は何かを逡巡するような表情を浮かべている。


「ちょっと、からかい過ぎましたね。本当にマルコ・フォン・ベルモントなんで安心してください。マルコのためにならないことは絶対にしませんよ……なんせ、自分の事なのですから」

「やけに子供っぽくないが……もしかして記憶があるのか?」


 記憶がなにを指しているのかは言わなかったが、恐らくそういう事だろう。

 どこで判断したのか分からないが、あっさりと答えに辿り着いたチャド学園長の評価を上方修正しつつ意味深に頷いてみせる。

 

「なるほど……得心がいった。子供として怪しまれず過ごすために、マルコのための精神を生み出したと」

「いえ、逆です。私がマルコから離れたのですよ」

「そうか……分かった。ならば、マルコを助けることに異存はない」

「本当にお願いしますよ」

 

 そう言っておでこをさすると、チャド学園長が嫌そうな顔をする。

 初めて見せる人間らしい表情に、ようやく警戒心がとけた事を感じ笑ってみせる。


「お主は本当に性格が悪そうじゃのう。マルコは……本当に良い子なのか?」

「間違いなく。ですので、くれぐれもマルコをよろしくお願いしますね。マルコも今の会話は聞いてますので、あとは本人と話してください」


 そしてマルコにバトンタッチ……寝てるし。

 

「すみません、どうやら寝てたようですので、もうこの子は放っておいて結構です。約束だけは守ってくださいね」

「うむ……約束しよう」


 よしっ。

 学園長を味方に付けた以上、他の教師や生徒からあれこれ言われる事は減るだろう。

 希望を言えば、総合上級科に転科してもらいたかったが。

 さすがに理由が無いから無理だろう。


「では、失礼します」


 普通の学園生活が送れそうなことにホッと肩を撫で下ろし学長室をあとにする。

 少し時間を掛けすぎたから、マリアが心配してるかな。

 廊下も人がまばらになってるし。


 マルコがあまりにも気持ちよさそうに土蜘蛛の上で、チュン太郎を抱いて寝ているので自分で向かう事にする。

 うーん……マリアさんの熱烈歓迎受けるの気恥ずかしいんだけどな。

 マルコほど素直に、母親として見られないし。

 かといって素っ気ない態度を取るのも、傷つけるだろうし。


 ああ、学校の中はとりあえず人が多いからハグは断れるだろうけど。


――――――

「うう……マルコにハグを拒否された」

「おかあさま、他の方々もいらっしゃったので」

「私にハグされるのを、他の子に見られるのが恥ずかしいっていうのですか! 母はショックです!」

「いえ、そういうつもりでは……」

「じゃあ、どういうつもりですか!」

「えっと……そうだ、ははうえ! 今日は一緒の布団で寝ましょう!」


 マルコの提案に不機嫌だったマリアの表情がぱあっと華やぐ。


「そ……そのような事で誤魔化されません」

「明日は一緒に買い物にいくのでしょ? 楽しみです!」

「はあ……分かりました。今日のところはそれで納得します」


 頬を膨らましながらマルコに抱き着くマリアに、管理者の空間から心配そうに成り行きを見守っていた俺もようやくホッと一息つけた。

 マルコが大変な交渉をしているが、俺も学園長相手に頑張ったんだからこのくらい良いだろう。

 だから、そんな恨めし気な視線を送ってくるな。


 2人が布団に向かうのを見て、俺は虫たちが待つ広間へと戻っていく。

 今日は何を作るかな。

 そうやって夜が明けるまで、管理者の空間の改装と、虫たちとのひと時を過ごした。

 

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