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左手で吸収したものを強化して右手で出す物語  作者: へたまろ
第2章:王都学園生活編

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第163話:野営宿泊授業 その子おかしい

「40頭ねぇ……」


 まあ現状、第一陣としてこちらに向かって来たのはそれだけだけど。

 その後ろに120頭の狼の群れが控えていた。

 

 そう……控えてい()


 いまは、殆どが蜘蛛の子を散らすかのように逃げて行ったけど。


 複数の群れが途中で合流したらしいけど、お互いに争うこともなく一緒に行動をしていたと?

 それぞれのリーダーは?

 あー、群れ単位での共闘と。

 全体で1つの群れになったわけじゃないのね。


 確かに、頭は良さそうだし。


 120頭居たところで、うちの蟻や蜂の群れに襲われてしまえば……

 ついでにディーンの護衛の者も、森に潜んでいたと。


 気付かれないように。


 潜んでたの?

 大丈夫、それ?


 虫とか……特に蚊に刺されたりとか……

 あ、治癒魔法で虫刺されくらいは、平気な世界だもんね。

 お馴染みの二文字の痒み止めと違って、即効で毒素を抽出して傷も塞ぐし炎症も治るもんね。


 地球でもそうだったら、僕の血を飲みなよくらいは……言わないね。

 増えても困るし。


 ちなみに現在もすぐ傍の茂みに3人ほど……

 

 何が?


 ディーンの護衛が。


 そして森の中には10人体勢で、あれこれとサポートをしていたらしい。

 魚を取るところや、食べられる植物を採取する際に。

 

 たかが授業の一環で、どれだけ本気なんだディーンは。

 

 いや、侯爵家の子供だもんね。

 普通か……


 むしろ、リアルに護衛を1人も送り込んでこないベルモントがおかしい……事も無いか。

 いや、おかしい!

 僕、跡取り息子というか、跡取り孫というか……


 狼の半分はそのディーンの連れて来た人達に蹴散らされて、数を減らしながら逃げて行ったのね。

 で残りの半分は蜂や蟻に噛まれたり刺されたりして、ほぼ全滅。

 後で素材の回収をとお願いされて苦笑い。


 生きた個体も数頭確保していると……

 うん、逃がしてあげなさいと言いたいところだけど、まあ人の脅威となるなら一度吸収しておいた方がいいか。


 外ではすでに戦闘が始まっているが、状況はなかなか楽じゃないらしい。

 付かず離れずで定期的に交代しながら、冒険者達やゲイズ先生を翻弄していると。

 疲労で動きが鈍るのを狙っているっぽい。


 本当に賢い。

 広すぎる場所が返って仇になった形。


 流石に人より速いので、追ったところで逃げられると追い付けない。

 突出し過ぎると、数頭掛かりで突っ込んでくる。

 魔法使いやアーチャーが魔法や飛び道具を放っているが、ある程度距離を開けられているので直撃や致命打はなかなか取れないっぽい。


 それでも少しずつ数を減らしてはいるみたいだけど。


 やっぱり手伝った方が良い気がしてきた。

 というか、見ていてこうヤキモキするというか……


 もうちょっと上手に戦えば、効率的に……


 うん、野営は習う立場だけど、戦闘においてはやっぱり僕の方が……


 ああ、気になる。


 ついフラフラと足が動いてしまう。


「どこに行くつもりですか?」

「えっ? いや、ちょっと手伝いに」

「駄目です」


 立ち上がってテントの入り口に向かったら、治療師の人に止められた。

 うん、そうだよね。

 ゲイズ先生にしっかりと釘を刺されてたもんね。

 誰も外に出さないようにって。


 ただ長引く戦闘に、子供達の緊張も徐々にピークに達してきているし。

 結構なストレスになっている子も多い。


 それに肝心の親御さん2人が不安そうな表情で、神に祈り始めちゃってるし。

 これ、完全に人選ミスだよ……ってこともないか。

 外の冒険者が倒れたらここの18人の子供達を守るのは、目の前の彼等だもんね。


「先生前に出過ぎだ! 下がってくれ」

「仕方ないでしょう! このままじゃジリ貧です。私が囮になるので、魔導士さんと弓士の方は引き寄せたら攻撃を仕掛けてください」

「馬鹿、それは俺達の仕事だ! だけど、まだそれをするのは早い。本当に駄目だと思ったら俺が行くから、先生は下がってくれ」

「そんな悠長なことを言って、不測の事態が起きたら対処が後手に回りますよ」


 外の会話が聞こえてくる。

 そのやり取りに、生徒たちの不安がさらに増していく。


 そもそも先生囮になるって……

 他の冒険者のところに引き付ける前に、追い付かれて背中から襲われる絵しか想像できないよ。


「先生……」

「おい、これヤバいんじゃね?」

「大丈夫?」


 他の生徒たちも徐々にざわつき始める。


「マルコ君……先生たち大丈夫かな?」

「あー、大丈夫。僕が皆を守るから」

「へえ、マルコはカッコイイですね」


 不安そうにこっちを見上げてくるクルリの頭を撫でて笑いかけてあげる。

 ディーンが茶化してくるが。


 思わずそのほっぺを掴んで、両側に引っ張る。


「いはいへふよ?」

「うん、なんだったら僕が頑張らなくても、君が外の配下を動かしても良いんだけど?」

「なんのことですか?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべて、すっとぼけるディーン。


「まあ、先生に万が一があったら、私の評価をしてくれる人が居なくなりますから……本当にヤバイときは動かすのもやぶさかでは無いですよ」


 完全にバレているのが分かったからか、すぐに開き直ったが。

 ほっぺを掴んでいた手をさらに両側に広げて、パチンと手を放す。


「~!」


 悲鳴にならない悲鳴をあげて頬を押さえてしゃがみ込むディーン。

 恨みがましい視線を向けてくるが、敢えて無視をする。


 取りあえず、外はまだまだ好転しそうにない。


 やっぱり……


「マルコ君?」

「マルコ様?」

「ごめん、ちょっと見学してくるだけだから」


 クルリの頭から手をどけると、一直線に基地の出口へと向かう。

 そして、立ちはだかった治療師の人の脇を抜けて外に飛び出す。


 お……おおう。


 あまり宜しい状況じゃ無かったけど、思った以上にゲイズ先生が奮闘していた。

 木を切ったりなんだりと使い勝手の良い戦闘用じゃない斧を片手に一本ずつ持って、狼に向かって振り回しながら。


 頭だろうが、腹だろうが、尻だろうが斧が当たった狼が吹き飛ばされている。


「マルコ君、下がってなさい!」


 外に出た僕を見つけたゲイズ先生が、慌てて目の前の狼2頭を吹き飛ばしてこっちに駆け寄ってくると僕の前に庇うように立つ。

 こうやって全力で守ってくれる姿勢を見せてくれるゲイズ先生に頼もしさを感じつつも、僕も一歩前に出て彼の横に立つ。


「これも授業の一環ってことで。ベルモントはこういう時は、親子で戦うし」

「何を馬鹿なことを」


 僕の言葉に、ゲイズ先生が溜息交じりに応える。


「おい、マルコ君! これは授業でもなんでもない! 本気の窮地だぞ!」

「だったら、なおさらベルモントらしく振る舞わないとね」


 さらに冒険者のリーダーも。

 とはいえ、窮地なら僕が出張ってもいいかなと。

 

「ほらっ、うちって騎士の家系だし。騎士って国王陛下や国民を守るために、高い給金をお国からもらってるわけだしね」 

「君はまだ貰ってないだろう」


 僕の言葉に冒険者のリーダーも呆れ顔だ。

 だけど、それがベルモントだし。

 ここで他の生徒と一緒に大人たちに護られて、安全な場所でボーっとしてましたとかって言ったらおじいさまに何を言われるか。


「それなら僕がベルモントに産まれた事を、同情してくださいねっ」


 どっちにしろここであーだこーだ言っていても何も変わらないし、僕が出て来た意味も無いので腰のポーチからナイフを3本取り出して目の前に向かって投げる。


「ギャッ!」

「グッ!」

「キャイッ!」」

 

 シュッと風を切る音を立てながら真っすぐ進んでいったそれは、見事に3本とも狼の眉間に突き刺さる。


「えっ?」

「はっ?」


 一瞬の出来事にリーダーと、他の冒険者が間抜けな声を出している。

 短く悲鳴をあげた狼達は後ろに軽く飛ばされつつも、舌をダランと出してそのまま絶命する。


 流石に獣といえど脳にナイフを突き立てられたら、死ぬのに時間はかからないよね。


「ボケっとしている暇はありませんよ!」


 一気に地面を蹴ると倒れた狼に近づき……眉間からナイフを引き抜く。

 僕が動くと同時に動き始めた他の狼に向かって、手にしたばかりのナイフを投げる。

 流石に先の行動で警戒していたのか首を曲げて躱そうとするが、間に合わずに左の眼球に突き刺さる。

 脳にまで達したのだろうその狼も小さく呻き声を上げて地面に倒れ込むと、走っていた勢いのままこっちに滑って来る。


 丁度良かったのでその眼球からナイフを抜いて他の狼に投げつつ、目の前で倒れている2頭の狼の眉間からもナイフを抜いて他の狼に向かって投げつける。


 こっちに向かっていた1頭に1本、左右に分かれ迂回するように僕の横に回り込もうとしていた2頭に1本ずつ。

 右から迂回していた狼の喉を掻き切って、その先の木にナイフが突き刺さる。

 左から迂回してきた狼の方は側頭部に突き刺さって、そのまま地面を滑りながら離れていく。


 今回はバラバラに投げてしまったのでナイフの回収は諦めて、肩のナイフフォルダーからサバイバルナイフを抜く。


「一瞬で7頭を無力化?」

「う……そ」

「マルコ君! もう十分です! あとは私達に任せてください」


 あっけに取られている冒険者と違って、先生はちゃんと教師としての職務を全うしようとしている。

 流石だ。

 頭が下がる。


 でも、戦闘が始まって気持ちも昂ってしまった。

 今更ここでやめるなんて、消化不良もいいとこだ。


 こういう時、ベルモントの血筋ってのを感じる。

 教育のせいじゃなくて、血統だよね。

 これは、もう。


「先生と一緒に戦いたいんだ」

「馬鹿な事を言って……」

「それにやるべきことがあって、出来る事があるのにやらないのは……ただの怠惰でしょ?」

「はあ……これがベルモントなのでしょうね。だったら、貴方の場合はこの戦闘も今回の実習の延長ってことでしょうか」

「分かってくれました?」

「ええ……ただ教師という立場から危険な事をした生徒は叱らないとならないので、後で覚悟しておいてくださいね」

「えっ?」

「まあ、貴方が安心して基地のテントで待てなかった落ち度は私にもありますので、ほどほどにしますけど……ねっ!」


 先生の言葉に思わず素っ頓狂な言葉を出してしまったが、気にする様子もなく先生まで狼に突っ込んでいく。


「先生?」

「急いで片付けないと、君が無理するでしょう」


 そして鬼気迫る様子で、狼に斧を振るって行く。

 時折爪や牙が、彼の身体を掠めているが。

 どうやらチェーンメイルか何かを、外套の下に仕込んでいるらしい。


 硬質な音が聞こえて、特に気にした様子もなくゲイズ先生が狼を仕留めていっている。

 まずい、急がないとあれ、いつか怪我する。


 こっちも遠巻きに見ている狼の群れに突っ込んでいく。


「マルコ君!」

 

 リーダーが悲鳴にも近い声をあげているが、無視して周囲から襲い掛かって来た狼達の対処をする。


 上から3頭、地を這うように4頭か……

 同時に攻撃が到達するように迫っているあたり、えげつない。

 けど問題無い。


 上の3頭が飛び上がった直後に、僕も地面を蹴って高く飛び上がっている。

 彼等より高い位置に。

 身体強化に筋力強化まで使って真っすぐ飛び上がるわけだから、彼等よりは素早く高く跳べた。


 そして上空の1頭の頭を思い切り蹴りつけて、さらに跳ぶ。

 足元からゴキリという音がして、首の骨が折れたのが分かる。


 すでに飛び上がった2頭は落下を始めていたので、そのうちの一頭目がけて足を向けて突っ込む。

 が、他の狼が横からそれを邪魔するかのように飛びついて来たので、空中で身体を斜めに捻りつつ頭に上から右足の踵をぶつけて捌く。

 今度はグシャリと頭蓋骨が砕ける音がする。


 勢いを無くした狼の背中を左足で蹴って、落下の軌道を変えてその場から離脱。

 

 振り返るまでもなく地上に居た狼が飛び掛かって来るのが分かったので、着地と同時に横に転がってそれを躱す。

 すぐに起き上がり全力で地面を蹴って一旦距離を置く。


 すぐに反転してさきほどまで僕が居た場所に突っ込んだ狼に向かって行き、その首をサバイバルナイフで斬りつけてから他の狼目がけてそいつを蹴り飛ばす。


 その影に隠れて接近。 

 横に跳んで躱した狼に向かって、身体を低くして地面を凄い速さで駆ける。

 そして追い抜きざまに後ろ足の付け根にナイフを突き刺し、横腹を経由して顎まで一気に切り裂きながら駆け抜ける。


 これで残りは4頭。

 他の狼達も、冒険者やゲイズ先生に徐々に殺されて数を減らしている。


「マルコ君!」

「げっ!」


 気配探知で他の2頭が、僕に背後から襲い掛かっていたのは気付いていたけど……

 僕が気付いていないと思っていたのか、先生が手にした斧をその2頭に向かって投げつけてる。


 馬鹿か! とは言えない。

 僕の為に咄嗟にやってくれたことだし。


 でもそれしかない武器を手放して、先生はどうするの!

 思わず変な声が出てしまった。


 斧は1頭には、お腹の3分の1を切り裂いて突き刺さっている。

 もう1頭は側頭部に突き立っていて、頭が弾けていろいろなものが飛び出している。

 

 グロい……


 残りは2頭……と思ったけど、そのうちの1頭はお腹に大穴を開けていた。

 こっちは、魔法使いの人がやったのか。


 そしてドサリという音が聞こえる。

 もう1頭が眉間から矢を生やして、横倒しになっているところだった。


「ベルモントが規格外ってのは聞いていたが……まさか1人で一瞬で10頭も仕留めるなんて」

「おかしい……この子、おかしい……」

「うちの可愛い生徒に向かって、おかしいとは何事ですか」


 なにやらブツブツと呟いていた弓士の人を、ゲイズ先生が怒鳴っていた。

 ゲイズ先生も無事だったらしい。


 腕から血を流しているけど。


「先生大丈夫?」

「まあ、確かに多少はおかしいですが」


 おいっ!

 心配して駆け寄ったら、そんな事を言いながら頭を撫でて来た。


 少しだけ先生の言葉に感動したのに。


 僕が場を搔き乱したことで狼たちの連携がバラバラになったらしく、前衛が狼の攻撃を防ぎながら殲滅しつつ、後衛が同時に複数体ずつ倒していったらしい。


 まあ、個々の力は大した事の無い小型よりの中型の狼だったからね。

 普通の冒険者でも、対処可能か。

 ゲイズ先生は膂力と斧の重量にものを言わせた戦い方だったらしいけど。


 子供を守るのに必死で……と本人は言っていたが、あれは多少は戦闘経験がある感じの動きに見えた。

 野営の知識もあるし、冒険者あがりかな?


 凄腕ってほどじゃないけど、C級冒険者くらいは出来そうかも。

 いまは子供達に囲まれてお礼を言われて、ニコニコとしているけど。



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