第189話:ジョシュアの選択
「昨日は楽しかったな」
「そうだね」
今日は朝からセリシオがご機嫌だ。
休憩の度に僕の席の近くに来て、昨日の事を話している。
本当に楽しかったんだろうけど。
「トリスタとエメリアも次は一緒に来るか? 昨日は割り勘で一緒にお茶も飲んだんだぞ」
割り勘って言葉がよっぽど使いたいのか。
エマが変な顔をしている。
王子なのに、お茶代も出さなかったの? って顔だな。
そういうことじゃないんだ。
セリシオが自分の席に戻ったタイミングで、エマに話しかける。
友人の多いエマには分からないかもしれないが、セリシオは別にお金を出すのが惜しかったんじゃない。
割り勘をしたかったんだと言ったら、何とも言えない表情を浮かべていた。
「王族って本当に大変ね」
少しだけセリシオの心情をおもんばかって、同情したのだろう。
やや納得のいった表情。
なんで僕がセリシオのフォローまでしないと。
とはいえ、もうこれだけセリシオと付き合ったら、友達じゃないとは言えないか。
既成事実を積み上げられてしまった。
うちの領地にも遊びに来てるし。
毎年。
プライベートで。
朝の訓練だって、何度かうちで一緒にやってるし。
これに関してはヘンリーもだから、ヘンリーとセリシオも友達だな。
そういえば、昨日はヘンリーのやつ来なかったな。
なんだろう……うまいこと逃げられた気が。
いつもなら、かなりの頻度で放課後に僕に会いにくるのに。
どこかから情報が漏れたのかも。
逃げたといえば、ディーンこのやろう!
ディーンのやつ昨日はセリシオを僕に押し付けて、1人でのんびりと下級生のお茶会に参加していたらしい。
何度も断るのは気がひけたし、マルコのお陰で助かったよと言われたけど。
殿下の世話を押し付けておいて、助かったよは不敬じゃないのかな?
これ、偉い人に言ったらディーン怒られないかな。
と思ったけど……セリシオの父親である国王からして、僕かディーンがいれば大丈夫と考えているあたり、問題は無さそうだ。
残念。
他の子達や他の貴族と接している時は、セリシオも王族然としているのに。
そのくらいの距離感で、僕とも付き合って欲しかった。
最近ではやっかみの視線より同情の視線が増えているのは、はたして良い事なのか悪い事なのか判断に困るところだけど。
とはいえ、今日一日この調子だとジョシュアとは話せそうにないか。
ジョシュアの方も、ベントレーとかとは話すけどあまり僕と話したい感じじゃなさそうだし。
もう少し頼って貰っても良いんだけどな。
ちょっと寂しく思いつつ、授業を受ける。
3年生の授業といっても、今までの内容の延長線上でしかない。
あとは、習った事を掘り下げていくものが多いくらい。
魔法学だけは、ようやく実習に入るが習うのは生活魔法ばかり。
それも、僕やディーンからすれば、片手間で使えるような。
「今日は水を作り出して物を洗う魔法を覚えましょう」
水属性魔法の【洗浄】だ。
主に皿を洗ったり、掃除なんかに使う感じの。
水属性どころか、ある程度の魔法なら無詠唱で使えるけど。
そんなことしたら、魔法が使えるのがバレてしまうので基本に忠実に。
呪文を唱えて魔法を使う。
右手で綺麗な水球を作り出し、そこに汚れた服を入れる。
水球の中の水流は自分の意思である程度、流れや速さをコントロールできる。
このくらいかなという感覚で、水を回転させて服を綺麗にする。
「マルコ君は、剣だけじゃ無くて魔法も優秀みたいだな」
魔法を教えてくれるのは、入学試験の時にもいたベスト教授。
僕の適性を計ってくれた先生だ。
教科書だけじゃなく、黒板に魔法の仕組みを詳しく書いて説明してくれるのでとても分かり易い。
書いてと言ったけど、先生の魔法で一瞬で文字や図形が浮かび上がるのでペースも早い。
「あっ、水球が割れた」
「うわっ、何するんだよ! 水浸しじゃん」
遠くの席では誰かの作った水球が割れたらしく、周囲の子達が濡れてワーワー言ってる。
エマは……水球は出来たみたいだけど、水流のコントロールが難しいらしく物凄い速さで服が回り出したかと思うと、ねじ切れそうになっていた。
慌てて速度を落としたら、今度は遅すぎてユラユラと水球の中を漂う服。
うん、苦労しそう。
ソフィアの方は、割と上手に出来てる。
一定の速度で服が水球の中をくるくると泳いでいる。
ベントレーは……やっぱり器用な子だった。
みるみるうちに服の汚れが、水球に移っていってるのが分かる。
なんか、本当に万能っぽくて、出来る子供って感じになって来てる。
ジョシュアは……あらら、水球を作り出すところで躓いているみたいだ。
あまり水の適性が無いのかもしれない。
どうにか作り出した水球もいびつな形をしていて、いつ割れてもおかしくなさそうだ。
「今日はここまでにしよう。各自家で練習をするように」
授業が終わり、教室に戻ったらホームルームだ。
そして、学校は終わる。
セリシオがチラチラとこちらを見ているが、今日こそジョシュアと話をしないと。
と思って、席を立ち上がったらジョシュアの方から、こっちに近づいて来た。
今日1日避けられていたような気がしたけど。
考えすぎだったかな。
「マルコ、ちょっと良い?」
「うん、良いけど、面倒くさい子が居るって言ってなかった?」
「ああ、今日は体調崩してて学校休んでるから大丈夫だと思う」
どうやら今日はジョシュア1人らしく、それで放課後に僕と少し話がしたいということだったのでサロンを使わせてもらうことにした。
ベントレーやエマ、ソフィア、あとヘンリーもということで、いつものメンバーでサロンに向かう。
貴族科のサロンだけど、事情を話してヘンリーも入れて貰った。
元々、貴族科だったこともあってあっさりと了承は得られたけど。
「くれぐれも問題は起こさないでくださいね」
しっかりと釘を刺されてしまった。
そしてジョシュアを中心に、サロンの一角に陣取る。
流石に初等科の最高学年なので、他の子達もただならぬ様子に気を遣って少し離れた場所に座っている。
いつも利用しているだろうクラスメイトだけだ、一瞬僕たちがいることに驚いて一声かけてからそれぞれのグループで固まって話をしていたけど。
「いよいようちの父がおかしくなったみたいで、このままだとマルコに迷惑を掛けそうだから」
「掛けそうだから?」
「マルコの友達をやめようと思う」
一瞬ジョシュアが、何を言っているのか分からなかった。
友達をやめる?
特に喧嘩とかしたわけでもないのに?
「えっ? 何それ?」
「ごめん……なんでお父様がマルコに固執しているか最初は分からなかったんだけど、あの人は兄の為なら僕の学校生活なんてどうでも良い事が分かったし」
「どういうこと?」
「このままいくと、僕に付けられている子が貴族科に編入することになりそうだから……」
「だから?」
「そうなると、確実にマルコに迷惑を掛けるし……僕も学校が楽しくなくなると思って。本当にごめん」
ジョシュアの傍仕えとして付けられた子を、貴族科に入れたところで学年が違うのにと思ったが。
それでも接点が増えるのは確実だろう。
「他にも息の掛かった子爵家の子供を編入させるような事も言ってたし」
そうか……
自分の親の派閥の子供達が入ってきたら、これまで通りとはいかないだろうな。
てか、そんなに簡単に編入出来るもんなのかな?
「だからって、ジョシュアはどうするの? 逆に僕が居なければ良いってこと?」
「違うよ、このグループで遊べる事はもうないかなと思って。だから、皆も呼んだんだ」
「ちょっと待ってよ! なんで? 今まで普通に一緒だったのに? おかしいでしょ!」
エマが怒っているが、僕も腹が立っている。
マックィーン伯爵にも、ジョシュアにも。
「だからだよ。皆に嫌われたくないから……さ」
言ってる意味が分からない。
ジョシュアが凄く良い子だってのは、皆知ってるのに。
「だったら私がおじいさまに頼んで!」
「そんな事されたら、うちなんか潰れちゃうよ」
エマのおじいさまは辺境伯。
実質侯爵に近い立場で、伯爵家よりは上の立場。
ただ辺境伯家と揉めたら、色々と不都合も起きそうだけど。
「だから、ジョシュアは私が守るわよ」
「ぐぬぬ」
エマの男らしいセリフに、ヘンリーが悔しそうにしているが。
その嫉妬は流石にみっともない。
おじいさまの鍛え方が足りなかったのだろうか。
「ジョシュア! お前、そんな情けない事言うなよ! 男だったら戦ってみせろよ!」
「えっ?」
「良いか? たとえ親が相手だろうとな、男にはやらなきゃなんねーときがあるんだ」
「ヘンリーストップ! ちょっと、黙ろうか?」
ヘンリーがおかしなことを言い出しそうだったので、口を押さえる。
「だってよマルコ? 情けね―じゃねーか! 大事なダチがこんなに悩んでるっていうのに、そんなことも気付かずに俺は総合上級科のトップを取って、呑気に「うん、そうだね。分かったからね。少し落ち着いて」」
どうやら嫉妬じゃなくて、ジョシュアに対して憤りを感じていたらしい。
「そうか……じゃあ、うちに来るか? 言い方は悪いが同じ伯爵家でも、経済的にうちの方が立場が上だからな。匿ってやってもいいぞ? どうせ、一人暮らしなんだし」
「いや、ベントレーにそこまで迷惑掛ける訳には」
「大丈夫だ、俺は親には頼らず、俺の力でお前を護れるように考えるから。ただ後ろ盾として親の立場があるってだけで、なるべくそこにも迷惑を掛けるつもりはない」
「……ありがとう」
ベントレーの言葉にジョシュアが、目を潤ませている。
俯いてしまったジョシュアだが、再び顔をあげたその表情は寂しいものだった。
「でも……そうやって、うちの事で皆に迷惑を掛けるのが僕には耐えられそうにないから」
そう言って悲しそうに笑ったジョシュアが立ち上がる。
「はっきりとこうやって皆に言葉で言わないと、僕って弱いから甘えちゃいそうでさ……今までありがとう、楽しかったよ! でも、ごめん……今日で、皆と友達やめるから」
「ジョシュア!」
「身勝手でごめんね。僕のこと嫌いになったよね? それで良いんだ」
「そんなこと!」
「良いから……これからは、クラスでも話しかけないでね」
「待って!」
ジョシュアはそれだけ言うと、急いで僕たちの前から走り去っていった。
振り返るときに、泣いていたのが見えて胸がギュッと苦しくなる。
「なんだよ……」
「マルコ?」
「なんだよ、それ!」
思わず叫んでしまって、周囲の視線を集めてしまったが。
それでも叫ばずにいられなかった。
「友達って、そんなもんじゃないじゃん! こんなの、おかしいよ!」
「マルコ……」
ソフィアが心配そうに僕の名前を呼んだけど、反応する気にもなれなかった。
「うん、私もそう思う!」
エマが僕の言葉に賛同する。
「よく言った! 流石は、俺の親友だ」
ヘンリーの言ってることは、ちょっと分からない。
「ああ、俺もいまのジョシュアの態度は許せんな」
ベントレーはなんだかんだで、ジョシュアと物凄く仲が良かったから僕と同じような感情を抱いてるんだろう。
友達だから、頼って欲しいのに!
友達だからこそ、こんな時に一緒にどうにかするんじゃないの?
親なんか関係無いし。
僕たちはジョシュアと友達になったわけで、マックィーン伯爵はそこには何も関係ない。
僕たちに迷惑を掛けるだろうからって、ジョシュアが孤立するなんて許されるわけない!
「みんなで、ジョシュアとまた友達になる方法を考えようよ!」
「うん、マルコならそう言うと思った!」
僕の言葉に、ソフィアが嬉しそうに返事する。
「私も、賛成!」
「俺は最初からそのつもりだったぜ!」
「よし、俺も色々と調べてみよう」
皆の意思が一つになるのを感じる。
「話は聞かせてもらった」
ん?
「勿論私も手伝いますよ?」
はっ?
「マルコはともかく、ジョシュアは良い奴だからな。俺も、手伝おう」
え?
ふと声をした方に視線を向けると、後ろのテーブルにセリシオとディーンとクリスが。
いつから?
あっ……これ、面倒なことになりそう。





