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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編

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第179話:冬休みダイジェスト その4

「凄いな」

「これは……」

「ははは、大衆浴場というよりも、なんというか物語の世界ですね」


 ベルモント観光企画第2弾。

 大衆浴場、スパ・ベルモンド。

 といっても一般向けの浴場と、富裕層向けの浴場は分けてあるけど。


 身体を洗って、室内風呂を少し堪能したあとで露天スペースに向かって部屋を出た場所で、3人が立ち尽くす。


 辺りをモクモクと湯気が覆っているが、まだ陽が高いこの時間。

 靄が掛かって見えるように、あちこちに設置されたお風呂は余計なものを隠してとても幻想的な雰囲気に見える。


 今回セリシオを連れて来たのは、富裕層向けというか貴族向けの特別施設だ。

 

 貴族も来るだろうということで、職人さん達とお父様が僕に内緒で作っていたらしい。

 そして、僕にも利用してもらいたいという思いも込められているとか。


 僕が長期休暇の旅に、学友を伴って帰郷することはもはやベルモントでは定例行事となりつつあるらしい。

 そして僕の友達ともなると、全員が当然貴族だ。

 また、保護者も伴ってくることもあるため、豪商や名家と一緒の浴場というのは多大な問題と危険を含んでいると危惧されたこともある。


 相手の素性を知らない勘違いした商人が、お忍びで来ている貴族相手に粗相を働いて湯船を赤く染めるような事が起きないようにと。


 金持ちと一般人くらいにしか区分訳を考えて居なかった僕の浅慮だ。

 シビリアディアの学校の総合上級科では商人の子供も貴族と一緒の教室に居るから、そんなに深く考えてなかったのは反省だ。


 お父様がその事に気付いて先手を打ってくれたことに、深く感謝。

 したけども、ヒューイとマリーから進言があったそうだ。

 なるほど。

 納得。


 スパ・ベルモントは街の一角を大きく買い取った場所にある。

 外壁付近には余った土地もあるので、そちらに集合住宅のようなものも作っている。

 どうしても立ち退いて貰わないといけない家もあったため、格安でそちらへの引っ越しを提案した。

 新築に格安で住めるということで、そこまで難航はしなかったと。

 一応立地にも気を使って、街の入場門の詰所からそう遠くない場所に用意した。

 治安に対する問題も、考慮したのだ。


 ただそれでも宿泊施設やお店が立ち並ぶ場所を買い取るのは、思った以上に大変だった。

 仕方なく空いている土地に最初は建てようかと思ったが、泊まる場所から離れ過ぎていたら宿に戻るまでに湯冷めしてしまう。

 ということで、外壁付近の余っている土地も活用しつつそこにある程度まとまった住宅区を作ったことで商店に対する需要を作るなどの区画整理も提案して、徐々に場所を確保していたのだ。


 所詮子供の思い付き。

 実際にそれらを行っていくうえで、問題は山積みだったらしい。

  

 ディーンの父親であるエクト様に、お父様から何度も相談がいっていたとか。

 それどころか、実際に来てもらう事もしばしば。

 宮廷魔術師の副局長を呼びつけるだけの人脈に感心しつつ、エクト様も息抜きにとまとまった休暇を取ってはディーンの母親であるマクベス夫人も連れて来ていた。

 知らないだけで、ディーンも僕が居ないベルモントに何度か足を運んでいたらしい。


 聞いていないと言ったら、言ってないと言われた。

 この場合は、行ってないと言われたのか、言ってないと言われたのか一瞬迷ったが。

 彼の目を見れば、即座に言葉の意味が理解できた。


 僕でさえ、簡単に帰る事が出来ないのに。


 そんなディーン一家の助力もあり、一昨年ようやく土地を確保することに成功して、去年着工したこの施設は今年になって完成を迎えた。

 この街の大切な観光の目玉となって欲しい。


 そのためにも、王族が使用したという箔は金を払ってでも喉から手が出るほど欲しい。

 折角の貴族専用風呂なのだし。


 これからも新たな事業を始めるにあたって、ベルモントの街が手狭になってくることは容易に想像出来た。

 僕が考えなしに提案をしたり、オセロ村の利益を使って領地の発展に尽力することをお父様は喜んでくれている。

 行きすぎなければ、口を出す事も無い。


 色々と多方面に、根回しもしてくれる。

 この根回しは主にマリーがお父様に対して提案してくれているらしいが、お父様の名誉のため知らなかったことにして「お父様、素晴らしいです! 私の考えが至らず、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」と謝って置く。

 

 これだけで、お父様は誇らしげに気分よく過ごせるらしい。


 お母さまからの助言だ。


 僕もお父様も親子そろって似た者同士かもしれない。

 

 ただ街の規模が手狭になったからといって、すぐすぐどうにか出来る問題ではない。

 いくらベルモント領の産業が好調とはいえ、高価な商品を取り扱っているわけでもないので外壁の拡張工事を行えるほどの予算は捻出出来ていない。


 金山を1つしか持たない領地にすら、引けを取る。

 それだけ金山と言うのは、領地に富をもたらしてくれるのだ。


 あー、うちにも金山無いかな。

 とはいえ、宝石はいくらか取れるのでそれで我慢。


 今度虫達に、希少金属の発掘でもさせようか。

 分かるかな?


 これから先色々な施設を増やすにあたって予算や土地の問題、その辺りも視野にいれておかないと。

 思い付きで行動するだけでは駄目だと、思った以上に時間が掛かったスパ・ベルモントを見て胸に刻み込む。


 とマサキが、タブレットとにらめっこしながら考えていた。

 

 これが管理者の空間だったら、建物をドラッグして移動させてと簡単に終わるのになと溜息を吐いていたが。


 管理者の空間が完全に箱庭ゲームっぽい。


 あらためてスパ・ベルモントについて思い起こす。

 外観は四方を高さが3mほどの外壁に囲まれた、青天井の施設。

 中で色々と区分けされている。


 青天井といっても全体的にというだけで、正門から施設を管理する受付のある建物まではアーケードのようにアーチ状の天井がついている。


 それから受付があるのは、完全に箱型の建物だ。

 中は男湯と女湯にも分かれているので、6つのセクションからなっている。

 

 一般向けのものは、建物から左に向かう廊下を行った先にある。

 富裕層向けのものは建物から右に向かう廊下の先。


 広さとしては一般向けのものが一番広いが。

 大浴場が大半を占めている。

 勿論、一般、富裕層、貴族向けのどの浴場も身体を洗う場所と普通の浴槽は建物内だ。

 

 貴族向けの浴場は、中央の板張りの廊下を歩いて行った先にある。

 廊下の両脇が風呂場になっているが、お貴族様の目に触れさせていいものでもないので、完全に壁でシャットアウト。


 突き当り扉の向こうで、左右に分かれる。

 男性用と、女性用があるからだ。


 施設の3分の1の土地を使用しており、どちらかというとちょっと広めの浴場をいくつも用意したような場所になっている。


 中には飲食を扱うお店もあるし、休憩用の寝椅子も用意してある。

 今回僕たちが利用したのは、その貴族用のスペース。

 

 すでに噂を聞きつけて利用している人たちが、チラホラと。


 居たことに驚き。

 たかがお風呂にとも思ったが。

 どこの世界にも新しい物好きは居るのだ。


 セリシオもクリスもディーンも、目を丸くして目の前の光景を眺めている。

 沢山の小さな露天風呂があり、それぞれの中央に太い柱が立っていて雨と日差しを防げるように、草を編んだ屋根が付けられている。

 なんとなく、南の島っぽい屋根だ。


 お決まりの獅子の口からお湯が出るお風呂や、下からポコポコと湧き出すお風呂。

 横から吹き出すお風呂に、丁度大人一人分ずつに仕切られた浅いけど緩やかな傾斜の付いた背もたれと長細い床でゆったりと横になれるお風呂。

 他にも深くて狭いお風呂が並んでいる場所もある。


 屋根の無い風呂もチラホラとあって、噴水のように噴き上げて上から降って来るお風呂や、滝のような凄い勢いでお湯が打ち付けてくるお風呂なんてのもある。

 

 かなりの費用が掛かっている。

 魔石の力と、魔法を扱える人を雇った特別仕様。


 他は沸かしたお湯を掛け流しにしているが、ここだけは特別な演出も必要だったので少なくない魔石を使用している。

 最初は赤字になるだろうなと思いつつも、この場所だけでこの施設の1日の費用の7割を占めている。


「早く入ろうよ、風邪ひくよ?」

「ああ、そうだな」


 僕の言葉に、セリシオが頷く。

 せっかく内風呂で温まったのに、冬の寒風に晒されてみるみるうちに体温が下がっていくのを感じる。

 思わず身震いする。


 見れば、鳥肌まで。

 この状態で、お風呂に入ったらさぞかし熱いかも。

 そんな事を思いつつ、率先して先頭を歩きながらどんな人が居るのかなと周りに視線を送る。

 

 ちらりと見た視界の中におじいさまとディーンの祖父であるメルト様が映ったのは、気のせいだろう。

 おじいさまはともかく、メルト様がこのような場所に……

 もしかして、強引におじいさまに。

 

 チラリと見えただけだし。

 しっかりと見てないから、はっきりと分からなかったし。


 うん、きっと気のせいだ。


「おお、殿下! それにディーン!」

「マルコか!」


 気のせいでは無かった。

 セリシオ達の壁になるように、その老人2人がお湯に浸かって横になっているお風呂を通り過ぎようとしたら声を掛けられた。

 

「なんでおじいさまが……」

「いや、マイケルに勧められてのう。女湯にはエリーゼとマリアさんと、テトラも来ているぞ」


 どうやら、この施設の御贔屓さんは領主一家だったっぽい。

 お父様……いや、お母様。


「おじい様」

「おお、ディーンもお風呂に入りに来たのか? 先に頂いとるぞ」


 ディーンが嬉しそうにメルト様に声を掛けている。

 こちらの祖父と孫は、関係が良好そうだ。

 いや、別にうちが悪いってわけじゃ無いけど。


「聞けば発案はマルコ君らしいのう。まさか、温泉にこのような娯楽を持ち込むとは、中々面白い発想じゃな」

 

 僕の方に目を向けたメルト様が、楽しそうに目を細める。

 どうやら、ディーンの面白い物好きはおじいさま譲りらしい。

 いや、そんな事よりも、お風呂のせいだけとは思えないほどに頬が赤らいで見えるのは気のせいだろうか?


 気のせいでは無さそうだ。


「お風呂で飲む、冷えたエールというのも悪くない」

「そうじゃな、スレイズ殿。なかなか、これはこれで気分が良い。酔いの周りも早いみたいで、お湯の心地よさに冬の冷たい空気も相まって至極心地よいのう」


 酔っ払いだ。

 酔っ払いが2人。

 絡まれると面倒臭そうなので、セリシオの背中をグイッと押す。


「そうですね、私達はあちらの普通のお風呂からまず入ろうかと思います」

「うむ、湯あたりせんようにのう」


 これからお湯に浸かろうかろいうところで、おじいさま方に呼び止められて身体が完全に冷えてしまった。

 一応、メインのお風呂は温度が少し低めなので、まずはあそこからにした方がよさそうだ。


「おいっマルコ! あそこで、何か売ってるのか?」

「あー、飲み物とかだけど、まずはお湯に入ろう」

「私達は裸だぞ? お金なんか持ち込んでないが?」

「手首にロッカーの鍵が付いているでしょ? その鍵の番号を見せたらそこで記録してくれるから、出る時に払えば良いから」

「そうか……うむ、なら安心だな。ちょっと見てみないか?」

「風邪ひく、寒い……早く、入ろう?」


 何故かお風呂よりもお店に興味津々のセリシオを強引に、お風呂の方に誘導していく。

 この子は寒く無いのだろうか?

 何はともあれ多少は元気が戻って来たから良いけど。


 クリスは、普通に平気そうにしている。

 まあ、朝から乾布摩擦とかしてそうな家系だし。

 寒さに強そうだ。

 

 ふと横を見るとディーンが居ない。


「あれ? ディーンは?」

「ディーンなら、あそこだ」


 僕のつぶやきにクリスが答えてくれる。

 みたら、すでに下からポコポコとお湯が沸き出す風呂に入っていた。

 あいつ……


 あれ?

 セリシオどこ行った?


 ディーンに目を奪われた一瞬で、今度はセリシオが居なくなる。


「マルコもお湯に入って来ると良い、殿下はあそこが気になって仕方ないらしい」


 テトテトと転ばないように気を付けつつも小走りでお店に向かうセリシオを追いかけながら、クリスがこっちに声を掛けてくる。


「殿下のことは、俺が見ておくから。お前を見てるだけで、こっちまで寒くなる」


 見てなかったら寒く無いのか? と突っ込みたくなったけど、これ以上は無理だ。

 面倒見切れない。

 セリシオのことはクリスに任せて、自分もメインのお風呂に入る事にする。

 

 さっきまでの深刻そうな表情はなんだったのだろうか?


 この寒い中で、まだ内風呂にしか入っていないセリシオが冷たい飲み物を手に取るのをしり目に湯船に浸かる。

 やっぱり、ちょっとジンジンと熱く感じる。

 身体を冷やし過ぎた。


「熱い!」

「ゆっくりと入ってください!」


 両手で掬ったお湯で顔を数度拭うと、目を閉じてゆっくりと温泉を堪能していたらすぐ傍でセリシオの大きな声が聞こえる。

 そりゃそうだろうと、思いつつうっすらと目を開ける。


 頬が思わずひくっと、引き攣る。


 セリシオの前だけ黄色くお湯が染まっている。


「ああ、私のオレンジジュースが!」


 湯船のお湯を汚してはならない。

 これは、古来よりお風呂文化に伝えられて来た最低限のルールの1つだ。


「大丈夫です! すぐにお湯を掬って外に出せば! ああ、広がってしまった!」


 続くクリスの言葉に、こめかみがピクピクと痙攣する。


「ん? 色が薄くなってるぞ! 混ぜろ、混ぜろ!」


 セリシオがバシャバシャとお湯をかき混ぜる音を聞いて、思わず立ち上がろうとしたらゴンっという音が2つ聞こえて来た。


「何をしておるのじゃ! 殿下もクリスも!」

「痛い!」

「マスター!」


 おじいさまが何やら慌てているセリシオ達の様子を見に来て、この惨状を目にしたらしく特大の雷を落としていた。


 まあ、お湯に入ったばかりだから良いけど、頭に血が上った状態でげんこつ落とすと、お風呂が赤く染まっていたかもしれないと思いつつ、おじいさまを含めたセリシオ達を睨み付ける。


「王族や、侯爵家に連なるもの、それに相当する方ならもう少し優雅にお風呂をお楽しみくださることはできませんか?」

「ひっ」

「すまぬ」

「申し訳ない」


 なるべく怒りを面に出さないように、静かに落ち着いた言葉で注意したら3人から頭を下げられた。

 思った以上に、怒ってしまったらしい。

 

 それでも、セリシオが元気になったのだからまあ良いか。


 ディーンは1人用のお風呂に優雅に浸って、冷たい飲み物を飲んでいた。

 初めからこうなると思って、途中でそそくさと小さいお風呂を選んでいたらしい。


 ニヤニヤと僕たちのやり取りを肴にジュースを飲むディーンを軽く睨むと、素敵な笑顔を返された。

 たまに、ディーンが良く分からないけど、相変わらず良い性格だとは思った。


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