第186話:3年生進級
「今年もよろしくお願いしますね」
「はい! 先生」
マーク先生の話が終わり、今日はもう帰るだけだ。
顔ぶれは特に変わるわけでもないが、教室が変わったのでなんとなく気持ちはリフレッシュされる。
それと、初等科最高学年ということで身が引き締まる思いだ。
入学式で見た新入生たちはみな初々しい様子で、これからの学校生活に向けて期待に胸を膨らませているのがよく分かる表情だった。
僕も2年前はあんな顔をしていたのかな?
実は今日の朝は久しぶりの同級生との再会を、あまり楽しむ時間は無かった。
というのも……
「マルコ、迎えに来たぞ!」
「ついに、この日が来たか……」
「なんだ、あからさまに嫌そうな顔をするな」
セリシオが僕が家を出る直前に、迎えに来てしまった。
一年目の始めこそ定期的に迎えに来ていたようだが、それらは全てかわすことが出来た。
おばあさまに睨まれて途中自重していたが、それでも機を見計らって迎えに来ていたとか。
そのうち「殿下が早く登校すると、他の生徒がそれに合わせて早く登校しないといけなくなるので」というディーンの言葉で諦めていたらしいが。
こないだベルモントに来たセリシオをもてなしたことで、またセリシオの熱が再燃してしまったらしい。
大丈夫……僕も成長したからね。
ここは大人になって、セリシオに付き合ってあげるしかないだろう。
「クリスも迎えに来てもらってるの?」
「馬鹿なことを言うな! 俺は王城に殿下を迎えにいったあとで、この馬車で一緒に登校している」
「……大変だね」
「マルコに気遣われるとなんか不気味だな。まあ、大変なんかじゃないさ。これが俺の役割だからな」
「役割……」
地味にセリシオが凹んでいる。
それにしても、純粋に同情したのに不気味と言われるとは。
この子の中で、僕はどんな性格の子なのだろうか?
いや、だってセリシオって僕を驚かすために、嘘みたいに早い時間に迎えに来てたりしてたよね?
てことはもっと早くに起きて、王城まで迎えに行ってたってことだよね?
いやまあ公爵家と同じくらい近くに館があるからといっても、それでも結構な距離だよね?
何が彼をここまで駆り立てるかは分からないけど、本当にもう少し自分の為に生きても良いと思うよ?
まあ最初はやたらと突っかかって来たクリスに辟易していた時期もあったが、よく見るとクリスって良い奴なんだよな。
あと、母親を大事にする子に悪い奴はいない!
いずれは反抗期が来たりして、うっせークソババア! とかって言ったり……するわけないか。
貴族のお坊ちゃんだしね。
どういう風になるんだろ?
騒がしいですよ、そこの老女! とかって……いや、それはおかしいか。
まあ反抗期は来ないにしても、母親と一緒にいるのが妙に気恥ずかしく感じる時期が来たり、鬱陶しく感じる時期が来るのは仕方ないとして。
まあ母親を大事にする彼は、僕は割と好意的に見ることが出来るようになった。
セリシオもまあ、母親である王妃様を大事にしているのは分かるけど。
ただなぁ……
距離感が近すぎて苦手というか。
その周りの視線とか気にして欲しいと思っていた。
最初は……
でもベルモントの孫の僕とセリシオが仲が良くても、誰も不快に思わないことをこの二年間の王都生活で学んだ。
スレイズの孫ならさもありなんと……
というか王城に近い貴族になればなるほど、おじいさまにトラウマを抱いている人が多いのが本当に申し訳なく感じる。
うちの祖父が本当に申し訳ないとしか……
おじいさまにも幼馴染の貴族の方はいらっしゃったが。
子供の頃の思い出話を聞かされるに、相当に巻き込まれて色々と大変だったことは良く分かる。
流石に幼馴染ともなるとおじいさまと気の置けない仲らしく、今となってはと笑いながら懐かしそうに話しているけど。
うんうん……笑い事じゃないよねそれ? って事案もちらほら。
いや、事件だよね?
おじいさまの幼馴染でいまも付き合いがあるってことは、ある程度は同類なのだろう。
確かに強そうなご老体ばかりではある。
あー……その付けがいま孫である僕に来ているのだろうか?
現在進行形でセリシオに色々と巻き込まれるという形で。
だったら、おじいさまのやってきたことの贖罪として僕が甘んじて……受ける必要無いよね?
純粋にセリシオともきちんと向き合おうと心境の変化があったというか、成長したんだよ僕も!
「あれ? ジョシュア、もう帰るの?」
そんなふうに色々と物思いにふけっていたら、ジョシュアがそそくさと教室から出ようとしているのが見える。
「マルコ、ちょっとこっちに」
僕を見て一瞬逡巡したあと、僕を教室の隅に連れて行く。
入り口から見えない場所だ。
「ごめん、お父様に変な奴を傍につけられてさ……まだマルコの事、諦めてないみたいなんだ。しばらくは一緒に遊べそうにないよ」
後ろ姿や横顔をチラリと見ただけだったけど、こうして改めて正面から見ると物凄く疲れているのが分かる。
「僕の身の回りを世話してくれる使用人も総入れ替えでさ、取りあえずしばらくは距離を置いた方が良いかなって」
「しばらくってどのくらい? ジョシュアはそれで大丈夫なの?」
「ふふ……大丈夫だよ。別に行動を制限されているわけじゃないし。まあ、見張られてはいるけど……ごめん、彼女が来る前に僕、もう行くね! 今度また邪魔されそうにないタイミングで、ゆっくりと話すよ」
そう言って苦笑いをしつつその場から逃げるように去っていくジョシュアを見て、ちょっと寂しく感じる。
そういえばジョシュアのお目付け役としてあてがわれた子供だけど、ディーンの説明を聞いて勝手に男の子とばかり思っていたら女の子だったらしい。
これは状況を調べさせた虫情報。
なるほど、それはその子も一生懸命になるはずだ。
どうも傍仕えとかって立場じゃ無くて、その上を狙ってそうだと。
ただ、純粋に狙っている可能性もあるらしい。
純粋にってなにさ?
ああ、本気でジョシュアを気に入っている様子。
そのうえで義父様になるかもしれないドルア伯爵の覚えをよくしようと、必死?
うーん……
ジョシュアが家を出るつもりなのを聞いても、その思いは変わらないのかな?
ジョシュアが嫌がってるなら、全力で邪魔させてもらうけど。
「全然大丈夫そうに見えないし」
そう呟いて、帰り支度をしようと机に戻る。
「マルコも聞いたか? ジョシュアも大変だな」
「あっ、ベントレー! うん、笑ってたけど、凄く疲れた表情だった」
ベントレーが困ったような表情を浮かべて話しかけて来たので、努めて明るく振る舞ってみたが気分は晴れない。
「ジョシュアもう帰ったの? 忙しいのかな?」
「なんか、色々とあるみたい」
「そうなの? 大変そうだね。うちに来る約束もドタキャンされたし、厄介な事になってるんじゃない?」
なかなかにエマも鋭い。
ディーンから聞かされた情報を基に、虫達にも調べてもらったけど。
聞けば割と息が詰まりそうな生活だったし。
「しかも最近は女の子とずっと一緒に居るんだってさ。うちに来るより、その子が大事かと最初は腹が立ったけど、どうも様子がおかしいんだよね」
「そうだね。ジョシュアのことは僕に任せて貰って良いかな?」
「なに? 一人だけ抜け駆けする気?」
抜け駆けって。
なんか、使い方がおかしいよエマ。
「私だって友達だと思ってるんだから!」
それは身分至上主義のドルア伯爵が聞いたら、とても喜びそうな言葉だ。
きっとジョシュアの傍に付けられた女の子がお役御免になるくらいに。
良いかも。
奥の手の1つとして、取っておこう。
「ジョシュア、少しは私達に相談してくれてもよろしいのに」
ソフィアも心から心配しているようだ。
うんうん……
彼の父親はあれな人だけど、ジョシュア自身に人望があるのが本当に救いと言うか。
反面教師って本当にあるんだなと感じる。
「さてと、ジョシュアのことはゆっくりと考えるとして、ごめん。けど僕も先に行くね」
本来ならいつも通り、久しぶりの再会を祝って放課後は皆と街にでも行きたかったのだけど。
後ろを向いて、溜息。
セリシオが僕が来るのを待っている。
行きの馬車の中で、しっかりと放課後の約束を取り付けられてしまった。
このままなし崩し的に毎朝迎えに来られても困るので、たまになら一緒に行くということで我慢してもらう代わりに、初日の放課後は彼に付き合うことになったのだ。
勿論、クリスとディーンも居るけどね。
「ああ、マルコも大変そうだね」
「本来なら光栄なことなんだろうけど……」
「そうですよ! 殿下と親交を深められるなんて、皆が羨ましがることですよ!」
代わってあげようかという言葉が喉元まで出かかった。
エマは僕のことを理解してくれてるみたいだけど、ソフィアは脳天気というか。
純粋というか
まあ、こっちが普通の反応なんだろうけど。
「じゃあ、今日は俺が二人をエスコートするか……両手に花だけど、後ろから刺されそうなシチュエーションだ」
エマは放課後街に出かける気満々なので、ベントレーが溜息を吐いてこっちは任せろと言ってくれる。
「何よ、ベントレーにしては珍しく大層な言い方をするじゃない」
「ははは、とっても光栄なことだと思ってるよ」
確かに後ろから刺されそうだよね。
ヘンリー辺りに。
まあ、いまのヘンリーなら大丈夫だけど。
むしろ、ベントレーしか居なかったら、突撃してきそうだけど。
ただ彼も僕とエマ以外には、そこまでグイグイと来ないからそこらへんは弁えているだろうけど。
こうやって考えると僕の周りって、面倒くさいやつ多いな。
なんかマサキからお前も大概面倒臭いぞっていう感情が伝わって来たような、来てないような。
うん、大丈夫。
マサキには面倒掛けて良いって言ってたから。
土蜘蛛が。
「別に無理に今日遊ばなくても」
「ええ! 長期休暇明けは、初日は街で皆で遊ぶって決めてたじゃん!」
初めて聞いたよそんな約束。
そんなこと、誰も決めてないし。
エマも大概だった。
良いなあ。
あっちの方が楽しそうだな。
そうだ!
「じゃあ、逆にこっちにセリシオを誘おうか?」
「えっ?」
えって……
もう少し取り繕おうかエマ。
「悪くないが、お店に入ったら迷惑が掛かりそうだな」
「だよね」
ベントレーが凄くまともな事を言ってくる。
そうだよね。
王族に侯爵家の御子息、辺境伯家の御令嬢、伯爵家の子息令嬢に子爵家の嫡男。
そんな集団が店に来たら、確実に店主の胃に穴が開きそうだ。
「その提案はとっても素敵ですけど、殿下はマルコとご一緒したいみたいですしね」
うんうん、結局のところソフィアも心の底でセリシオを面倒臭いって思ってるんじゃ……
みんなそれぞれ、色々と頑張らないといけない一年になりそうだ。





