第169話:ゲイズ先生を助けろ! その3
「そもそも、なんであそこまで魔狼の接近を許すことになったのですか?」
「冒険者の方々が斥候に出ていたんじゃ無いのか?」
顎髭を蓄えた初老の男性の問いかけに、そばに居たちょび髭の男性が追従する。
会議室では長方形に並べられたテーブルに、奥の席に初老の男性とちょび髭の男性、それからオールバックの男性が3人並んで座っている。
そして両サイドの机にはそれぞれ8人ずつの保護者が。
下座にはチャド学園長を中心に、ゲイズ先生と冒険者の男性が両脇に座っていた。
保護者からの質問に対して、学園長のチャドは静かに目を閉じて無言を貫く。
代わりに答えたのは、今回の問題で責任を問われているゲイズだ。
チャド学園長とゲイズ先生の話し合いの結果、基本は当事者であるゲイズ先生が答える事に決まったからだ。
「冒険者の方々が斥候に出ていたからこそ、対応可能なタイミングで発見することが出来たのですよ」
「でも、結果はベルモント家の御子息、マルコ・フォン・ベルモント様のご助力あってようやく退けたらしいじゃないか!」
「対応可能? 対応不可能だから、あの剣鬼子が対応せざるを得なかったのでは?」
「うちの大事な生徒を変な呼び方で、呼ばないでくれますか? ロングさん!」
マルコを剣鬼子と呼んだ、ロングという名のちょび髭の男性を睨み付けるゲイズ。
思わず勢いに乗っていた彼が怯むほどの迫力で。
「っ、今はそんな事は関係ないじゃないか!」
「関係ないことならなおさらです! あの子は普通の子です!」
「……ちっ!」
「……」
舌打ちをしたロングを、無言で睨み付けるゲイズ。
先に目を逸らしたのは、ロングの方だった。
「すみません、失言でした」
そして小さな声で頭を下げると、不機嫌そうに顔を背ける。
「いえ、こちらこそ。それで先ほどの件ですが、確かに危うい状況ではありました。想定以上に狼の数も多くこちらも浮足立った状態て子供達を守らないといけないという状況となり、対応に穴があったことは否めません」
「それじゃあ困るんですよ。子供達に何かあったら、どう責任を取られるおつもりで?」
「命に代えても、護るつもりでした!」
「命に代えたら、その後は誰が子供達を守るんですか!」
黙っているロングをしり目に、初老の男性が矢継ぎ早に責め立てる。
他の保護者からも、そうだそうだというヤジが飛んでくる。
この場では、この男性とロングと呼ばれた男性が代表として討論を行っているのだが。
初老の男性の言葉に、ゲイズも自分の軽率な判断を反省し始めていた。
現に、あの場にマルコが居なければ対応にもっと時間が掛かっていたのは確かだ。
それに、どうなっていたかも定かではない。
確かめようがないことだけに、反論の言葉を選ぶのにも苦労している。
そもそも、こういった場に不慣れなこともあって必死に汗をぬぐって、言葉を探す。
「確かにあの数のクワイエットウルフの群れに襲われたら、どっちに転んでいたからは分かりません。危ない状況だったのは事実です」
そんなゲイズをさらに追い詰めるのは、今回参加した冒険者の1人。
冒険者達の中から、唯一この場に召喚された男だ。
この男が選ばれたのは、冒険者ギルドからの推薦もあった。
まさか味方になると思っていた冒険者の発言に、ゲイズが信じられないようなものを見るような目を向ける。
その大きく見開かれた眼は、徐々に細く閉じられ恨みがましさすら感じられる視線へと変わる。
「私達が至らないばかりに本当に、申し訳ない」
だが、冒険者はそんなゲイズの視線を無視して、保護者の人達に頭を下げている。
頭を下げた男は真摯な顔で応えつつも、どこかその表情は違った意味で落ち着いているように見える。
「ほら、冒険者の方もそう言っているじゃないですか!」
「どういう事ですか!」
「良いのですよ。貴方は依頼された仕事を必死に達成しようとされたのは分かっていますから」
冒険者の男に対して、好意的な意見を交えつつも学園側の参加者に向ける視線はさらに鋭いものになる。
「そもそも森でやる必要があったのですか?」
「学園の敷地内じゃだめだったのですか?」
「実際に荷物を持って森を歩く事で、現地で教えられる事の幅が広がるのは事実でして……今までこのようなことも無かったわけですし」
「今まではそうでしょう。たまたま、運が良かっただけじゃないのですか?」
何を言っても、彼等を納得させることは出来そうにない。
事の次第を見守っていたチャド学園長の顔も、徐々に険しいものへと変わっていく。
「あの森で……狼達が人を襲う事はあっても、あの規模の群れが見られたことはない。今回がイレギュラーじゃったのは、確かなわけですが」
「その、イレギュラーがあったらまずいんですよ! それも、子供達の命に関わるような」
チャド学園長が助け舟を出そうとするが、代表の初老の男性に一刀両断される。
「待ってください!」
大分場が荒れて来たころに、会議室の扉が大きく開かれる。
――――――
中の様子を伺うに、かなり旗色が悪い。
保護者達は全員が勢い込んでいて、ゲイズ先生やチャド先生の言葉を聞こうともしない。
それどころか、冒険者の人まで後ろ向きな発言をしている。
これは、非常に不味い。
そして、蜂から追加の情報も。
冒険者の男……トッティの父親であるフォルストさんに金を握らされていた。
声にあまり聞き覚えがなく扉を開いてみたが、そこに居たのはリーダーの男では無かった。
普通こういった場合は、リーダーが呼ばれるもんだと思うけど……
取りあえず蜂を介して、ジャッカスにリーダーを連れてくるように依頼。
幸いジャッカスは森の調査から戻って来たばかりで、まだこの街で宿を取っていたので助かった。
最悪、マハトールならどこに居てもすぐに来られたかもしれないが。
悪魔が訪れたら、大変なことになるのは目に見えている。
「なんだ? マルコ様? それにお前達!」
「ディーン様まで。どうされたのですか?」
「トッティ……」
僕とディーン、さらに子供達の登場に保護者達が少し焦っている。
ゲイズ先生も驚いた様子だが、チャド学園長はどこか安心した様子で顎髭をさすって椅子に深く座り直していた。
代表として話していた男性では無く、その横に座っていたオールバックの細身の男性がトッティの方を見て一瞬だけ睨み付けていた。
あれが、フォルストさんか。
「今回の騒動の件ですが、僕たちの話も聞いてもらいたいと思いまして」
僕の言葉を聞いた全員が、一瞬静まり返る。
「いや、これは先生達の責任だから、マルコ君達が出てくるような話では」
「僕たちも当事者ですよ?」
一瞬の間を置いてゲイズ先生が立ち上がって、こっちに近づいて来る。
全員が急いで室内に入ると、横一列に並ぶ。
そして、近付いて来るゲイズ先生を押しとどめるように手を前に出す。
「確かにそうなのだが「それに、僕は実際に戦闘に参加したので、冒険者の方含めて皆さんの実力もほぼ、正しく把握しております」
「えっと……何を言いにきたのかな?」
ゲイズ先生に最後まで喋らせずに強引に発言権を奪い取ろうとしたら、初老の男性に発言を促される。
これはラッキー。
「あの程度の狼の群れなら僕が参加しなくても、きっと冒険者とゲイズ先生で対応出来たと考えます」
「ほう? でも、そこの冒険者の人は危なかったと言っていましたが?」
「ふーん……」
チラリと冒険者の男性を見る。
確かアーチャーの人か。
後ろで場を見ていたから、しっかりと状況は把握できているだろうに。
あの状況確かに危ういものはあったけど、ゲイズ先生の働きぶりをみれば五分五分くらいで子供に被害は出なかったはずだ。
であれば、冒険者としては自身の名誉のこともあって、多少は良いように言いそうなものだが。
「今回2組のパーティが参加していたと思うのですが? ただ、リーダーの人は貴方達とは違うパーティでしたよね?」
「えっ? ああ、確かに彼のパーティはうちよりもランクが上ですし」
僕の言葉に目を合わせようともせずに、アーチャーの人が答える。
「ですよね? B級にとまでは言いませんが、C級の上の方かと思うのですが?」
「ええ、そうです」
「なるほど……クワイエットウルフ1体に対する、適正ランクは?」
「D級……E級の駆け出しは無理でも、戦闘経験がそれなりにあれば難しい相手では……」
ふーん……へー……ほー……
「私の見立てではリーダーの所属していたパーティは堅実に狼の数を減らしてましたし、なによりゲイズ先生の腕はC級冒険者と比べても引けをとらないものだと思ったのですが? どうですか?」
「確かに先生はよく頑張っていたけど、C級冒険者と比べると」
「そうですか……」
どこか歯切れの悪い言葉を紡ぎつつも、僕の意見を否定する冒険者に感情の灯らない視線を送る。
取りあえずこいつは役に立たないどころか、相手方の用意した人間もしくは寝返ったことだけは分かった。
「マルコ様? いまさら、そのようなことを話して何の意味が? 一番の問題は狼の群れに襲われた事実なのですが?」
そこにさっきまで黙っていたオールバックの男性、フォルストさんが口をはさんで来た。
見たところあっちの初老の男性は、フォルスト商会傘下の販売店の代表か。
一応、この面子の中ではそれなり以上の恰好で、威厳を全身で表そうと努力しているのは分かったが。
こちらに対して視線とともに、簡単な質問を投げかけただけのフォルストの放つ気には遠く及ばない。
むしろ、トッティのお父さんも、かなりの修羅場をくぐって来た商人だということがなんとなく見て取れる。
「そうですね……まずは、皆さんの要望はなんなのですか?」
「あのマルコ君? ……本当にマルコ君かい?」
「チャド学園長、僕はマルコですよ? 何をおかしなことを言ってるのですか?」
空気を読めと言いたくなるようなタイミングで、チャド学園長が不安げに問いかけて来た。
この人ってあまり話した事無いけど、こんな気弱な雰囲気の人だったっけ?
取りあえず、丁寧に答えた……つもりだ。
「ならいいのじゃが……」
「宜しいですか?」
チャド学園長に水をさされた形になったフォルストさんが、少し苛ついている。
「私どもとしてはまずはそちらのゲイズ先生の退任、もしくは降格ですね。それから、ヨドの森の再調査を依頼します」
「合宿終わったのに、森の再調査が必要なの? なんで?」
「本当に事前の調査が正しかったのかを判断するためですよ! その結果次第では、ゲイズ先生に求める処分はより厳しい物になる予定です」
子供の僕を相手に、真面目に敬語で説明してくれるフォルストさん。
まあ、仕方ないよね。
貴族の子供だし。
ベルモントの子供だからってわけじゃないよね?
「ふーん……本当に理由はそのためですか?」
「とおっしゃいますと? ディーン様?」
そこにディーンが横から発言してくる。
まあ、ここから先の情報はディーンが集めたものだから、彼が発言した方が良いだろう。
僕も、同じ情報を知ってたんだけどね。
先に発表されちゃったし。
それで僕が我が物顔で発言したら、彼の手柄を横取りしたことになっちゃうし。
「これを見て貰った方が早いかな?」
そう言って惜しげもなく紙の報告書をチャド学園長と、保護者へと手渡すディーン。
うん、勿体なくね?
一部あったらよくね?
結構な部数の報告書の写しを用意していたらしい。
保護者も4人で一冊の報告書が読める程度には、用意されていた。
「ヨドの森の近くの村に、仕事を卸してますよね? で、そこの村から最近地震が頻発しているという情報を聞いた……違いますか?」
「それは子供達が戻って来てから聞いたのは聞きましたが……」
少しだけ厳しい表情で応えるフォレストさん。
これを材料にどいうった形で責めてくるのかが読めないのだろう。
それもそうだ。
これを使って責めるつもりはない。
あくまで、向こうの勢いを削ぐための牽制のための材料でしかない。
しかしこの情報を使って、何かをしようとしていると考えるのも仕方ないだろう。
なんせ相手は侯爵家の子息。
立場が違い過ぎる。
いかに大商人といえども、王族に次ぐ最高権力を持つ侯爵家を敵に回して王都で商売など出来ない。
仮にこの情報が出鱈目だとしても、彼は言葉を選びながら濁すしか出来ない。
正面切って否定すれば、どんな難癖をつけられるか分かったものじゃない。
そして厄介なことにこの情報が正しいものだけに、フォルストさんはいま頭の中で色々な事を考えているだろう。
勿論、今回ゲイズ先生を助けるにあたって、そういった実家の力というか……権力的なものには頼らないようにというのは、僕とディーンの間で取り決めておいた。
守る必要はないがなるべく正しい方法で対応しないと、裏で変な噂を流されても困るし……
もしそんな噂が流れでもしたら間違いなくフォルストさんが、その根源だとされるだろう。
そして、マクベス侯爵家による粛清……
フォルスト商会は木っ端微塵に砕け散る。
結果、僕らの同級生のトッティ君が、学校に通うのが難しくなる。
チラリとトッティ君を見る。
かなり顔色が悪い。
胃の当たりを押さえている……
相当なストレスだろう。
フォレストさん……自分の子供を見てごらん?
それどころじゃなさそうだ。
こっちも、顔色が悪い。
うん、これって別に正攻法で責めてるけど、どう考えてもディーンの実家が相当に効果を発揮しているよね?
ふと他の保護者を見れば、全員下を見て資料に一生懸命目を通している。
フリに見える。
そもそも、子供達が乗り込んで来たというのに、無理矢理追い出そうとする大人すらいない。
それもそうだろう。
さっきまで先生を助けないとと、熱血学園ドラマのように熱い気持ちで色々と計画していた。
むしろ、青春っぽいなと気持ちが高ぶっていたのも事実だ。
でも不意に冷めたというか……
親御さんたちの視線や表情を見てたら、冷静になった。
今回乗り込んだメンバーの中には、王子の御学友で側仕え候補筆頭のディーンが。
そりゃ、親も緊張するわな。
ここで、ディーンに顔を覚えられたら、将来どんな目に合うか。
それも商売人の多い総合一般科の親御さんが大半。
うん……色々と、道が途絶えるだろうね。
なんだろう、この徒労感。
しかも、代表に座っているトッティの父親の、裏の思惑まで感じ取れる資料が……
急いで書き加えた、今回の抗議団の主なメンバーの相関図まで添えられて。
そりゃ、顔色も悪くなるだろう。
「君も十分にこっち側ですよ? 貴族科の生徒なのですから」
「そっか、貴族科だもんね」
「そして、ベルモントですからね!」
「……」
うん、そんな気はしなくもない。
「そう言えば、外に居る時に剣鬼子とかなんとか」
ディーンのつぶやきに、ちょび髭の男性がビクッと肩を震わせる。
「困ります!」
「いや、一応マルコ様とディーン様に呼ばれてるんだ、通してくれないか?」
「証拠がありませんし、正規の手続きも取られずに外部の方の入校を許可する訳には行きません!」
「時は一刻を争うんだ!」
そこに、最近聞いたことのある聞き覚えのある声が……
思わず頭を押さえる。
「ジーザス」
「なんですか、それ?」
「うん……なんでもない」
何かを引きずりながら、振りほどくような音をさせてガラッと扉を開けて飛び込んで来た人物……
そう、今回同行した冒険者のリーダーだ。
「先生のピンチで何やら証言してもらいたいと要請された、今回同行した円陣のリーダーを務めさせてもらっているギアードだ! なんでも、合宿での対応と下調べに不備があったと嫌疑が……掛けられてると……S級冒険者のジャッカス様……ん?」
飛び込んでくるなり、お通夜のような雰囲気の会議室内を見て思わず口ごもっている。
チャド学園長の横にいる冒険者の顔色まで悪くなる。
いや、元々悪いけど。
はした金を握らされて、マクベス家と対立しかけたんだ。
それは、当然だろう。
加えて今回の冒険者グループのリーダーまで参戦。
リーダーからしたらまとめ役の自分が呼ばれていないのに、なんで手伝い程度の働きの下のランクの冒険者パーティのメンバーが居るのかと不思議だろう。
そう剣呑な眼差しを向けるほどに。
というかジャッカスS級か……
そうだよね……
フレイ殿下救出で、めっちゃ活躍してたしね……
ふーん……
なんで来ちゃったんだよ……
フォルストさんが手を組んでそこに額を乗せて、溜息吐いてるし。
横の初老の男性……顎鬚さすってた手がずり落ちて、何本かブチブチって抜けたんじゃない?
「えっと……一応、今回のクワイエットウルフの襲撃、僕の力が無いと生徒に被害は出たかな?」
「基地に使われていたテントは骨組みもしっかりしていましたし、壁に使われた皮の布も頑丈な素材なので中型の狼なら入り口を開けない限り中には入れなかったかと……」
「いや、そういう事じゃ無くて……」
「そういう事です。学校の行事で森に入って、予定を過ぎて帰って来なかったら捜索隊が組まれます。ですので、最悪翌日の夜には救助も来たと思います……3日分くらいの食料もありましたし、治療できる先生も居ましたので、たとえもう一回り大きなフォレストウルフの群れに襲われたとしてもトイレ以外は問題無かったかと」
「……」
「ある程度数を減らしたら、籠城戦で対応できますし。入り口で応戦すれば2匹までくらいしか来られませんしね。出来れば自力でどうにかしたかったので、頑張りましたが。最悪は立てこもれば勝ちでしたよ?」
……
うん、この証言だけで良いのかな?
納得してもらえるかな?
本来なら保護者達から非難の視線が、最初に発言したアーチャーの人に向けられそうなものだが。
アーチャーの人は所在無さげに、身体を小さくしているが。
保護者達はそれどころじゃなさそうだ。
ふと横を見ると、ディーンがニヤニヤしている。
こいつ……
端っから、自分と僕が出張ればこうなることを知っていたに違いない。
僕も状況に酔っていて、冷静じゃ無かった部分はある。
が、それ以上に貴族という立場の強さを見誤った部分が……
はっ!
不味いぞ!
「やっぱり……」
「ディーン君も、マルコ君もヤバい人だったんだ」
「おいっ! ディーン様と、マルコ様だろ!」
せっかく縮まった他の生徒との距離感が、一気に離れた気が……
いやいや、本人達を前にしてヤバい人とか言っちゃうあたり、まだ多少は……
おいっ!
やめろ!
言い直させなくて良いから!
ディーンはともかく、僕はマルコ君で良いから!
いや、むしろ呼び捨てで良いから!
マルコで良いから!
というか、マルコって呼んで!