第170話:ゲイズ先生を助けろ? からの?
「ということで、今回の件に関しては厳重注意ということで異存はありませんか?」
「ええ……」
「まあ……」
なんかうまいこと話をまとめた風にディーンが報告書をひらひらさせながら口にすると、フォレストさんを筆頭に保護者の方が視線も合わさずに同意を示す。
全員顔色が悪い。
そして上座に近い人ほど、胃の辺りを押さえている。
大丈夫だろうか?
マサキ謹製の胃薬でも処方してあげた方が。
「いやあ、皆さんもご納得いただけたようでなによりですね、学園長?」
「う……うむ」
チャド学園長に対して、満面の笑みを向けるディーン。
心なしか黒い。
「来年の寄付金はうちも頑張って貰わないと、総合普通科の寄付がいつもよりも多くなりそうな予感もしますしね」
ディーンのこの言葉に、保護者の方々の肩が一斉に跳ね上がる。
凄いな、無言でシンクロ。
美しい……
いや、そうじゃなくて。
「う……うむ」
学園長も苦笑いじゃないか。
「良かったですね……」
「ああ、そうじゃのう」
喜んでない。
チャド学園長、全然喜んでない。
「そうですね……なんなら、野営学科の宿泊訓練場の整備とかできそうな「いい加減にしろ!」
「いたい……」
調子に乗ってへらへらと、好き放題ぬかすディーンの頭を丸めた報告書で軽く叩く。
いたいって……
そんな強く叩いてないし。
「「「「えっ?」」」」
そして、僕の行動にその場の視線が集中する。
やばい……
調子に乗った。
公衆の面前で子爵家の子が、侯爵家の子を叩く……
周囲の大人達が信じられないものを見るかのような視線を送って来る。
中には、敵意すらむき出しにした視線まで。
なにやってんだこいつってのが、口に出さなくても分かる表情ばかり。
まさか、これが狙い……
このことをネタに……
「ひっ! ご……ごめんなさい、マルコ君……調子に乗りました……黙ります……それはも、石のように……」
「「「「「えっ?」」」」」
しかし、そんな僕の不安をあざ笑うかのように、怯えた様子で頭を下げてくるディーン。
しかも、かなり大袈裟に。
頭を下げてはいるが、下から覗き込んだ蟻から報告が上がってるから。
今日一番の笑顔らしいな、きみ!
そしてこのディーンの行動に、周囲の大人たちの顔が一気に蒼白に……
「まさか! いくら騎士侯の孫とはいえ、立場は子爵家の子供だぞ?」
「ディーン様は、マルコ様に頭があがらないのか?」
「やはり、剣鬼の孫もまた鬼なのか?」
「この一家は、国家の権力が及ばない場所に居ると?」
周囲の大人たちに戦慄が走る……てか走ったのが、分かる。
そして、振り返る。
ザッという音がして、さっきまで一緒に戦っていた仲間達が一斉に距離を置く。
「やっぱりマルコって」
「マルコ様だろ!」
「やべっ!」
「おれ、こないだ冗談で肩叩いちゃった……」
「おまっ! 俺なんて、マルコって本当に怪力だななんて揶揄っちゃったし……」
「ひいっ!」
「終わった……俺、終わった……卒業後はきっと、ベルモントお抱えの商家とは名ばかりの養分として……」
「私、妾にされちゃうのかな……」
「どうしよう……好きな人いるのに」
阿鼻叫喚だ。
やめろ!
おいっ、やめろ!
ディーン……この野郎……
「やめてくださいよ、そんな目で見ちゃ怖いですよ」
「ディーン君もいい加減にしなさい。マルコ君も、すぐに暴力に訴えるのは悪い癖ですよ」
「はは、ごめんなさいゲイズ先生」
そんなディーンをたしなめたのは、渦中の人であるゲイズ先生だった。
いつもの柔和な笑みを浮かべて優しくディーンの頭を撫でながら、諭すように話しかける。
その声はとても柔らかく、安心する。
顔はひげもじゃの山男だけど。
「あっ、ごめんなさいディーン、先生」
ディーンに脇を突かれて、我に返る。
慌ててディーンと先生に頭を下げる。
「えっ?」
「あの2人が素直に従ってる」
「この先生……」
そしてディーンと僕が素直に反応したことで、周囲の大人から僅かだが尊敬のまなざしがゲイズ先生に向けられていた。
くそっ……
完全に道化にさせられてしまった……
しまったけど、なんとなくこの一連の騒動の大きさに対して、かなりの軟着陸を決めた気がする。
というよりも着陸したあと、一気に良い方向へと軌道に乗って飛び上がったかのような展開。
腹立つのが、これがおそらくディーンの書いたシナリオ通りということだろうか。
うん……
良いんだ。
僕が周りからどんな視線や気持ちを向けられたとしても、先生が無事ならそれでいいんだ……
また、他の子達との距離を少しずつ縮めていかないといけなくなったのなんて、些細な事さ。
リセットどころか、反転させられたくらいに距離が開いたのなんて……
うわーん……
「まあこれだけじゃあ、根本的な解決には至らないですので、ほらっ! マルコ!」
「えっ?」
「あれです、ジャッカスさんが調べた情報!」
「ああ」
ディーンのターンはまだ続くらしい。
いや、僕のターンに変わったけど。
「先ほどそちらのトッティ君のお父様方が懸念されておられたヨドの森の異変の件ですが、こちらでも独自に調査は完了しております」
「えっ?」
なんだろう……
この人たちは、予想外の事が起こると「えっ?」しか言えないのだろうか?
全員で声を揃えて、「ナンダッテー!」くらいは言ってくれないかな?
言ってくれないよね。
「うちのお抱えの冒険者に頼んで調べて来て貰いましたが、あの森の奥地に住む人たちに口伝で伝わっている伝承はご存知ですか?」
「伝承?」
「ええ、数百年前に巨大なバジリスクの王が、あの森を支配していたという伝説です」
僕の言葉に、すでに話をした子供達以外全員が首をかしげている。
「ふむ……そういえば、過去にそういった伝承があの森の原住民の間で、まことしやかに流れているというのは聞いたことがあるな。一度調査団が組まれたが、それに繋がりそうな自然物や爪痕のようなものがいくつか見つかったみたいだが、事実とは断定されなかった故に公表もされておらなんだが」
「そうなのですか?」
おお!
チャド学園長が聞きかじってくれていたお陰で、グッと信憑性が増した。
初めて学園長がこの場にいる意味があった気がする。
というか、このためだけにこの会議に参加したようなものだな!
うん、さっきまで殆ど置物だったし。
こういった話になると、キラキラと輝いてみえるのは……気のせいじゃなさそうだ。
続きが聞きたくてしょうがないといった感じに、顎鬚をさすりつつもこちらをジッと見つめている。
「ええ、その蜥蜴の形をした岩を、その冒険者が発見しました。そして、魔法に詳しい者が調べた結果……その岩は生きていると」
「えっ?」
「なっ! そんな話は聞いたことない!」
「本当なのですか!」
ちょび髭のロングさんは相変わらず「えっ?」という反応だったが、フォルストさんと代表の初老の男性は違った反応。
物凄く驚いているらしい。
「残念ですが、かなり可能性が高いので……これから先は国に調べて貰うしかありません」
「なるほど……」
「そうですか……」
僕の言葉に腰を浮かせていたフォルストさんが、再びドシっと椅子に腰を落とす。
そしてこめかみの辺りを押さえる。
「一応祖父スレイズにも報告して彼の方からの報告となることと、S級冒険者からの調査報告なので、再調査の費用の方は国が負担することになるでしょうが……」
「調査が終わるまで、森での狩猟採集は難しい……ですね」
「ええ、危険が無いと判断されるまで、立ち入りは制限されるでしょうね」
通常の調査と違い、高確率で危険が予見された状態だ。
なにがどうなるか分からないため、森に一般人は立ち入れなくなるだろう。
「それと、森の住人達へもなるべく避難を促すようになりますので……」
「森の周辺の村々で、受け入れを要請される可能性もある……わけですか」
「ええ……ただ、うちの者に先回りさせて、避難する場合は手土産くらい用意させますよ? 食料とかではなく、必要な木材や石材などで」
「その件は、うちの者も先に回らせよう」
国の調査が入る前に原住民の人達に接触して、フォルストさんや他の商会で必要な商品の材料を出来るだけ多く運ばせるように根回しは出来る。
食料や、意味のわからない手荷物よりはよほど役に立つ。
「代わりに衣食住を、そちらで支援して頂けると」
「ディーン様と、マルコ様は……いえ、その慧眼おそれいります」
ごめんなさい……
ディーンも……
すでにそれらの手配は、マサキがある程度済ませてたり。
少しでも総合一般科の保護者の方からの印象を良くするために、必要だと。
一等上質なそれらしい服を着た僕の身体を借りたマサキとクコが、白蟻と蝶々を引き連れて集落を訪れて。
集落の病人達に治療を施して回ったり……
老人方に土蜘蛛特性の滋養強壮の食事を配って回ったり。
老人方が5歳は若返って、元気溌剌になったこと。
また子供の姿であざとく、かいがいしく老人方をいたわった事で彼等を味方につけて。
こういった部族は老人方には逆らわない。
そして、老人方はマサキの指示に従うようにとの御意向だ。
病気だった子供を救って貰った親から、話題の忖度があったことも間違い無いだろう。
「彼等独自の民芸品もあったりするので、新たな商機を見出す機会かもしれませんよ」
僕の言葉に、周囲の大人たちの顔色が変わる。
何かを企みつつも、子を心配する親の表情から商売人の表情に。
「ふふ……ふふふ……ふははははは! 恐れ入りました! お見事です! このフォルスト商会! 今後、マルコ様がご存命の限り、ベルモント家に何があっても肩入れさせてもらいます! こんな聡い御子息がベルモントに産まれるとは」
うん……物凄く持ち上げて、最後に軽くうちの実家をディスったよね?
「うちの息子が、マルコ様とご縁があったことを、フォルスト商会にとってまたとない僥倖です。トッティ! 何があっても、マルコ様に尽くせ! この方と共にあれば、わが商会はますます繁栄するぞ!」
「オセロ村の噂……あの村を管理しているのがマルコ様というのは、誠のことであったか……ミーナ! マルコ様との縁、なによりも大事にするように!」
ああ、初老の男性はミーナのお父様だったのね。
ミーナ……確か同じ野営の授業を取ってるけど、今まで一度も目を合わせてくれたことのない子だったっけ。
うわっ、青い顔してる。
めっちゃ、僕の事避けてたもんね。
「ミーナのお父様でしたか。彼女とも同じ科を選択した仲間として、とてもよくしてもらってますよ」
「そうですか。これからもよろしくお願いします」
一応、可哀想だったので助け船をだす。
意外な表情でこっちを見て来たミーナに、軽くウィンクをしてあげる。
「ひっ!」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で、怯えられた。
えっ?
「ほっ……」とか「ポッ」とかなら分かるけど。
「ひっ!」って、僕の想定の中に無いんだけど?
……まあ、良いか。
良くないけど。
それから、保護者の人達が自分達の子供に、僕と仲良くするように言って回っている。
「やりますね、マルコ」
「マルコ……いくら、皆と仲良くなりたいからって……」
ディーンは素直に感心しているようだが、クルリがちょっと引いてるのはなんでだろう?
別に下心があった訳じゃ無いのに。
マサキが僕のためにしたことで、初めて……いや、クルリの信頼と引き換えに、多くの友達を手に入れたことを考えれば。
うん……これで、良かったんだ。
こうして、無事にゲイズ先生への責任問題はあやふやになりつつも、最高の形で幕を下ろした。
「マ……マルコ君。 マルコ君って呼んでいいのかな?」
「勿論だよ! で、どうしたの?」
「これ……美味しいって評判のクッキー」
「マ……マルコ君、マルコ君ってなれなれしいかな?」
「いや……別に呼び捨てでもいいけど」
「そ、それは無理だよ! あっ、うちで取り扱ってるハンカチ……使ってくれるかな?」
「マ……マルコく……マルコく……」
「うん、マルコ君でも、マルコでも好きに呼んだらいいよ。友達じゃん」
「う……うん、友達……マルコ! ……君。今度うちで誕生会やるから、もし、もし予定が無かったら来てくれるかな? 予定あると思うけど……暇ならでいいから……」
その会議の後に、友達からプレゼント攻撃やらお誘いやらを受けた。
違う……
思ってたんと違う。
あと、なんでみんなどもってるの?
午後の会議前まで、普通にマルコ君って呼んでたよね?
ていうか、ディーンもなんでずっと横に居るの?
そして、なんで笑いを必死に堪えてるの?
あと、クルリも。
そんなプレゼント受け取るたびに、睨まないでよ……
ディーンの背中越しに。
ディーンの肩を掴んで、足を震わせながら。
そして、なんで僕に話しかけてくれた子達を慰めてるの?
あれ?
めっちゃ人だかり出来てるのに、凄く孤独な感じなのは気のせいだよね……