第188話:王子と放課後デート
「さあ、どこに行くんだマルコ!」
「行く当てはあるのか?」
いきなり挫けそうになる。
セリシオとクリスと、護衛の人達を引き連れてシビリアディアの街を歩く。
廊下を歩いている時から、周囲の視線が痛かった。
まあ、一緒に居るのが王子とその傍仕えだと仕方ない。
ディーンは、何やら予定があると言って先に帰っていった。
傍仕えって、そんなので良いのかな?
いつもならほぼ一緒に行動しするらしいけど、今日は僕がいるから大丈夫だろうと。
なるほど……
僕がいたら、ディーンは傍にいなくても良いと。
クリスじゃだめらしい。
僕かディーンなら良いと、上からも言われていると。
上って?
ああ、国王陛下ですか。
そうですか……
何故僕ごときが、陛下にそんな評価を頂いているのか分からないけど。
陛下も、セリシオにはお目付け役が必要だと感じていることは分かった。
そして、クリスにその大役は果たせないことも。
うん、僕にも荷が重いのですが?
廊下で僕たちを見ていた視線の大半が好意的なものだったけど。
なかにはちらほらと、悪意のある視線も。
なんだったら変わってあげようか?
と言いたくなった。
僕が殿下と一緒にいることが気に入らないだろう、総合上級科の一部の方々。
貴族科の子達からは、もれなく同情の視線をもって教室から見送られることになったのは、良い事なのか悪い事なのか。
外に出て取りあえず商業区に向けて歩き始めたのだが、歩くんだ。
てっきり馬車で向かうものだと思っていた。
そうだよね。
皆もそう思ってたよね?
御者さんが横を通り過ぎるセリシオを二度見していたし。
慌ててメイドっぽい人が追いかけて来てたけど、2~3言セリシオと会話をかわしたら苦笑いしながら、戻っていった。
主を乗せずに帰る馬車のなんと寂しいことか。
「疲れてるし、商業区まで馬車でいかない」
「ベルモントが何を惰弱なことを……うちのものに、気を遣わなくても良いぞ? 普通は、こうやって歩いて行くんだろ?」
普通?
普通ってなんだろう。
貴族科の生徒だけなら、誰かの馬車で行くことも少なくないけど。
取りあえずセリシオが普通の放課後に憧れていることは分かった。
あと、僕たちからしたらそんなに普通じゃない普通をイメージしていることも。
どこでその情報を仕入れて来たのかはしらないけど。
正直目立ちすぎる。
近衛の装備を纏った護衛2人と、良い服を着ているビスマルクさん、そしてファーマさんを引き連れてゾロゾロと歩いている時点で普通を追い求めるのは諦めた方が良いと思う。
でも、それを言ったら護衛の人達を追い払いかねないから言わない。
僕は空気が読めるのだ。
そしてまさかのセリシオとクリス両方からの丸投げ発言。
あのね、誘ったの君たちだからね?
どちらかというと僕はゲストだから。
ホストは君たちだよ?
とも言わない。
僕は空気が読めるのだ。
「セリシオはどんな事がしたいの?」
「普段、お前達がやっているようなことだ」
なるほど。
僕たちが皆で放課後に行っているような過ごし方をしたいと。
クリスは黙って頷くだけ。
ちょっとだけ表情が柔らかいところを見ると、クリスも楽しみにしているみたいだ。
これは、大事な仕事を任された感じだが。
見返りが全くない。
けど、2人の立場も分からなくもない。
仕方ないけど、協力をするしかないか。
「じゃあ、まずは喫茶店でお茶を飲みながら、予定を決めようか」
「ふむ! 買い食いというやつだな?」
違うような違わないような。
別に持って食べる訳でもないし。
買って食べるから、買い食いか。
僕の中の買い食いのイメージは、露店で何かを買って食べながら帰るイメ―ジだけど。
まあ良いや。
2人を引き連れて、馴染みの喫茶店に。
護衛はこの際、完全にいないものとして扱う。
店の中まで入って来たのはビスマルクさんとファーマさんのみ。
少し離れた位置で、彼等もお茶を飲むらしい。
当然そっちの経費でファーマさんの分は出してくれるよね?
とジェスチャーで伝える。
ビスマルクさんが苦笑いしながら頷く。
ちなみにいつもは誰かがその時居合わせた護衛の分も代表して払っている。
みんなお金はそれなりに持っているが、大体エマが居る時はエマが払ってくれる。
女の子に奢ってもらうのはと最初は思ったが、家格はエマの方が上。
だから恥をかかせないという意味でも、エマが出してくれる。
その代わり、食べるところを提案した場合に関しては提案した人が払うようになっている。
「こ……ここは、あれだろ? 割り勘だろ?」
セリシオがちょっと緊張した感じで聞いて来る。
うん、割り勘か……
いや、良いんだよ?
言ってみたかったんだよね?
だって、王族だったら絶対に割り勘なんて言葉使わないもんね。
下手したら一生使わないよね?
こんなところで割り勘にするくらいなら、それぞれに伝票切ってもらったほうが早いけど。
まあ良いや。
「良いよ、割り勘で」
「じゃあ……俺は、これとこれで」
……なんだろう?
なぜ、そこで食べ物を注文する。
飲み物を飲みながら、この後の予定を考えるんじゃ。
「私は、こちらの紅茶だけで大丈夫です」
「何も食べないのか? 割り勘だから損するぞ?」
そう思うなら、伝票を分けて貰おう?
ねえ?
そうしない?
セリシオ、それちょっと嫌なやつの発想だよ?
「僕も、紅茶だけで良いかな」
「なんだ、マルコも食べないのか? 割り勘なのに」
割り勘をめちゃくちゃ使ってるけど、そんなに強調するものじゃないし。
なんだろう……本人が凄く嬉しそうだから何も言えないけど。
「もしかしてクリス……割り勘を知らないのか?」
「いえ、支払いを人数で均等に分けることでしすよね。流石にそのくらいは分かります」
「割り勘を分かってて、そうしたいならまあ良いが」
割り勘くらい知ってますと言ったクリスを見て、残念そうに少しだけ浮かせた腰を椅子に下ろすセリシオ。
うん……本当に残念なのは君だからね?
ビスマルクさんがめっちゃ笑うのを堪えているのが、雰囲気で伝わってくる。
ファーマさんは微笑ましいものを見る視線から、生暖かい視線に変わっていたが。
「ふむ、なかなか美味しいが……城でいつも飲んでいるものとは違うな」
「でしょうね」
お城で王族が飲むお茶のクオリティを街の喫茶店に求められても困る。
そんなものと比べられたら、店主も良い迷惑だ。
ただでさえ毒見役の従者が厨房に入っていって、店主が怯えてるのに。
「それよりもこの後どうする? 何か食べにいく?」
「なに? ここも食べるところだぞ? ここ以外にも食べ物屋にいくのか?」
僕の発言にセリシオが驚いているが、言ったよね?
何か飲みながら、この後の予定を考えようって?
「女の子が居たら、買い物とかに行くことが多いけど。男同士だと食べるところか……たまに欲しい物があればその子に付き合うけど」
「そうか……女がいた方が予定が決まりやすいか。ちょっとトリスタとエメリアを呼んでくるか?」
「呼ばないし」
エマとソフィアを呼ぶかと言い出したが、いまさら呼んでも迷惑だろう。
僕が先に誘って断られたばっかりだし。
それを言ったら、面倒くさいことになるから言わないけど。
「おいクリス、お前なにか買うものは無いのか? 剣とか?」
「えっと……うちはその武具に関しては、専属の御用商人が居ますし」
無茶振りもいいところだろう。
しかも、何故剣限定。
「マルコは? 剣とか欲しくないか?」
「いや、別に」
僕にも振ってきた。
やっぱり剣限定で。
「あれ? もしかして、武器見に行きたいの?」
「いや、別にそういう訳ではないが」
「じゃあ、いっか。そうだ、そういえば今日は露店の方に珍しい食材を扱っている人が来てるんだって」
「珍しい食材? 食材なんか買ってどうするんだ? まさか、お前が料理してくれるのか?」
何を言っているんだろう、この子は。
僕が料理なんかするわけないし、仮に作っても絶対にセリシオになんか出さないし。
「いや、家に持って帰って、料理人の人に調理してもらうんだけど?」
「そうか。うちは……流石に無理だな」
「私のところは、頼めばまあ……使ってくれなくはないと思いますが」
いきなり材料を買って帰ったところで、王城でそれを使って料理しろってのはちょっと無茶があるか。
「そういうものなのか? だったら、うちも頼めばいけるか?」
「いけないと思うから、他の案にしよう」
結局建設的な意見が出なかった結果。
「おい、ビスマルクかマルコの護衛! おまえら、新しい剣とか欲しくないか?」
ビスマルクさんとファーマさんに矛先が。
「殿下が買ってくれるんですか?」
「なぜ、お前に剣を買わないとならん」
ビスマルクさんが調子の良いことを言っているが、ピシャリと切り捨てられていた。
いやいや……あんまりだろう。
「ファーマさんもずっと同じ剣だけど、予備の武器はあった方がいいかもね。曲剣は無いかもしれないけど、掘り出し物があるかもしれないし。いつもお世話になってるから、僕が買ってあげるよ」
「いえ、マルコ様に買って頂くわけには」
「こないだから色々と迷惑掛けてるし、是非買わせてよ。ね?」
「そこまで言われるなら」
どうしても武器を見に行きたいセリシオのために、ファーマさんに口実になってもらおう。
空気を読んで、行きたいと言ってくれと願いつつゴリゴリと押していくと、あっさりと認めてくれた。
「良い主ですね」
いやいや、自分の主の前でそれ言う?
ビスマルクさんの発言に、セリシオがぐぬぬと唸っているが。
すでに最初に入った予定を決めるための喫茶店で、僕の神経がゴリゴリと削られていってる。
むしろ、僕がセリシオに何か買ってもらいたいところだ。
「だったら、俺が無理に誘ったんだから、俺がマルコの護衛に武器を買ってやろう」
「それは流石に、辞退させていただきたいのですが」
「気にするな。お前には、前に借りがあるしな」
1年の夏の時のことを言っているのだろう。
というか、フレイにも迷惑を掛けられているし。
よくよく考えたら、僕のせいでファーマさん結構大変な目にあってるよね?
「そうだよ、セリシオにも何か買ってもらいなよ! そのくらいしてもらって当然だよ」
「何か含みも棘も毒もある言い方だな」
「べつに」
それでもと遠慮するファーマさんを強引に説き伏せて、ファーマさんの武器を選びに行くことになった。
しかも、誰が一番彼が欲しがる武器を選ぶかという話にまで発展。
いや、そこは自分で選ばせてあげようよ。
何故かクリスまで参加する羽目に。
クリスが選んだ分は、セリシオが払えよと言ってある。
セリシオも納得済みだ。
「なんで俺には無いんですか」
ただ一人納得してないのは、ビスマルクさんだけ。
自業自得だと思う。
「これが一番しっくりきます」
セリシオが選んだ武器をファーマさんがべた褒めしていたが、差し出された時の反応で分かった。
分かってしまった……
クリスの選んだしなる直剣を、物凄く気に入ったのが。
僕も分かったし、セリシオも分かったし、クリスもしまったって表情になってたし。
セリシオが選んだ派手な剣を見たファーマさんの顔は……言うまでも無かったが。
ファーマさんなりに頑張ってセリシオの剣をべた褒めしていたが。
3人とも、気付いてるから。
「おまえ……良い奴だな」
セリシオがちょっと寂しそうに、でも嬉しそうに笑って支払いを済ませていた。
いきなり剣が3本も増えたら困るだろうと思って、僕はローズ用の剣を選んでおいた。
勿論武器を見た時点で、ファーマさんもそれに気付いている。
だから僕の選んだ武器を見た時の反応は一瞬だけ驚きの表情を浮かべ、微笑みに変わっていた。
代わりにファーマさんには、籠手を買ったし。
取りあえずどうにかセリシオとの放課後デートを無事に終えることが出来て、ホッと一安心。





