第168話:ゲイズ先生を助けろ! その2
「はいはーい! ギリギリで新情報ゲットです!」
「奇遇ですね。私も、丁度面白い情報を手に入れたところなんですよね」
こいつ……
蜂から聞いた情報を昼休みに集まってもらった野営のクラスの生徒に公表しようとしたら、早速ディーンが横やりを。
あまり良い予感はしない。
こいつはそういう奴だから。
どういうやつかって?
「先に私から良いですかね?」
こうやって、先に発言したり。
「貴方のお父様のフォレストさんの事ですよ」
微妙に情報が被ってそうな、切り口だったり。
貴方のお父様の事と言って話しかけた相手は、今回の発端となったトッティ君だ。
これ確実に、情報が被ってる気がする。
「フォレストさんは、ヨドの森の入り口にある村に仕事を卸してますね?」
……
もう良いや。
「う……うん……、そうなの? あっ、ごめん。お父様はあまり仕事の話は家でしないから」
「いえ、良いんですよ。で、そのヨドの森で最近異変が起きてましてね」
そこからディーンが話した内容は、ヨドの森で地震が頻発していること。
魔獣や魔物の活動が活発化していること。
その事によって、彼等が森の恵みを享受できなくなるかもしれないこと。
そうなると、彼の商売にも影響が出る。
それを危惧して、森の調査に乗り出した事。
そして、今回の学園の失敗を盾に学園に揺さぶりをかけて、その費用を学園に負担させようと画策していること。
まさに僕が蜂から仕入れた情報を、そのままディーンが全て話してしまった。
こうなると、僕から話す事が無くなってしまった。
「という訳なので、この辺りに切り口があるような気がしませんか? マルコはどう思います」
「そーだねー」
ここで僕に話を振るあたり、本当に良い性格をしてらっしゃる。
親の顔が見てみたい。
何度か見た事あるけど。
実家でちょっとした恩もあるけど。
親同士も仲が良いけど。
「で、マルコが仕入れた情報というのは?」
「ディーンがいま話した内容と一緒」
「そうですか。でしたらこれ以上裏を取る必要は無さそうですね」
くそっ。
ディーンに完全に持ってかれた。
と思ったら、蜂が追加の情報を……
へー……
「ただ、付け加える情報がもう何点かあるよ」
「ほう、そうなのですか?」
ディーンが一瞬だけ意外そうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑顔へと戻る。
どうやらうちの虫達の方が、一枚上手だったようだ。
「まず今回のトッティ君のお父様に賛同した保護者の人達だけど、当然このクラスに直接関係ある生徒の親も居るけど、それ以上に多いのが他のクラスや学年の保護者の方達らしい」
「ええ、そうみたいですね」
ディーンが知ってましたといった感じで頷いている。
まあ、この辺りくらいまでは当然調べているだろう。
「で、まあ何人かの有力な人たちはフォルスト商会同様に、ヨドの森の村に商品の発注を行っている商会、もしくはその配下や傘下の商会の人達らしい」
「なるほど……そんな関係性が」
ディーンが一瞬だけ悔しそうに顔を歪めたが、すぐに笑顔に戻る。
どうやら、彼の上をいくことが出来たらしい。
「で配下や傘下の商会は半ば強引に……元締めとなる商会の指示に従って参加という流れとなっているみたいだね」
「へえ、それは乱暴だね」
「他に参加しているこのクラスの子の保護者も、密かに関係があるみたいでね。断るに断れない人達も少なからずいる。勿論、純粋に子供の心配をしている親もいるけど、おそらく扇動者として大きな声で騒ぎ立てるのはそういった商会の関係者たちだと思う」
「流石ですね」
僕からの情報に、ディーンが手を打って褒めてくれる。
純粋に感心してくれたらしい。
「でも、その情報をどう活用するの?」
僕とディーンの話を横で聞いていたクルリが、おずおずと発言。
「僕たちがそれを言っても証拠も無いし……しらを切られたら」
トッティも不安そうだ。
ここで役に立つべきなのが、横に立つこいつだろう。
チラリと横を見ると、力強く頷く。
「ええ、村での話し合いから、フォルスト商会の事までなら報告書として受け取ってますので、あとは参加者の関係を大至急でうちの者に裏を取らせて報告書をあげさせましょう」
「うん、そうしてもらえると助かる。放課後までには間に合う?」
「間に合わさせますよ」
侯爵家の手の者達が調べるんだ。
かなり期待が持てる。
それに、ディーンや僕たち子供じゃなくて、大人が集めた情報で大人が作った報告書なら、証拠としても有力だろう。
これで、今回のゲイズ先生への弾劾が、純粋な親心からだけじゃないことは学校側にも認識させられる。
けど、実際のところトッティの親や、他の親たちが怒っているももっともな事なんだよね。
だから、この情報はあくまで強引な話し合いにさせないための、牽制球の役割でしかない。
重要なのはゲイズ先生が今回合宿を行うに当たって、事前の現地調査に不備が無かったかということ。
それと実際に狼に襲われた際に、僕が居なくても子供達に危害が及ばなかったということ。
この2つを証明しないといけない。
ついでに森の調査についても、蜂から報告があったので一応伝えておく。
「森の異変は地震の影響でもあるけど、森の深部で巨大な魔獣が目覚める予兆があるらしい」
「巨大な魔獣ですか……」
「うん、ヨドの森の周辺で昔から言い伝えにある伝説の魔獣、灰色の王……巨大なバジリスクとか?」
森を調べていたのは、虫達だけじゃない。
マサキからの指示でジャッカスとマハトールが森を調査していたと。
その結果マハトールが、巨大な蜥蜴の形をした岩から魔獣の波動を感じたらしい。
地震が起こるたびにその岩に罅が入り、そこから魔力と瘴気が漏れ出ているとか。
目覚めの時は近いだろうと言っていた。
ジャッカスは周辺の村や集落、森の奥に住む原住民の方々から情報を集めて回っていたらしい。
そのなかで、今回のマハトールが見つけた岩の特徴と一致した情報があった。
それが数百年前に森を我が物顔で支配していた巨大なバジリスク種の話だ。
通常のバジリスクよりも遥かに大きな個体だったらしい。
ただ、実際に見ているものが残っていないため、森の中にあった巨大な蜥蜴の形をした岩を見た人達が造ったおとぎ話ではないかともされている。
が、今回マハトールがそれらしき岩から、生命の波動を感じ取ったことで現実味を帯びてきたと。
うん……早い話が、結局マサキが裏で色々と手を回してくれていたと。
相変わらず信用されていないというか、過保護というか。
有難いというか。
有難い。
「それっておとぎ話とかじゃないのか?」
生徒の1人が、僕の話に疑問を投げかけてくる。
「今まではそう思われていたみたいだけど」
「本当に、おとぎ話だったのかよ」
一瞬その子が、森の巨大なバジリスクの伝説を知っているのかと思ったが、ただの当てずっぽうらしい。
「こっちは、僕の息のかかった冒険者が調べて来たから、ほぼ間違いない」
「ベルモントのお抱えの冒険者……」
僕の発言に、何人かの子がゴクリと唾を飲み込む。
今の発言のどこに、そんなに緊張する要素があったのだろうか?
いや、無いと思うけど……
まあ、そんな事よりもだ。
「今回の件とは直接関わり合いが無いし、これを職員会議で発表したらゲイズ先生の立場が悪くなる……だけど、知ってしまったからには報告の義務もあるんだ」
「なんで?」
「いや、そもそもクワイエットウルフがあれほどの群れを形成すること自体が、異常なんだ。魔獣が異常行動を起こすには、何かしらの原因がある……そしてその原因の如何によっては」
「スタンピード……」
僕の言葉を引き継いで呟いたのは、クルリだった。
彼女がスタンピードという言葉は知っていたのには、少し驚いたが。
「うん」
彼女の言葉に対して、頷く。
「うちはほら……開拓民だから。もし森なんかでスタンピードが発生したら、最初に飲み込まれるのは森を切り開いている開拓地だし」
「まあ、その前に原住民の方達に被害が出るんだけどね。ただ、防げるなら防ぐ方がいいし、可能性があるなら準備も必要だ」
「その情報も、私には入って来てませんね。ただ、そっちは森の深部なのですぐに裏は取れ無さそうですが」
ディーンが目を閉じて腕を組んで頷く。
こういうところは素直に感心する。
自分が知らない情報、それも配下を使って色々な情報を集めている彼が知らない情報を僕が知っていたとしてもだ、それを疑うではなくまずは信じて裏を取るところから彼は行動を始める。
基本的に些細な事でも確証が得られなければ、自分で白か黒かをきっちりと判断できる材料を集めるのは本当に立派な心構えだと思う。
「日増しに地震の間隔も短くなっているし、確実とはいえないけど何かが起こっているのは確かだからね」
「分かりました、うちの者にも森に入ってもらいましょう」
「うん、それじゃあ取りあえず皆は、ゲイズ先生や冒険者の人達を擁護できるように、自分達が見た物や聞いた事を纏めて、報告できるように考えておいてね」
そして、解散する。
皆がそれぞれの教室へ向かって戻っていく。
それを見送りつつ、後ろを振り返る。
「2人ともありがとうございます」
トッティが最後まで残っていて、僕とディーンを待っていたからだ。
本当に責任を感じていたのだろう、話し合いの最中も皆の顔色を伺うようなそぶりばかりしていたし。
「気にしなくていいんですよ。いずれにしろ、他の保護者からもこの件については言及されたかもしれませんし」
「そうだよ、取りあえずここで纏めて親たちに納得してもらったら、話も早いしね」
トッティを真ん中にディーンと2人で両脇で挟んで、励ますように肩を叩く。
「うっ……」
「ごめん、痛かった?」
「少し」
僕が叩いた左肩を庇うようにさすっていたので、思わず謝る。
どうやら、力が籠ってしまったみたいだ。
「トッティも、お父さんを説得できるように、一生懸命考えてね」
「うん、父がご迷惑をお掛けします」
「いいって普通に話して、僕たち同じ授業を取る仲間じゃ無いか!」
「仲間……」
僕の言葉を噛みしめるように、トッティが小さく復唱する。
「仲間」
そしてもう一度、次は少しだけはっきりと呟く。
「ふふふ、僕、ベルモントってもっと怖い人かと思っていた」
「えっ?」
「分かりますよ。なんせ、鬼の一族ですからね」
「鬼じゃ無いし!」
どうやら怯えられていたらしい。
うん、知ってた。
1年生の最初の班分けの時も、君たち全員離れていってたしね。
流石に途中から、話くらいはするようになったけど。
それでも、遠慮が見られていたのも事実だ。
主にディーンが侯爵様の息子だからと自分に言い聞かせいたが。
やっぱりベルモントの姓が原因だったことは……
いや、ここはベルモントの姓も原因の一つだったにしておこう。
じゃないと、なんかやるせないし。
「でも、マルコ君もディーン君も、本当に優しくて普通の子なんだって分かって、ちょっと嬉しい」
「酷いなー……でも、仲間だから許してあげる」
「私も含まれているような発言は、看過できませんね」
「えっ?」
「ディーン?」
「冗談ですよ」
おいっ、やめろ。
……やめろ。
君のそれは、シャレにならん。
本当に気に入らないの一言で、周りがディーンの意思に関係無く王都に住めなくできるように動くくらいの発言力はあるからね……君は。
「マルコも同じようなものですよ」
だから、心を読むな。
たまに、こう心を見透かすようなことを言うのも、ディーンに踏み込みたくない理由だったりする。
するけど、まあ……
個人的には、嫌いじゃ無いけどね。
「ふふ、照れますね」
こういうところ以外。
――――――
「いよいよですね」
「ええ、決戦の時です」
「そんな大層なものでもないけど」
それからサロンで話を纏めて、いざ職員会議へと準備が出来た。
僕とディーン以外はサロンを利用したことがないので、最初はその雰囲気にのまれていたが。
それと、周囲からのなんで一般のそれも貴族じゃない子がサロンにという、周囲からの悪意のある視線も感じたが。
「私の大切な友人達を、是非この素晴らしい場所に招待したかったのですが……」
ディーンが笑みを浮かべてクルリと見回して……
「迷惑か?」
その一言で全員がバッと一斉に視線を逸らした。
ある子達は机の上の紅茶を見つめて……
「今日の茶葉は美味いフラタ産か……美味いな」
「この鼻を抜ける香りが、鼻を抜けるんですよね」
などと意味の分からない会話をしたり、また他の子達は窓の外を眺めて
「あっ、蝶々……」
「本当だ」
などと普段は絶対に気にしないことを、お互いに呟いたりしていた。
やめたげて。
可哀想すぎる。
皆勉強で疲れた頭をお菓子とお茶で癒しに来てるのに。
普段敬語で喋る彼が、一言……たった一言だけ丁寧語をやめて言い切っただけで、周囲のこの反応。
周りの温度が一気に10度は下がったんじゃないだろうか。
「さっ、みんな? あっちの奥に席を用意してあるから」
「う……うん」
「あ……ありがとうございます」
「ワー……ステキナセキダナー」
そしてこっちがわの子供達にも影響が……
それを見て嬉しそうに嫌らしい笑みを浮かべるディーンを見て、げんなり。
「痛いですよ!」
「うん……なんか、なんとなく」
その悪戯に成功したような顔にイラついたので、太ももをつねっておいた。
「おい、ベルモントのやつ」
「あのディーン様に……」
「やっぱベルモントぱねぇ」
ひそひそと周囲の話し声が聞こえてくる。
チラリとディーンを見る。
痛みで歪められていた顔が、またも嬉しそうにいやらしく歪んでいた。
もう良い……
これ以上何かすると、僕の評価に響く。
ようやく、ベルモントの子供は怖いという印象を払拭でき始めてたのに。
また、元の木阿弥に戻ってしまうところだった。
それから、打ち合わせを1時間ほど行って職員室へと向かう。
そして職員室前の廊下を封鎖して、職員室の扉の前で中の話を盗み聞き。
会議の頭から乗り込むよりも、ある程度会議の内容を把握してからの方がやりやすいからね。
さてと、そろそろ頃合いか?
いざ、戦場に乗り込まん!





