第2話:管理者の部屋とカブトムシ
本体から離れた並列思考の俺は管理者の空間から、自分の様子を眺めている。
並列思考が存在できるのは、管理者の空間と身体の中のみらしいが身体に戻ると統合される。
けど、体内でも分離可能。
二重人格ごっことかできそう。
ちなみに、管理者の空間に思考を飛ばすと、なんかこっぱずかしい白いローブと前世の成人の身体のおまけつきだった。
たぶん、邪神様からのプレゼントだろう。
ただ、日本人顔に、このローブは似合うのか?
いま居るのはパルテノン神殿を彷彿させるような、白い柱がメインの建物。
建物の外は真っ白な空間がただ広がっていて、頭がおかしくなりそうだったのでさっさと神殿に戻ってきた。
奥に玉座のようなものがあり、そこに座るとタブレットのような映像が中空に現れる。
なんていうか、透過度も選べる近未来の空中に直接映し出す的なあれだ。
操作も、タブレットと殆ど一緒だ。
これは、神様からのサービスだろう……たぶん、気が利く邪神様の方じゃないかと。
そのホログラムインターフェースが映し出しているのは、小さな部屋。
とりあえず触ってみるとインターフェースから地上の自分の視点と、俯瞰で自分を見る視点を切り替えて映す事ができた。
一応、マニュアルみたいなものも、このインターフェースの中に入っている。
それを読めばいいのだが、最初は触って覚えるタイプだ俺は。
本体の方は本能に抗えないらしくママンのおっぱいを吸ったり、お漏らししたり、泣き喚いたり、寝まくったりしてる。
1人の時でも手を開いたり閉じたりしたり、天井を見て笑ったり……まあ、色々と考えているのは分かる。
手を開いたり閉じたりしてるのも、身体の感覚を掴むためや地味な筋トレだったり。
天井を見てニヤニヤ笑ってるのは、今後を想像してのことだ。
赤ちゃんの取りそうな行動だが、腹の中が分かる身としては我ながらアレだな。
でもって、俺を取り巻く状況なのだが。
一応親の話や、周囲の会話からうちが子爵ってのは分かった。
俺はそこの長男で、名前はマルコと名付けられたらしい。
らしいというのは、親がそう呼んでたから。
幸い言葉や、文字は理解できた。
向こうの俺は理解できてないみたいだから、管理者の部屋の特権かもしれないが。
とはいえ、向こうは向こうで徐々に言葉の意味を掴んでいってるらしい。
情報や知識は共有なので一応こっちが理解した瞬間に向こうも周囲の話の内容だけは分かる。
ただ向こうでは現地語で聞こえるらしく、こっちの提供した情報から意味を結び付けて勉強中だ。
確かに意味が分かっても、話せなければ意味が無いから現地語を覚えるのは重要だ。
任せたぞ、赤ちゃん側の俺。
でもって、両親の領地はそこそこありそうだった?
一応空間の地図で境界線を引いてもらったが町が2つと村が5つくらいか?
2つある町のうちの、1つはかなり大きい。
そこに、俺の実家はあるらしい。
父親の名前はマイケル・フォン・ベルモント。
俺のイメージする貴族っぽく、少し太っている。
歳は30歳くらいだろうか?
金髪でオールバック。
顔は柔和な感じで、目が優しそう。
最近のラノベではこういうのって顔はキリッとした筋肉もあって、剣も使えるダンディなお父さんが主流じゃなかろうか?
単純にこの人は、とにかく優しそうなイメージが大きい。
いつもニコニコと俺の顔を覗き込んでいるし。
母親はマリア・フォン・ベルモント。
こっちもニコニコとしている、可愛らしい女性だ。
年齢は20代後半といったところかな?
この世界の感覚としては割と歳がいってからの初産だったらしい。
しかも、男児だったから屋敷は大慌てだったな。
マリアが心底ホッとした表情を浮かべていたのが、印象的だ。
別段特別美人って訳でもないが、普通に日本で見かけたら可愛らしい外人さんだなって感じ。
こっちも金髪で、青いお人形さんみたいなクリッとした目が印象的だ。
「ングング」
「しっかり飲んで、しっかり育つのよ」
難しい顔をして、一生懸命おっぱいに吸い付く赤子。
そして、鈴の鳴るような綺麗な声で、赤子の髪を優しく撫でながら声を掛けるマリア。
流石に授乳のシーンは気恥ずかしいものがあって、見ないようにしてるがあっちの俺は一生懸命おっぱい吸ってた。
まあ、本能に逆らえないのは年齢故だろう。
大分赤子としての自分に、思考も引っ張られている様子だ。
というか、吸わないと死ぬし。
向こうの俺も、恥ずかしがってる場合じゃないしな。
夜になって、暇になってきたので本体に戻る。
つっても、特に何が変わるってわけでもないが。
こうして、自分の目で直接世界を見るのも大事だしな。
管理者の空間に籠って、モニターっぽいので見るのとは違って普通に星空を見るだけも面白い。
飽きることなく外を見ていると、黒い何かが飛んでくるのが見える。
そして、そのまま窓にぶつかる。
コンっという音がして、窓枠にギリギリ足を引っかけて落ちるのを耐えたそれ。
どうやら、飛ぶのはあまり得意じゃないらしい。
昆虫の類だろうか。
見た目的には、カブトムシに似てる。
角がカッコいい。
縦に2本の尖った角が並んでいる。
上の方がシャープで、下の方が太く力強い印象だ。
そして、目の上あたりからも2本弧を描くような尖った角がある。
計4本の角を持つカブトムシ。
サイズは8cmくらいかな?
地球のより、かなり大きく感じる。
無意識に左手を窓に伸ばして吸収してしまった。
この辺は赤子の本能に負けた部分はあるかもしれない。
少し距離があったようだが、問題無かったようだ。
どの程度までなら、この能力が有効なのか一度調べてみる必要はありそうだが。
カブトムシを追いかけて、管理者の空間に再度意識を飛ばす。
移動先は神殿。
そして、そこに居た。
カブトムシ。
こっちを認識したのかゆっくりと、力強く歩み寄ってくる。
そして、目の前で角を下げる。
マジか?
頭を下げたみたいだ。
もしかして、俺の配下ってことか?
最初の配下が虫とか……
まあ、良いか。
とりあえずこのカブトムシ。
俺に懐いてくれてはいるが、喋る事もできないしあんまり意味が無かったかも。
でも、こっちの言う事は分かるらしく「飛べ!」と言ったら飛んでくれる。
最初のうちは色々と指示を出して遊んでいたけど、すぐに飽きた。
合成して強化とかも試してみたいけど、素材が無いしな。
それと部屋に蜘蛛が居たので、それも捕まえた。
こっちも、言う事は分かるらしく指示通りに動いてくれる。
一応糸を使って何かできないかと思ったが、特に役に立つようなものはできなかった。
糸で作ったものに触るとベタベタするし。
――――――
それからさらに3年、マルコな俺は今日も元気に歩き回っている。
どうやら、あっちの中に居る俺は精神を身体に引っ張られるらしく、思考も子供っぽい事が多い。
見てて可愛いけど、中身が俺だと思ったら複雑。
「父上、あれはなんですか?」
「ああ、あれはリンゴだ?」
うん、たぶんラングって言ってるんだと思うけど、どうやらこっちの言葉に翻訳されるらしく物の名前も聞こえてくる音は一緒だった。
喋る方はあっちの俺が担当だから、大丈夫。
現地語はほぼほぼマスターしてるし……3歳で。
これには困った。
「うう……もうちょっと赤ちゃん言葉でしゃべってほしかった」
「母上が、望まれるならそうしましょうか? ママ! これでいい?」
「なんか違う……」
可愛い時期をいっきに通り越して、良いとこの坊っちゃんみたいな喋り方を始めたし。
母親としては微妙らしい。
父親は、自慢らしくあっちこっちに俺を連れまわす。
でもって、知らない事をどんどん教えてくれる。
それが、マリアにとっては余計に不満らしい。
「もう少し、ゆっくりで良いじゃないですか!」
「勉強は興味を持った時が、旬なんだぞ!」
「分かりますけど! 私はもっとマルコを可愛がりたいの!」
いつも、俺の事で喧嘩してる。
まあ、微笑ましい喧嘩だけど。
という事で、あっちは放っておこう。
放っておいても、勝手に成長していくし。
たまに精神を戻した時は、なんとか子供に引っ張られる事無く抵抗できるけど。
その時に足りない情報認識の統合をしてるから、今のところ大きな問題は無い。
どうも子供に引っ張られてるマルコな俺は、こっちの元の精神年齢の俺とは考え方に若干の乖離があるみたいだ。
だから、時たまこうやって意志の統一をしないといけない。
主人格はあっちだが、実際は同等なので精神的に年上の俺の方に合わせるって事になってると信じたい。
その俺はいま、管理者の空間でカブトと戯れている。
二つの槍を持つ虫という種類のカブト虫だった。
4本ある角のうちの長いメインの2本の角を槍に見立てたらしい。
ちなみに、名前はカブトにした。
そのまんまだけど、別に良いよね?
分かりやすいし。
そのカブト。
出会った時は、普通に黒かったが今は銀色に輝いている。
身体が一回り大きくなってる。
あっちの俺に吸収させた石と合成させた結果、装甲が大幅に強化されたとか。
でもって、こないだ鉄が手に入ったから、鉄も合成してみた。
鉄なみに装甲が硬くなったらしい。
でもって、銀色に変わった。
カッコいい。
他にも空間内が色々と変わった。
まず、森を作った。
管理者の部屋のUIに触れると、一日一回だけ、100ポイント貰える。
1週間連続で触れると、ボーナスが500ポイント。
1ヶ月とか10回目とかでもボーナスついた。
でもって、このポイントと交換で空間内を色々と改造できた。
他にも物とも交換できるみたいだけどこれはある程度、管理者レベルが上がるまで解放されないとか。
管理者レベルはいま10ある。
物と交換できるのはレベル15から。
まだまだ先だ。
ちなみにレベルはここに物を吸収して送ったり、空間内を改造したりすると上がっていくらしい。
現状地形改造にはまってる。
温泉を作ってみたりもした。
湖も。
もうじき、50000ポイントの山が貰える。
要るかな?
町は40000ポイント。
これは、住人がまだ居ないから要らない。
とりあえず、退屈はしてない。
一つ不満があるとすれば、あっちの俺が虫ばっかり捕まえて送ってくることだろうか?
精神がお子ちゃまよりだから、仕方ないか。
まあ、いいけど。
蜘蛛に鉄を合成したら、鉄のような糸を飛ばすようになった。
うん、割と便利。
物凄く目の細かなチェーンメイル? 鎖帷子とか編んでたし。
可動部の細工が素晴らしく、身体の動きを一切阻害しない。
でも、重い……
流石に3歳児には無理だな。