第187話:オリビア・フォン・コロニア
私はオリビア・フォン・コロニア。
コロニア子爵家の4女です。
うちは1男6女の大所帯。
妹が2人居ますが、1人は去年産まれたばかり。
私の父であるフォビトンは、とある伯爵様の派閥に属しておりまして。
まあ、それなりに派閥内では発言力を持っている方ですのよ。
その伯爵家というのは、ドルア様が当主を務めるマックィーン伯爵家。
王都でもそれなりの地位にいらっしゃる方です。
あまり良いお話を聞かない方ではありますが。
それでも、私達からすれば雲上人のようなお方。
私は直接お話したことはありません。
というか、殆どお会いしたことも……
何度かドルア様が主催のパーティに我が家も招かれたみたいですが。
主にパーティに行くのは一番上のお姉様と、うちでただ1人の男児であるお兄様だけ。
ごくごくまれに、私も参加したくらいでしょうか?
途中から呼ばれる機会も増えたのですが。
まあ早い話が、ジョシュア様との顔つなぎのためですね。
お父様の思惑なんて、手に取るように分かりますわ。
だてに、貴族の娘じゃありませんのよ。
ジョシュア様は私の2つ年上。
確かにあてがうにはなかなか、いい塩梅なのでしょう。
妹達では、まだ幼過ぎて。
かといって、お姉さまでは歳が……
こんなことお姉さまに言ったら、険悪な雰囲気になるので言いませんが。
さてと……
そんなジョシュア様と初めて会ったのは、私が4歳の頃。
ジョシュア様は6歳でした。
ジョシュア様のお兄様の、卒業パーティとのこと。
盛大に開かれたパーティでは色とりどりの料理が並べられ、輝かしいばかりの装飾を施された会場にただただ目を見張るばかり。
格の違いというものを見せつけられたようです。
ジョシュア様のお兄様方の影に隠れるようにして、1人でポツンとパーティ会場に佇んでいました。
笑顔を浮かべて来客の方の対応をそつなくこなしておられましたが、その表情はどこか寂しそう。
幼心に胸が何かこう、キュンと締め付けられるような。
そんな儚い笑みを浮かべられる方だという印象でした。
所作もとても美しく、綺麗に切りそろえられたサラサラの金色の髪が、シャンデリアの灯りを反射して輝いていたのを覚えております。
思えば、その時にすでに私は恋に落ちてしまっていたのかもしれません。
勇気を振り絞って、ジョシュア様に声を掛けようとして……
お父様に睨まれました。
お前如きが、マックィーン家の御子息に話しかけるなんて。
目がそう物語っていたことが、今なら分かります。
当時の幼い私にはそんな父の視線の意味など分からず、無邪気にも話しかけてしまったのです。
「どうしたんだい? 君は確か、コロニア子爵のところのお嬢さんだね?」
なんと綺麗な声をしているのでしょうか?
それにとても優しい声音に、初めての大きなパーティで緊張していた私の心は一瞬で溶かされて行きました。
とても優しく、綺麗な声で……なのに、大きな壁を感じてしまったのは、私を警戒していたのでしょう。
私の父親がけしかけたのだと。
そんなことは無いのですが。
今なら、ジョシュア様のお気持ちが分かるのですが。
当時の私はそんなことは分かりませんでした。
「ジョシュア様、寂しそうだなって」
私の言葉に、彼は一瞬言葉を詰まらせてしまいましたが。
すぐに取り繕ったような笑みを浮かべて、首を傾げておられました。
ジョシュア様の頭の動きに合わせて揺れる髪が、とても綺麗で触れてしまいたいと思ってしまったのは……実際には触れてしまっていたようですが。
この出来事はいまでも、ジョシュア様に揶揄われる材料となってしまいました。
家に帰ってから、物凄くお父様に褒められました。
本音では、あれマックィーン様のパーティ会場でなければ、その場で怒鳴りつけていたらしいですが。
結果、私の取った行動に、ジョシュア様は少しだけ警戒を緩めてくださったようです。
ちなみに、彼の父親であるドルア様はチラリとその様子を見て、一瞬だけ不機嫌そうに眉をあげたものの無視して他の来賓の方の対応をされておりましたが。
当のジョシュア様は少し驚いたような表情を浮かべたあと、フッと笑みを浮かべてくれました。
「心配してくれてるんだね。有難う」
今思えば、とんでも無い事をしてしまったのですけどね。
本当なら、そのジョシュア様にその場で手を払われて、無礼者と怒鳴りつけられてもおかしくないくらいに。
下手したら、なんらかしらの罰を受けるくらいに失礼な行動。
ですが、ジョシュア様はとても大人の方だったようで。
そんな事は気にされた様子もなく、私を連れて会場を案内してくれると申し出てくれました。
まあ、そのお陰でお父様に叱られずに済んだのですが。
そのことがきっかけで、私はマックィーン伯爵様のパーティでジョシュア様が参加されるものには、一緒に連れていってもらえることが増えました。
結果、2番目と3番目のお姉さまには妬まれることになったのですが。
実際には3番目のお姉さまは応援してくださってたのですが、2番目のお姉さまの心情を慮って態度には現せなかったようです。
分かります。
私も2番目のお姉さまは少し怖いですもん。
ちなみに1番上のお姉さまは、私に恥をかかせないでと言って、色々なものをお下がりでくれます。
それもまた、2番目のお姉さまの機嫌が悪くなる原因なのですが。
あなたがみっともない恰好をしてると、私が恥をかくのよと言いながら装飾品や、ドレスをくれます。
ドレスは自分の着ていたもの、私用に仕立て直したものですが。
だいぶ生地を減らさないといけないので、とても勿体ないです。
先に2番目のお姉さまにと一度言ってみたら、「私あの子嫌いなのよね」とあっけらかんと言っていました。
あんなに慕ってらっしゃるのに。
どうやら、違ったみたいです。
お姉さまは兄妹の中で一番年上なので、お兄様にもはっきりと物が申せるお姉さまの庇護下に入って自分の身を護るために媚びへつらっていたようです。
お姉さまにはバレバレでした。
「なんで私のことを疎ましいと本音で思っている妹なんかが、可愛いと思えるの?」
とか言いつつも、しっかりとお兄様からの理不尽から守っているのですが。
お姉さまとしては、自分の保身を一番に思って行動するのが嫌みたいです。
3番目のお姉さまと私と下の妹達の面倒をちゃんと見たら、妹として接してあげても良いかななんて言ってましたが。
実際にはそうなるように、教育している途中なのでしょう。
お姉さまと2番目のお姉さまの会話の節々に、諫めるような言葉が見られますし。
お姉さまが私に下してくださる装飾品の中には、新品のものもありました。
わざわざ一度自分の髪に刺して、私の目の前でそれを外して……
「これ、もう使わないから今度のパーティに付けてきなさい。最近の流行みたいだけど、私にはもう子供っぽいから」
口ではそんなことを言ってますが。
一生懸命お店でどれが私の髪色に合うかなと選んでいたのを、私は存じ上げておりますのよ?
お姉さまの御学友の方がおっしゃってました。
これ言ったら、物凄く不機嫌になるので言いませんが。
「その髪飾りよく似合ってるね」
ジョシュア様が褒めてくださりました。
それをお姉さまに伝えたら
「まあ、私が私に似合うと思って使っていたものだから、妹の貴女に似合わない訳ないでしょう? 似たような顔してるんだし」
と不機嫌そうにおっしゃっていました。
そのまま踵を返して行ってしまわれましたが、部屋の扉の横に備え付けられた鏡に物凄く良い笑顔をしているのが映ってらしてよ?
だから、私はお姉さまが大好きなんです。
最近ジョシュア様は学校でお友達が沢山できたらしく、パーティや会食でご一緒したときには学校や長期休暇の出来事を楽しそうに話してくださいます。
本当に楽しそうな様子に、ようやくあの方も居場所を見つけたのだとホッと致しまた。
が、そんなことも束の間。
どうやら、ジョシュア様のお友達のマルコ様。
あの剣鬼様のお孫様ですが、そのマルコ様絡みでジョシュア様が最近困っていらっしゃるようです。
どうやらジョシュア様のお父様でおられるドルア様が、剣鬼様とお近づきになりたいらしいですが。
どうも、その橋渡しが上手くいかないご様子。
ドルア様にせっつかれて困ったような表情を浮かべるジョシュア様を、しばしば見かけるようになりました。
最近では、何もなくともジョシュア様のお宅に招かれる事が増えたのですが。
伯爵家の邸宅は違う場所に建てられた通学用のジョシュア様のご自宅です。
そこに訪れたドルア様が毎回、
「まだ、ベルモントにわしを個人的に紹介出来るくらいには仲良くなってないのか?」
と詰められることがしばしば。
「あまり家族ぐるみでの交流は好まないようです」
「それだったら、お前が主導であちらを招けばいいではないか」
とグイグイくるドルア様に困っておられる様子。
そして、私に白羽の矢が立ちました。
お父様から、ジョシュア様の家での立場が大変危うくなっている。
このままでは、他の家に養子に出されるかもしれない。
ジョシュア様を救えるのはお前だけだ。
お前がジョシュア様と一緒に行動して、マルコ君とお近づきになると良い。
それで、お前からドルア様とマルコ君の顔つなぎをしておやり。
その時に、ジョシュア様のために頑張ったことはきちんとアピールするのだよ。
とお父様から言われ、頑張ったことはアピールしませんが、ジョシュア様の為ならと立ち上がった次第です。
それどころかドルア様から、ジョシュアは少し気弱なところがある。
今年から総合シビリア学園に通うなら、ジョシュアの傍に付いて色々とサポートしてやってくれと直接頼まれてしまいました。
これは、やるしかありません。
学校の冬休みに合わせて、なんとジョシュア様の邸宅に一部屋用意してもらうことまで出来たのです。
「あんたが居なくなったら、家が広くなって良いわ」
とお姉さまに言われました。
「部屋にあったもので要らないもの集めといたから、丁度良いしついでに持って行って。正直場所取って邪魔だったんだけど、捨てるのも面倒で」
と箱一杯の服や小物……
お姉さまのお気に入りで、私がよく素敵だと褒めていた置物や小物入れまで……
そんなにくださったら、お姉さまの部屋すっきりしすぎちゃうと思うのですが?
相変わらず真新しい装飾品も。
着たのをみたことないドレスも1着だけでしたが、入ってました。
……お姉さま。
「あんたが居なくなったら、家が広くなってせいせいするわ」
2番目のお姉さまが3番目のお姉さまを引き連れてそれだけ言いに部屋に来て、すぐに出て行ってしまいました。
……クソ姉貴。
おっと、私としたことが。
「これで、下のお姉さまの小言を聞かなくてすんで、せいせいするわね」
3番目のお姉さまが、私に耳打ちをして2番目のお姉さまの後を追いかけます。
……お姉さま。
お兄様は、こっそりお小遣いをくれました。
「お父様の財布から取って来た」
……お兄様?
まあ、冗談なんですけどね。
お兄様は1番上のお姉さまとちょっと、似たところがありますので。
少しずれてますが。
冬休みの間中、マルコ様といつ会えるのかジョシュア様にしょっちゅう聞いていたら、途中から凄く面倒臭いものを見るような眼で見られるようになりました。
嫉妬でしょうか?
少し、グイグイ行き過ぎたようです。
気を付けないと。
でも、これもジョシュア様のため。
私、頑張ります!