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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編

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第172話:ヨドの森の苦狼人

「その先ですね」


 森でのキャンプの後、件の蜥蜴岩まであと少しという距離。

 先頭を行くジャッカスがビスマルクに告げる。


「どうですか?」

「これは……確かに、生命の鼓動と魔力を感じますね」


 後ろを振り返って魔導士に問いかけるビスマルク。

 それに対して、少し緊張した面持ちで返事が返ってくる。


 その後ろに居並ぶ騎士達からは、僅かばかりの動揺が走った程度。

 すでにジャッカスに対して一目置いている彼等からは、不信感というものは無い。

 むしろこれまでの行程で、彼の戦闘力や索敵能力を知った彼等からは畏敬の念すら感じられる。


 一握りのさらにその上、一撮みといえる最上級に位置するS級冒険者ジャッカス。

 騎士達はS級と呼ばれる冒険者の片鱗に触れ、冒険者に対する考えを改め始めていた。


「行きますか?」

「いや、お客様……は私達の方か。どうやら、お出迎えのようです」


 先に進むか否かを確認したシビックを、ジャッカスが手で制す。

 その直後、目の前に黒い影が飛び出してくる。


 目の前を塞ぐ巨大なそれに対し、今度こそ騎士団が警戒する。

 それは巨大な魔力を隠すことなく、全身からオーラのごとく光を放ち一行を睨み付ける。


「魔狼? いや、でもこのような毛色の魔狼は見た事も聞いたこともない」


 金色の光を放つ白い毛並みの魔狼を目の前にした魔導士が、腰のベルトに刺した杖に手を掛けながらも後ろに下がる。


「何をしに来た、人間共よ」

「喋った!」


 その魔狼はジャッカスとビスマルクを交互に見たあと、集団に対して地を震わすような重低音を響かせ声を掛ける。

 魔狼が人語を話した事で、一気に警戒のレベルが引き上がる。

 彼等を庇うように手を広げ、一歩前に出たのはジャッカスだった。


「皆さんは下がってください。貴方は?」


 そして、落ち着いた声色で魔狼に声を掛けるジャッカス。

 そんなジャッカスを品定めするように鼻を鳴らして、匂いを確認する魔狼。

 一団に緊張が走る。


 ジャッカスは落ち着いた雰囲気で、されるがままにその場に凛と佇む。

 

『なるほど……貴方はあのお方の』

「あのお方?」

『マサキ様の関係者ですね』


 周囲には聞こえないように、直接思念を飛ばしてくる魔狼に対してジャッカスが首を傾げる。

 そして飛び出してきた名前に、半ば呆れにも似た感覚を覚える。

 規格外。

 確かに目の前に立ちはだかる魔狼は、ジャッカスだけならば確実に勝てる見込みはない。

 鉄甲毒百足(アイアンセンチビート)粘鉄蚯蚓(ビスカスワーム)の力を借りれば、問題無い相手ではあるが。

 その規格外で魔導士も知らない魔狼であったが、マサキの名前が出て来た瞬間に「ああ……」と思わず呟いてしまいそうなくらいに、納得してしまう存在だった。


 このクラスの魔狼……いや、神獣に一歩足を突っ込んだような狼が、噂にすらあがらないわけがない。

 訳が無いが……もし、マルコ達を襲ったクワイエットウルフがマサキの元に連れていかれて、改造を施されたなら。

 なるほど、納得の完成度だ。


『私達はマサキ様に、人の為に生きるように言われております』

『私達?』

『ええ、あと6匹ほどマサキ様の同胞(はらから)がおります故』

『ああ……』


 あと6匹も同等の狼が居ると聞いて、思わず溜息が漏れる。

 神獣に片足突っ込んだ狼を6匹も森に放ったと……

 少しは自重してもらいたいものだ。

 ジャッカスがそう思ったのも無理も無いだろう。

 

 この6匹がここに集まれば、恐らくジャッカス以外の騎士達はビスマルク含め全滅だ。

 いや虫達は無事でも、ジャッカスは無事では済まないだろう。

  

 ジャッカスの危機感がみるみるうちに下がっていく。 

 万が一この先にいるバジリスクが目を覚ましても、なんとかなるのではないか。

 そう思わせるほどの戦力だ。


『適当に話を合わせてください』

『えっ』


 狼の方も、まさかのマサキの関係者がこの森を調べに来るとは思わなかったのだろう。

 思わず対応に困ったようだが、自分が主導を握ることにしたらしい。


 思わぬ邂逅に困惑気味のジャッカスを前に、この判断は正しかった。

 ジャッカスに任せたら、たぶん変な方向に進んでいた可能性が。

 取りあえず、戦闘に発展した可能性も低くない。


「この先にあるは、邪悪な混ざりものだ……今はまだ眠っておるが直に目覚めるであろう」

「えっ? あっ、はい。それを見に来たのですが」


 いまだ混乱から立ち直れないジャッカスのたどたどしい反応に、思わず魔狼が目を細める。

 ジャッカスが申し訳なさそうに、顔を伏せる。


「それで、貴方は私達に何を望むのですか? もしかして、復活の邪魔をするのであれば、排するとか?」


 代わりにまともな反応を見せたのは、事情を知らないビスマルクだった。

 ビスマルクに対して、ほうっといった様子で光明を見出した魔狼は彼をジッと見据える。


「なるほど、実力的にそちらの男がリーダーかと思ったが、お前がこの集団の代表か?」

「一応、そういうことになりますね」


 不甲斐ないジャッカスにフォローを入れつつも、交渉の相手を即座に変える魔狼。

 本当に優秀な個体に改造されたようだ。


「ならばお前に告げよう。この先の存在は貴様らの手に余る、即座に立ち去るがよい! この森の問題は、我らが解決する。今更、人の手など借りぬ」

「なるほど……それは、私どもにとって、とても都合の良いものに聞こえますが……それだけで貴方が、私達の味方だという事にはなりえませんね」


 ビスマルクの反応に、魔狼が面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「ふんっ! 信じる信じないは貴様らの勝手だが、信じておいた方が身のためだぞ?」

「獣相手に、私達が劣ると?」


 彼我の力の差を見て取れる魔狼からすれば、その通りなのだが。

 というか、自分一人でもジャッカスを抜けばどうにかなると考えられる程度の集団。

 その戦力分析の結果をもとに事実として、助言をしたつもりだったのだが。

 どうやら、挑発と受け取られたらしい反応に、少し困ったように首を傾げる。


「いや、むしろお主達が、我をどうにか出来ると思っていることに驚いたのだが」

「それは見くびりすぎ「いやいや、待て待て」


 今にも剣を抜き放ちそうな怒気を放つビスマルクに対して、魔狼が焦った様子でなだめる。

 魔狼には全く理解が出来ない。

 なぜ目の前の男は、明らかに実力が上の自分の助言を聞き入れてくれないのだろうか?

 その事が、不思議で仕方がない。


 人間、ましてや戦士という存在をきちんと理解していない魔狼としては当然の事だろう。

 身内や自身の生命が脅かされなければ、基本的には格上との争いは避けるのが彼等魔物や野生の動物の当然の本能だ。


 しかし人間はプライドや矜持を持ち出して、非合理的に格上相手に歯向かう事がある。

 相手が、魔物ならばなおさらだ。


 いや、いきなり上から目線であれこれと指図する魔狼の態度にも問題があるのだが。

 初対面の相手であろうとも強者が弱者に強者のふるまいをすることに、なんの遠慮も無い魔物ならではの失敗だろう。


 失敗といえるかどうかは別として。

 望まぬ展開に焦ったのは魔狼の方だ。


 普通であれば、自分の言う事を素直に聞いて下がってもらえる。

 魔物や野生の動物であれば唸り声ひとつどころか、少し魔力を解放するだけで引かせる自身はある。

 が、目の前の生き物は、怒り戦闘を仕掛けようとまでしている。


 これではマサキの命令にあった、人を助けろということが達成できない。

 それは焦るのは当然だろう。

 なんせ、魔狼達はマサキに絶対服従なのだ。


「あー、すまんな。人間というものがよく分からんのだが、何が気に障ったのだ?」

「その、あたかも自身が我々よりも上だという態度ですね」

「……えっ? いや、それ普通じゃ……」

「あっ?」


 完全に理解不足から、地雷を踏みぬく魔狼。

 それに対して、全身から威圧を放つビスマルク。


「まあまあ、落ち着いてください」


 そこでようやく我に返ったジャッカスが、ビスマルクを宥める。

 

「ああっ?」


 が、ビスマルクはジャッカスにすら威圧を飛ばす。

 よほど、魔狼の態度が腹に据えかねたらしい。

 それは他の騎士達も同じらしく、いまは代表して話しているビスマルクの手前なにも言葉を発していないが密かに殺気だっていた。

 

 その事を感じた魔狼が、冷や汗を垂らす。


「別に彼も悪気があった訳では無さそうですし」

「ジャッカスさんはそこの犬っころの肩を持つのですか?」

「犬っころ?」


 犬っころと言われた魔狼がキョトンとする。

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 それから少しの間を置いて、ようやく理解が追い付く。

 追い付くが、同時に頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされていく。


 何故この矮小な存在は、我にこんな無礼な言葉を投げかけるのか。

 もしかして、目測を誤った?

 何か秘めたる能力を隠し持っているとか?

 いや、でもどう見ても我よりも弱いし……

 

 というか、本気出したらこの男だけなら2秒で無力化できると思うけど。

 えっ?

 なんで、こいつこんなにキレてるの?

 

 普通、このくらいの力量差があったら、素直になんでも言う事きいてくれそうなのに。

 というか、他の魔物や獣たちはすぐに腹を見せてくれるのに。


 なに?

 人間ってなんなの?


 といったぐあいに、不思議と怒りは沸いてこない。

 ひたすら、疑問だけが浮かび上がってくる。


「犬っころ? ほう……この目の前の、素晴らしい力を秘めた魔狼を犬っころと……どうやら、私はあなたを買い被り過ぎていたようですね」


 そしてそんなビスマルクの態度に対して、今度は何故かジャッカスからも怒気が放たれる。

 ジャッカスからすれば、マサキが改造を施した素晴らしい性能を秘めた魔狼を馬鹿にされた訳だ。

 マサキを崇拝するジャッカスからすれば、看過できない発言だった。


「なるほど……魔獣如きに肩入れするとは、どうやら私の方こそあなたを誤解していたようだ」


 売り言葉に買い言葉。

 いつの間にか、魔狼とビスマルクの構図は、ジャッカスとビスマルクに書き換えられていた。

 

「ちょっと、落ち着いてくださいジャッカス様! 隊長!」

「ん? 貴様は、そこの冒険者と狼の肩を持つのか? ということは敵か? 俺の敵か?」

「ええ!」


 慌てて間に割って入ったシビックを、ビスマルクが睨み付ける。

 普段からものぐさで、面倒ごとをさけるビスマルクだが。

 たかだか、一頭の魔狼如きに舐められるのは、許しがたいことらしい。

 

 真面目に怒をあらわにしている。

 

「ふふふ、私の肩を持つと敵なのですか? ということは、私はあなたの敵ですか……」

「いやいやいや、ここまで誘導して魔狼と我々を引き合わせたと考えれば、なるほど、国に対して何かしらの思惑があってのことかと」

「それは邪推というものですよ?」


 一触即発。

 今にも殴り合いに発展しそうな2人に対して、シビックが泣きそうな顔で右往左往する。

 そして、少し離れたところで頭を抱える魔狼。


 これは不幸な事故だ。


 魔狼の力を読み違えた、いや魔狼を知性の低い魔獣という色眼鏡で見たうえで、自身が舐められていることに対して、さらに相手がそのことに気付いていないことでプライドを傷つけられたビスマルク。

 

 自身が滅私奉公の精神でその身を支えて仕える、尊敬する至高の存在であるマサキが造った魔狼を馬鹿にされたジャッカス。


 プライドを傷つけた魔狼を庇うジャッカスに対して、事情を知らない当のビスマルクが怒りと失望をぶつけるのは当然だろう。

 

 このことで最も困惑しているのが……魔狼だったりする。


 どこだ、どこで間違えた?


 考えていても結論は出ない。

 それどころか、刻一刻と2人の距離が狭まっている。

 双方共に、武器に手を掛ける手前まで来ている。


「分かった、何か我の物言いに無礼があったのであろう。そのことは素直に頭を下げる故、2人とも静まってはくれぬか?」

「チッ……」


 肝心の部分を理解しないままに謝罪の意を示す魔狼に対して、ビスマルクの怒りがさらに加速する。

 舌打ちをして、仇でも見るかのような視線をぶつける。


 その間に、すっと割って入ってのはジャッカスだ。


「いえ、貴方は何も悪くないですよ。身の程を弁えない、この男が未熟なだけですから」

「あっ?」


 そして、さらに追い打ちをかける。

 普段の彼らしからぬ、柄の悪さがにじみ出るビスマルク。

 親の決めた王の傍仕えを放棄して、冒険者として好き勝手やっていた彼の暗黒時代が蘇ったらしい。

 

 頭を抱え尻尾をしょぼんとさせる魔狼。


 その状況を解決したのは、突如飛んできた水の球だった。

 攻撃目的ではなく、頭を冷やすためにぶつけられた水の球。


「うわっ!」

「っと」


 その水の球が直撃したビスマルク。

 かたや鉄甲毒百足(アイアンセンチビート)の咄嗟の反応で、水球を弾いたジャッカス。


 双方ともに、同じ方向に目をやる。

 そこには色鮮やかな青い毛並みの魔狼が、立っている。


「何をやっているのですか、ボス」

「おお、アクアか……すまん。なんでか知らんが、警告に来たらこの人間が怒りだしてな」


 いつの間にか、周囲に5匹の色とりどりの魔狼が表れて、騎士団を取り囲んでいた。


 そして、最後にビスマルクの影から現れた黒い魔狼が、彼を前足で押し倒して抑えつける。


「なっ! 不意打ちとは卑怯な!」

「そこの男は防ぎましたが?」


 アクアと呼ばれた青い魔狼を睨み付けるビスマルクに、にべもない言葉が投げかけられる。

 が、そう言われてしまえば立つ瀬は無い。


 というか普通に脅威ではあったが、ジャッカスを含めた騎士団で立ち向かえばどうにかなると思える魔狼。

 1匹だったら。

 

 が、6匹も突如現れたことで、急激にビスマルクの頭が冷えていく。


 そもそも自身も冒険者を経験したビスマルク。

 S級冒険者がどれほどのものかは、よく理解している。


 だからこそジャッカスの居るこの集団を見下した、白いの毛並みの魔狼に怒りを抱いた訳だが。

 冒険者時代にあこがれたS級冒険者がひよったことで、色々と抑えきれない思いが湧き上がって冷静さを欠いたわけだが。


 流石に、1匹ならばと思っていた通常とは異なる特殊だろう強力な魔狼。

 それが6匹も現れたら、流石に冷静になる。


 ようやく場が収まったことに、安堵のため息を漏らす白い魔狼。

 そんな彼に、周囲から冷たい視線が浴びせかけられる。


 何をどう間違えて、ここまでこじれさせたのか。

 他の5匹からは、今すぐにでも問いただしたい雰囲気が滲み出ていた。


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