第177話:冬休みダイジェスト その2
「この程度を捌けずに受けるとは、なまっておるな」
「いえいえ、ようやく身体が温まって来たところですよ。それよりも父上こそ年なんじゃないですか? 思ったよりも力が込められていないみたいですが?」
「ああん?」
寝起きから元気なお父様とおじい様に溜息しかでない。
右から横っ面に向かって来る斬撃に対して、何故か左に向けて剣を振り下ろすお父様。
そして頭上から聞こえてくる金属音。
さっきから振るったところがお互いてんでバラバラな上に、聞こえてくる衝突の音も明後日の方向で鳴っている。
正直、目で追うことすらできない。
初動から変化するところまでは見えるが、途中の軌道が消えてまるで違う場所でぶつかる。
ぶつかった瞬間だけ一瞬鉄剣の動きが止まるので、見えるがすぐに剣先が消えてどこかにいく。
そう……使っているのは刃を潰した鉄剣。
木剣でも当たったら大けがするし、そもそも打ち合ったらすぐに砕けるかららしい。
大けがで済むのだろうか?
肉がへしゃげ骨が砕けそうな勢いだが。
「えいっ!」
「おおっ! 凄い速い」
その横で、弟のテトラが可愛らしい声と共に木剣を振るってくる。
4歳になったテトラは、すでに木剣を与えられていて素振りなどを始めているらしい。
とはいえ、まだ子供用の木剣に振るわれているような状態だが。
そんなテトラが特訓の成果を僕に見せたいといって、早起きしてくれたのだ。
付き合わないわけにはいかない。
別にお父様やおじい様の相手をしなくて、ラッキーなんて思っていない。
むしろ、純粋に久しぶりの弟とのコミュニケーションを満喫しているのだ。
「うわっ! これは鋭い」
「あっ、おにいさま! だいじょうぶですか?」
テトラの剣を敢えて肩の筋肉で受け止める。
一応強化を掛けているので、殆ど痛みは無い。
しかし、それでも一応腰の回転を使った斬り上げだったので軽く衝撃を受ける。
衝撃のままによろめいてみせながら、体制を整えるとすぐに距離を取る。
「うん、あまりに速くて綺麗な剣にびっくりしたよ! 一生懸命訓練したんだね」
「はいっ! いたくありませんでしたか?」
「大丈夫だよ。冬だから厚着だったし、なんとか衝撃は逸らしたからね。でも本当の剣だったら、大けがしてたかもね」
「けが……」
「それくらい、上手だったよってことだよ」
「はいっ!」
僕の褒め言葉に、テトラが笑顔になる。
それにしても、4歳であの斬撃か。
僕の弟は天才……いや、神童かもしれない。
「すごいです!」
「僕はもう10歳だからね。テトラが10歳になる頃には、もっと凄い剣士になってると思うよ」
「けんし?」
「うん、剣を使って戦う戦士のことだよ」
一応兄の沽券にかかわるので適当に喰らったあとは、これは本気を出さないとと前置きをして全ての攻撃を捌く事に専念した。
時折、大きな隙を見つけたらそこを軽く小突くようにしつつ。
「さあ、汗を拭いたら早く着替えよう。冷えて、風邪をひくといけない」
「おにいさまは、あせかかないんですか?」
「なるべく無駄な体力を使わないのも、大事な技術だ。でも、テトラはまずは一生懸命に剣を振るう事の方が大事だからね」
涼やかな様子の僕を見て、テトラが首を傾げていたので頭をポンポンと軽く叩いて微笑みかける。
「なるほど! さすがです!」
大きく頷いて、キラキラと翠色の大きな瞳で見上げてくるテトラにほっこり。
本当に、天使かテトラかってくらいに可愛い弟だ。
「なんじゃ、マルコ達はもうあがるのか」
「余所見とは余裕ですね!」
「なっ、マルコとテトラに話しかけてる隙に攻撃してくるとは、卑怯な!」
「余所見する方が悪いのですよ」
おじいさまがこっちに話しかけたタイミングで、お父様が斬りかかる。
慌てた様子のおじいさまに向かった剣は、ところがそのまま空を切る。
「なーんてのう」
どうやらわざと隙を作って誘ったらしい。
「お見通しです」
が、直後に自身の脇の下から背後に向かって前を向いたまま剣を突き出すお父様。
甲高い金属音が鳴り響く。
「ほうっ、成長はしとるみたいじゃな」
「まだまだですよ」
それから距離を取って睨み合う2人を見て、溜息を吐くと侍女に汗を拭いてもらったテトラと手を繋いで館へと戻る。
「あの2人を待ってたら餓死しちゃいそうだから、先にご飯にしよう」
「うん!」
「あの、2方を待たなくても?」
「大丈夫、おばあさまとお母様には僕から言うから」
慌てた様子の侍女に軽く手を振って、2人を置いて食堂へとさっさと向かう。
テトラは一度部屋に戻って、着替えてから来ると。
おばあさまに、2人とも訓練に熱中してることを伝えると「放っておきなさい」と短く答えが返って来た。
そして、本当に2人を抜きにして食事を頂く。
朝食の席でおばあさまに聞いた話だと、昨夜親子水入らずで酒を酌み交わしていた時に今日の朝の僕の訓練をどちらで受け持つかでもめたらしい。
そして、お父様がおじいさまを越えたと宣言したとか。
もしそれが事実なら、訓練は任せると言質を取ったことで今朝のありさまと。
「放って置いたら、日が沈むまで続けるかもしれませんね」
そんな事を、カラカラと笑いながらおばあさまがおっしゃっていた。
一方のお母様は、
「だったら、今日はマルコもテトラも私とお買い物ですね」
なんてことを言っていたが。
残念。
すでにフレイ殿下とセリシオから予定が入っている。
今日は冒険者ギルドで、黒髪、黒い瞳の東の大陸出身っぽい人物の情報収集だ。
まあ、まず見つからないだろうけど。
――――――
「あの人ですか?」
冒険者ギルドに行くと、受付にいたエンラさんが1人の男性に向かって指をさす。
居るもんだね。
黒髪、黒い瞳の人。
「ん? どうかしたか?」
髪を後ろで1本に束ねた、鎧姿の男性が視線に気付いて首を傾げながらこちらに歩み寄って来る。
「貴方に、用などありませんわ」
「えぇ……」
そんな男性に向かって吐き捨てるように言うと、フレイ殿下が不機嫌そうにそっぽを向く。
受付嬢に指を差されて、貴族の子供達の視線を浴びていた男性が困惑の表情を浮かべている。
うん、名前も知らない人よ、貴方は何も悪くない。
「いやいや、もしかしたら同郷の人かも知れないじゃないですか。何か知ってるかもしれませんよ」
「やっぱり、貴方に用があります」
僕の言葉に対して、すぐに言葉を翻すフレイ殿下。
いや、もう少し考えて物を言おうよ。
「いや、俺以外にはここに東の大陸から来ている人が居るってのは聞いてねーな」
「役立たずですね。去りなさい」
「えぇ……」
酷い。
酷過ぎる。
まあ、知らなくて当然だけどね。
十中八九、マサキのことだろうし。
それにしても彼女も前来た時は、もう少しまともだった気がするけど。
「すまんな、姉上は想い人がずっと見つからなくて、気が立っているんだ」
セリシオが誰かの為に頭を下げているのを見て、思わず感心してしまう。
うんうん、彼も成長しているみたいだ。
いや、そういうことじゃなくて。
僕としては、この黒い髪の男性に興味津々だったりする。
見るからに東洋人っぽい彼に、東の大陸のあれこれを聞いてみたい。
「貴方は?」
「ん? 俺は、タスク。世界を旅してるんだが、ちょうどこの街で路銀が尽きてね。いまは、目下金策中だ」
「へえ、世界を旅してるんですね」
「ああ、まずは世界を横断して、それから縦断しようと思ってな」
フレイ殿下が失礼な対応をしたことを謝りつつ、世間話をする。
どうやら、彼は剣術修行を兼ねて世界を観光して回っているらしい。
どちらかというと、観光ついでに各地の剣術を学んでいるところらしい。
「なんでも、この国は剣鬼流ってのが最強らしいね」
ふーん、僕が習っているのはベルモント流だから、関係の無い話だ。
「この街をその剣術の本流を汲む貴族が治めていると聞いて、是非と思って立ち寄ったんだけどな。なかなか、どうやったら会って貰えるか見当もつかなくてね」
「おお! そうか、だったら、そこのむぐっ「へえ、剣鬼流ですか。僕は、聞いた事ありませんね」
セリシオが余計な事を言いそうな雰囲気だったので、慌てて口を塞いで誤魔化す。
一瞬タスクさんが怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻る。
「剣鬼流を知らないのか? 泣く子も黙るって聞いたけど、噂ってのも当てにならねーな」
「そうですね、そんな素晴らしい剣術がこの街にあったなんて、初めて知りました」
剣の話をしている時のこの人の目を見ていたら分かる。
これあれだ。
俺より強い奴を探しているって言いそうな人の目だ。
だから、もし僕がベルモントの跡取りだと知ったら、何がなんでも面会を取り次ぐようにあの手この手でしつこく言い縋って来るはずだ。
さらに間の悪い事に、現在うちには剣鬼であるおじい様まで滞在中だし。
周りの他の冒険者の人達が、ニヤニヤとした笑みでこっちを見ている。
彼等もこのやり取りを楽しんでいるようだ。
うっかり彼等が口を滑らせないように睨みを利かせる。
それにしても……
「仕方ないので、冒険者ギルドに依頼として頼んできたわ」
「あっ、そうですか」
そこにフレイ殿下がプリプリと肩をいからせながら戻ってくる。
どうやら思った情報が手に入らなかったので、お金を出して探すように依頼を出したらしい。
有力な情報だけでも金貨1枚とか……
ブルジョアめ。
ブルジョアか。
僕もか……
「まだ居たのですか期待外れ」
「えぇ……」
勝手に期待して、勝手に失望してこの言いざま。
しかも当の本人は何を期待されたのかも、分からなかった状態。
というか、完全に早とちりというか。
さっきからフレイ殿下に対して、タスクさんはえぇとしか答えられていないが。
仕方ないか。
ナイスタイミングでこの場に現れたこの紛らわしい人が、運が悪かったとしか。
ほいほいとこの街に来られるわけでもなく、東の大陸の人物の情報が入ったと思ったら人違い。
しかも、本人はなんにも情報を持って無かったわけだし。
気持ちは想像出来るが、分かるとは言えないけどね。
「もう出るわよ!」
「すいません、連れがご迷惑をお掛けしました」
「また、ゆっくりとお話をお聞かせください」
用は済んだとばかりにフレイ殿下がギルドの出口に向かったので、慌てて追いかける。
ケイとクリスはそれぞれが、フレイとセリシオの後ろに付き従うように。
優雅に飲食スペースでお茶を嗜んでいたユリアさんとディーンは、特に慌てた様子も無く立ち上がって後を追う。
僕一人が心苦しい思いをしつつ、ギルドの皆に頭を下げて慌てて追いかけることになったが。
あとでエンラさんに言って、タスクさんに謝罪の品でも送っておこう。
「えっ? あれ、領主の息子さん? てか、この国の王女と王子?」
ギルドを出る際に、タスクさんのびっくりした声が聞こえた。
「どうりで、態度がでかい訳だ」
その後に呟きになっていないような、普通の声のぼやきまで。
「聞こえてるわよ」
ギルドの扉を潜りながら、そんな言葉を漏らしたフレイ殿下に苦笑い。
どう考えても殿下が悪い。
ケイは注意する気も無いみたいだし、セリシオも何も言えないみたいだけど。
誰か、注意出来る人……おばあさまに報告かな。
とっとと帰って欲しいと、初日から思ってしまったのは内緒だ。





