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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編
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第171話:ヨドの森の調査隊

 ゲイズ先生の詰問会から3日後、ヨドの森の入り口に50人規模の騎士団が集まっている。

 5つの隊に分けられ、それぞれに小隊長がついている。


 この5組の部隊が、今回の森の調査隊だ。

 小隊長を除いたほぼ全員が支給品の、同じ型の甲冑に身を包んでいる。

 が、その中にあって先頭の部隊のみ、一際立派な装備に身を包んだ者達が隊を率いていた。

 さらに隊の中ほどには、立派なローブを身に纏った魔導士が2人。

 彼等もまた馬にまたがって、一緒に行軍している。


 その顔はローブに隠れているが、全身のけだるい雰囲気からあまりやる気は感じられない。


「あなたがジャッカスさんですか。御高名は兼ねてよりお伺いしておりますよ」

「はは、照れますね。いまをときめく近衛の副隊長様であらせられるビスマルク様に褒められると、背中がむず痒い思いですよ」

 

 青い甲冑に身を包んだビスマルクと、いつもの小手と大剣に加えて新たに支給された黒い甲冑を纏ったジャッカスはその集団の先頭で轡を並べて森を進んでいく。


 軽口を叩きつつも、周囲への警戒は怠っていない。

 ジャッカスは……蟻達に任せている部分があるが。


 ただ後ろをいく騎士達の表情は、どこか面白く無さそうだ。


「なんで家守がこんなところまで」

「しっ、なんでも殿下の口添えがあったらしい」


 軍に所属する騎士団からすれば、近衛所属の騎士は面白くない存在。

 自分達よりも綺麗な仕事をしているのに、自分達よりエリートという評価に対するやっかみもある。

 

 また近衛には実家の権力を使って入った者達も多くいるため、実力で騎士団に入って頑張っている彼等は常に不満を抱いていた。

 そして主に王や王子に付き従って中での護衛がメインの近衛に対して、軍に所属する騎士達は侮蔑の意味も込めて家守と呼んでいるらしい。


「それに冒険者なんかの手を借りるなんて」

「そもそも、本当に異変なんか起きてるのかね? ちょっと、小さな地震が続いたくらいで大袈裟な」


 さらに、家格も立場も下の一般人である冒険者が自分達よりも立派な装備を身に付けて先頭を歩いているものだから、余計に面白くない。

 

 そんな彼等の様子を見たジャッカスとビスマルクが、あからさまに顔を顰める。

 基本的に職務に真面目なものを集めていたとの話だが、ビスマルクに貸し出された騎士達はどこか程度が低いように見える。

 それから少しの間をおいて、ジャッカスがビスマルクに同情の眼差しを送る。


 それに対して困ったように笑みを浮かべつつ、肩をすくめるビスマルク。


「ふふ、口さがない連中には言わせておいたらいいですよ。一応、あんなんでも腕だけはそれなりですから」

「それなりですか……」


 ビスマルクの言葉に、再度チラリと後ろをしっかりと見るジャッカス。

 普段共にする異形の者達や、度重なる強敵相手への無茶ぶりのせいか、ジャッカスから見た彼等がとても貧相に見えてしまうのは仕方がないことだと言えるだろう。


「それなり以上の相手が現れたら、すぐに瓦解してしまいそうな面子ですね」

「まあ……部隊としては、駄目でしょうね。よくもまあ、こうも癖のある連中ばかり集めたものですよ。逆に感心してしまいますね」


 正面を向いてぼやいているジャッカスに対して、ビスマルクも溜息を零しつつ答える。


「たいちょー、で、自分らはどこに向かってるんですかぁ?」


 ビスマルクとジャッカスのすぐ後ろに並ぶ騎士が、ビスマルクに問いかける。

 ジャッカスのこめかみが少しだけピクリと反応する。


「ああ、彼が見つけたという蜥蜴の形をした岩のある場所ですよ」

「なるほど……」


 ビスマルクに声を掛けた騎士が、チラリとジャッカスを見てフンッと鼻を鳴らす。

 が、特に気にした様子もなく笑みを返すジャッカス。


「彼はマルコ様のお抱えですよ?」

「マルコ様?」

「ベルモントのマルコ様です」

「ああ……」


 付け加えるように説明したビスマルクに対して、少し呆れた表情を浮かべてそのまま後ろに戻っていく騎士。

 その様子を見て、ジャッカスの口の端がピクピクと痙攣する。

 笑顔が引き攣っている。


「しつけがなっていないみたいですね」

「はは、すいません。私の部下じゃ無いもので、躾ける機会が無くてですね……ただ、まあ城に戻って後悔することになるのは彼等の方ですがね」


 対するビスマルクはイヤらしい笑みを浮かべて、その騎士を見送っていた。


「おいおい、あの冒険者ベルモントの関係者だとよ」

「マジか……てことは、近付かねー方が良いか」

「剣鬼様のお孫さんのマルコ様のだけどな」

「ああ、鬼子のほっ……」


 後ろの集団に戻った騎士が、他の仲間達にジャッカスの情報を共有する。

 詳しい説明も受けずにこの隊に入れられたのか、はたまた聞いてなかったのか。


 もしかすると、上の方が敢えて教えないことでジャッカス相手に無礼を働かせて彼を怒らせることで、部隊を混乱させる思惑もあったのかもしれない。

 その責任をビスマルクの監督能力の不足ということにして、こき下ろす材料にするために。


 そういった事も考えられなくもない。

 そして……その思惑通りになってしまう。


 マルコを鬼子と呼んだ騎士が、馬から崩れ落ちる。


「おいっ! どうした?」

「シビック! シビック!」

「大丈夫か?」


 シビックと呼ばれた騎士は、地面に強かに叩きつけられて痙攣している。

 白目を剥いて、口から泡を吐きながら。


「なんだ? 何があった? 何を騒いでいる」


 流石にこれにはビスマルクも黙っていることは出来なかったようだ。

 馬の向きを変えると、騒ぎの方へと向かう。


「いや、こいつが急に……」

「どれ」

 

 そこに笑みを浮かべて近寄るジャッカス。

 いや、別にジャッカスが何かをしたわけじゃない。

 部隊の周りに潜んでいた蜂が、たまたま彼等の会話を聞いてつい刺してしまっただけだ。


 怒らせた相手はジャッカスではなく、蜂だったわけだが。


「これは、蜂の毒ですね……これを」


 ジャッカスは馬から飛び降りると、シビックを抱きかかえて口に解毒剤の入った薬瓶を突っ込む。

 

「グッ!」

「なんて、強引な!」

「苦しんでるぞ!」


 そこに行くまでに、事の顛末を聞いていたジャッカスも密かに怒っていたわけで。

 シビックの喉の奥にまで突っ込まれた瓶を見て、他の騎士達が慌てて駆け寄る。

 本人も瓶を引き離そうと、必死に両手でジャッカスの手を押さえている。

 

「いえ、全部飲まないと効果がありませんので。ほれ、しっかりと飲んでください」

「グフッ! グフウッ」


 息が苦しいのか、顔を真っ赤にして必死に抵抗するシビック。


「おいっ! やめろ!」

「放せ!」


 他の騎士達もジャッカスにしがみ付いて、その手を引っ張るがビクともしない。

 それもそうだろう。

 周囲の蟻達による強化に加えて、鉄甲毒百足(アイアンセンチビート)扮する小手も全力で抵抗しているのだ。


「それにしても鬼子って誰の事ですかね?」


 そのままクルリと後ろを振り返る。

 その表情から感情が完全に抜け落ちている。


 その顔を見た全員から、ゴクリと唾を飲み込む音がする。


「まさか、私の主のこと……」


 シビックの口に突っ込まれた瓶から、ミシミシと音が聞こえる。


「じゃないですよね?」

「ひっ! 違います! 違いますから、勘弁してやってください!」

「そんな、口に突っ込まれた状態で瓶が割れたら!」

「やめろ! やめてやってくれ!」


 静かなトーンで問いかけたジャッカスに対して、慌てた様子で弁明を始める騎士達。

 そして懇願するように、瓶を離してくれと頼み込むシビックの同僚たち。


「やめろ?」

「やめてください! お願いします! やめてください!」

「はは、本当に解毒剤ですから安心してください」


 ジャッカスはようやく瓶をシビックの口から離すと、笑顔で振り返る。


 そして、次の瞬間……


 パキッジャリっという音がして、瓶が粉々に砕け散る。

 それはもう、本当に木っ端みじんに。


 手を開くとパラパラと砂粒のように細かくなってしまったガラスの瓶の破片が、地面へと落ちる。

 勿論ジャッカスの力じゃない。

 鉄甲毒百足(アイアンセンチビート)が顎で砕いただけなのだが。


「ただ……もし、我が主を蔑むような言葉が聞こえてきたら……うっかり、その人の頭をこうしてしまうかもしれませんね」


 あたかも自分がやったかのように笑みを浮かべて、手を閉じたり開いたりするジャッカスに対してこれ以降誰も触れることは出来なかった。

 それどころか、視線すら合わせようともせず。

 さらにはマルコの話題どころか、ベルモントの話すら出来ないくらいに……その身に恐怖を叩き込まれていた。


「恐ろしい……流石はベルモントですか」

「いえ、マルコ様のお陰ですよ」


 ただ1人、ビスマルクを除いて。

 彼だけは、心の底から感心した様子で手を叩いて、喜んでいた。


「なに、私と貴方が本気を出したらここに居る全員くらい、証拠も残さずに……」

「いや、それは無理ですよ」

「ふふ……そういう事にしておきますか」


 ちなみにこのやり取りも、後ろにはしっかりと聞こえていたりする。


――――――

「ジャッカス様! お食事の支度が整いました」

「えっ? あっ、ありがとうございます」


 干し肉を袋から取り出していたジャッカスが、慌てて懐にしまう。

 目の前には、ビシッとお手本のような敬礼をしている生贄……もとい、騎士が。

 さきほど、ジャッカスに助けて貰ったシビックだったりする。


「皆さんもご一緒ですか?」

「まさか、恐れ多い! ジャッカス様とビスマルク隊長と、宮廷魔術師の方だけですよ」


 当初の嘲りの様子など嘘のような、立派な上司に対する姿勢。

 わずか数時間で、しっかりと上下関係が叩き込まれたらしい。


 きっと戻る頃には、ビスマルクとジャッカスの専属の部隊のようにしつけられてるかもしれない。

 行軍中も隊列を乱すものはおろか、私語をするものすらいない。

 同行していた魔術師達すら、この変わりようについていけていない。


「お、おかわりは必要でしょうか?」

「いや、十分ですよ」

「はっ! でしたら、おすみなった器はお下げしても」

「いえ、そこまでされなくても。私はただの冒険者ですし」

「滅相もございません! あのマルコ様のお抱えの冒険者様なのですから」


 さきほどの態度はなんだったのか。

 最初からこうだったら、もっと好意的に接していたのだが。


 苦笑いしつつも、器を手渡すジャッカス。


「これ……マサキ様に見られてるんだろうな」

「何か言いましたか?」

「いえ」


 思わず揶揄われそうなネタを提供してしまったことに頭を掻いて呟くと、ビスマルクから突っ込まれる。

 慌てて首を振って誤魔化すと、お茶をすする。


「あっ、美味しい……」





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