第191話:子供会議
「ジョシュ……」
次の日、登校してきたジョシュアに声を掛けようとしたけど、困ったような笑みを浮かべて首を横に振られてしまった。
そして彼がチラリと教室の入り口に目を向ける。
そこには小さな女の子が居て、ジッとこちらを睨むような視線を送っている。
あー、彼女が……
それだけで、色々と理解した。
彼女の監視があるから、なおさら声を掛けるとジョシュアの折角の覚悟が台無しになる。
でも、物凄く寂しそうな表情の彼を見ると、どうにかして以前の関係に戻りたい。
上手い方法が見つからず、悔しさに唇を噛む。
「ん? どうしたのですか? 何か、この教室に用事でも?」
そんな少女に後ろから話しかける男の子が。
ディーンだ。
「ディ! ディーン様」
「うーん、用事がないなら、そこに居るのは邪魔になりますよ? きみ、総合上級科の子でしょ? 貴族科の先輩方に目を付けられる前に戻った方が良いのでは?」
「はっ、はい」
優しい声色と口調で、なにやら脅し文句のような事を言っているけど、
傍で聞いていると、彼女の事を心配しているように聞こえるから不思議だ。
実際は家格が下の子が、上位貴族の通行を妨げるなんて身の程を知れと言っているのだけども。
そう感じさせないのが、彼の凄いところだ。
事実、その子も頬を染めて道を譲っているし。
それから彼女は頭を下げて、すぐに立ち去って行った。
うーん、スマートと言えばスマートなんだけど。
というか、今日はセリシオを置いて来たのか。
「当り前じゃないですか。ジョシュアの焦ったような行動から、そろそろ彼の周囲が動き出す頃だと思いましたし」
そのやり取りをボーっと眺めていた僕の顔を見るなり、挨拶よりも先にそんなことを言う彼がちょっと気持ち悪いけど。
なんで、考えてることが分かったのだろうという意味で、。
「おはよう、ディーン」
「はあ、おはようございますマルコ。もしここに殿下が居たら、彼女どうなってたと思いますか?」
「えっ?」
「昨日はあのあとも殿下と色々と話したのですが、だいぶジョシュアの事に関しては沸点が低くなってますよ?」
なるほど。
ディーンの言葉の意味を考える。
きっとセリシオの事だから……
「ほう? 貴様がジョシュアの監視役か?」
なんてことを、威圧を込めて言い放ちそうだ。
それは彼女にとって、物凄く不幸な王族との初顔合わせになるな。
ディーンは、彼女の事も救ったわけか。
「オリビア・フォン・コロンビア9歳、普通上級科の子ですね。コロンビア家の4女で5番目の娘ですよ?」
「へえ、そんなに彼女に興味があったの?」
「ええ、かなり」
そう言ったディーンが、とても悪い顔をしているのを見て溜息が漏れる。
そういうつもりじゃなくて、皮肉のつもりだったんだけど。
「大丈夫ですよ、彼女には手は出しませんから。ジョシュアもそれは望んでないでしょうし」
「そうなの?」
「ええ、一応幼馴染と言ってもいいくらいの関係ではあるみたいですし、親の思惑が無ければ一時はジョシュアの心の支えになっていた時期もありますからね」
その情報網はどこから。
やっぱり、ディーンは敵に回したくない。
それからベントレー、エマ、ソフィアの順で教室に入って来る。
ベントレーはいつも通りだけど、エマは目に見えて機嫌が悪い。
たぶん、あのあと家に帰って考えたのだろうけど、良い考えが浮かばなかったなあれは。
ソフィアはそんなエマを心配そうに見ているけど。
「おはよう、ディーン、皆」
「おはよう、エマ」
「おはようございます、皆さん」
「おはよう、ソフィア」
エマとソフィアに取りあえず挨拶をするけど、2人とも何も喋ろうともしない。
やはり、良い考えが浮かばなかったんだろう。
それにしても……
ジョシュアに目を向けると、彼は本を読んで露骨に僕たちと目を合わせるのを拒んでいるのが分かる。
流石にかなり寂しい。
いつもいるはずの子がいないってだけで、こんなにも景色が色を無くすなんて。
これはなんとしても、彼には戻って来て貰わないと。
放課後、サロンに集合する。
昨日の話し合いの続きだ。
「で、どうするの?」
「え? エマは何か考えたんじゃないの?」
「それが、さっぱり」
あー、もしかして、途中で考えるのをやめたパターンかもしれない。
「俺としてはジョシュアをドルア伯爵から引き離したいのだが」
「親の後ろ盾が無くなったら、学校に通えないよ」
「そこが、問題だな」
ベントレーはどうにかして、ジョシュアを家から引き離したいらしいが。
そのためには、学校に通うための学費などの問題が出てくる。
それにドルア伯爵が腹を立てて、彼を勘当してしまうかも。
「私はその可能性は低い気がします。マックィーン伯爵はプライドが高いので、血のつながった我が子が学校を中退するというのは、とても不名誉な事だと考えるんじゃないかな?」
ソフィアが、学校を卒業するくらいまでは面倒を見るんじゃないかなと楽観視しているけど。
あの男がどこまでのことをしでかすかは、僕には見当もつかない。
なんせ、僕を殺そうとした前科まであるし。
不慮の事故に見せかけて、学校に通えなくするようなことを……
流石に、実の息子にそんなことはしないと信じたいけど。
やりかねない。
「だから、俺がジョシュアの兄貴をボコボコにすれば、全部解決するんじゃね?」
「いや、なんかヘンリーがボコボコにされそうだから、それはやめとこうか?」
「あん? マルコ、俺の事なめてんのか?」
「えっ?」
「いや、お前には負けるけど、俺たぶんこの街でお前の次に強いぜ?」
ヘンリーの怒ってるポイントがちょとずれてるけど、そうじゃない。
暴力で解決しちゃ駄目な問題ってのが、あるわけで。
というか、おじいさまの変なところまで見習わなくても良いんだけど。
これは、おばあさま案件だな。
とにかく、それは置いておいて。
「うむ、ヘンリーの意見は悪くない」
「殿下も、そう思いますか?」
と思ったら、予想外の方向からヘンリーに助け船が。
おいっ!
……おい。
余計なこと言わないで欲しい。
あと、ヘンリーが嬉しそうににやついているのがちょっと、イラっとする。
「マルコならいけると思う! 王族というか、俺の指南役を決める御前試合でも組むか? 父上に頼めば……」
「頼まなくて良いから! というか、昨日1日何を考えていたんだよ」
「ん? いや、俺が何言ってもディーンが、難しいことを言って来るから何も考えられなかったんだが」
たぶん、ディーンは何も難しいことを言ってないと思う。
逆にセリシオが、スムーズに解決するのを難しくするようなことを言って、宥められている光景しか想像できない。
「殿下、昨日言いましたよね? 殿下が動けば、こんな問題は簡単に解決すると」
「ああ、だから俺が動けば良いのではないのか?」
「陛下は奥の手なのですよ? 奥の手というのは使ってしまえば、奥の手じゃなくなると言ったでしょう」
「うむ……ただ、何もせずにジッとしておくのも」
「ジッとしているだけで、マルコ達が安心して動けるのですから、まずはジッとしてましょう」
「そうなのか?」
ディーンの言葉を聞いたセリシオが嬉しそうにこっちを見てくる。
ディーンから、分かってますよねという声が聞こえてきそうな視線を感じる。
「勿論だよ。何があってもセリシオに任せたらどうにかなると思ってるよ? だからさ、僕たちも自由に考えて行動出来るんだし」
「そうですよ殿下。殿下が動いて解決するよりも殿下を後ろに置いて家臣が解決する方が、名君のような気がしませんか?」
「そうか? そうだな。おいおいベントレー水臭いじゃないか! 余とお前の仲だぞ? セリシオと呼べば良いだろう」
セリシオが物凄く嬉しそうだ。
流石ベントレー。
空気が読める。
久しぶりにセリシオの一人称が余になったのを聞いた。
いや、外向けのセリシオはいつもそうなんだけど。
僕たちと居る時は、大体「俺」だったからいかに彼が有頂天になって調子に乗っているかが分かる。
が、このまま調子に乗らせといたほうが……
「よし、じゃあその期待に応えて、余がドルアにガツンと「今の話の流れで、それは無いでしょう? なんで貴方はそうマルコ達が絡むと、途端に頭が悪くなるのですか」」
「酷いでは無いかディーン!」
「流石にそれは、聞き捨てならんな!」
ディーンのあんまりな言葉に、セリシオが唖然とした表情を浮かべる。
そして、クリスが激おこだ。
「普段は思慮深く聡明な考えをするのに、マルコ達にいくらいいところを見せたいからって短絡的過ぎます! 両陛下とエリーゼ様から暴走が過ぎたら、諫言を述べる許可を頂いてますが。このやりとりを一字一句漏らさず全て両陛下とエリーゼ様に伝えて、判断を仰ぎましょうか?」
「うむ……調子に乗った! すまん」
「殿下……」
セリシオが素直に謝ったことで、神輿を失ったクリスがガックリと肩を落としていたが。
ついでに、クリスも叱ってもらいたい。
「でも、悪くないですよね?」
「ソフィア?」
「マルコが凄く強い事は、ここに居る皆は知ってますし」
そっちか。
てっきり、セリシオがガツンと言う流れの方かと思ったけど。
「例えばですが、勝てないまでもマルコが実力を見せて、ジョシュアのお兄様にスレイズ様の剣の素晴らしさを伝えられたら、スレイズ様に弟子入りするのでは?」
ソフィアの考えでいくと、ジョシュアの兄をおじいさまに弟子入りさせて身も心も鍛えて貰ったら変な考えは起こさないのではと。
また、ヘンリーを見て感じたらしいが、逆におじいさまを崇拝するようになって言う事を聞いてくれるのではという考えらしい。
えー?
僕が、戦わないとだめなのかな?
その、ジョシュアのお兄さんと。
「だったら、先に俺がやっても良いよな?」
「なんで、そうなるの」
ヘンリーが、またやる気を出し始めた。
「うん、私も良いと思う」
「エマ?」
「仮にヘンリーが負けたところで、マルコが勝てばいい訳だし」
うん、仮にも王都のそれなりの道場の師範代だよね?
免許皆伝の。
勝てるかな?
「そうだな、弟子入りしたばかりのヘンリーが実力を少しでも認めさせたうえで、マルコが勝てば……もし、ジョシュアの兄が剣に真摯に付き合っているなら、間違いなくスレイズ様に教えを乞うだろう」
ベントレーまで乗って来てしまった。
「なるほど、だったら俺が立ち合いの見届け人になるのも悪く無いな。子供に負けるような奴から、学ぶ剣など無いしな……なんだったら、俺もマルコの前に「殿下?」」
セリシオが変な事を言い出しそうになったのを、ディーンがすぐに止める。
うんうん……みんな、大丈夫?
「逆転の発想ですね! ジョシュアを家から離すのではなく、ドルア伯爵を子供達から引き離すわけですか。彼をマックィーン家で孤立させる作戦ですか」
うーん、言い方ひとつで良い作戦のように聞こえるから、不思議だけど。
そもそも、重大な事が……
どうやって、そのお膳立てをするつもりなのかな?
そこをセリシオに任せるつもりは無いのだけども。
というか、それぞれの家に頼らずにどうやって……
「みんな難しく考えすぎだぜ! 俺が果たし状を出すだろ? 負けたら、俺の敵討ちってことでマルコが出ればいいだけじゃん」
そもそも子供から果たし状を送られて、いい歳した大人が受けるかな?
「てか、子供ってのは無茶するもんなんだからさ、ジョシュアの兄貴の道場に道場破りにいけばよくないか?」
「うん、皆のテンションがまたなんかおかしくなったから、それは各自持ち帰りで課題にしよう! 一番スマートな意見を採用する方向で」
「マルコが、面倒くさくなったみたいだから、仕方ないな」
えっ?
僕のせい?
なんだろう……釈然としない。
面倒臭くなったって、皆が面倒臭くなっただけでジョシュアに関するこの問題を面倒臭いなんて思って無いし。
面倒だとは思ったけど。
「その言い方はあんまりだよ」
ガックリと肩を落としてそう呟いたら、クリスに肩を叩かれた。
なんだろう、余計にこう……
 





