第167話:ゲイズ先生を助けろ! その1
「おはよう!」
「おはよう、マルコ!」
「おはよう!」
教室に入って、いつもの代わり映えのしないメンバーに挨拶。
ベントレーとジョシュアだ。
というかこの子達、いっつも僕よりも先に来ているけど何時に登校しているのだろうか?
続々と登校してくる同級生たちにも挨拶。
「おはよ!」
「おはようマルコ、ベントレー、ジョシュア」
「おはようございます、皆さん」
アルトやブンドとも普通に挨拶できるようになった。
他のメンバーとも言わずもがな。
同名の貴族令嬢のアシュリーとも。
「おはようございます、マルコちょっといいですか?」
それから少し間を開けて登校してきたディーンに手招きされる。
正直行きたくない。
行きたくないけど、これは真面目なお話モードだ。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
「うん」
「またね」
ベントレーとジョシュアと別れてディーンのところに。
そのまま廊下に連れ出される。
「なんの用なのさ、一体?」
「その様子だと、まだ聞いてないみたいですね」
「えっ? 何を?」
割と深刻モードだ。
いつものどこかイヤらしい笑みが、鳴りを潜めている。
真剣な表情のディーンを見るのは久しぶりかもしれない。
「今日の放課後に一部の保護者を交えた、緊急職員会議が開かれるみたいです」
「緊急職員会議? 議題は」
「先週末の宿泊訓練の件ですよ……」
宿泊訓練……
野営宿泊授業の事か。
というと……
「話の飲み込みが早くて助かりますよ」
「まだ何も言って無いし、教えて貰って無いけどね。狼の群れに襲われた件の事?」
「ええ、その事でゲイズ先生に責任追及の流れが出ているみたいですよ」
週末に行われた野営宿泊訓練で、僕たちは狼の群れに襲われることになった。
とはいえ怪我人は1人も出ていないし、それどころか全ての狼を殲滅して事なきを得たのだが。
「いや責任追及って、具体的にどの程度の責任を問われるようになるの?」
「まあ、生徒の生命に関わる事態だったと重く受け止められたら……最悪解雇も視野に入っているかと」
「解雇って……なんでそんな事に!」
「まあ、下調べが不十分だったってところでしょうね。本来なら、安全は確保された状態で行われるべきものですし」
「それにしても、誰が一体」
何故こんなことになっているのか。
誰が言い出したのか。
間に一日休みを挟んでいたので、その間に動きがあったのだろうが。
野営の授業を受けた生徒の保護者以外に、そんな事を言い出すことはありえないだろうし。
「それについては……」
そう言ってディーンが指した先には1人の生徒が。
見覚えがある。
同じ野営の授業を受けている子だ。
確か、どこかの商会の商会長の息子だったような。
「ごめん、マルコ君、ディーン君」
その男の子のが、申し訳なさそうに頭を下げてくる。
何やら、事情がありそうだ。
取りあえず、話を聞いてみないことにはなんとも判断が付かない。
「実は……」
男の子、フォルスト商会の息子のトッティの話では、野営宿泊授業の事を親に報告していたらしい。
最初はニコニコと彼の親も聞いていたようだが、話が狼の襲撃の部分に及んだ時に顔が険しいものになっていたらしい。
が彼はそんな事は気にもかけず、僕とゲイズ先生、冒険者達の活躍を楽しそうに話してしまったと。
話の内容が僕が飛び出して形勢が変わり始めたあたりで、急に彼の父親が怒りだしたと。
「ベルモントのマルコ様が居なければ、危なかったということか?」
と問いかけられて、思わず首を縦に振ってしまったと。
「それは……たまたま、お前の同級生にマルコ様が居て、たまたま彼が何の因果か野営の授業を受けていたから助かっただけではないか! もし、マルコ様が居なかったら、お前は戻って来られなかったのかもしれんのだぞ! それを嬉しそうに話しおって、お前も先生も危機管理がなっとらん」
そしてお父様大爆発。
うん……やばい。
特にこれといって、おかしな部分が無い。
むしろ、親としては当然の心配事というか。
当たり前に気に掛ける部分というか。
なんで正直に言っちゃたんだよ、トッティ君!
とは言えない。
彼は魔獣に襲われて生きて帰られたこと。
そして、僕やゲイズ先生、冒険者達が果敢に戦って狼の群れを殲滅して皆を守った事でに対して、興奮していたのだろう。
10歳の子供、ましてや男の子なら胸を躍らせるような展開だ。
きっと面白おかしく、盛って話しちゃった可能性も……
ただ、このままだとゲイズ先生になんらかの責が及ぶのは間違い無いだろう。
どうにかしないと。
無罪放免とはいかなくて、せめて継続して授業が行えるように。
厳重注意くらいで留めて貰えると嬉しい。
「取りあえず放課後に全員を集めよう。それから、会議に乗り込むしかない」
「うん……」
「それだけだと、難しいですね。時間が無さすぎます。どうにか、先生の責任を軽くするような材料を集めて行かないと」
「そっか……そうだね。それと、皆の意思確認と役割を決めておかないと」
いきなり乗り込んでも武器も何もない状態だと、ただの子供の戯言として片づけられるだけだ。
なんとか、ゲイズ先生の責任を軽く出来るようなものが必要か。
まあ、1つはゲイズ先生自身の手柄だな。
彼が討伐した狼の数、それから冒険者達が討伐した狼の数も重要だ。
彼等だけで狼の群れを退けられた可能性があったという形に話をもっていかないと。
実際には危険な状況だったことには変わりないが、当事者の僕が発言をすれば多少は信憑性を持たせることが出来るかもしれない。
職員会議は16時から行われるらしい。
HRが終わるのが15時だから、1時間は余裕がある。
余裕といえるほどの時間じゃないが。
それと、昼休みにも一度集まって事前に考えるべきことを、提案した方が良いだろう。
「昼休みに、授業のある校庭の森に集合するように伝えて貰えるかな? 放課後は……」
「私の方で、サロンの一角を貸して貰えるよう、交渉しておきましょう」
流石は侯爵家の御子息様。
心強い。
取りあえず蜂達には、参加する親御さんたちの情報を集めて貰わないと。
それとトッティ君からは、彼の父親がどういった形で話をもっていくのか、どの程度怒っていたのかを詳しく聞く必要が。
彼に昼までに考えを纏めるよう話をして、別れる。
「あまり気に病まないようにね。僕とディーンも一生懸命考えてみるからさ」
「本当にごめん……軽い気持ちで話したばっかりに」
「いや、子供だけで野営したんだもん。そりゃ、皆親に自慢したい気持ちは分かるさ」
「ええ、私も柄にもなく、お父様とおじいさまに色々と私情を交えた報告をしてしまうほどに、楽しかったですし」
「ありがとう」
僕とディーンの言葉に少しだけ気持ちが軽くなったのか、トッティは困ったような笑みを浮かべつつも最初よりは元気になったようだ。
「さてと……なんていうか、彼のお父さんの言わんとしていることも間違いじゃないから、これは大変そうだね」
「マルコなら、なんとかしてくれると思いますよ」
こいつ。
僕に丸投げするというか僕に主導権を握らせたうえで、僕があたふたするのを見て楽しむつもりだ。
「痛い! 痛いです!」
「君も、しっかりと頼むよ!」
ディーンのこめかみをげんこつでグリグリしながら、少しだけ低めの声で念を押す。
そもそも狼の群れに襲われたこと自体が、イレギュラーだから。
その辺りも含めて、色々と情報を集めておいた方が良いだろう。
一日しかないが、優秀な虫達が少しでも多くの情報を集めてくれるのを期待する。
――――――
「また地震か?」
「本当に、地震が多いな」
「ところで話は変わるが、聞いたか? こないだそこの森で王都の学校の坊っちゃんたちがキャンプしてた時の話」
「ああ、なんでも狼の群れに襲われたらしいな」
最近では地震が起きてもそこまで驚かなくなった、ヨドの森の北にある村の住人達。
耐震や免震といった概念はなくともこう地震が続くと高いところに物を置かないとか、不安定な物は固定するなどといった事は簡単に思いつく。
彼等の家も補強され始めており、土壁のひび割れや板壁の隙間の補修もだいぶ進んでいる。
ただ、最近では地震以外にも森に異変が起こっていることが、新たな悩みの種でもある。
「魔獣達も地震の影響かおかしな行動が増えているみたいだな」
「ああ、もしかしたら何か、よくないことが起きる予兆かもしれんな」
フラグのようなことを話しながら、それぞれの仕事へと向かって行く。
この村では主に工芸関係での収入が彼等の生活を支えている。
勿論農業や狩猟採集も行われているが、それらは彼等自身の食卓を彩るもので現金収入へとは繋がっていない。
故に森の中に入って木々を伐採し、それらで木彫りの置物などを作っている。
村の特産品というよりも、街にあるお店から統一規格でのお土産物としての置物だ。
だから、特にこれといったセンスが無くても技術さえできれば、一定の金銭を得ることが出来る仕事でもある。
商店や行商人から提示された商品を量産し、現金での販売を行っている。
そうして得た収入で、村で生産出来ないものを買い集めてどうにか暮らしているようなごく一般の村でしかない。
ただ今回の狼による襲撃事件の影響で、森へ入る事をよしとしない人たちが村の中に出始めている。
先ほどまで村の入り口で話していた2人もそうだが、森で何かの異変が起きているのではないかという声が大きくなってきているのだ。
それに頭を抱えているのがこの村の村長と、この村に仕事をおろしている商人達だ。
いまは森の木を切って、色々な木工品を作ってもらっている。
ゆえに材料費というものは、ほぼ発生していないが。
森に人が入らなくなったら、木材を他所で仕入れて村に運び入れないといけない。
もしそうなるならば、街で腕のいい職人に頼んだ方が安上がりになるかもしれない。
もし実際にそういうことになったならば、商人たちはあっさりと村人達を切り捨てるだろう。
彼等に人と人の繋がりなど、期待できないことは村長もまた知っている。
お互いに材料費という部分を考えないで済む事で、双方のコストカットへと繋がっている。
その分安くしても、普通に仕入れて生産するよりも村の収入も大きいのだ。
もし森に誰も入らなくなって材料が手に入れられなくなったならば。
困るのは村長では無く、村人達なのだ。
その事を知っているからこそ、村長はどうにかしなければと頭を抱えている。
「よし、森の調査に乗り出そう」
そして村議会を開いていろいろと話し合った結果、何も分からないから不安になるのだと。
そして分からないことに怯えて、仕事を失うのは馬鹿のすることだという結論に至った。
「どうするんだ?」
「冒険者に依頼するしかないだろう……」
「あー、例の王都の学園の生徒が襲撃されていたときに、雇われていた者達は?」
「一応調べてあるから、打診はするつもりだ。ただ、もう少し大規模なものにした方が良いだろう」
「そんな費用は……」
調べるにしても、まず人員の問題があがった。
危険な森を調査することに対して、望んで挑むような村人はそんなに居ないだろう。
かと言って、外注するにはそれなりの費用が発生する。
冒険者を雇うべきなのは分かるが、どれだけの人員が必要になるかも分からない。
自分達が伐採を行う範囲の安全確認だけでも、何人で何日かかるかも想像がつかない。
「王城に報告書を送って、騎士を送り込んでもらうか?」
「それで何も出なければ、次に何かあった時にすぐに対処して貰えなくなる可能性も」
「本当に何かあった時に後回しにされてしまってはのう」
他の方法としては、王城のそういった周囲の異変を報告して調査してもらう部署への直訴という手段もある。
あるにはあるが何かあれば良いが、何も無かった時に村としての信用が落ちるリスクもある。
いや実際にはそんな事は無い。
事が起きてからでは遅いのだから。
そもそもが、いつ何が起こるか分からない世界なのだ。
権力者達の中でもまともな者なら些細な報告でもきちんと精査して、優先順位を正しく割り振ってくれるはず。
まあ、あまりに外れの報告ばかりしていたら、その事自体が優先順位を決める判断材料にされる可能性はあるが。
1度や2度の失敗では、影響がない。
村に住んでいたら、そんなことは分からないだろうが。
「その事だが……フォルスト商会の商会長から耳寄りな話を頂いてな……」
そんな中、声のボリュームを絞った村長が笑みを浮かべて呟く。
急に声を小さくした村長に対して、周囲の者達が身を乗り出す。
喧喧囂囂とした会議でも、こうやって慎重な雰囲気と怪しい笑みを浮かべて小声で喋ると周囲もそれに合わせて静かに聞く姿勢を取ってしまうものなのか?
現に、先ほどまで色々と声を荒げていた者達も、ゴクリと唾を飲み込んで村長に視線を集中させている。
「子供達を危険に晒したということで学校側の責任を追及し、本格的な調査とその調査費用を学校に負担させようという動きを取っているらしい」
「ほう……」
「そんな事が出来るので?」
「ああ、なんでも商会長の息子さんが、キャンプに参加されていたみたいでね……」
それから、フォルスト商会と賛同者の手口についてコソコソと周囲に内緒話のように伝えると、唇に人差し指を当てて誰にも言うなと言外に伝える村長。
周りの者も、無言で頷く。
「だからまあ、結果が出るまではしっかりと今まで通り納品できるようにな」
「そうですね、取りあえず樵連中には急いで木を集めさせましょう」
「頼んだぞ」
ようやく落ち着くところに落ち着いたのか、参加者たちはすっかり冷めてしまった白湯を飲んで喉を潤すとそれぞれの仕事へと戻っていく。
それから少しして数匹の蜂が村長の家の壁から飛び立っていった。





