第182話:2年生の冬休みの一方そのころ その2
「最近来ないな」
「何がねカイン?」
「いや、まあ……そのあれだ」
マサキが付けた看板のせいか、ミスリルの塔というのが割と定着しつつある北の四天王の塔で黒騎士ことカインが詰まら無さそうに呟いた一言に対して、表情を伺うかのようにトクマが前髪を掻き上げながら下から覗き込んでいる。
「お寂しいのですね」
「誰も、そんなことは言ってない」
メイドでサキュバスのミレイが、お茶のおかわりを用意しながらクスクスと笑っている。
それに対してそっぽを向いて、否定するカイン。
そうかそうか、やっぱりミスリルさんは子供好きの良い人だな。
これで中身がおっさんだとバレたら、殺されるかもしれないが。
「私は寂しいですよ」
「なんだかんだでカインもマサキちゃんの事、気に入ってるね。素直になるね」
「やめろ!」
ミレイさんが眉を寄せて、表情を曇らせている。
うんうん、俺もミレイさんに会えなくて寂しいよ。
その横ではトクマがミスリルさんのほっぺをからかうように、指で突っついている。
上司と部下だよね?
一見堅物で、仕事熱心そうなミスリルさんだけど、トクマの前だと形無しだな。
見ていて微笑ましくもあるけど。
タブレットで北の塔の様子を見ているが、特に変わった事は無いらしい。
蟻達によって隠し通路が多数設置されていることにも、気付いていなさそうだし。
ミスリルさんの執務部屋まで誰にも会わずに向かうルートも用意してある。
直接転移で移動すれば、必要無いけど。
色々と、楽しい計画を立てているところだ。
さてと、北の塔が問題無い事が分かったので次は魔国だ。
タブレットの画面をピンチして広げて、地図を拡大する。
それから魔王城周辺に寄せていって、魔国の様子を見てみる。
今年は領内でも収穫が多くあったので、そこまで食料に困っている様子は無さそうだ。
「おい、ニンジンが逃げ出した! 捕まえてくれ!」
「えっ? ニンジンって逃げるの?」
「てか、動けるの?」
ちょいちょい作物に混ぜている改造野菜が、時々揉め事を起こしているみたいだけど。
八百屋さんは何度も経験しているから、慣れたものだ。
驚きもしない。
商店の人達も、いつものことのように笑って見ている。
通行人たちも慌てた八百屋の店主を笑っているが、初めて見たであろう魔族はびっくりして道の脇に飛びのいている。
「捕まえたら、普通のニンジンの2倍の値段で売るぞ!」
「よしっ、乗った!」
「追いかけろ!」
どんどんと距離が離されていく店主が叫ぶと、周囲の街の魔族達が腕をまくって追いかけようとして……寒かったのかまくった袖を下ろして追いかけていく。
倍の値段でも売れるのか。
走るニンジン。
俺なら半額でも要らないけど。
二又の時点で、そこまで魅力も感じないし。
やっぱりニンジンは普通のに限ると思うのだけど。
「普段動き回ってるからか、身が引き締まってて甘みが強くて美味しいのよねあれ! あんたも、頑張ってとっといで!」
背中に蝙蝠の羽の生えたちょっと太めのきもったま母さんっぽい魔族が、ダンナさんと思われるひょろっとした魔族の背中を叩いておいやっている。
そうか、普通のニンジンよりも美味しいのか。
「それにランダムだけど、なんらかしらの属性魔力が入ってることもあるし」
「こないだ、火の魔力が入ってたのかしらないけど、皮剥いたら手を火傷しちゃってね」
「ああ、でも当たりだね! 火属性のニンジンを鍋に入れると、いつまでも冷めなくて美味しいのよね」
「その代わり、舌を火傷しちゃうけどね」
結構、この走るニンジンを食べてる魔族居るんだな。
普通なら遠慮したいところだけどこれだけ実食したデータがあって、評判も良いとなると気になる。
最初に食べた人は偉大だ。
「おいっ、待て! くそっ! なんだって今回はこんなに特野菜が混ざってんだ! おーい、誰かー! レタスが飛んでいった! 捕まえてくれ」
おお、葉を広げて空を飛ぶレタスも混じってたのか。
「いくらだい、旦那?」
「あれは、俺じゃ手が出ねーから3割増しってとこだ!」
「よっしゃー! って、おい! 誰だあれ!」
「もう、捕まえたのか?」
八百屋の話を聞いて飛び立とうとした鱗の生えた翼を持つ魔族が、上を見上げて指をさす。
その指の先を見て、街の人達が落胆の溜息をもらしている。
こっちも人気の野菜なのか。
「これは、魔王様に良い手土産ができましたね」
「バルログ様!」
どうやら、バルログが街に来ていたらしい。
3対の烏の羽を羽ばたかせながら、ゆっくりと降りてくる。
「いや、普通にしてて構わないよ」
地面に降り立ったと同時に、周囲の人達が跪こうとしたのを手で押しとどめる。
そういえば、こいつ魔国の重役だったな。
爵位も持ってたんだっけ?
「のぞき見とは感心しませんね」
「えっ?」
「はっ?」
やばいやばい。
バルログがこっちをにらんで来たので、慌てて画面の位置を変える。
割とナチュラルに俺の事に気付けるようになったんだ。
流石は努力の人。
目標を達成しても、さらにその先を目指して頑張る姿には頭が下がる。
それにしても改造野菜には色々な効果があるらしく、困っているのは八百屋の旦那だけっぽい。
それでも捕まえてもらったら、割高で売れるのだからそこまで迷惑では無さそうだけど。
「これとこれ、それからこれを下さい」
バルログがひょいひょいといくつかの野菜を選んでいく。
「えっと……あっ!」
「ふふ、こんなのがいっぱい紛れていたんじゃ、街が騒がしくていけませんからね」
バルログが掴んだ野菜が一つ残らず暴れているが、魔力を流して動きを止めている。
どうやら、電撃を流したっぽい。
目的は改造野菜の回収らしい。
魔王城の畑で取れた野菜には、俺の仕込んだ改造野菜がちょこっとある。
それが城を抜け出して、他の畑に紛れ込むのだが。
そのことを知っている魔王が、バルログに回収を命じていたらしい。
それに改造野菜は味も栄養素も抜群に良いらしく、あまり市場に流したくないということもあるらしい。
上を知ったらというやつだな。
しかも勝手に普通の野菜と交配させたりして、品種改良にまで乗り出しているとか。
慣れって怖いな。
魔国も平和そうでなにより。
マルコが解放されたら、一度身体を借りて遊びに行きたいところだけど。
まだまだ、フレイは頑張るみたいだ。
俺が出しゃばらない限り、見つかることは無いんだけどね。
絶対に見つからないことを、教えてやらないマルコも薄情だな。
まあ、言ったところで聞きそうにないし。
満足するまで放置するつもりなのだろう。
――――――
「これを見て貰えませんか?」
マハトールが神殿の玉座まで来て、何やら見て欲しいものがあると。
なんだろう?
「どうした?」
「行きますよ! はあっ!」
「……なんだろう……思ったのと違う」
マハトールが全身から聖気を放っている。
立ちのぼる黄金色のオーラに身を包んで、やり切った顔で誇らしげにこちらを見つめてくるマハトール。
うんうん……
「馬鹿か」
「えっ? 痛い!」
マハトールの頭にげんこつを落とす。
「とっとと、それを外せ!」
「……はいっ」
マハトールが執事服をめくって、お腹を出すとそこには聖魔石が埋め込まれていた。
無理矢理腹を切ってそこに埋め込んで、超回復で肉を盛り上がらせて取り込んだんだろう。
その努力と根性は認めるが。
それで、誤魔化せると思ったことに腹が立つ。
「ふふふ、だから言ったのに」
俺の横でリザベルがクスクスと笑っている。
リザベルは知っていたらしい。
というか、リザベルからマハトールがお腹に聖魔石を埋め込んで、披露しにくるって聞いたからね。
うんうん……
流石、楽しい事が大好きなリザベルだ。
種を知っている俺の前でドヤ顔をしたあげく、怒られるのを見たくてチクりに来たらしい。
「せめて、このくらい出来るようにならないと」
「おまっ!」
「リザベルさん?」
そして、俺の横で正真正銘の聖気を放つリザベル。
いつの間に。
「あっはっはっはっは! この顔が見たくて、白蟻さんたちに手伝って貰ったんだ! どう? 凄いでしょ!」
「おお、凄いぞリザベル! どうやったんだ?」
「いやいや主、マハトールが居る前で言えるわけないでしょう」
「そうだな! うんうん!」
「グヌヌヌヌ!」
リザベルが誇らしげに、そして心底楽しそうに口に手を当ててマハトールを指さして笑っている。
本当に凄い。
本当に凄いうえに、悪魔も聖属性を操れることが立証された。
ということは、出来ないマハトールの努力が足りないんだな。
当の本人は悔しそうに歯を食いしばって、怨嗟の声を漏らしている。
仕方がない。
出来てしまったのだから。
いや、実際にはリザベルも聖魔石を身体に埋め込んでるだけなのだが。
マハトールのこの顔が見たくて、2人で一芝居打ったわけだ。
思った以上に、面白い絵が取れた。
「うわーん」
マハトールが情けない声で泣きながら、山に戻っていった。
まあ、これでさらなるやる気をだしてくれたら良いけど。
「もう無理……なんで、あいつ平気で立ってられるんだ」
そして、リザベルが真っ青な顔でその場に倒れ込んだので、慌てて魔石を取り出して闇の魔力を注入する。
命がけで人を馬鹿にするその姿勢に、感服だ。
「いや、悪戯の為に命を懸けるお前も大概だと思うけど」
「それだけの価値はありましたから」
まだ少し辛そうだが、普通に起き上がってリザベルがニヤニヤと先ほどのマハトールの姿を思い出して笑っている。
本当に良い性格をしていると思う。
ちなみにクロウニは取りあえずベニス領を経由してクエール王国に向かったので、話せる人型がリザベルしか居ない。
だから、冬に入ってからだいぶリザベルと仲良くなった気がする。
土蜘蛛やカブトにも悪戯を仕掛けていたが、土蜘蛛には威圧だけで追い返されてしまった。
カブトは……
「ははは、面白いですね。では、そちらの趣味に付き合ったのですから、次は私の趣味に付き合って貰いましょうか?」
と言って、森にリザベルを連れて行っていた。
3時間後、半泣きで戻って来たリザベルは、それでもカブトの焦った表情を思い出して笑っていたけど。
何をしたのか聞いたらカブトのお気に入りの木の樹液に唐辛子を混ぜてみたり、カブトの住処に俺の本を放り込んで、俺が本を探してるけど見てないかと聞いてみたりしたらしい。
樹液をすすったカブトは味覚がそこまではっきりと無いからか、反応は薄かったと。
ちょっと、身体が熱っぽい……なんか漲って来たと言って、クロウニとマハトールの訓練が3割増しになった程度。
結局、クロウニとマハトールの必死な姿が見れて楽しかったと。
本の件は、物凄く焦っていたらしい、
普段はそんな姿を見せないカブトを見て爆笑していたら見つかって、死ぬかと思うような訓練を受けさせられたらしい。
「この樹液をすすると、身体からあふれるほどの闘志が出る」と言って、唐辛子入りの樹液を嘗めた後で。
結局、自分で自分の首を絞めることになったみたいだが、その価値はあったと。
うん……悪魔って不思議だ。
そんな目にあっても、人が困った姿を楽しめるのは流石悪魔としか言いようがない。
余罪がいっぱいありそうだが、俺に迷惑を掛けているわけではないので放置。
相手を見て、ネタばらしもしているらしいし。
マハトールにネタばらしする気はないらしいが。
ラダマンティスは何をしかけても、すぐにばれるらしく楽しくないと言っていた。
まあ、彼は侍だしね。
明鏡止水の心構えで、常に落ち着いて行動しているみたいだし。
なんとなくリザベルが居ると少しだけ管理者の空間が騒がしくて、迷惑だけどちょっと憎めないというか。
ちょいちょい本人も痛い目に合ってるのが、良いのかもしれない。





