第176話:冬休みダイジェスト その1
冬休みは平和に送ることが出来た。
……嘘だ。
セリシオが来た。
今回はクリスとディーンをしっかりと引き連れて。
そういえばエマの領地って行ったことないよねという話をして、だったらとなりかけたのだが。
そこに割って入って来たのは、やっぱりセリシオ。
ちなみにその時の会話としてはエマの方からは国境付近に近いし、貴族の子供が集まっているとなったら隣国からのちょっかいもあるかもしれないしと最初だけ難色を示されていた。
が……
「まっ、ベルモントに手を出したらどうなるかってのは、周辺諸国の貴族の人達の方がよく知ってるし。そこは大々的に宣伝しておけば大丈夫かな?」
なんて言葉を頂いた。
なので、遠慮なくお邪魔してみようかなと。
取り敢えずの暫定メンバーはベントレーとジョシュアと許されたヘンリーを含めた4人。
あっ、ソフィアは基本的にエマとセットだから、当然行くものとして考えている。
だから、5人か?
ディーンは流石に、セリシオとこんなに楽しい別行動は取れないと。
きっと嫉妬されると。
ソフィアは久しぶりにエマのところに行けるんだと、ちょっとウキウキ。
そこにやってきたセリシオ。
顔がどっと疲れていた。
いや、昼休み前までは元気だったのに。
午後に入ってから、やけに思い詰めた表情をしているなとは思った。
こちらをチラチラと伺いながらも近寄って来る気配がない。
うん、厄介事の匂いがしたのでこっちも全力で目を逸らしていたけど。
そんな疫病神のように、王子の気品とはなんぞやといった様子のセリシオ。
これ、国民の皆様が見たらきっとガッカリするに違いない。
「どうかされましたか?」
そこはお優しいソフィアさん。
重い足取りで近づいて来るセリシオに、眉尾をちょっとさげつつ困ったような笑みを浮かべて問いかける。
チラリとソフィアを見たセリシオは、はあ……と溜息をつく。
なんて失礼な奴だ。
貴族科では希少な良心がせっかく心配してくれてるってのに。
と思ったが……
普段のセリシオなら、取りあえず取り繕った笑みくらいは浮かべるはず。
それすら出来ないほどに、心の余裕が無いとは。
よしっ……
「そうだ、今日はヘンリーと約束があったんだった」
兵法三十六計逃げるに如かず!
敢えてセリシオの方を見ないように、笑顔で立ち上がると鞄に手を掛ける。
が、その手をガシッと掴まれる。
おそるおそる顔をあげる。
そこには眉尾を下げて、情けない表情でこちらを見つめるセリシオ。
思わずため息が漏れる。
「はあ……なんだい、その顔」
「あっ……ああ、実は冬休みのことなんだが……」
仕方なく聞いてみようと思ったものの、冒頭からすでに不穏な空気。
これは、最後まで聞いたら逃げられないやつっぽいぞ。
「ごめんセリシオ、僕たち今年はエマのところにお邪魔しようかと「昨日フレイに呼び出された」
その一言で、訪れた絶望感。
さようなら、平穏。
こんにちは、波乱万丈。
「なんでも今年もベルモントに行きたいらしい」
なるほど。
よく分からない。
てっきり呼び出されて、どこかに同行しろとかって言われるのかと思った。
「なんで? 夏に事件に巻き込まれたばかりなのに?」
ここは声を潜めて、セリシオにだけ聞こえるように。
「言っただろう……姉上が、そこでその……あれだ」
「ああ」
身内の恋バナなんてしたくないよね。
うんうん……
これは、あっさりと断っちゃだめなやつだ。
マサキが当事者という負い目もあったりするし。
「ただ、はっきりと言っておくけど、見つからないと思うよ」
「うん……そこに行った時点で、たぶん目標は達成される。そういった状況に酔ってる感じなのさ」
なのさって……
ああ、セリシオが変な風に大人びてきてる。
これは、色々と諦めた故の余裕だ。
精神に余裕が無さすぎて一番大事な自分を消す事で、そこに仮初のゆとりという名のスペースを作った感じの。
まあ、セリシオだしいっか。
多少は自分を律することも、覚えて貰わないといけないし。
とはいえ……
チラリとディーンを見る。
ようこそ王太子殿下御一行にと言わんばかりの笑みで、手をこまねいている。
この野郎。
「皆まで言わなくてもいいよ、おいで。今年もおもてなしするよ」
「ふふ、ありがとう。持つべきものは友だな」
最初はセリシオがグイグイ来ていて、若干うざいとも思っていたけど。
まあ、今のセリシオを見てまで冷たくしようとは思わない。
なんか王子ってこれでいいのかと言いたくなるほどの、ブレブレ具合の成長だが。
物語と違って王子だから完璧ってわけじゃないんだろう。
物語にしても主人公サイドの友人王子は完璧超人だったりするくせに、敵対王子はチビデブワガママバカ王子だったりするし。
同じ物語で、どこの田舎の小金持ちのバカ息子かという具合の無教養な王子が出て来たりもするわけで。
まあ早い話が教育環境は整っていても、素材が一流かどうかまでは現実では蓋を開けてみないと分からないか。
ちなみに僕の印象だと、セリシオは可も無く不可も無くって感じかな?
武力に関しては標準に対してかなり抜きんでているけど、僕やクリスほどではないし。
てかおじいさまの弟子の中では上の下って感じらしい。
うーん……
近衛副団長のビスマルクが上の中らしいから、まあセンスは間違いなくあるのだろう。
一度酒に酔って、お父様を上の上、僕を特上と言っていたが。
爺バカではなく、純粋に色々なことを基準に算定した査定結果らしい。
査定と言われると、なんとなくかっこたる基準と根拠を感じられる。
おじいちゃん補正、間違いなく入ってると言いたいけど。
彼自身の頼みだったら、尊大な態度で手を取ってブンブンと上下に振りながら、「流石マルコだ!」なんて言って肩を叩いてきそうなものだが。
僕の手を両手でしっかりと包み込んで、目をジッと見据えて頼んだぞと視線をそらさずに頷かれるとどれだけ切実かが伝わってくる。
と同時に……物凄く面倒臭い。
今年も新年を王都で祝ってから、帰郷することとなった。
いつもと違うのは、おじいさまとおばあさまが同行するという点だろうか?
勿論、お母様は今年はテトラを連れて迎えに来てくれていた。
お父様だけ領地でお留守番。
不憫だ。
いや、この機会に思いっきり羽を伸ばしていたり。
彼の性格から、それは無いだろう。
おじいさまとおばあさまと母上とテトラと一緒に帰るために屋敷を出たのに。
僕の前にはフレイ殿下。
その隣にセリシオ。
なぜかその間に座っているテトラ……
本人は訳も分からずこの馬車に連れ込まれていたが、取りあえずフレイ殿下に頭を撫でられて悪い気はしていなさそうだ。
僕の両脇を挟むようにクリスとケイ兄弟が。
正直暑苦しい。
せめて、テトラかユリア様ならもう少し気分も。
汗臭くは無い。
貴族だし、ケイからは良い匂いすらする。
鼻につくその良い匂いのせいで、馬車酔いしそうになったのは笑えない。
香水つけ過ぎだ。
気を使った蝶のお陰で、気分は大分ましになったが。
なるべく口で息をしつつ、
ユリアはお母様とおばあさまと一緒の馬車に乗っているらしい。
ディーンはおじいさまと、なぜか彼の祖父であるメルト様と一緒に居る。
ふふふ、ざまーみろと言ってやりたい。
少しだけ、気分が良くなる。
「何やら悪い笑みを浮かべているな」
「そんなことないよ」
巻き込んで来たセリシオがここまで来たら安心とばかりに、調子に乗ったことをのたまったので軽く睨み付ける。
「痛い」
即座に両サイドから肘打ちを喰らう。
どっちを見たら良いか分からないけど、両方から威圧を感じる。
不敬だとでも言いたいのだろうか。
いまのはどう見てもセリシオが悪いと思うけど。
「すまん」
代わりにセリシオをさらに睨み付ける。
両サイドから再度放たれた肘打ちを両手を交差して掌で受け止めながら。
「殿下に対して無礼な」
「いや、余の失言だった」
ケイが立ち上がろうとしたのを、セリシオが手で制する。
「ふう……」
その反対側でフレイ殿下がテトラの頭を撫でつつ外を見て溜息を吐いている。
これは重症だ。
途中で一泊してそのままベルモントの街に入ると、まずは宿の方にセリシオ達を送る。
それから、馬車を分けて自分の家に戻る。
門の前では、家人がズラリと並んで出迎えてくれる。
今回は、皆緊張した面持ちだ。
それもそうだろう。
おじいさまとおばあさまも同行している訳だし。
「お帰りなさいませ父上」
「お帰りなさいませ、旦那様」
全員が綺麗に揃った礼をすると、スレイズが満足そうに眼を細めて頷く。
「うむ、戻ったぞ」
そう言って馬車の扉に向かうと、ファーマが慌て降車台を用意する。
ゆっくりと重い足取りで威厳をしめすように、そこを一歩ずつ踏みしめておりていくおじいさま。
その後をファーマに手を引かれて降りる、おばあさま。
次いでお父様の手を取っておりてくるお母様。
そして僕とテトラがその後に続く。
一人ずつ家人の出迎えを受けて、屋敷へと案内される。
荷物は家人の人達が降ろしてくれる。
ファーマとローズの護衛2人は、僕達に付き従って館まで。
ようやく返って来たことに、ホッと胸をなで……降ろさない。
明日からどうしよう。





