第173話:ヨドの森の狼と人間観察
「あれか……」
「まったく……」
結局、白い毛並みの魔狼が折れることでどうにか場は収まったらしい。
馬に乗ったビスマルクが呟いた言葉に、横を歩く魔狼が溜息交じりに漏らす。
管理者の空間から、タブレットを使って調査隊の様子を盗み見る。
魔狼の群れはそれぞれが他の部隊を撤退させることに成功したらしく、この森に残っているのはビスマルクが率いるこの部隊だけと。
流石に強化された魔狼とクワイエットウルフの群れに囲まれれば、ビスマルクも強気には出られないらしく大人しい。
調査団の目の前には巨大な岩が。
見た感じは、蜥蜴というか……イグアナというか。
米国版のゴヂラのシルエットの岩っぽい。
時刻は昼を過ぎた辺り。
平日なので、マルコに身体を借りる事が出来ないためここで眺めるしか出来ない。
「何か分かるか?」
「ええ……確かに、岩の奥から魔力を感じることはできますね。ただ、生物かと言われると」
「魔石が混じった岩の可能性も」
この部隊に同伴している魔導士の2人はただの岩じゃないことは見抜きつつも、バジリスクかと言われて素直に答えられないようだ。
まあ、岩の奥に隠されている生命の鼓動まで感じろというのは、難しいのかもしれない。
それにしても、見れば見るほど立派だ。
ただ、もしこれが石化状態で抵抗が出来ないというのなら、簡単に吸収出来たり……無理かな?
「ふんっ、この程度のことも分からぬのか。どう考えても、この岩からは生物特有の匂いがするだろう」
「えっ? いえ、匂いとか言われても」
すでに狼が喋るということに慣れ始めているようだが、狼基準での物差しには彼等も苦笑いだ。
人の嗅覚を嘗めないでもらいたい。
狼や犬なんかと比べたら、鼻詰まってます? って感じの嗅覚しかないだろうし。
一緒になってタブレットを見ているトト達の方に目を向ける。
彼女達も、こうやってタブレットで下の景色を見るのが割と好きだったりする。
いまも、洗濯を終えたトトと、勉強を終えたクコが俺の前に並んで覗いている。
「お前たちは分かるか?」
「おっきないわ」
「立派な不思議な形の岩としか」
タブレット越しだと、全く分からないだろうな。
現に俺も、現地の人が彫っただけの岩なんじゃ無いかと思っているし。
「取りあえず、目的は済んだだろう? 帰れ」
「いえ、数日はここでキャンプをして、確実に安全かどうかを確認しないと」
一通り岩を触ったりして結論にたどり着けなかった魔導士を見た魔狼が鼻を鳴らして、ここから立ち去るように促す。
が、一行は荷物を岩の周りに降ろし始める。
あからさまに、魔狼が嫌そうな表情を浮かべる。
「まあまあ、何かあっても自己責任ってことで」
「いや、我らは主から人を守れと言われているのだが?」
ジャッカスが苦笑いをしつつ魔狼に声を掛けると、彼が困ったように眉を顰める。
眉無いけど……
狼だし。
いや、よく見たらあったけど。
薄いけど、眉のあたりに長い毛が。
どうでも良いか。
でも野営をしてくれるなら、願ったりだな。
夜なら、こっそりとマルコに身体を借りて様子を見に来られるし。
目の前で、しっかりと見てみたいし。
「で、狼さんは「シャインだ、我の事はシャインと呼ぶが良い」
「シャインさんは「シャインで良い、同胞よ」
ジャッカスに限って言えば俺の部下で、しかも彼等の先輩にあたるため多少の礼儀は持って接するつもりらしい。
「そうですか、では私の事もジャッカスと」
「ふふ、随分と仲が宜しいですね」
そこに部下達に野営の準備と簡単な今後の行動の指示を終えたビスマルクが近寄って来る。
その顔には、少しばかり警戒の色が浮かんでいる。
どうやらジャッカスと魔狼が仲良くしているのが、多少は気に食わないらしい。
元々、このシャインという純白の魔狼に良い感情を抱いてないのもあるのだろう。
「ふんっ、お前と違ってジャッカスは骨があるし、何より話が分かる人だからな」
「ほうっ……」
シャインの刺々しい言葉に対して、分かり易くビスマルクが不機嫌そうな表情になる。
ナチュラルに煽っているが、これでシャインに悪気はないと。
うん、悪気しか感じられないな。
「おっと」
「揺れましたね」
その時、タブレットの先の景色が軽くぶれる。
そして、その場にいた集団が露骨に動揺した様子で、周囲を警戒しはじめる。
「大丈夫だ、これが目覚めようともがいているだけだ」
そんな一行をあざ笑うかのようにシャインが、蜥蜴の形をした岩に飛び乗ってそこに伏せると前足の上に顎を乗せて欠伸をする。
「ここに居れば、目覚めた時に即座に対応できるからと思ったが……」
どうやらシャインは最近ずっとこの岩の上に伏せていたらしい。
それが、今回人の気配が近付いてきているのを感じて、慌てて警告に来たと。
「いつ目覚めるかは、分かっているのですか?」
「さあ……今日かも知れないし、数年……いや数百年後かもしれん」
蜥蜴の足の部分にあたる場所に近づいて行ったジャッカスが、耳を伏せて目を閉じたシャインを見上げつつも問いかける。
面倒くさそうに片目だけ開けて、簡単に返事をするシャイン。
どうやら、彼にとってもいつになるかは分からないらしい。
「手っ取り早く、今すぐその岩を破壊するってのはどうでしょうか?」
ジャッカスの後を追って近づいて行ったビスマルクが、妙案だとばかりに笑顔で提案する。
が、返って来たのは「フンッ」という、小馬鹿にした嘲笑。
目すら開けてない。
本当にこいつら、相性が悪いな。
ものぐさで、あまりこういった事にやる気を出さなさそうなビスマルクをイラつかせるなんて。
「おや、もしかして怖いのですか?」
「ああ、出来れば目覚めて欲しくないな……まあ、目覚めれば仕方がないから対処するが」
今まで散々こけにされてきた仕返しでもするかのように、ニヤニヤと笑みを浮かべて挑発するビスマルク。
シャインは何を馬鹿なことを言った様子で、取り合う気も無いらしい。
「いまここには私達も居るのですし、全員で協力して対応すれば?」
「いまここでこやつに目覚められたら、お前ら死ぬだろう」
だったらと、提案する形で話を続けるビスマルクに、心底呆れた様子のシャイン。
「悪いが人は出来る限り犠牲にはせんし、助けるように主に言われているからな。悪戯にお前らを危険にさらすつもりもないし、悪いが少し黙ってくれんか?」
「本当に、失礼な狼ですね」
吐き捨てるようにそれだけ言うと、その場を後にしたビスマルクにシャインは露骨に嫌そうな視線を向ける。
「なんであいつは、あんなに死にたがりなのだ?」
シャイン本人からすれば、全てが良かれと思ってやっていることだ。
それに、普通に思ったことを正直に言葉にしているだけだったりするのだろう。
きっと、何故ビスマルクがこんなに突っかかって来るかも、イメージ出来てないんじゃ。
いっそのこと、ちょっとだけでも相手してあげたらいいのに。
『ジャッカス、そいつになんでビスマルクが不機嫌なのか教えてやれ』
「えっ? いや、まあ……そうですね」
俺がジャッカスに声を掛けると、目ざとくシャインの耳がピクリと動く。
それから、周りをキョロキョロと見回している。
『あー……人ってのは面倒くさい生き物なんだ。この機会に、そこの男に色々と聞いておくといい』
「はっ!」
これは声を掛けられるのを期待しているのが丸わかりだったので、シャインの方にも声を掛けておく。
シャインは慌てて立ち上がると、岩の上にお行儀よく座って上を見上げて短く返事を返してくれた。
尻尾がブンブンと振られていて、可愛く見える。
「という訳なので、何故彼が不機嫌になったかをお教えしますが、貴方達にとっては理不尽だったり「いや、ボスが特別デリカシーが無いだけ。安心しろ」
やれやれと溜息をついて説明をし始めたジャッカスの影から、黒い狼が姿を現して首を振って補足していた。
「貴方は?」
「私はシャドー……まあ、闇の魔石を頂いた魔狼ですから、シャドーです」
「へえ、他の方は?」
「ボスはシャイン、光属性なのは分かると思う。あとアクアは会ったね、彼女は水属性。ヒートは火属性で、ウィンドは風属性、アースは地属性を操つる魔狼……悪いけど、全員相当強いのは分かる……よね?」
それぞれに属性にちなんだ名前を付けたけど、毛並みの色で名前を付けても良かったかもしれない。
けど、対応した属性を操る狼だから、これで良いか。
「こっちはきちんと話し合いで納得して帰ってもらったし、ヒートは火の壁を作り出してたっけ? まあ、みんな上手にお引き取りしてもらったわけだが……はあ……」
簡単に他の場所の様子を説明し終わったあとで、シャインを見て溜息を吐くシャドー。
「ボスだけが失敗した」
「ははは……」
「なんだ? 彼我の力量が分からぬこの部隊のリーダーが無能なのだ」
流石に離れたところで話だけ聞いていた俺でも、苦笑いしか出ないが……
まっ、事実だし。
単純すぎてややこしいってやつかな?
取りあえず、夕方までに出来るだけ距離を縮めて貰えたら良いかな?
ていうか、本当にこの石像復活するのかな?
そもそも、なんで石化してるんだろう。
まさか、ありがちな鏡の盾を持った英雄に、鏡で反射されてとか?
だとしたら、かなり間抜けだな。
全く起きる様子の無い蜥蜴の岩を眺めていると、だんだんと普通の岩にしか見えてこなくなってきた。
夜になったらマルコから身体を借りて、是非色々と調査してみようか。
夜まで大丈夫だよね?
途中で、目覚めたりしないよね?
どうやらウズウズし始めたマサキの後ろで、虫達がアップを始めたようです( *´艸`)





